一、女という生き物は。
家には、家人の性格が出るとはよく聞くもので。果たして、この家には一体どんな色が浮き出ているのだろうか。
ふとそんなことを思う。
硯の墨をすりながら、父のこだわりの庭園を見渡して手元の書物へ視界を溶かす。本来の自然とはこうあるべきだと、手元の書物が父を批判するように風にページをめくらせた。ある詩人が書き留めたなんてことのない絵日記のような書物だ。
「あぁ、またそんなに書物を持ち出して…奥様に叱られますよ。お嬢様」
墨と嘘くさい新緑の香りに、ふと女物の白粉の香りが混ざる。いわゆる豪邸という自宅には、声のした方へ目線をやるにも時間がかかる。手伝いの小薗が視界に入る頃には、私の返事も聞かずに襖を閉めている姿があった。
「小園、であれば何か暇つぶしの相手をしてくれるのか?」
私がわざとらしく小難しい医療書を指先で叩くと、小薗は一緒に持ってきた盆を小脇にずらし私の手元へ顔を寄せる。それに合わせて私がもう一冊、人体の解剖図が載っている書物も一緒に添えると、あからさまに顔を顰めながら私から後ずさった。
「お叱りどころじゃございませんよ、あぁ、これは…。罰が下っても文句が言えません。」
小薗は、本当に残念そうに私の姿を視界に移す。ここでの残念そう、とは罰を受ける私への同情などでは決してない。ここでの可哀想、とは名家のご令嬢でありながら、一人で生きていこうとする私の知識への貪欲さをはしたないと咎めているのだ。
女は賢いと嫌われる、つまり婚期を逃すのだ。
今しがた私が広げている書物は、我が春日井家の一番の宝と言っても過言ではない知識の結晶だ。私はこれらの知識を、齢十五にして読破してしまっていた。
つまり、私はこの日本随一の軍事医療を誇る名家のご令嬢、春日井家の女として明らかに異質な存在として生きていた。
婚期を逃しているつもりは毛頭ないのだ。客観的に見るならば、見目は充分優れていると自負している。だがしかし、見てくれだけで釣られる男は皆馬鹿ばかりなのだ。
以前見合いをした男を記憶の引き出しから取り出す。擦り傷にはヨモギが効くのだと、その男へ解説したことを思い出す。鼻の下を伸ばしていた顔が、徐々に青ざめ苦い顔へと変わり、私は、はて、ヨモギを口まで運んだだろうかと見当違いなことを考えていた。実に愉快で不愉快だった。
私の周りも、今の時代も、女の幸せは男の庇護の元子を成すのが幸せであると考えられている。
これのどこが幸せなのだろうか。十五の娘が、一回り年上の男に孕ませられるなど、誰が想像できるだろう。これを祝福だと謳うのは、やはり父も母も小薗も皆おかしいのだ。
今日何度目かの、外の世界を見てみたいという意識の底に漂っていると、目の前に掲げられた手紙と小薗の呆れ顔が一面に飛び込んできた。
「奥様と旦那様からの文です。返事は不要とのことですが、お目通し下さい。良いですか、明日までに必ずお目通し下さいね?」
きっとまたどこかの男児との見合いの約束であろうと予想をしながら、適当に返事をしながら文を受け取ると、小薗は小脇にずらした盆の上からお茶と茶菓子を私の前へ置いて、部屋を後にした。
作られた庭、他人の言葉、紙面だけの世界。上辺だけの愛、見てくれだけの私、他人の知識。この家での私の真実なんてものは、小薗が入れてくれる猫舌の私へのお茶の温度だけだ。
父様も母様も、私にはほとほと愛想が尽きたらしい。
文にはただ端的に、「花沢家の嫡男との結婚が決まった」とだけ書かれていた。
本当に、女という生き物をどこまでも馬鹿にした嫌な生き物だ。