花は手折られた   作:良哉

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四、包み隠さず。

 

 

 

 

 

私は今、応接室…のような場所で面妖なおでこをした軍人を正面に座っている。

 

 

三週間ほど前に、人生の分岐点だと筆を走らせ、私が出した手紙は旭川に本拠地を構えるかの「北鎮部隊」宛であった。

今更にはなってしまうが、花沢勇作の遺品を一つでも私に迎えさせてはくれないか、という内容を書き綴っての、今日の訪問だ。

 

もちろん、外へ出るための口実なのだが。

 

 

 

許せ、勇作。一応私は貴殿の妻となる女だったのだ、これくらいの身内面は許せ。

 

 

 

 

ちなみにこの後私は、家に戻らず放浪生活を満喫しようとしているのだが。せっかくだ、馬鹿になって生きてみるのも悪くはないかもしれないと、何年ぶりかの外の空気に肺と気分を膨らませている。

 

 

 

 

の、だが何故か到着した途端に一人の屈強な軍人殿に案内されるがまま、この部屋に連れてこられたのだ。

あまり座り慣れない椅子に腰掛け、逃亡生活に必要だろうと帯に隠した短剣があばらに当たる。これには少し後悔した。

 

 

 

目の前の面妖な軍人殿に目を向ける。不躾になるだろうかと思いつつも、一回りほど私と年齢が上であるなら少女のただの興味本位だと勘違いしてくれるだろう、と私はほんの少しだけ不躾な目線を向けてしまう。

 

 

私を連れてきた軍人殿は、面妖なおでこの殿方へ敬礼し、彼の後ろに控えるように佇んでいる。おでこの殿方は階級が上あることは確定だ。

 

 

助骨服…に袖章は中尉…。私を連れてきた彼は…あれは軍曹か?

 

 

目の前の御仁はどうやら、立派な将校様であるようだ。

 

 

 

先に沈黙を破ったのは、目の前の中尉殿だった。

爽やかな笑顔と共に、私が緊張していると思ったのか、身振り手振りを大きくしながら、後ろの軍人殿へと声をかける。

今度は私も名前を聞き取ることができ、私をここへ連れてきた軍曹殿は「月島」という名前らしい。

 

 

「奥方にお茶の用意を。それから、花沢勇作少尉の軍服を!」

「はい」

「!」

 

 

 

 

「本来であればこちらから伺わねばならない所を、このようなむさ苦しい場所へと御足労いただいてしまい、大変申し訳ない。」

 

 

 

 

お茶を、と言われた月島軍曹が部屋を出ると、目の前の中尉は私の隣へと歩を進め、目線を合わせるように片膝を着いた。

いつの傷なのかは分からないが、向こう傷が男前をあげるという話に納得してしまう。

 

 

 

人に会うのは家以外だと本当に久しぶりだった。

 

 

 

 

「勇作…殿にすら住所を送っていませんから、知らぬのは当たり前です。不躾な文に応えていただいただけで感謝致します。」

 

 

 

私の言葉に、彼は目を閉じ何度か頷くと立ち上がった。

 

私から見ると窓を背にしているので、彼は逆光になっていて少し眩しい。

 

 

 

「婚姻前だったと聞いておりますが、奥方と呼ぶのは失礼にあたりますかな?ぜひお名前を。」

 

「…春日井 誉です。立派な将校様、私もお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「鶴見篤四郎と申します。なるほど、聞いていた通りの聡明で凛とした瞳のお嬢さんだ。」

 

 

 

 

 

彼からしたら、十分私は小娘の年齢なのだから、当たり前なのだがお嬢様という言葉にむず痒さを覚える。

しかし、やはりと言うべきかこの場所での「春日井」という名は"どういった"家なのかわかってしまうようだ。

 

未だに窓を背にしている鶴見中尉殿の表情は見えないが、ふとまた膝をつき私の前に両手を差し出した。

 

 

なんというか、西洋の紳士を思わせるお方だ。

とりあえず私も両の手をのせるのが普通だろうか。

 

考えてそっとのせてみると、思ったよりもしっかりと握られ思わず手元から顔を勢いよく上げてしまう。

 

 

黒い瞳が、私の目を覗いていた。

 

 

私の知る常識では、こういった女の瞳を覗き込むのは不躾な行為だと記憶していたが、何故だ?軍人では女の扱いが違うのか?

