盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~ 作:上山マヤ
俺が目を凝らすと、青白い雷の結界の向こう側から歩いてくる人影が見えた。
豪華な
そこへ、筋骨隆々とした大男が歩み寄る。
ウサギ族、レッキスの獣人ガナウィ。
40代とは思えない鍛え抜かれた肉体を持つ、ヘグムのギルドマスター。
「困りますな。ここは古来よりヘグムの通り道なのですよ」
雷の結界を挟んでガナウィは穏やかに、しかし力強く訴える。
頭上のウサギ耳がピンと立っているのは、警戒の表れだろうか。
「くんくん……おお! この香りだ!」
けれど、貴族らしき男はガナウィの言葉が耳に入っていないようだった。
四つん這いになり、地面に鼻を擦り付けるようにして紫の草の匂いを嗅いでいる。
「間違いない! 金の匂いがするぞ!」
(なんか、変なおっさんだな)
ラクンも真似をして、足元に生えていたダリアン草の匂いを嗅いでいた。
「変な匂い」
ラクンが鼻をつまんで顔をしかめる。
結界の向こうでは、魔法使い風の男がやれやれといった様子で貴族に声をかけた。
「ジャック様? どうやら困っている方がいるようです」
「困っているだと? 俺の方が困っているぞ! 亀への投資が無駄になったのだ。ブルトン家はもう、これで稼ぐしかないのだ!」
(何を言ってるんだこの人)
人の話を聞かないタイプのおっさんらしい。
「私はヘグムのギルドマスターのガナウィ。王都の貴族とお見受けする。
ガナウィの太い声が草原に響いた。
「うん? ヘグムのギルドマスターか、丁度いい。このブルトン家の当主、ジャック・ブルトンがこの草に価値を与えよう!」
(ブルトン家? 王都の有力な貴族なのか?)
「……ダリアン草のことですか?」
ガナウィが、首を傾げながら冷静に問い返す。
「ほう、もう名が付いておったか。いいか、よく聞け! この草には特別な力がある。あの煩わしい虫を寄せ付けないという力がな!」
ジャックは胸を反らし、世紀の大発見を誇るように声を張り上げた。
「ええ。ダリアン草で作る『虫除けキャンドル』は、ヘグムの名産の一つですから」
「なっ!?」
ジャックは目を見開いたまま固まってしまった。
(何も知らなかったのか)
「先を……越されていたのか」
ジャックはガックリと肩を落とし、その場に膝をつく。
「そうですね。私が生まれる前からありましたし」
ガナウィがトドメを刺すように淡々と事実を告げた。
(本人は、誰も知らない凄い発見をしたと思ってたみたいだな)
「……なんか、ちょっと可哀想ね」
事の顛末を見ていたユラが、呆れと少しの同情を込めて呟く。
ガナウィは、何やら思いついたような顔つきで顎に手を当てた。
「ふむ、そうですね。ジャックさんは、このダリアン草を加工する場所はお持ちで?」
「使っていない倉庫がある! それに……ルネ、あと何がある?」
ジャックが慌てて立ち上がり、後ろに控える魔法使い風の男を振り返る。
「"研究所"という名の空き部屋もございます」
ルネと呼ばれた男が、
「キャンドルの生産には、それなりに人手が必要ですが?」
「一族総出で加工する!」
「なるほど。それなら取引してもいいかもしれませんね」
「な、なんだと……? この草の山を、安く譲ってくれるというのか?」
「安くとは言っていません。適正価格でお譲りいたします」
(いつの間にか、ガナウィのペースで交渉になってる)
結界を張った相手を問い詰めるはずが、見事な商談の場にすり替わっていた。
◇ ◇ ◇
どうやら交渉は上手くまとまったようだ。
時折、ジャックがオーバーな身振り手振りを見せていた。
けれど、その都度従者のルネが間に入り、冷静に条件をすり合わせていた。
その間、俺たちは足止めを食らって苛立つメスターの群れの対応に追われていた。
ラクンがハミングで心を落ち着かせ、ユラが優しく撫でてなだめる。
やがて、結界が解除される。
大きく息を漏らしたガナウィが、俺たちの元へと戻ってきた。
「まとまったようですね」
「ええ、お陰様で。メスターたちのお世話、ありがとうございます」
「いえいえ。それよりも大丈夫なんですか? 損してませんか?」
見た目に反して、人の良さそうなウサギ族だ。
相手の貴族のペースに丸め込まれていないか、少し心配になった。
「実はダリアン草の在庫は過剰になっていましてね。ヘグムの産業はメスターのお世話ですら手に余っている状態なんです」
(そういえば、人手不足だって言ってたな)
「そこに、ダリアン草を加工してくれる都合のいい業者が現れたってことね」
ユラが、得心がいったように耳を立てて頷く。
「その通りです。もちろんブルトン家の儲けにもなりますし、双方納得のいく取引になりそうです」
「それならよかったです」
ヘグムとしては、メスターの避けた草を刈り取るだけで、お金が入ってくるってわけか。
「……商売って面白いな」
「タケル、興味あるの?」
「いや、俺に商才は無さそうだよ」
「ケルは、貧乏、だからな」
ラクンが横からストレートな事実を突きつけてくる。
「俺が貧乏ってことは、一緒に旅してるラクンも貧乏ってことだからな!」
「……む。我も、貧乏か。……困る」
ラクンが真剣な顔で腕を組み、考え込み始めた。
「ふふふ。それじゃ頑張って稼がないとね!」
ユラが尻尾を揺らし、明るく微笑む。
レベックに居た頃の、怯えたような暗い表情はもうない。
心から旅を楽しんでいる顔だった。
(それだけで、ここへ来てよかったって思えるな)
俺が自然と頬を緩ませた、その時だった。
突然、大きな地響きが足元から伝わってきた。
重々しい振動が一定のリズムで近づいてくる。
「なに!?」
ユラが耳を伏せて身構える。
ラクンも咄嗟に俺のマントに隠れた。
「あれは……!?」
ガナウィが顔を向けた方角へ目をやる。
そのタイミングで、俺の〈探知〉が強烈な反応を拾った。
(モンスター! しかも、デカい……!?)
丘の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「プロガノ!」
ガナウィの表情は、驚いているようにも、そして何かを喜んでいるようにも見えた。