盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~   作:上山マヤ

73 / 80
第73話 祭りの後

(顔が……熱い)

 

 全身が鉛になったみたいだ。

 指一本、動かせない。

 

 俺は、倒れているのか?

 

(……立てない)

 

 視界の端で、白い蒸気がまだ渦を巻いている。

 誰かが叫んでいるのが聞こえる。

 

 誰かの悲鳴か?

 分からない。

 

 遠くで、歌が途切れた。

 ラクンの声か。

 

(……終わった、のか)

 

 答えを確かめる力は、もう残っていなかった。

 意識が、泥のように沈んでいく。

 

◇ ◇ ◇

 

「……っ」

 

 身体が動かない。

 長い夢を見てるみたいだった。

 

(俺の世界は、この白い部屋……)

 

「――じゃない!」

 

 俺はガバッと身体を起こした。

 

 白い天井じゃない。

 天幕だ。

 

「ひゃっ!?」

 

 すぐそばで看病していたらしいラクンが、ビクっと身体を震わせて飛び退いた。

 

「……ラクン?」

「ケル、起きたか」

 

(テントの中……?)

 

 俺はぼんやりと周りを見渡す。

 簡易ベッドが並んでいる。

 包帯を巻いた怪我人たちが何人も横になっている。

 鼻を突くのは、薬草と血の匂い。

 

 頭が回らない。

 記憶が断片的だ。

 

(……そうだ、女王は!)

 

「どうなった!? 戦いは!」

「終わった。女王は、倒せた」

 

 ラクンはいつもの調子で、短く、淡々と言った。

 その瞳が少し潤んでいるように見えた。

 

「タケル!」

 

 テントの入り口から、バケツを持ったユラが飛び込んできた。

 俺と目が合うなり、持っていたものを放り出して駆け寄ってくる。

 

「ユ――」

 

 名前を呼ぶ間もなく、強く抱きしめられた。

 ドサッと俺の体に彼女の体重がかかる。

 きしむような痛みが走る。

 

「……っ」

「よかった……! 本当によかった……!」

 

 震える声が胸に響く。

 

 温かい。

 生きているんだと、実感する。

 

「……心配かけてごめん」

「身体は大丈夫? どこか痛くない?」

 

 ユラが顔を上げ、俺の頬を両手で包み込む。

 その目は赤く腫れていた。

 

「ちょっと痛い。全身が筋肉痛みたいだ」

「あ、ごめん!」

 

 そう言ってユラはパッと離れる。

 その慌てぶりがおかしくて、俺は小さく笑った。

 

「起きたら顔だせって。アンジェラさんが言ってたわ」

「……うん。分かった」

 

◇ ◇ ◇

 

 テントの外に出ると、景色は大きく変わっていた。

 いや、戻っていた。

 兵舎として使われていたテントの多くは畳まれ、元のオークの集落の姿を取り戻しつつある。

 

「……撤収してる?」

「まだ仕事が残ってる人も居るけど、帰った人も多いよ」

 

 ユラが俺の肩を支えながら言う。

 

「俺は、どのくらい眠ってたんだ?」

「2日くらいよ」

「2日!?」

「ケルは、ずっと、起きなかった。ユラは、泣いてた」

「ちょっとラクン!?」

 

 ユラが顔を真っ赤にしてラクンの口を塞ごうとする。

 

「違うのよ! タケルは血まみれになって倒れてて……もうダメかと思って!」

「血まみれ?」

 

 自分の身体を見る。

 傷は塞がっているようだけど、服には赤黒いシミが残っていた。

 

「ケルは、倒れた。顔から」

 

 ラクンが地面にバタリと倒れる真似をする。

 

(マジか……)

 

「マナの枯渇で血を流したのか、倒れた衝撃で鼻血が出たのか、分からなかったのよ。とにかく顔中血だらけで……」

 

 ユラが思い出して身震いする。

 

「それは……本当に心配かけたね」

 

 恥ずかしさと申し訳なさで、俺は頭をかいた。

 

◇ ◇ ◇

 

 作戦会議室として使っていたオーク族の族長の部屋も、机の配置などが戻され、日常の風景が戻りつつあった。

 

「おう。起きたかタケル」

 

 部屋に入るなり、アンジェラが手を挙げる。

 その腕には包帯が巻かれていたけど、声には張りが戻っている。

 

「すみません。なんか2日も寝てたみたいで」

「無茶させちまったな。マナが苦しいのは分かってたんだが、すまなかった」

 

 アンジェラが深々と頭を下げる。

 

「いえ、そんな! 俺が自分でやったことですから!」

 

(アンジェラに素直に謝られると調子狂うな……)

 

「もうほとんどの奴らは帰ったぞ。報酬の分配も終わってる」

「そうみたいですね。夢から覚めたみたいに元通りになっていたので、ビックリしました」

 

 そこへ、書類の束を抱えたピサロが入ってきた。

 後ろにはシャンデも続いている。

 

「お呼びですか? アンジェラさん」

「ああ、状況の共有だ。リードル、頼む」

 

 アンジェラの指示で、部屋の隅に控えていたリードルが一歩前に出る。

 

「分かりました。今回の蟲の女王(ボーンマトロン)、及びボーンイーター討伐作戦について、最終報告を共有します」

「ああ、ちょっと待ってください。記録に残しますので」

 

 ピサロはそう言って、慣れた手つきで羽ペンと紙を用意する。

 さすがは調整局と感心していると、リードルが淡々と読み上げ始めた。

 

「では……目標のボーンマトロンの討伐は成功しました。死体は確認済み、素材の回収も完了しています」

 

(よかった。ちゃんと倒せてたんだ)

 

 あの瞬間の手応えは間違いじゃなかった。

 

「しかし、ボーンイーターの残存兵は、少なくとも数百体は取り逃がしてしまいました」

「女王が倒れた途端、奴ら一目散に逃げだしやがった。統率を失って散り散りになったようだ」

 

 アンジェラが悔しそうに舌打ちする。

 

「深追いは危険ですし、広範囲に散らばった残存兵の殲滅は不可能と判断しました。これにてボーンイーターの討伐作戦は終了と致します」

「また数年後、奴らがやってくるのか」

 

 シャンデが腕を組み、忌々(いまいま)しげに呟く。

 

「またここが狙われるとは限りません。女王が代替わりすれば、コロニーの場所を変えることも多いですから」

 

 リードルが冷静に補足する。

 

「彼らは彼らの本能で生きているだけですからね。誰が悪いとかじゃないんですよ。災害のようなものです」

 

 ピサロが書き留める手を止めずに言った。

 

「後処理についてだが、ドワーフの商人たちが残骸拾いを手伝ってくれてる。といっても有料だがな。奴ら、甲殻も素材として売る気満々だ」

 

 アンジェラが苦笑する。

 

「騎士団の人たちも、危機が去ったのを確認して帰られたようです。あくまで"監視"という名目でしたが、実際には安堵しているようでしたよ」

 

(これで、本当に全部終わったんだな)

 

 肩の荷が下りるのを感じる。

 俺たちは、守り切ったんだ。

 

「――最後に、死傷者について報告します」

 

(死傷者……?)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。