 

 

周りは女中ばかりだったのもあり、軍人の男の手のひらに少々気後れしてしまう。

 

 

私の腕など小枝のように折れるだろうな。

 

 

 

逸らせぬ視線から、思考だけでも逸らすが、ふと握られていた両の手が解放され、先程の黒い瞳は柔和に細められ彼の手は労わるように私の手をさすっていた。

 

 

 

「花沢少尉が先陣を切って戦場を走り抜ける背中に、我々は着いてきた者たちです。残念ではありますが、あの日あの地に我々大日本帝国の旗をたてることができたのは、他でもない花沢勇作少尉の姿あってこそ。」

 

 

 

勇作はどうやら立派な軍人だったようだ。手紙のやり取りでは、年相応の少しばかり真面目が過ぎる性格に、人を撃てるのだろうかと甚だ疑問だったが、役目を終えて死を迎えたのだろう。

 

 

人に惜しまれる死とは、きっと良い最期だったろう。

 

 

死を傷む意味合いでも着てきた黒の着物が、彼への喪服のように思えてくる。

 

戦争とは長く苦しいものだ、勇作の遺体は戦いの最中火に焚べ骨だけが帰ってきたと聞く。次いで、責任を取るべく父親である花沢閣下も自刃したと聞いた。

 

 

 

「意味のある死であったなら、軍人冥利につきますね。」

 

 

 

医者の家に生まれた私は、女だからと学をつけるのを良しとはされなかったが、軍人の家に生まれてしまった勇作は、他の何かになりたいという感情はあったのだろうか。

お互い難儀な運命だと、今更ながらに相手を思う。

 

私が、今となっては後の祭りであること考えていると、扉ごしに「戻りました。」と先程出ていった月島軍曹が入ってきた。

 

 

「失礼します。お持ちしました。」

「ご苦労!」

 

 

月島軍曹は、想像していた軍人より小柄に思えた印象だったが、「粗茶ですが」と差し出した手にはいくつかの傷や節々に戦いの後が見えた。

 

何より近くに来られるとまるで壁のようだ。雨風も通しそうにない。

 

 

「ありがとうございます。」

「誉殿、お茶と一緒にお出しするものではないが、こちらは勇作少尉の上衣です。」

 

 

 

鶴見中尉は一言断りを入れると、私の前でそれを広げて見せた。

 

差し出された軍服は、死の瞬間まで着ていた上衣なのだろう。所々に土の色や擦り切れが残っていた。

 

 

 

 

 

思わず、手に取っていた湯呑みを落としそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、前にここまで土の汚れと血の汚れが着いている?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"前から"撃たれたのなら、こうはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりますかな?奥方。」

 

 

 

先程、失礼に値するからと名前を呼んだ鶴見中尉が、再度その呼び方で私を呼ぶ。

また窓を背にして私へと近づいてきていた。表情が読めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇作は"後ろから"撃たれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦場では前進あるのみ。後ろに控えるは同士か屍だけ。花沢勇作少尉の頭を撃ち抜いたのは、果たして亡霊かはたまた裏切りか…。奥方、お父上の是信氏は、貴方の才能を手放しに絶賛していた!しかし女性であるからとそれに華を咲かせることを断念した…。

 

 

 

 

 

どうかな?私の元で君の才を存分に使ってもらって構わない!ネズミを駆除し、仇を打ち、父上に認めてもらうのは。聞くところによれば、病院の後継は養子の男児だと聞く。嘆かわしい!きっと君ほどの才あるものはいないだろうに。」

 

 

 

