盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
雪を踏みしめる音が、静かな山中に重く響く。
白銀の世界に混じるのは、獣の低い唸り声だった。
粉雪がちらつく視界の奥から、白い影が現れる。
一本角や二本角を生やした水牛のような姿。
〈カトブレパス/土属性/レベル:7〉
(7レベ!)
普通に格上だ。
しかも……数が多い。
「
シャンデが目を細め、唸るように呟く。
「寄生?」
「腹や頭に、木の根のようなものが生えているはずだ」
(木の根?)
あれ角じゃなかったのか。
雪煙の向こう、水牛の頭や背から黒ずんだ根のようなものが突き出ていた。
肉を裂いて侵入した跡から、じわじわと血と樹液のような液体が滲んでいる。
「……あれか」
〈トキソムシ/木属性/レベル5〉
(こいつが寄生してるのか)
「トキソムシ……」
「そんな名だったな。宿主を完全に操り、より強い個体に寄生していく。まだ群れは大きくない。ここで全て始末するぞ」
シャンデは大剣を肩に担ぎ直す。
その姿に、俺は息をのんだ。
群れ全体の唸りが高まる。
そして、一斉に跳びかかってきた。
「来るぞ!」
シャンデの大剣が唸りを上げる。
巨大な刃が雪を裂く。
前列の水牛たちをまとめて弾き飛ばした。
吹き飛ぶ影。
弾ける雪煙。
しかし、すぐに牙を剥いた別の水牛が雪を蹴って迫る。
「ちっ、雪で足を取られる」
舌打ちしつつも、シャンデの声はどこか楽しげだ。
(オークって……全員こうなのか? 戦闘狂すぎるだろ!)
次の瞬間。
水牛たちの口が開いた。
そして、石の礫が弾け飛んだ。
散弾のように一帯に降り注ぐ。
ユラが咄嗟にラクンの前に出るようにして庇う。
「ユラ!」
反射的に声が出る。
しかし、その直後。
シャンデが大剣を地面に突き立てるように構え、盾代わりに石弾を受け止めた。
金属を叩く轟音と白煙が爆ぜる。
ユラとラクンはその影に守られた。
「助かった、ありがとう!」
ユラが大声で礼を言う。
シャンデはニヤリと笑っただけだ。
「水牛どものマナは少ないはずだが……虫が供給しているのかもしれん。厄介だ」
反撃に俺は〈ファイヤー・アロー〉で炎の矢を放つ。
赤い光が水牛を撃ち抜く。
その皮膚を焦がした。
それでも勢いは止まらず、怯まない。
(効果はイマイチだな)
「助けられた、礼をする。ケルは、寒いのが、苦手、だったな」
ラクンが両手を胸に合わせる。
喉の奥から、低い唸り声を紡ぎ出す。
言葉ではない。
風の音と重なり合う原始の響きが、雪山に広がった。
(……あたたかい歌?)
その旋律は心を澄ませる。
雑音が消えていく。
世界を、研ぎ澄ませていった。
(雪の粉が揺れている……)
いや、揺れているのは俺の感覚か?
音は耳ではなく骨を伝う。
体の奥に染み込むようだった。
水牛の爪。
吐息。
飛ぶ石片。
全てが輪郭を増して、目に映る。
思考が鋭くなる。
(寄生虫は木属性。俺の魔法が有効だ)
飛びかかる水牛の爪を剣で受け流しながら、俺は異物に目を凝らす。
脈打つ根。
寄生虫の本体。
(あれを狙えれば!)
胸の奥が熱を帯びる。
火の流れが、いつもより明確にイメージできた。
〈ファイヤー・アロー〉
放たれた炎の矢は一直線に飛ぶ。
――はずだった。
しかし、次の瞬間。
矢は意思を持ったかのように空を曲がる。
水牛の頭部へ絡みつく根を、ピンポイントで撃ち抜いた。
「……今のは」
俺自身が息を呑む。
(マスタリーを取った時のような)
ずっと前から、当たり前に出来ていたような感覚。
「火の矢を操っただと!? そのレベルで開花させるとは……見事だ!」
シャンデが驚嘆の声をあげる。
(これが……スキルの開花!)
