The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「──ずっと、隠していた事があった」アズサ
「でも、ここまで来たらもう、これ以上隠しておけない……いや、隠しておきたくない」アズサ
「わ……──わたし、は……」アズサ
言わなければならない。伝えなければならない。だから──声を出せ。そう自身の体に命じるのに、喉が震えない、舌が、回らない。脳裏を過るのは、補習授業部として過ごして来た一ヶ月に満たない日々。皆で笑い合った時間、勉強を教え合った時間、その全てが、今この瞬間の重さを増していく。
「皆を、信じて」ヒフミ
「───」アズサ
その一言に、アズサは息を詰まらせた。仲間からの、揺るぎない信頼の言葉。それが今は、刃の様に胸を貫く。
「……ティーパーティーの、ナギサが探している、トリニティの裏切者は──私だ」アズサ
その一言と共に、アズサは一歩前へと踏み出した。窓から差し込む月明かりが、彼女の強張った表情を淡く照らし出す。
「……えっ、と」ヒフミ
「きゅ、急に何の話……?ミヅホちゃんと言い、ここにきて二人とも、どうしちゃったのよ!?」コハル
「………」ハナコ
困惑に満ちた沈黙が、暫くの間廊下を支配した。
「……私は、元々アリウス分校の出身だ、今は書類上身分を偽って、トリニティに潜入している」アズサ
「あ、アリウス分校……?」ヒフミ
「な、何それ、そんな校名聞いた事も……」コハル
「アリウス分校──」ハナコ
「嘗てトリニティの連合に反対した、分派の学園です……その反発のせいで現在のトリニティ総合学園とトラブルとなり、その後はキヴォトスのどこかに潜伏していると聞いていましたが──」ハナコ
ハナコの補足に、ヒフミとコハルは戸惑いながらも耳を傾ける。それは、彼女達にとって歴史の教科書に載る様な、遠い過去の話でしかなかった。
「そうだ、私は此処に来るまで、ずっとアリウス自治区に居た」アズサ
「今はアリウスとしての任務を受けて、こうして学園に潜入している」アズサ
「潜入……」コハル
馴染みのない単語を、コハルは呆然と繰り返す
「あ、アズサちゃんが元々トリニティの生徒ではないという事は分かりました……でも、それが裏切り者と、何の──」ヒフミ
「その、任務と言うのは……」アズサ
声を張り、アズサはヒフミの言葉を遮る様に続けた。
「…桐藤ナギサ、
「ッ……!?」ヒフミ
「う、嘘でしょ!?そ、それって──」コハル
「うん……彼女を、殺す為に私は此処に居る、そして第二目標が──」アズサ
「──シャーレの先生、その殺害」アズサ
その一言に、痛い程の沈黙が全員の前に横たわった。先生の殺害──余りにも無慈悲なその言葉が、ヒフミとコハルの思考力を根こそぎ奪っていった。
「……アリウスは、ティーパーティーと先生を消すためならば、何でもしようという覚悟でいる」アズサ
「そ、そんな……」ヒフミ
「アリウスはまずティーパーティーのメンバーであるミカを騙して、私をこの学園に転入させた、詳細は知らないが、きっと『トリニティと和解したい』とか、そういう嘘を吹き込んだんだと思う」アズサ
「……成程、ミカさんを──確かに彼女は政治には向いていないと言われていましたが」ミヅホ
「本命は、事が終わった後に罪をミカさんに被せる為でしょう……それで内紛など勃発すれば、トリニティは自然と割れます」ミヅホ
「うん、多分そうなる事を計算して動いていたんだと思う」アズサ
「そして──それを口にするという事は、アズサちゃん、あなたは……」ハナコ
「ま、待って、待ってよ!」コハル
ハナコとアズサの間に割り込む様に、コハルが声を張り上げた。震える手で二人の間に身を差し込み、両者の顔を交互に見つめる。
「きゅ、急に何の話をしているの……!?ティーパーティーのヘイローを破壊するとか、先生を殺すだとか……!あ、アズサが、その、アリウス?っていう所に所属していたっていうのは分かったよ!でも──」コハル
