盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~   作:上山マヤ

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第97話 売れる商品

「キャンドル作りの作業員をもっと増やすぞ! ルネ、手配してくれ!」

「かしこまりました」 

 

 王都のクランを見て回る。

 そのつもりで王都までやってきたはずだった。

 なのに俺は、その日暮らしの迷宮探索に追われていた。

 

 居候先の主、下級貴族のジャックも似たようなものだ。

 しかし、ブルトン家の財政事情は、ある日を境に急激な変化を見せ始めていた。

 

 屋敷の廊下で息巻くジャックに、ユラが不思議そうに首を傾げた。

 

「どうして急にそんなに売れるようになったの?」

「俺にもさっぱり分からない。虫が増える季節だからとか?」

「王都に冬期はないぞ。虫なら年中湧いている」

 

 俺の適当な推測を、ジャックが即座に否定する。

 

「そうなんだ」

「正確には、ヘグムが直接卸していた在庫がなくなり、現在市場に出回っている虫除けキャンドルが、ブルトン家の作る物のみとなったためです」

 

 使用人のルネが、手元の帳簿を見ながら冷静に補足した。

 

「なるほど、市場を独占してるのか」

 

(でも、どうしてだ?)

 

 ジャックが売り出す前から、ヘグム産のキャンドルは王都で売られていたはずだ。

 元から爆発的に売れていたという話は聞いていない。

 

「ヘグムで作ってたのと、何か成分が違うの?」

 

 ユラがキャンドルを嗅ぎながら尋ねる。

 

(考えることは同じか)

 

「デザインは若干変えましたが、効果は同じです。しかし、ジャック様は商品の袋に"メッセージ"を付けたのです」

「メッセージ?」

「こちらです」

 

 ルネが差し出したキャンドルの包装には、堂々とした飾り文字でこう書かれていた。

 

『アステリア王都、貴族御用達』

 

「キャッチコピーか! というかこれ……」

 

(誇大広告じゃないのか?)

 

「嘘はついてないぞ。俺もれっきとした貴族だからな! 私が使っている以上、貴族御用達だ! がっはっは!」

 

 ジャックが豪快に笑う。

 

「一応聞くけど、虫除けの効果はちゃんとあるんでしょうね?」

「当然だ、50年以上も前から効果が実証されているヘグムの伝統品だぞ!」

 

 ジャックが胸を張る。

 

「ホントにこれでいいの……?」

 

 ユラがジト目で俺を見る。

 

「商売のことは分からないけどさ。ヘグムは人手不足でダリアン草を持て余してたし、草を刈って渡すだけでお金になってる。買う側も虫が減って喜んでるなら、みんなが得してるってことでいいんじゃないかな?」

 

(ヤバそうならルネさんが止めるだろうし)

 

「それに、ヘグムには他の加工業者を入れてもいいと言ってある。俺たちブルトン家が無理やり独占しているわけではないから、問題ないのだ」

「しかし、この売れ行きを見て、直接ヘグムと交渉を始める商人も出てくるでしょうね」

 

 ルネの冷静な分析に、ジャックがビシッと指を突きつける。

 

「そうだ! だからこそ、今のうちに次なる新商品を考えねばならんのだ!」

「ところで、ラクン先生はお休み中か?」

「庭で見ておられました」

「そうか、邪魔はしないようにな」

 

 最近、ジャックはラクンのことを『ラクン先生』と呼んで崇め奉るようになっていた。

 水晶花が芽吹いたこともあって、ラクンが家に来てからブルトン家の運気が上がったと本気で信じ込んでいるようだ。

 

「私たちもラクンと一緒に来たのに。私たちのお陰とは、これっぽっちも考えないのね」

 

 ユラが呆れたようにため息をつく。

 

「さあタケル、ユラ。次なる新商品の案を出せ!」

 

(……この扱いの差よ)

 

「せっかくヘグムと商売のパイプがあるなら、メスターの毛で何か作れば良いんじゃないですか?」

 

 俺は面倒だったので、今思いついたことをそのまま口にした。

 

