The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「おんやぁ?こんな時間に、トリニティのお嬢様方が、こんなスラムに何の御用でぇ?」不良α
「そんなに急いで、何処に行くのさ?」不良β
「……わぁ、無法地帯といえばコレ──みたいな古典的な感じですねぇ」ハナコ
暗がりから現れたのは、フルフェイスのヘルメットを被った生徒と、黒いマスクにバツマークを描いたスケバン。周囲からも、ぞろぞろと同様の気配が集まりつつあった。
「くくくっ、こんな時間に出歩いていたらよ~、こわーいお姉さんに襲われても文句は言えねぇぜ?」不良α
「え、えぇっと、冒険ではなく、私達は試験を受けに行く途中でして……」ヒフミ
「──はぁ?試験?」不良β
「お前、頭大丈夫かよ、トリニティの生徒が何でゲヘナに試験を受けに来るんだ?」不良γ
「ま、まぁそうなりますよね……」ヒフミ
自分で言っていても、荒唐無稽な話だという自覚はあった。だが、事情を説明している猶予など、今の彼女達にはない。
「まっ、理由はどうあれ、やる事は変わらねぇ!」不良Δ
「ひゅーっ、お金持ちのお嬢様を拉致って、身代金がたっぷりって訳だなぁ!」不良α
「や、やっぱりまた、こういう展開に……」ヒフミ
「──時間の無駄だ」アズサ
その一言と共に、アズサの体が前へと踏み出す。
「あ?何だ、抵抗しようって──」不良β
「ふんッ!」アズサ
「おごぁッ!?」不良γ
「て、てめ──へぼぁッ!?」不良α
僅か数秒の間に、二人の不良が地面へと崩れ落ちる。手加減はしているのか、していないのか──その所作は、あまりにも淀みなかった。
「強行突破あるのみ……!」アズサ
「あ、アズサちゃん……!?」ヒフミ
「っ、周囲から足音が──」ミヅホ
「銃声に釣られて、多分、仲間が集まって来ているんだ……!」ヒフミ
「──皆、走るよッ!アズサちゃん、先導お願い!」ヒフミ
「うん、分かった!」アズサ
「ハナコちゃん、本当に申し訳ないけど、万が一の時はレイナちゃんをお願いします!」ヒフミ
「あら……ふふっ♡えぇ、任せて下さい♡」ハナコ
「ま、待って!置いて行かないでっ!?」コハル
「や、やっぱりこうなるんですねっ!?」レイナ
息を切らしながらも、一行は一斉に駆け出した。背後からは、次々と不良達の怒声が追ってくる。石畳を蹴る足音と、荒い呼吸だけが、深夜のスラムに響き渡っていた。
「いたっ、あいつらだッ!」不良ε
「待てぇッ!?てめっ、仲間を良くも!」不良β
「あん?ありゃあトリニティの制服じゃねぇか!こりゃあ、良い獲物が見つかったぜ!」不良
「攫って身代金をたっぷり頂くぞ!ぜってぇ逃がすなッ!」不良Δ
路地の向こうから、エンジン音と共に一台の車両が現れる。
「な、何でこんなに不良生徒がっ!?って、あれ、もしかしなくても、装甲車ではッ!?」ヒフミ
「むっ、違う、あれは恐らくハンヴィーが原型だ、装甲車というよりジープの類だな」アズサ
「いや、そんなのどうでも良いしッ!?」ヒフミ
「そう言えばっ、ブラックマーケットでは、あの手の物が安く手に入るんでしたっけ……っ!?」ミヅホ
車両は瞬く間に距離を詰めてくる。エンジンの唸り、砂利を弾くタイヤの音――その全てが、じわじわと恐怖を煽っていく。もう逃げ切れない――誰もがそう覚悟した、その時だった。
「──皆さん、そのまま真っ直ぐ走りなさい!」???
