盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
『……古い伝承を見つけた』
カウベルの宿屋。
その硬いベッドに寝転がりながら、俺は手記を読み返していた。
村へ入る前に拾った、あの遺体の持ち物だ。
『星の彼方より来たりし旅人は』
『ノクスの核を携え、零域の石板へと至れ』
『暁の光と共に世界の殻は破られ、汝は故郷へと還る』
『一つの願いと共に』
(願い……?)
俺の願い。
健康な体。
当たり前の生活。
もし、この伝承が本当なら、日本へ帰れる?
俺は帰りたいのか?
(――帰りたい)
この健康な体のまま、あの優しい両親の元へ。
俺は続きを読む。
しかし、そこから先は絶望で塗りつぶされていた。
『このお
『だが、道は険しすぎる』
『ノクスの核も、病を治すという器も』
『俺の力では、どうにもならないことが多すぎる』
手記はそこで途切れ、赤黒いシミで汚れていた。
あの人は、俺と同じようにここに来て、そして亡くなった。
息子のために、伝承を信じて。
(正直、胡散臭いのは確かだ)
でも、完全な作り話にしては、妙に具体的だ。
アイテム名も、場所まで指定されている。
(賭ける価値はあるかもしれない)
◇ ◇ ◇
翌朝、俺は村で聞き込みを行った。
けれど、結果は芳しくなかった。
「ノクスの核」について知る者は皆無。
「病を治す器」については、「そんな夢みたいな話」と鼻で笑われた。
この世界には魔法がある。
スキルツリーを見れば、状態異常の回復やヒールもある。
しかし、"病気"は別枠らしい。
魔法と病理の間に、残酷なラインが引かれているようだった。
『俺の力では、どうにもならないことが多すぎる』
手記の言葉が脳裏をよぎる。
結局、弱ければ情報にも辿り着けないし、生き残ることもできない。
「まずは冒険者の
俺は雑貨屋でバックパックと布製の簡素な服、そして水筒代わりの水袋を購入した。
革の鎧なども売ってはいたけど、生活用品の比にならないくらい高額で、今の所持金では手が出なかった。
(まずは、自分の体とスキルを試さないとな)
◇ ◇ ◇
村を出て、森へと入る。
着替えた時に気付いたけど、昨日ウサギに噛まれた傷は既に塞がっていた。
(どう動かしても痛みもなくなってる)
これが健康な身体の回復力なのか?
それとも、宿屋で寝たらHPが全回復するとか?
後者だとしても不思議じゃないのが、この世界の恐ろしいところだ。
森には独特の匂いがあった。
湿った土と、濃密な緑の香り。
肺に入れるだけで力が湧いてくるみたいだ。
なんて浸っていると、目の前の茂みがガサリと揺れた。
(昨日のウサギか?)
いや、シルエットが違う。
低い姿勢。
長い尾。
体色が木の皮に似ている、巨大なトカゲだ。
こちらに気付いたのか、トカゲがのそりと動き出す。
――次の瞬間。
弾丸のような速度で突っ込んできた。
(速いッ!)
トカゲは直前で急停止し、遠心力を乗せて太い尻尾を振り回した!
「っぶな!」
俺は咄嗟に剣の鞘でガードする。
バヂィンッ、という乾いた音とともに、強烈な衝撃が骨まで響いた。
「いったぁ……!」
腕に鈍い痛みがジワジワと広がる。
防御していなかったら、痛いじゃ済まなかったかもしれない。
(やば……離れたほうがいいか)
俺がバックステップで距離を取ると、モンスターが再び突進の構えを見せる。
次は避けられないかもしれない。
(――ここか!)
俺は意識を集中し、取得していたスキルを発動した。
〈フィジカル・ブースト〉
効果:一時的に身体能力を強化する。
「……ははっ」
笑いが漏れた。
心臓が早鐘を打つと同時に、全身の血管に熱い力が駆け巡る。
視界がクリアになり、風の音さえ鮮明に聞こえる。
(これ、すごい!)
トカゲが飛びかかってくる。
さっきまでは弾丸に見えた動きが、今は"目で追える速度"だ。
俺は半歩横にズレて回避し、すれ違いざまに剣を振るった。
ガツッ!
錆びついた剣のせいか、切るというより鉄パイプで叩いたような感触。
しかし、威力は十分だった。
トカゲが怯んで動きを止める。
俺はすぐさま踏み込み、今度は体重を乗せて首元へ切っ先を突き刺した。
グギャッ、と短い断末魔を残し、トカゲは動かなくなった。
「ん~、全然切れない。これ、ちゃんと武器買った方が良いかもな」
俺は剣を見てため息をつく。
〈フィジカル・ブースト〉のおかげで勝てたけど、素人の剣技じゃ限界がある。
力任せに振っても効率が悪い。
(もう一つスキル取っておくか。武器はちゃんと使えた方が良いだろうし)
俺はUIを操作する。
温存していた
その瞬間――。
「うおっ!?」
脳天を突き抜けるような衝撃が走った。
(……こんなことが、本当に起こるのか)
頭の中に、知らない記憶が流れ込んでくる。
足の運び方。
重心の移動。
手首の返し。
剣という道具を扱うための"理屈"が、直感として肉体にインストールされていくような感覚。
全身が、得も言われぬ興奮で震えた。
(今すぐ試したい)
◇ ◇ ◇
(いた! ウサギだ……)
しばらく進むと、昨日のモンスターを見つけた。
俺は自然な動作で、腰の剣に手をかける。
モンスターは草むらを蹴って、殺気と共に突っ込んでくる。
昨日なら、恐怖で足がすくんだ光景だ。
けれど、今の俺には"間合い"が見えた。
「そこ!」
俺は一歩踏み込み、渾身の力で斬り払う。
刃筋が空気を切り裂く音がした。
スパァンッ!
鮮やかな一閃。
昨日あれだけ苦戦したウサギが、一撃で倒れる。
「これは……悪くない」
手に残る感触がまるで違う。
これなら、戦える。
マップを頼りにさらに奥へ進むと、木々の開けた場所にそれはあった。
電話ボックスほどのサイズの石造りの祠。
森の中にポツンとあるのに、そこにあるのが当然のような、不思議な威厳を放っている。
(これが冒険者の祠か)
中央の台座には、ギルドで認証に使ったのと似たような水晶板が嵌め込まれていた。
(マナ認証……とか言ってたな)
俺は恐る恐る、板に手を乗せる。
淡い光が溢れ、すぐに消えた。
(これだけ?)
ファンファーレも、女神の声もない。
これでスキルが手に入ったのか?
(どんなレアスキルが――)
俺は期待に胸を膨らませ、ウィンドウを開いた。
しかし、新しいスキル名はどこにもない。
代わりに表示されていたのは。
新たに追加されたSPだった。
(……そういうこと!?)
俺は目を見開いた。
まるで福袋を開けてみたら現金が入っていた、みたいな予想外の驚きだった。
(いや、まてよ)
これって、俺にとっては"おいしい"なんてレベルじゃないぞ。
他の人なら1ポイントだけだけど、俺には特性のお陰で"2倍"のポイントが入る。
「この祠が……世界中に?」
自分の声が、わずかに震えているのが分かった。