The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

104 / 104
お気に入りとコメントは励みになるので皆さんお願いします
誤字脱字報告も同じく励みになります


揺れ動く

合宿場、宿泊部屋。

 

シャワーを終えた補習授業部の四人と、レイナ、ミヅホは、それぞれの服に着替え終えた様子で室内に集まっていた。煤と埃を洗い流し、幾分か落ち着きを取り戻した顔ぶれではあったが、その表情にはまだ疲労の色が濃く残っている。

 

 

 

「ふぅ……何とか、人心地つきました」ヒフミ

 

 

「うん」アズサ

 

 

「まだ、あの爆発の音が耳に残っている気がします……」ヒフミ

 

 

「気のせいじゃない、多分暫くは続く」アズサ

 

 

 

アズサの淡々とした返答に、ヒフミは苦笑いを浮かべるしかなかった。皆、心のどこかで昂った神経が、まだ落ち着き切れていないのだろう。

教科書とノートを広げ直し、最終試験に向けての勉強を再開しようとする一同。しかし、その手はどこか鈍く、集中しきれない様子だった。無理もない──今日一日で、あまりにも多くの事が起こり過ぎていた。

 

 

 

「……何だか、外がうるさいですね」ハナコ

 

 

「え……?」ヒフミ

 

 

 

ヒフミはペンを止め、耳を澄ませる。夜更けの静けさの中に、確かに何かが混じっていた。

 

窓の外に耳を澄ませば、確かに──トリニティの校舎方面から、微かに人の声が届いていた。この合宿場は本校舎から距離があり、本来ならばこれほど鮮明に聞こえる筈がない。

 

 

「気のせい、じゃないですよね……」コハル

 

 

コハルは席を立ち、窓辺へと歩み寄る。夜のカーテン越しに見える外の景色は、いつも通りの暗闇。だが、その闇の向こうから届く声は──威勢の良い喧騒というよりも、もっと剣呑な、怒りに満ちた罵声の様に聞こえた。カーテンに手を掛けたまま、コハルは暫くの間動けずにいた。

 

 

「……何だろう、これ」コハル

 

 

 

じっと窓の外を見つめるコハルの背中に、皆の視線が集まる。誰も、その音の正体を言い当てられずにいた。教科書のページを捲る音すら、今は憚られる様な、そんな空気が部屋に満ちていた。

 

 

 

「あ、あの……皆さん」レイナ

 

 

 

その時だった。レイナが端末を握り締めたまま、震えた声を上げる。

 

 

 

「レイナさん、どうしました?」ヒフミ

 

 

「その、先生も居ないし……何をどう進めれば良いか分からなくて、ちょっと息抜きに……モモッター見てたんですけど……」レイナ

 

 

「モモッター、ですか?」ハナコ

 

 

「はい……そしたら──これ」レイナ

 

 

 

差し出された端末の画面。そこに映し出されていた光景に、覗き込んだ皆は思わず言葉を失った。手にした端末が、僅かに震えていた。

 

 

 

「な、なによこれ……」コハル

 

 

 

街頭で殴り合う生徒同士の映像。真偽不明の告発情報、飛び交う罵詈雑言のコメント欄。パテル学派とフィリウス学派、それぞれのアカウントが互いを罵り合い、拡散されていく怒りの渦。画面をスクロールする度に、荒れ果てたトリニティの光景が、次々と目に飛び込んで来る。見慣れた通学路が、見知らぬ生徒達の怒声で埋め尽くされていた。

 

 

 

「こ、これ……本当に、トリニティですか……?」ヒフミ

 

 

「……信じたくありませんが、そのようです」ミヅホ

 

 

 

ミヅホの声には、僅かながら硬さが滲んでいた。彼女自身、この状況の一端に関わっているという自覚が、無意識に声色へと表れていたのかもしれない。俯いたその顔からは、感情を読み取る事は出来なかった。

 

 

 