「ッ!」ヒフミ
突然響いた声に、誰もが一瞬足を止めかける。だがそれも、僅か一秒にも満たない間の事だった。鋭い、空気を裂く弾丸が運転手を撃ち抜いた。狙撃だ、それも針の穴を通すような精密な狙撃であった。
「──うごッ!?」不良β
「はっ!?え、おまッ、ちょ──」不良Δ
運転手が意識を失い、車両は制御を失って大きく右へと進路を外し、そのまま建物の一つに正面から突っ込んでいった。轟音と共に、砂埃が辺りに舞い上がる。中に居た不良達の悲鳴が、続けざまに響いた。
「ひぇッ!?こ、今度は何っ!?」コハル
「──兎に角前を向いて走るんです!振り返らないで!」ミヅホ
「わ、分かりました……っ!」ヒフミ
言われるがまま、彼女達はただがむしゃらに前を目指す。振り返れば足がすくむ、そんな予感がしたからだ。突如鳴り響いた銃声、そして唐突な車両事故。その一撃は、補習授業部の誰にも分からぬまま──しかしその発信元は、彼女達の窮地を最初から把握していた者の手によるものだった。
ゲヘナ・スラム街、それを見下ろす廃ビルの屋上。
狙撃銃を構えたまま、影が一つ佇んでいた。"老紳士"配下の狙撃手が引き金を絞り終えると同時、傍らに音もなく現れた仮面の人物──"老紳士"がそっと呟く。
「──ご苦労、下がって良い」"老紳士"
その声には、感謝とも労いともつかない、淡々とした響きがあった。
狙撃手が一礼し、闇に紛れて姿を消す。"老紳士"は単眼鏡を下ろし、遠く駆けて行く補習授業部の背中を見つめた。その眼差しには、庇護と呼べる様な、静かな感情が滲んでいた。
「……閣下」"老紳士"
その声は、誰にも届かない独り言だった。夜の帳が、彼のその小さな呟きをそっと呑み込んでいく。
既に、"老紳士"は全てを掴んでいる。ナギサの手により隆一が捕らわれた事も、彼女が補習授業部を陥れようと動いている事も。表向きは隆一が守っているとされているこの補習授業部──しかし、その裏側の『穢れ』を一手に引き受けているのは、他ならぬ"老紳士"自身であった。
合宿場には、時折独立連邦捜査部の息が掛かっていない正義実現委員会や情報局の生徒が近付く。ナギサの手の者、あるいは他派閥の探り。"老紳士"はそうした諜報員を、影から静かに、確実に捕らえ続けていた。表向きの平穏を保つ為に、彼は誰にも知られる事のない仕事を、黙々とこなしてきたのだ。尋問し、拷問し、その信念を徹底的に打ち砕いた後──洗脳し、味方へと変える。
補習授業部の平穏、その裏に積み重ねられた無数の悲鳴と屈服。もしこの実態が表沙汰になれば──"老紳士"に、そして彼が仕える隆一に、居場所などなくなるだろう。
「……分かっていますとも」"老紳士"
誰に言うでもなく、"老紳士"は自身に言い聞かせる様に呟いた。この道を選んだのは、他ならぬ自分自身だ。今更、後悔する事などない。
だからこそ、"老紳士"はその覚悟を持っている。
万が一にでも、この情報が漏れる事があれば──その時は、自らが全ての罪を被り、閣下すら裏切る覚悟。それすらも、"老紳士"は既に固めていた。
狂信的とも呼べる、この忠誠心。自らの命を、地位を、存在そのものを危機に晒してでも──彼はこの信念を貫く。それが"老紳士"という存在の、揺るぎない生き様だった。
「……閣下、あなたは今、囚われの身」"老紳士"
仮面越しの呟きが、夜風に溶けていく。眼下では、補習授業部の少女達の姿が、次第に闇の向こうへと遠ざかっていった。
「ですが、ご安心を」"老紳士"
「たとえどのような困難が待ち受けようとも」"老紳士"
"老紳士"は、静かに立ち上がる。その視線は、遠く消えていく補習授業部の背中と──彼らが向かう先、隆一が今も囚われているであろうトリニティの方角、その両方に向けられていた。まるで、二つの運命を同時に見守るかの様だった。
「──
その一言には、いかなる犠牲を払おうとも揺るがない、確固たる意志が込められていた。
その言葉を最後に、"老紳士"の輪郭は光学迷彩に包まれ──音もなく、深夜の帷の中へと消えていった。屋上には、僅かな硝煙の匂いだけが、静かに残されていた。