境界の観測者 ―時計塔の特異点―   作:りー037

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【第五十一片】崩壊する偽装パッチ、怪物たちのデバッグ・ルーム

【日時】2004年 7月某日 09:00

 

【場所】時計塔・法政科 査問室(ロード・エルメロイⅡ世の視点)

 

 

「――ですから、あれは地下に敷設されていた旧式の霊子ガス管が、偶発的な魔力溜まりと反応して引き起こした、単なる物理的・局所的な爆発事故です。アトラス院の概念干渉? 決定論の衝突? 荒唐無稽にも程がある。我が教室の生徒である竜胆茜は、たまたまその場に居合わせて巻き込まれただけの、不運な被害者に過ぎません」

 

 

重厚なマホガニーの机を挟み、ロード・エルメロイⅡ世は、胃壁を削り取るような激痛に耐えながら、目の前に座る法政科の役人たち――そして、扇子で口元を隠しながら蛇のように微笑む化野菱理に向けて、徹夜で構築した「完璧な嘘(シナリオ)」を淀みなく吐き出していた。

 

 

(……頼む。誤魔化されてくれ。いや、誤魔化し通さなければならない……!)

 

 

Ⅱ世の背中には、冷たい脂汗が幾重にも伝っていた。

 

彼が提出した現場の魔力残滓データ、空間の異常値ログ、被害状況のレポート。それらはすべて、茜が戦闘直後にL5《干渉痕消去(インターフェアレンス・クリア)》と《確率偽装》を用いて捏造した「ガス爆発の完璧な証拠」である。

 

あまりにも完璧すぎる。完璧すぎるがゆえに、化け物には「不自然なまでに整えられた箱庭」として映っているはずだ。

 

「……素晴らしいレポートですわ、ロード」

 

 

化野菱理が、冷たい声音で響かせる。

 

「空間の歪みも、魔力の残滓も、すべてが『ただの事故』であることを雄弁に物語っている。……ええ、あまりにも雄弁すぎますわね。まるで、誰かが『この結果になること』を最初から計算して、世界に書き込んだかのように」

 

「……言いがかりだな、化野。法政科の観測機器の精度を疑うなら、そちらの部署で再点検でもするんだな」

 

 

Ⅱ世は葉巻を咥え、強引に話を打ち切ろうとする。

 

(……竜胆。頼むから、お前は教室で『ただの被害者』として振る舞ってくれ。これ以上、時計塔の連中にボロを出さないでくれよ……!)

 

 

Ⅱ世の切実な祈りは、しかし、ノリッジの教室において最悪の形で裏切られることとなる。

 

 

 

 

 

【日時】同日 09:10

 

【場所】時計塔・現代魔術科(ノリッジ) エルメロイ教室前

 

(――教室内のエントロピーが、通常の400%を突破している。僕の入場(ログイン)に対する警戒、好奇心、そして怒り……。Tier 0《可変存在解像度》の出力限界。もはや『平凡な三流』という偽装パッチは、この特異点においては完全に機能不全(フリーズ)に陥っている)

 

エルメロイ教室の重厚な扉の前に立ち、竜胆茜は無機質な瞳で自身のステータスを再確認していた。

 

 

頭部には、出血を隠すための痛々しい包帯。

 

そして左手には、完全に魔術的な細胞死(ネクローシス)を迎えた小指を隠すための、漆黒の革手袋。

 

痛覚は完全に遮断しているため身体の稼働に問題はない。しかし、彼の内側にインストールされた Ver.6.4――アトラスの『決定論(絶対終端)』を組み込んだ新たな OS は、彼自身が抑え込もうとしても、微細な「終末の冷気」として毛穴から漏れ出し、周囲の空間を物理的に軋ませていた。

 

茜は小さく息を吐き、青リンゴ味のキャンディを口の端で転がしながら、ドアノブを回した。

 

 

ギィ、と。

 

教室の扉が開いた瞬間。喧騒に包まれていた教室が、水を打ったように静まり返った。

 

数十人の生徒の視線が、一斉に茜へと突き刺さる。昨日まで「風景の一部(モブ)」として認識されていたはずの少年が、今はまるで、深淵から這い出してきた正体不明の怪物(バグ)のように、彼らの網膜に強烈なノイズを焼き付けている。