撃ち抜かれた水牛は苦悶の声を上げる。
急に動きが鈍った。
「完全に頭を破壊しろ!」
シャンデの怒号が響く。
俺は、次々と火の矢を放つ。
軌道を変えて寄生虫を撃ち抜いていく。
(水牛たちは寄生されているだけだ……)
戦いたくないのかもしれない。
でも俺たちも、やられるわけにはいかない!
俺は剣にマナを送る。
灰の古剣が薄く輝く。
鋭い斬撃が、水牛の首を落とす。
鮮血が雪を赤く染めた。
這いずる木の根を火の矢で仕留める。
(この世界で生き抜くには、強くならないといけない!)
シャンデの大剣が再び唸る。
数体の水牛をまとめて吹き飛ばす。
その表情は怒りにも笑みともつかず、ただ楽しげに見えた。
(……怖えよ、その顔!)
その間もラクンの歌は響く。
戦場に唯一の律動を与えていた。
ユラもまた、ラクンを守るように警戒を続けている。
「ラクン、ありがとう」
「ふん、いい歌だ」
シャンデも珍しく素直に賞賛した。
「……集中力の、歌だ」
歌い終えたラクンは、当たり前のように告げた。
◇ ◇ ◇
「レベルが上がった!」
「私も」
「あがらん」
俺とユラのレベルだけ上がったようだ。
ラクンが少し不満げに頬を膨らませる。
「まだまだレベルはヒヨッコだ。しかし戦いぶりは悪くない。……妙だな、なぜそんなに強い? 剣の腕も悪くなかった」
シャンデが
(やばっ)
「この剣! レジェンダリー武器なんですよ。マナで強くなるので」
「……ほう。私には相性の悪い剣だな」
(なんとか、ごまかせたか?)
「水牛の爪は貴重だ。高値で取引できるぞ」
「取引って……ギルドに行くんですか?」
俺は思わず尋ねる。
亜人や獣人と違い、オークやゴブリンをギルドで見たことはなかったからだ。
「我らは山を下りん。行商が登ってくるのだ」
「そんな人たちが……」
(貴重って言う割に、あなた大剣でバラバラにしてたけどな)
これどうやって換金するんだ?
「見えたぞ。行ってこい」
シャンデが指差す先。
雪の中に小さな
(久しぶりの祠!)
顔が自然と緩む。
(違和感がないんだよな)
雪山に、こんな異物が建ってるのに。
不自然なはずなのに、ホント不思議な祠だ。
中央の板に手を置く。
光が走り、すぐに消える。
(よっしゃ、SPゲット!)
これで水属性の魔法を取れば、シナジーボーナスが発動する。
(ホントにするよな!?)
「おい、終わったか。さっそくスキルを取るのか?」
シャンデは待ちきれない様子だ。
(そういえば……俺が上級魔法を取ることに驚かないんだな?)
「人間のスキルについて詳しいんですか?」
「多くは知らん。だからこそ見たかったのだ」
あまり人間のスキルについては詳しく無さそうだな。
「水魔法を取ります」
(中級は防御系にしておこう)
俺は立て続けにスキルを取得していく。
ウィンドウが光る。
ステータス欄に新たな項目が浮かび上がる。
(きたきたきた!)
シナジーボーナス:〈蒸気の
条件:火、水属性の上級魔法を取得。
効果:超級魔法を取得可能。
(超級!?)
取得可能って……まだSP使うのか。
「どうなった!」
シャンデが待ちきれない声を上げる。
「使ってみないと分かりませんが、スキルは取得できました」
「よし、すぐに戻るぞ!」
(なんでシャンデの方が嬉しそうなんだよ)
水の上位魔法も試したいのに。
せっかちな族長は疲れ知らずだ。
試す暇も与えず、ズンズンと集落へと戻っていく。
あの氷壁を本当に破れるのか。
期待と不安が胸を満たす。
でもそれ以上に、新しい力を試せることへの興奮が、俺を突き動かしていた。