盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~   作:上山マヤ

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第84話 水属性の魔法使い

 トラブルが解決し、ヘグムの都市が再び動き出そうとした矢先だった。

 

 地面が大きく揺れた。

 移動都市の振動とは違う。

 もっと荒々しく、破壊的な揺れだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 ジャックが悲鳴を上げる。

 

 現れたのは、巨大な亀のようなモンスターだった。

 ただし、その甲羅は燃え盛る炎を纏っている。

 

〈プロガノリュウ/火属性/レベル:16〉

 

(16レベル!?)

 

 レベックで見たデルミよりもずっとデカい。

 

「ひいぃぃッ! で、出たあぁぁ!」

 

 ジャックが腰を抜かす。

 

「あいつ、しつこ過ぎるぞ! ここまで追ってくるなんて!」

「追ってきた? 何やったんですか!?」

 

 俺が問い詰めると、ジャックは震えながら答えた。

 

「け、研究のために……寝ている隙に甲羅を少し削っただけだ!」

「なんだよそれ!」

 

(なにやってんだ、このおっさん!)

 

 プロガノリュウが咆哮する。

 口から高熱の火球が吐き出され、近くのテントを焼き払った。

 

 幸い、人は逃げ出せたようだ。

 

「マズイ! メスターたちがパニックになる!」

 

 ガナウィが顔を険しくして叫ぶ。

 

 火属性の魔物は、草原の民にとって天敵だ。

 引火すれば、都市ごと燃えかねない。

 

(やるしかない……!)

 

「俺が引き付ける! ユラとラクンは、町の人とメスターたちを下がらせろ!」

「分かったわ! タケルも無理しないでよ!」

 

 ユラが叫び返し、ラクンの手を引いて人々の避難誘導に走る。

 その後ろ姿を視界の端に捉えつつ、俺は前へ出た。

 周りには燃えやすいテントや草、逃げ遅れた人々がいる。

 

(火魔法は使えない)

 

 火を纏っているなら、あいつに効きそうにもないし。

 炎で被害を拡大させるわけにはいかない。

 

(なら――)

 

 杖を振るう。

 俺のイメージに従い、空気中の水分が凝縮される。

 

〈ウォーター・バレット〉

 

 水弾がプロガノリュウの顔面に直撃する。

 ジュッ! と音を立てて蒸発した。

 

 オークの集落で取得した水魔法。

 これまで練習程度には使ってはいたけど。

 

(弾速は速い。射程も長い。でも連射が効かない!)

 

 5秒間のクールタイムが設定されている。

 たった5秒かと思っていたけど、考えていた以上に使い辛い。

 

 〈ファイヤー・アロー〉のような手数は出せない。

 牽制になっているのか?

 

 プロガノリュウが俺を敵と認識し、突進してくる。

 遅いように見えて、その巨体が生む圧力は凄まじい。

 

〈ウォーター・シェル〉

 

 俺は即座に水の障壁を展開する。

 直後、プロガノリュウの火炎放射が俺を飲み込んだ。

 

 視界が赤く染まる。

 けれど、熱くない。

 水の膜が炎を遮断し、温度を奪っている。

 

(耐えられる!)

 

 水属性の防御魔法。

 対火属性には無類の強さを発揮する。

 

 炎が止んだ瞬間。

 俺は障壁を解除し、マナを練り上げた。

 

「消えろッ!」

 

〈アクア・ノヴァ〉

 

 杖の先から放たれたのは、青く輝く水の塊。

 超高圧に圧縮された水球だ。

 

 それがプロガノリュウの燃え盛る甲羅に着弾した瞬間。

 

 星が弾けるような閃光と共に、水流が放射状に炸裂した。

 大量の水しぶきが飛び散り、周囲一帯をずぶ濡れにする。

 

 プロガノリュウの甲羅の炎が、完全に鎮火した。

 

「ギョオオオオオッ!」

 

 耳をつんざくような奇声を上げ、プロガノリュウがのたうち回る。

 ダメージは大きそうだ。

 しかし、倒しきれてはいない。

 

(硬い……! それに、なんだこの感覚?)

 

 金縛りにあったみたいに、身体が動かない。

 今の奇声のせいか?

 

(状態異常?)

 

 一種の麻痺か、威圧みたいなスキルか。

 

「あ……」

 

(これマズイ。ホントに指すら動かない)

 

 プロガノリュウと目が合っている気がする。

 

(みんなは逃げられたのか?)

 

 周りの音すら聞こえない。

 視界の端で、避難を終えたユラとラクンがこちらへ駆け寄ろうとするのが見えた。

 

 けど、俺は「来るな」と手を挙げて制止することすらできない。

 

 火が消えたプロガノリュウは、急激に冷やされたことで戦意を喪失したのか、恨めしそうに俺を睨みつけながら、のしのしと後退していった。

 やがて、隆起した土の中へと姿を消した。

 

「……助かった、のか」

 

 急に動けるようになった俺は、その場にへたり込んだ。

 

「タケル!」

 

 ユラが息を切らせて飛び込んでくる。

 ラクンも心配そうに、俺の顔を覗き込んだ。

 

「平気。ただちょっと、動けなくなってただけで」

「……よかった」

 

 ラクンが俺のマントの裾をギュッと掴む。

 

「おいおい、プロガノリュウの炎を消した奴なんて初めて見たぞ!」

「今の上級魔法か!?」

 

 見ていた冒険者や、ヘグムの民から歓声が上がる。

 

(俺がレーイマニの祠で取得した水の上級魔法〈アクア・ノヴァ〉……威力は申し分ないな)

 

「す、すごい……! 君、魔法使い(ソーサラー)だったのか!」

 

 ジャックが興奮した様子で駆け寄ってくる。

 その目は、まるで金貨を見るように輝いていた。

 

「昔は上位クランがこぞって狩っていた災害級モンスターだぞ。あの甲羅は"壊れない装備"の素材になると言われていて……」

「……シェーレ鋼?」

 

 俺が呟くと、ジャックは驚いて頷いた。

 

「よく知っているな! そう、シェーレ鋼が見つかってからは需要が減ったが、それでも貴重な素材だ」

 

 ジャックは俺の手を両手でガシッと握りしめた。

 

「君からは儲け話の匂いがプンプンする! 気に入った! 王都に来たら私を訪ねてきたまえ!」

「はあ……」

「君たちの活動を後押ししよう! といっても、今の私に金は全くないがな! ガッハハ!」

 

 豪快に笑う貧乏貴族。

 けれど、王都でのコネクションができたのは収穫かもしれない。

 

(しばらくは火魔法は使わない方がいいな)

 

 俺は濡れた地面を見つめながら思った。

 

 相反する属性を使う魔法使い。

 それが知られれば、面倒なことになりそうだ。

 今は"水魔法の使い手"として通しておくのが無難だろう。

 

「怪我は……本当にないのね?」

 

 ユラが俺の腕や肩をペタペタと触って確かめる。

 

「大丈夫だって。とりあえず、これで一段落かな」

「そうね」

 

 俺とユラが安堵の息を吐き合ったところで、ラクンがジト目で俺を見上げた。

 

「ケル。これ、タダ働き、か?」

「うっ……」

 

(たしかに)

 

 クエストを達成したわけでもないから報酬は無い。

 モンスターを倒したわけでもないからドロップも無い。

 

(本当に、俺から金儲けの匂いがしたのかな?)

 

 俺は軽い財布を思い浮かべ、深くため息をついた。

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