 

そして、その沈黙を最初に破ったのは、本能の獣だった。

 

 

「――ッ! 近寄るな!!」

 

教卓の近くから、スヴィン・グラシュエートが弾かれたように飛び退き、机の上に四つん這いになって凄まじい咆哮を上げた。

 

彼の黄金色の獣の瞳が限界まで収縮し、全身の毛が総毛立っている。喉の奥から漏れるのは、怒りではない。純粋な『死の恐怖』に対する、生物としての防衛本能だった。

 

「おい、新顔……! お前、昨日の今日で一体何を喰い破ってきた!? お前の体から、死の匂いがするぞ! それも、ただの死体の匂いじゃねえ……。世界そのものが『お前はここで終わりだ』って宣告するような、腐った鉛みたいに重くて真っ黒な……『終わりの匂い』だ!!」

 

 

スヴィンの『獣の嗅覚』は、茜の左手の革手袋の下にある「概念的な細胞死」の匂いと、茜が新たに獲得したアトラスの《論理矛盾の意図的生成》という破壊的ロジックの気配を、正確に嗅ぎ取っていた。

 

「……おはよう、スヴィン。君の嗅覚(センサー)は相変わらず非論理的なまでに鋭敏だね。だが、少し過敏すぎる。これはただのガス爆発による火傷の匂いだよ」

 

 

茜が平坦な声で歩みを進めようとした、その瞬間。

 

「うわああああっ!? 竜胆さん! なにそれ、なにそれ!?」

 

 

教室の後方から、包帯まみれの金髪――フラット・エスカルドスが、弾丸のような速度で茜の眼の前に飛び出してきた。

 

フラットの瞳は、スヴィンのような恐怖ではなく、未知のオモチャを見つけた子供のような狂熱的な輝きに満ちていた。

 

「竜胆さんの OS(魔術基盤)! 昨日まで『無限に広がる光の海』みたいだったのに、今はその海の中に、全部を吸い込む真っ黒なブラックホールみたいな『絶対の法則』が混ざってるよ! すっごいかっこいい! ねえ、これどうやって動いてるの!? ちょっと中身、触らせて!」

 

 

言うが早いか、フラットは無軌道な魔力パスを茜の L4《環境並列演算網》に向かって、無遠慮に突き刺してきた。

 

それは攻撃の意図を持たない、純粋な好奇心によるハッキング。

 

 

 

だが。

 

 

『――警告(Warning)。外部からの未知のシステム干渉を検知』

 

 

『――防衛プロトコル起動。L2《論理矛盾の意図的生成(パラドックス・インストール)》、対象の魔術回路へのカウンター・シークエンスへ移行』

 

 

茜の意思とは無関係に、アップデートされたばかりの OS が、フラットの干渉を「敵対的なシステム」と認識し、自動防衛のための致死の論理(パラドックス)を組み上げ始めた。

 

フラットの天才的な無軌道さを「ルール」として定義し、その内側から彼自身の脳神経を自壊させるための、極めて凶悪な論理爆弾。

 

 

(――不味い。このまま実行(ラン)させれば、フラットの脳が内側から破裂する)

 

 

「……フラット、触るなッ!!」

 

 

茜は L5 の制御スロットルを力ずくで引き戻し、自身の OS が放とうとしたカウンターロジックを、ギリギリのところで強制終了(シャットダウン)させた。

 

行き場を失ったパラドックスの反動が茜の内部で暴発し、痛覚を遮断しているはずの茜の顔が苦痛に歪み、口の端からツッと一筋の血がこぼれ落ちる。

 

 

「……え?」

 

 

フラットが、茜の放った異常なまでの殺気(システムの防衛本能)と、彼の口から流れた血を見て、初めて目を白黒させて動きを止めた。

 

「……君の探究心は素晴らしいが、アクセス要求のタイミングが非効率だ。僕のシステムは今、新しいパッチの統合で極めて不安定なんだ。……不用意に触れれば、君の存在 ID ごとフォーマットしてしまう危険がある」

 

 

