盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~   作:上山マヤ

50 / 58
第50話 骨に残る記憶

 岩壁に囲まれた奥の広間。

 族長の部屋だ。

 中央では大きな焚き火が燃えている。

 赤々とした炎が、洞窟の天井を照らし出している。

 

「ケル、そしてユラ。……よく来た。少しは慣れたか?」

 

 低くしわがれた声が響く。

 俺は自然と背筋を伸ばした。

 

 族長の周りには数人の若いゴブリンが座る。

 彼らは、静かに炎を見つめていた。

 まるで儀式の場に招かれたような、張り詰めた緊張感があった。

 

 俺とユラは、焚き火を挟んで族長の向かいに座った。

 

「驚くことが多いです。今日は知りたいことを教えてくれると……」

「そうだ。我らゴブリンは、死の神に創られた種族だ」

 

(死の神……)

 

 ラクレスと戦った……敵、だよな。

 

 隣でユラがピクリと反応した。

 

 彼女もレベックで舞台を観ている。

 思うところがあるはずだ。

 

 族長の語りが始まった。

 焚き火がパチパチと爆ぜる。

 その音が、言葉の隙間を埋める。

 

「かつて、死の神は人に敵対し、我らを兵として用いた。だが、勇者ラクレスが神を討ち、その時から我らは自由を得た。死の神の影から解き放たれ、我らは群れを築き、繁栄を選んだのだ」

 

("勇者"ラクレスか。人を憎んではなさそうか?)

 

 俺は黙って耳を傾ける。

 語りはただの昔話ではなく、重みを伴った歴史の記録のようだった。

 ユラも真剣な表情で聞いている。

 獣人である彼女にとっても、他種族の歴史は他人事ではないのだろう。

 

「我らの死は、火に還す。炎と共に歌い、群れの記憶として骨を残す。骨と共に生き、次の代へと伝えられる。こうして我らは、死してなお群れに溶ける」

 

(火に還す……骨を記憶にする……)

 

 ふと、骨投げで遊んでいた子どもたちの姿が頭に浮かぶ。

 

(骨投げてたけど?)

 

 実はあれにも、何か意味があるのかもな。

 彼らにとって骨は、飾りつけや単なる遊び道具じゃない。

 記憶を受け継ぐ象徴であり、共に在るものなのかもしれない。

 

「だが、人と争わなくなった後も、別の火種がある」

 

 族長の視線が炎を越えて、俺に向けられた。

 

「オーク族との軋轢(あつれき)だ。食料、狩場、群れの境界……。だが忘れるな。彼らもまた、死の神に創られた種族。かつては共に戦った同胞であった」

「今は……敵なんですか?」

 

(人と争ってないのは良かったけど)

 

 俺が問いかけると、族長は深く目を閉じた。

 

「敵であり、同胞である。だからこそ厄介だ。……最近、妙な噂もある」

「噂?」

「死者の骨を喰らう者が現れたという。骨を記憶とする我らにとって、それは最大の冒涜。奴らはボーンイーターと呼ばれている」

 

 焚き火の炎が大きく揺れる。

 影が壁を踊った。

 俺は背筋に寒気を覚える。

 

(骨を食らう? モンスターか?)

 

 骨を食べる……。

 それは彼らにとって、先祖の記憶そのものを消されるに等しい恐怖なのかもしれない。

 

 族長はしばし炎を見つめ、静かに言葉を続けた。

 

「お前たちは群れの外から来た者。だからこそ、この争いを見極められる、やもしれぬ」

「……え、俺たちが?」

 

 不意に投げかけられた言葉に、俺は目を瞬かせる。

 俺の言葉に、ラクンはわずかに頷いた。

 その瞳の奥には、確かな安堵の色が浮かんでいるように見えた。

 

「ケル、群れの間を歩くのだ。お前の目は、ゴブリンともオークとも違う」

 

(また妙な役目を……)

 

 でも、オークがどんな種族なのか気にはなる。

 

「俺が間に入っても解決するかは分かりません。下手すると、もっと大きな争いになるかも知れませんよ?」

「構わぬ。それも流れの中のことだ」

 

 俺は深く息を吸った。

 

 ゴブリンの文化に触れて、その死生観を知った今。

 ただの異世界の観光客ではいられない。

 ここで出会ったものに、自分も関わるべきだと、心のどこかで感じていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 族長の部屋を出ると、焚き火の残り香が衣服に染みついていた。

 

(確かに知りたいことは教えてくれたけど)

 

 俺が呼ばれた用件って……。

 オーク族とのいざこざを何とかしろってことじゃないのか?

 

「ラクン、知ってたな?」

「冬の前に、食糧問題を、終わらせたい。それで、ケルを、呼んだのだ」

 

 ラクンは当たり前のように答える。

 

「まあ、いいけどさ。オークの村ってどこにあるの?」

「我が、使者として、行く。ケルとユラも、来てくれ」

「ラクンが使者なの?」

「オークの、族長は、女のゴブリンとしか、話さない」

「え? 俺だめじゃん?」

「人の声なら、聞く、かもしれない」

「私も行くの?」

 

 ユラが自分を指差して聞く。

 

「獣人の声なら、聞く、かもしれない」

「……なるほどね。わかった、付き合うわ」

 

 ユラは苦笑いを浮かべつつも、嫌そうな顔はしなかった。

 

(これってゴブリン的には賭けになってないか?)

 

 それだけ深い問題なのかもしれない。

 ゴブリンは人と敵対してないけど、オークはどうなんだ?

 ラクレスと死の神の話って300年前くらいの話だから……。

 

 俺は自分の剣の柄を握る。

 その手は少し汗ばんでいた。

 

(戦うことになるのかもしれない)

 

 かつて仲間だったゴブリンとオークが縄張り争いをしている、と。

 仲裁って難しそうだよな。

 片方に敵意があったら、絶対に解決しないだろうし。

 

「なんにしても、オーク側の意見を聞いてみないとね」

「今日の夜、戦歌(いくさうた)を、やる。明日、出発する」

「戦歌?」

「無事を祈る、儀式だ」

「そんなに遠いの?」

「3日で着く。オークと会うのは、久しぶりだ。そのための、歌だ」

 

(道中じゃなくて、会った後の心配か)

 

 でも戦歌か。

 またラクンの歌が聞けるのかな?

 もう気軽に「歌って」なんて、言えなくなったからな。

 

 押し付けられたような仕事でも、俺は新たな旅に胸を躍らせていた。

 オークとの対話、そして彼らの生活。

 

(楽しみだな)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。