何が、したいのだろう。まるで私が、父や母を見返したいと思っているような口ぶりだ。

まるで私が、女である自分を後ろめたく思っているような、そんな。

 

女も男も、差など無いはずだ。私は気にしていない。

 

 

子は一人しかいないから、いずれ私にも役目を与えてくれると、まるで私が信じていたようだと、そんなこと。

 

お茶を出されて何度か口にしたのに、酷く乾くようだった。

 

 

 

 

 

「何をおっしゃるかと思えば…。見てください。鶴見中尉や月島軍曹の拳があれば折れてしまうような軟な身体ですよ?」

 

 

 

 

はしたないと咎められる行為だが、着物の袖を捲りあげ二の腕まで晒してみる。月島軍曹は年頃の女子が、というように目を見開いた気がする。やはりはしたなかったようだ。

だとしても、私に何をさせたいのかはっきりしないうちはこうでもして意思表示をしなければならない。

 

私は多分今、何かに利用されようとしているのだ。

 

 

「貴方のような見目麗しき女性に、そこの月島と同じ力仕事などお願いしませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私が評価しているのは、貴方の聡明な"ここ"です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

幾分も大きな手が、私の頭蓋骨を包むようにそっと頭へ添えられる。触れこそはしないが、嫌に念が送られてくるようでじっとりとしてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「月島!私は今日お前を"軍曹"と呼んだか?」

「いいえ」

「では今日、私を中尉と呼んだか?」

「いいえ、呼ぶなと事前に言われましたので」

「ふむ、さて誉殿。先程貴方は私たちを階級で呼んでいましたな。素晴らしい観察眼をお持ちだ。それも含めて、やはり私の成すべきことにはあなたが必要だ。」

 

 

 

そう言葉にすると、寸でで止まっていた手の平が私の頭を包む。

 

 

 

 

なんなんだこの男は…!人の脳みそがそんなに欲しいのか?!

 

 

 

 

私が答えあぐねていると、何度か頭を撫でた後に唐突に開放された。

 

 

 

「少しはしゃぎすぎてしまった。脳みその話題に目がなくてね、欠けているのは脳みそだがね!はっはっは!」

「…笑えんが…」

「ほぅ、猫が剥がれておるぞ誉殿。」

 

 

 

 

 

この男、最初から知っていたのだ白々しい。勇作の遺品が欲しいという建前も、春日井の名を持つことも、私の頭が普通でないことも全て。

 

やはり、慣れないことはするものじゃない。そもそも、対人相手に会話など私はここ数年まともにしていないのだ。想像の猫かぶりなどボロが出るに決まっていた。

 

 

 

「…腹が立つ。」

「私は有意義な時間を過ごせて満足だ!監禁生活に嫌気がさしたら、何時でもここを口実に使って来るといい。」

「…もう来ないよ…。」

 

 

 

それは残念だ!と鶴見中尉はまた高らかに笑うと、月島軍曹に「送って差し上げなさい」と指示を出し部屋を後にした。

良かった、帰して貰えるようだ。一瞬監禁場所が増えるかと思ったところだ。

これは早々に逃げた方がいい。違いない。

 

 

前頭葉が欠けた人間など、倫理に欠ける。

 

 

私がため息混じりに立ち上がると、月島軍曹は鶴見中尉の命令通り送ろうと隣へ移動してくる。

軍は年功序列、縦社会だと読んだ。彼は出来る部下のように見えるが、少し「面倒臭い」と顔に書いてあるようだった。

 

 

建前に使ってしまった勇作の遺品を、そのままにするのも後ろ髪が引かれるので、優しく畳んで胸の前に抱える。

報われるべきではあるが、私にはどうしようもない事だ。せめてどこかで供養してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

可哀想だと同情するのは、失礼であり、違うのだ。

 

 

 

 

 

手紙での勇作は、どこか戦場に赴く物語の主人公のようで、今しがた胸の中にあるこの服の、悲惨な死を遂げた男と上手く結び付けられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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