茜は血を手の甲で拭いながら、冷や汗をかきつつフラットを遠ざけた。

 

「フラット! 下がりなさい!!」

 

 

 

その時。

 

教室の空気を一変させる、圧倒的なまでの魔力の重圧(プレッシャー)が、茜の頭上から降り注いだ。

 

 

「――ガス管の事故? ただの火傷?」

 

 

金色の縦ロールを揺らし、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが、怒りで肩を震わせながら茜の眼の前に立っていた。

 

彼女の周囲には、すでに数個の宝石が宙に浮き、いつでも致死の魔力弾として撃ち出せる状態(スタンバイ)になっている。

 

「私の審美眼を舐めないでくださる!? 竜胆茜!」

 

 

ルヴィアは、周囲の目など一切気にせず、茜の胸ぐらを両手で力強く掴み上げた。

 

サファイアのような彼女の瞳が、至近距離で茜の無機質な瞳を睨みつける。

 

「貴方のその身体から漏れ出している、冷たくて、無機質で、美しさの欠片もない『砂』のような呪いの匂い……! アトラスの連中に、私の『時計(所有物)』をどこまで弄り回されましたの!? しかも、その左手の……」

 

 

ルヴィアの視線が、茜の左手を覆う黒い革手袋へと突き刺さる。

 

彼女の研ぎ澄まされた魔術的審美眼は、その手袋の下にあるものが「ただの怪我」ではなく、概念的な敗北の代償――世界から存在を消し去られた『絶対的な死の痕跡(ネクローシス)』であることを、正確に見抜いていた。

 

「……ッ! なぜ、こんな修復不可能な傷を負うまで、一人で計算し続けましたの! なぜ、この私に……私という完璧なバックアップに、頼ろうとしませんでしたの!!」

 

 

ルヴィアの声には、怒りだけでなく、自分のチューナーが致命的な損傷を負ったことに対する、強烈な焦燥感と独占欲、そして微かな悲痛さが入り混じっていた。

 

「……貴方のその汚された回路、そしてそのふざけたバグ……。今すぐ、私の工房へ連行しますわ! 力ずくでも解体して、アトラスの論理など一つ残らず洗い流して、もう一度私が完璧に調律(メンテナンス)し直して差し上げます!!」

 

 

ルヴィアは本気だった。彼女は茜を引き摺ってでも、この教室から連れ出そうとする。

 

フラットが「えー! オレも解体見たい!」と騒ぎ出し、スヴィンが「その気味の悪いバグ野郎をさっさと俺の鼻の届かないところに捨ててこい!」と吠える。

 

 

(……エラー。エラー。教室内のエントロピーが臨界点を突破。……ルヴィアさんの魔力干渉、フラットの論理干渉、スヴィンの本能的拒絶。これらすべてを同時に処理しつつ『平穏な学生』としてのパラメータを維持することは、物理的に不可能――)

 

 

茜の脳内で、システムがパンク寸前の警告音(アラート)を鳴らし続ける。

 

ロード・エルメロイⅡ世が法政科で必死に守ろうとしている「ただの事故」という前提が、この教室という魔窟においては、たった数分で完全に崩壊しようとしていた。

 

 

 

「……ッ、ぐ……」

 

 

茜の視界が、唐突に激しいノイズに塗れた。

 

彼の中にインストールされたばかりのアトラス院の決定論――Ver.6.4の深淵なロジックは、ただでさえ茜の脳神経(ハードウェア)に致死量の負荷をかけている。そこへルヴィアの至近距離からの魔力圧と、フラットの無軌道なアクセス要求が重なった結果。

 

 

『――致命的な排熱不良(サーマルランナウェイ)を検知。脳神経の物理的損壊を防ぐため、L1《自動修復機構》が最優先コマンドを実行します』

 

『――全システムの強制シャットダウン(スリープモード)へ移行』

 

 

 

「……ルヴィア、さん。申し訳、ありま……」

 

 

茜の言葉は最後まで続かなかった。

 

彼を縛り付けていた完全な姿勢制御が糸の切れた操り人形のように弾け、茜の身体はふつりと意識を手放して、前方へと崩れ落ちた。

 

 