「な、何でこんな事に……!私達が合宿している間に、一体何が……」コハル

 

 

 

誰もが、画面に映る光景と現実の隔たりに戸惑いを隠せなかった。ほんの数日前まで、平穏だった筈のトリニティが、まるで別の学園であるかの様に荒れ果てている。

 

 

 

「……先生の事といい、この騒動といい、何かが、裏で確実に動いています」ハナコ

 

 

「トリニティ全体で、ですか……」ヒフミ

 

 

「はい、私達の預かり知らぬところで──何か、大きな渦が」ハナコ

 

 

「わ、私達に、何か出来る事はないんでしょうか……」ヒフミ

 

 

「今は……試験に集中する事、それが精一杯かもしれません」ハナコ

 

 

 

力なく答えるハナコの声に、皆は反論する事も出来なかった。無力感だけが、静かに部屋を満たしていく。窓の外で燃え広がる混乱を前に、自分達に出来る事があまりにも少ない──その事実だけが、重く胸にのしかかっていた。

その言葉に、部屋の空気が一層重くなる。誰も口を開けないまま、時間だけが過ぎていった。窓の外の喧騒だけが、途切れる事なく続いている。

 

 

 


 

 

 

深夜、皆がそれぞれの寝床に就く中、ミヅホはひとり静かに、割れた眼鏡を手に取っていた。既に予備の眼鏡へと掛け替えた後だったが、片方のレンズが割れたそれを、何故か手放す事が出来ずにいる。合宿場には規則正しい寝息だけが、静かに響いていた。

 

 

 

「……」ミヅホ

 

 

 

薄暗い部屋の中、月明かりを頼りにその眼鏡を眺めるミヅホ。指先が、ふとブリッジの部分──レンズとレンズを繋ぐ小さな部品に触れた。

 

 

 

「(──何か、違和感が)」ミヅホ

 

 

 

感触が、僅かにおかしい。普段使い慣れているものだからこそ、その微細な差異に気付けた。ミヅホは眼鏡を目の前に翳し、月光に当てながら丹念にブリッジ部分を確認する。指先の感覚だけを頼りに、慎重に、慎重に。

 

 

 

「……ッ」ミヅホ

 

 

 

息を呑む音すら、誰にも聞かれてはならない。ミヅホは咄嗟に口元を押さえた。

 

 

 

そこに──小さな、レンズの様な光沢を放つ何かが、埋め込まれていた。

髪の毛程の細さの配線、それに繋がる極小のレンズ。専門知識のない者であれば決して気づかないであろう、精巧な仕掛け。情報局仕込みの観察眼がなければ、彼女自身も見逃していたかもしれない。これを作り、仕込んだ人物の技術力を思うと、背筋が凍る様な思いがした。

 

 

「(──カメラ)」ミヅホ

 

 

 

ミヅホは息を潜め、周囲を素早く確認する。規則正しい寝息が寝室から聞こえてくる。誰も、彼女のこの発見に気付いてはいない。そしてカメラを床に落とすと、スリッパで踏みつける。乾いた小さな音が、静寂の中に短く響いた。

 

 

 

「(いつから……いや、それよりも──誰が)」ミヅホ

 

 

思考が、目まぐるしく巡る。この眼鏡を受け取ったのはいつだったか、誰の手を経てここに至ったのか──記憶を辿るが、決定的な手掛かりは掴めない。

 

 

 

自らはOMNISの一員、そしてティーパーティー、ナギサの忠臣。裏切り者を探すナギサの動向を、密かに隆一へと伝え続けてきた存在だ。その自分自身が──利用されていたとすれば。背筋を、冷たいものが這い上がる。

 

 

 

「(私は、ナギサさんに疑われている……?それとも、単に利用されている……?)」ミヅホ

 

 