「ふむ、あの白い毛玉か。……悪くない案だ」

 

 ジャックが腕を組んで大げさに頷く。

 

「で? 何を作るのだ?」

 

(そこから先はあんたが考えてくれよ)

 

「丸投げだわ、この人」

 

 ユラが冷ややかな声を漏らす。

 

「えーと、じゃあ……ぬいぐるみとか?」

「ぬいぐるみ?」

 

 聞き返してきたのは、ジャックではなくユラだった。

 

「俺も知らんぞ。なんだそれは?」

 

 ジャックも不思議そうな顔をしている。

 

「え?」

 

(この世界にはぬいぐるみってないのか?)

 

「えっと、なんか……中に綿とか毛を詰めた、柔らかい人形……みたいな?」

「よく分からんな」

 

 ジャックが首をひねる。

 

「人形と言えば、カホンの木製人形が有名ですね」

 

 ルネが知識を披露する。

 

「だが、今の時代にあれを買う者は少ないだろう。重いしな」

 

 ジャックが顔をしかめた。

 

(カホンの人形、あんまり売れてないのか……)

 

「タケル。その柔らかい人形、ぬいぐるみと言ったか。それは一体何に使うのだ?」

「えっ?」

 

(ぬいぐるみって何に使うんだろう?)

 

 元の世界の人たちは、どういう理由で何のためにぬいぐるみを買ってたんだ?

 俺は持っていなかったし、よく分からん。

 

「なんか、抱きしめたり飾ったりして……可愛いから?」

 

 ジャックもユラもルネも、全員揃って首をかしげた。

 

「あ、ほら! プロガノリュウとか、見た目が好きで人気あるって言ってたじゃないですか!」

 

(どうして俺はこんなに必死になって、たいして知りもしないぬいぐるみのプレゼンをしているんだろう?)

 

「タケルが言っているのは人型ではなかったのか。なるほど、プロガノリュウか」

 

 ジャックの顔つきが変わった。

 

「それは、私も少し興味が湧いてきましたね」

 

 常に冷静なルネまで、目を輝かせている。

 

「プロガノリュウの甲羅なら散々研究していたからな。全体の型もすぐに作れそうだ!」

 

(あの亀、人気過ぎるだろ。一体どこがいいんだ?)

 

「あ、外側を柔らかい布や皮にして、その中にメスターの毛を詰め込むといいかもしれません」

 

 作ったこともないし、本当はどういう構造になっているのかも知らない。

 ただ何となく、元の世界のぬいぐるみを思い出しながら言ってみた。

 

「それなら、デルミイノブの皮が使えるかもしれんな!」

 

 ジャックがぽんと手を打つ。

 

(久しぶりにその名前を聞いたな)

 

「たしかに、デルミの皮は丁寧になめせば、とても丈夫で柔らかい素材になりますね」

 

 ルネがすぐさま素材の調達に思考を巡らせ始めた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 それから数日後。

 ルネの手先とジャックの執念により、ぬいぐるみの第一号サンプルが完成した。

 

「かめ?」

 

 応接室のテーブルに置かれたそれを見て、ラクンが小首を傾げる。

 デルミの皮で作られたプロガノリュウ。

 デフォルメされていて、本物より丸みを帯びており愛嬌がある。

 

「ラクン先生、いかがでしょうか?」

 

 ジャックが揉み手をして、ラクンの反応をうかがう。

 

「これは、どうする?」

 

 ラクンが不思議そうに俺を見上げた。

 

「なんか……両手でギュッと抱きしめてみたら、良さが分かるかも?」

 

 俺はそれっぽいことを言ってみた。

 ラクンは言われた通り、胸に押し当ててギュッとしてみた。

 中のメスターの毛が、むにゅっと心地よい弾力を返す。

 

「おお……」

 

 ラクンは目を見開き、もう一度強く抱きしめる。

 

「おお……」

「……気に入ったみたいね」

 

 ユラが微笑ましく見守りながら笑った。

 

 こうして誕生した『プロガノリュウのぬいぐるみ』は飛ぶように売れた。

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