「えっ……きゃあっ!?」

 

 

胸ぐらを掴んでいたルヴィアが、突然すべての体重を預けてきた茜の身体に驚き、咄嗟に彼を抱き留めた。

 

彼女の腕の中に倒れ込んだ茜の身体は、異常なほどの高熱を発していた。その熱の奥底から、氷のように冷たく無機質な「砂(アトラス)」の呪いが脈打っているのが、ルヴィアの肌越しに伝わってくる。

 

「あーあ、竜胆さん、完全にクラッシュ(フリーズ)しちゃったよ! 処理落ちだね!」

 

 

フラットが呑気に手を叩く。

 

「……チッ。死の匂いを撒き散らしたまま気絶しやがって。迷惑な野郎だ」

 

 

スヴィンが忌々しそうに鼻を覆いながら背を向けた。

 

教室が騒然とする中、ルヴィアは自身の腕の中で微弱な呼吸を繰り返す茜を見下ろし、サファイアの瞳に冷たい怒りと、強烈な決意の炎を宿した。

 

「……フラット。後から来る講師に伝えておきなさい。『ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、自身の所有物の緊急メンテナンスのため、本日の講義をすべて欠席する』と」

 

「えっ? ルヴィアさん、授業サボるの!?」

 

「サボるのではありません。時計塔の退屈な講義よりも、私の美学(ルール)を優先するだけですわ」

 

 

ルヴィアは、意識のない茜の身体を抱えたまま、自身の魔術回路を励起させた。

 

エーデルフェルトの次期当主たる彼女にとって、同年代の少年一人を抱えて歩く程度の身体強化(レインフォース)など、造作もないことだ。

 

彼女は周囲の生徒たちが道を空けるのを確認すると、優雅な足取りで、しかし決して逃がさないという確固たる意志を持って、エルメロイ教室を後にした。

 

ロード・エルメロイⅡ世が、法政科の査問室で化野菱理を相手に血の滲むような「完璧な事故の言い訳」を構築しているまさにその裏で。

 

当の本人である竜胆茜は、ルヴィアゼリッタの手によって、時計塔の地下からロンドン市街地へと完全に拉致(お持ち帰り)されていた。

 

 

 

 

 

 

【日時】同日 10:30

 

【場所】ロンドン市街地・エーデルフェルト邸 地下工房

 

 

……甘く、重厚な香気がする。

 

没薬(ミルラ)と乳香(フランキンセンス)をベースにした、極めて純度の高い魔術香。

 

茜の意識(システム)が、ゆっくりと再起動(リブート)を果たした。

 

網膜の裏側で走っていたステータス・チェックが完了し、自身が横たわっている環境の物理データを取得する。

 

(……スプリングの反発係数から推測するに、最高級のシルクと羽毛のベッド。室温は22度、湿度は50%で完全に固定。……空気中のマナの密度が、ノリッジの教室の比ではない。空間そのものが、圧倒的な『富』と『宝石』の概念で満たされている)

 

 

茜がゆっくりと目を開けると、そこは彼自身の殺風景な学生寮とは対極にある、豪奢を極めた空間だった。

 

壁一面に設えられたアンティークの棚には、無数の宝石や触媒が整然と並べられ、シャンデリアの淡い光を反射してきらきらと輝いている。

 

そして、ベッドの脇に置かれたベルベットの椅子には、腕を組み、不機嫌の極みといった表情で彼を見下ろすルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが座っていた。

 

 

「……おはようございます、ルヴィアさん」

 

 

茜は上半身を起こそうとしたが、身体が鉛のように重い。彼が身に付けていた黒のパーカーはすでに剥ぎ取られており、今は上質なリネンの寝巻きに着替えさせられていた。

 

「おはよう、ではありませんわ」

 

 

ルヴィアの声は、氷のように冷たかった。

 

彼女の視線は、茜の顔ではなく、シーツの上に投げ出された彼の「左手」に固定されている。

 

 

茜は自身の左手を見た。

 

壊死した小指を隠すために着けていた黒い革手袋は、無惨にも切り裂かれて床に捨てられていた。

 