どちらであるにせよ、この発見は無視できない。もし、ここまでの通信、あるいは自身の動向の一切が、既に何者かの手に渡っているのだとしたら──これまで積み重ねてきた全てが、根底から覆されかねない。長年築き上げてきた信頼、危険を冒して届け続けた情報、その全てが、最初から筒抜けだったという可能性すらある。

 

 

「(急ぎ、閣下にお伝えせねば)」ミヅホ

 

 

 

だが、どうやって伝える。この場に、安全な通信手段は残されているのか。幽閉されている彼にそもそもどうやって伝えるか、今夜見つけたこの仕掛けが、既に他の連絡経路にまで及んでいる可能性も、決して否定は出来なかった。

ミヅホは静かに、割れた眼鏡をハンカチの中に包み込んだ。この一件が意味するもの──それがまだ、彼女自身にも正確には掴めていない。だが、確かなのは一つだけ。

 

 

「(誰かが、この補習授業部を──見張っている)」ミヅホ

 

 

夜の静寂の中、ミヅホはひとり、その事実を胸に刻み込んだ。窓の外では、依然として遠い喧騒が途切れる事なく続いている。まるでこの部屋の静けさだけが、嵐の中の小さな孤島であるかの様だった。

誰にも悟られぬまま、彼女はハンカチに包んだ眼鏡をそっと懐へと仕舞い込んだ。この事実を誰に、どこまで伝えるべきか──その判断もまた、彼女自身に委ねられていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

銃社会を、吸血鬼は生きる(作者:MIKAZUKIN2525)(原作:ブルーアーカイブ)

体は子供。記憶はなし。そんな状態でキヴォトスに転生してしまった主人公。▼つらくても、苦しくても、めげずに生き抜いてやる。▼本編は0章からになります。


総合評価:242/評価:5.14/連載:101話/更新日時:2026年09月04日(金) 06:00 小説情報

楽しい銃社会の生き抜き方(作者:WEVE)(原作:ブルーアーカイブ)

ミレニアムサイエンススクールに所属するキヴォトス唯一の男子生徒『居待(イマチ) ウツキ』がなんやかんやありながら学園生活を満喫(?)する話▼今後必須以外タグ追加の可能性があるので苦手な方はブラウザバックを推奨してます▼大体許せるよって方は是非読んでいってください!▼現在の進捗▼アビドス編1,2章 完結▼ミレニアム編1章 完結▼エデン条約編1,2章 更新中


総合評価:546/評価:6.89/連載:51話/更新日時:2026年09月02日(水) 15:30 小説情報

自由自在に反転できる男(作者:天叢)(原作:ブルーアーカイブ)

転生してから反転できる何でもありな男がキヴォトスで生きる話▼尚、元の世界でもチートだった模様


総合評価:414/評価:5.36/連載:26話/更新日時:2026年08月20日(木) 23:10 小説情報

鬼神の力を持つ男はキヴォトスで何をする(作者:天叢)(原作:ブルーアーカイブ)

鬼神の力を持つ男、優月(うげつ) 晴鬼(はるき)は気ままに日常を過ごしてあらゆるものに巻き込まれ、原作を無自覚に破壊する▼※晴鬼は転生者じゃありません。なので原作のことも知りません▼一先ずはカイザー、エデン条約、最終編をどうにかしてから日常形式にしようと思います▼隔週か月一の投稿になると思います


総合評価:63/評価:-.--/連載:2話/更新日時:2026年07月19日(日) 23:09 小説情報

探究者の為の世界樹(作者:ロングコート)(原作:ブルーアーカイブ)

これは色彩が去り、キヴォトスに平和が戻った後の物語。▼ゲマトリアに属し、黒服と共に行動していたこの物語の主人公"ユグドラシル"。黒服から下された指令「キヴォトスの学園に属すること」を遂行する為に「智神ジル」として過ごす事になった彼女に待つ出会いと事件、そして過去の因縁、それらが織り成し待ち受ける終極とは……


総合評価:-3/評価:3.33/完結:57話/更新日時:2026年08月19日(水) 06:17 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>