「アリウスの事は良く知らないけれど、それが私達補習授業部と、どういう関係があるのよ……!?アズサは何で、急にこんな話をし出したの……!?だって、現に先生は捕まっているけど生きているし、ティーパーティーだって……!」コハル
「………」アズサ
コハルの叫びを、アズサは目を伏せたまま聞き届けた。それは、彼女の潔白を信じたいという、切実な訴えでもあった。
「──明日の朝、アリウス分校の生徒がナギサを狙ってトリニティに侵入する」アズサ
「っ!」ヒフミ
「……私は、ナギサを守らなければならない、アリウスの企みを阻止する為に」アズサ
「あ、明日の、朝……!?」ヒフミ
「本館には戒厳令が出ている状態……最後の試験でのナギサさんの無茶もあって、正義実現委員会は本館にいないタイミング──えぇ、要人襲撃には最適な日ですね、アリウスにも優秀な参謀が居る様です」ハナコ
「な、何でアズサがそんな事する必要があるのさ……?それに、明日って、試験は──」コハル
「それは──」アズサ
言葉に詰まったアズサに代わり、ハナコが一歩前に進み出た。
「アズサさんは、最初からその目的でトリニティに来た──そうでしょう?」ハナコ
「……ハナコ」アズサ
「最初から、ナギサさんのヘイローを壊すつもりも、先生を殺すつもりもなかった──ということでしょう?」ハナコ
「……アズサちゃんはナギサさんを守るために、この任務に参加した──謂わば、
「……ハナコ」アズサ
「アリウス側には連絡係として常に問題ないと嘘の報告を流しながら、本当はずっと土壇場で裏切る準備をしていた、違いますか?」ハナコ
「……いや、違わない」アズサ
「──どうして、ナギサさんを守ろうとするんですか?それは、誰の命令ですか」ハナコ
ハナコの声は静かだったが、その奥には確かな詰問の色があった。
「これは……誰かに命令された訳じゃないんだ」アズサ
「私自身が、そうすべきだと思ったから」アズサ
告げるアズサの声には、初めて確かな芯の様なものが感じられた。
「桐藤ナギサがいなければ、エデン条約は取り消しとなるだろう、あの平和条約が無くなればこの先、キヴォトスの混乱は更に深まる──その時、アリウスの様な学園が再び生まれないとも限らない」アズサ
アズサの言葉には、自身の過去を知る者だけが持ち得る、重い実感が滲んでいた。
「──キヴォトスの平和の為に、という事ですか」ハナコ
「……結局の所、私の様な生徒を増やしたくないだけ、これは私のエゴ──けれど、そういう想いが無い訳じゃない」アズサ
「成程、良く、分かりました」ハナコ
ハナコの瞳が、すっと細く引き絞られた。
「……えぇ、とっても甘くて、夢の様な話ですね、エデン条約と同じ位、虚しい響きではありませんか」ハナコ
「は、ハナコちゃん……?」ヒフミ
その冷たい声色に、ヒフミは思わず不安げな声を漏らした。
「アズサちゃん、あなたは嘘つきで、裏切り者だった」ハナコ
「うん」アズサ
「トリニティでも本当の姿を隠し、アリウスでも本音を隠し続けて、アズサちゃんの周辺には、あなたに騙された人達しかいなかった」ハナコ
「……うん」アズサ
「私達も含めずっと周りを騙し続けて、結局私達に見せていた姿も、全部偽物だった──そういう事で、合っていますか」ハナコ
「…………」アズサ
容赦のない言葉の羅列に、アズサはぎこちなく頷いた。肩が下がり、今にも泣き出しそうな表情でありながら、彼女は決して涙を零さなかった。他者を欺いた上で流す涙の醜さを、誰よりも自覚していたから。
「いつか、言った通りだ……私は皆の事も、皆の信頼も、皆の心も、裏切ってしまうことになると──補習授業部がこんな危機に陥ったのは、私のせいだ、裏切り者の私を探して、桐藤ナギサはあんな無茶をした」アズサ
告げ、アズサは深く頭を下げる。膝に落ちた両手が、微かに震えていた。
「本当に、ごめん……謝って許される事だとは思っていない、どうか私の事を恨んで欲しい、この状況は全て、私の齎した事だから──全ての責任は、私にある」アズサ
「あ、アズサちゃん……」ヒフミ
「そ、そんな……」コハル
廊下に差し込む月明かりだけが、俯いたままのアズサの背中を、静かに照らし続けていた。