細胞のすべてが死滅し、黒ずんだ炭のようになった小指が、ルヴィアの凄絶な魔力光に照らされて完全に白日の下に晒されている。

 

「……貴方、気を失っている間、私の魔術的治癒(ヒーリング)をすべて無意識下で弾き返しましたわね。それにその指……。どれほど高純度なエメラルドの治癒魔力を流し込んでも、貴方のその小指の時間は『死』で完全に停止している」

 

 

ルヴィアが立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろして、茜の左手を乱暴に、しかし壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。

 

「……竜胆茜。貴方、アトラスの錬金術師を相手に、一体どんな『取引』をしたのです? これほどの不可逆の死……概念的な細胞の死滅を世界に刻み込まれるなど。ただの魔術戦で負うような傷ではありませんわ」

 

「取引ではありません。デバッグ(修正)の代償です」

 

 

茜は、自身の指がルヴィアの熱い手に包まれていることに微かな居心地の悪さを覚えながらも、極めて論理的に事実を告げた。

 

「相手の決定論が僕の『死』を出力したため、僕は世界の認識するIDを『左手の小指の細胞』へとすり替えました。結果として、僕の存在の代わりに小指が死滅した。……致死のエラーを回避するための、最も効率的なリソースの切り捨てです」

 

「……効率的、ですって?」

 

 

ルヴィアの肩が、小刻みに震え始めた。

 

彼女が茜の左手を握る力に、ギリギリと強い圧が加わる。

 

「貴方は……貴方という男は、本当に、どうしようもないバカですわね……!!」

 

 

ルヴィアの叫びが、豪奢な工房に木霊した。

 

彼女の瞳には、怒りとも、悲しみともつかない、激しい感情の波が渦巻いていた。

 

「自分の指を一つ、永遠の死に捧げておいて。それを『効率的なリソースの切り捨て』などと宣うなんて……。私の美学に対する、これ以上の冒涜はありませんわ!」

 

「冒涜? 僕はただ、生き残るための最適解を――」

 

「最適解とは、完璧な美しさの中にのみ宿るものです!」

 

 

ルヴィアが茜の言葉を力強く遮った。

 

「貴方のその OS とやらに組み込まれた数式は、確かに恐ろしいほど洗練されていました。だからこそ私は、貴方を私の手で調律して差し上げたのです。……ですが、アトラスの『死の計算』を取り込み、あまつさえ己の肉体を損なうことを『正解』とするような歪んだ論理(バグ)を、私がこのまま放置しておくとでも思いまして?」

 

 

ルヴィアが空いている右手を掲げると、空中に三つの巨大なサファイアが浮かび上がり、青白い魔力の残光を放ち始めた。

 

「貴方の頭の中にある、その泥臭くて不快な『砂(アトラス)』の呪い。そして、世界を騙してまで指を殺したその傲慢なプログラム……。今ここで、私の宝石(エーデルフェルト)の神秘で完全に上書き(フォーマット)して差し上げますわ」

 

 

ルヴィアの宣言は、魔術師としての矜持であり、同時に、自分の大切な『所有物(時計)』が自分以外の者の手によって歪められたことに対する、圧倒的な独占欲の顕現だった。

 

「……ルヴィアさん。僕のシステムは現在 Ver.6.4 へと移行したばかりです。貴方の宝石魔術(マナ)を強引に流し込めば、僕の防衛機構(パラドックス・インストール)が貴方の魔術基盤を敵対的と見なし、内側から破壊してしまう危険性が――」

 

「黙りなさい。私の宝石が、アトラスの砂時計ごときに後れを取るはずがありません」

 

 

ルヴィアは茜の顔に自身の顔を近づけ、その美しい顔に獰猛な笑みを浮かべた。

 

「さあ、覚悟を決めなさいな、竜胆茜。貴方が完全に『私のもの』として美しい数式を刻むまで、この解剖室(工房)からは一歩も出しませんわよ」

 

 

アトラスの最高位演算との死闘を終えたばかりの茜に突きつけられた、次なる試練。

 

それは、魔術戦でも命の削り合いでもない。エーデルフェルトの次期当主による、論理と美学を賭けた、濃厚で逃げ場のない「強制メンテナンス」の開幕だった。

 

 

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