The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「アズサが言った様に、ナギサへの襲撃は阻止する、けれど勿論、試験も受けます、試験会場に辿り着き、皆で九十点以上を取って堂々と合格するんです!」ヒフミ
「でも、ヒフミ、でも実際そんな事が可能なのか……?試験は九時からで、アリウスの作戦開始時刻を考えると──」アズサ
アズサはヒフミの言葉に、思わずそんな疑問を投げかける。暗殺を阻止し、試験も受ける。確かにそれが理想ではあるが、それが可能かどうかと問われれば疑念が残った。
「や、やっぱり、他の方に助けを求めるとか……?」ヒフミ
「でも、それだとトリニティの外に漏れちゃうんじゃ……」コハル
「あうぅ、そ、そうですよね、となると、トリニティ内の方で、だ、誰か助けてくれそうなところに……」ヒフミ
「──ふふっ、大丈夫です、私に作戦があります」ハナコ
先程の心意気から一転、頭を悩ませ始めた二人にハナコは胸を張ってそう告げる。
「し、仕掛ける……ですか?」ヒフミ
「えぇ、何せここには
「へ、偏愛……」ヒフミ
「その上、ちょっとした潜入と情報戦の心得があるミヅホさんとレイナさんまでいらっしゃるのですから、この全員で力を合わせればきっと──
──トリニティ程度、半日で転覆させられますよ♡」ハナコ
「は、はい!?」ヒフミ
「えっ、ちょ、な、何する気!?」コハル
「……転覆?」アズサ
「ふふっ、何をするも何も、試験を受けて合格するだけです♡重要なのは、そう──演技力!」ハナコ
「え、演技……」ヒフミ
「りょく……?」コハル
「えぇ、作戦内容は私に任せて下さい、我に秘策アリです」ハナコ
その自信満々な笑みに、ヒフミとコハルは顔を見合わせ、僅かに不安を覚えずにはいられなかった。
「……ハナコさん、その、少し不安なのですが……本当に大丈夫でしょうか」ミヅホ
その、常に冷静なミヅホすら思わず漏らした呟きに、ハナコは腕を掴み、身を寄せ囁く。
「ミヅホさん、大丈夫です」ハナコ
「私を信じて下さい♡」ハナコ
「──………」ミヅホ
それは、ミヅホにとってもある意味殺し文句な訳で。何とも言い難い、非常に複雑な表情を浮かべたミヅホは、しかし小さく息を吐くと、静かに頷いた。
「……分かりました、信じます、ハナコさん」ミヅホ
「……ありがとうございます♡」ハナコ
ミヅホの許可を取り付けたハナコは、彼女の腕をするりと離すと、ヒフミの傍に駆け寄った。
「さぁ、始めましょう、ヒフミ部長!」ハナコ
「え、あぅ、えぇ!?」ヒフミ
「いつもの号令です!此処はびしっと決めて頂かないと!」ハナコ
「あ、わ、は、はい!」ヒフミ
ハナコに肩を叩かれたヒフミは、戸惑いながらも頷いて見せる。補習授業部で何かを成し遂げるのならば、その音頭を取るのはヒフミだ。震える拳を握り締め、ヒフミは補習授業部の全員を見渡す。
「さ、作戦は良く分かりませんが、でも、きっと私達なら大丈夫な筈ですッ!」ヒフミ
完全に理解しきれてはいなくとも、その声には確かな決意が込められていた。
「う、うん……ッ!」コハル
「うん、その通りだ」アズサ
「えぇ♡」ハナコ
「私も、微力ながら」ミヅホ
「わ、私も頑張ります!」レイナ
皆が皆、力強い頷きを返す。
「補習授業部──出撃です!」ヒフミ
提げた補習授業部の人形が、そっと、アズサの胸元で弾んだ。夜明け前の廊下に、決意を固めた七人の足音が静かに響き渡る。
本校舎より僅かに離れた位置にある特別棟。ティーパーティーのみが知る緊急避難用のセーフハウス、その中でも特に秘匿性の高い屋根裏部屋。ナギサはそこに身を潜めている──はずだった。
「……ミヅホさん、本当にこの場所で合っているんですか?」ヒフミ
「はい、旧情報局時代に一度、資料の中で目にした記憶があります、当時のティーパーティーの緊急避難計画書に……確証はありませんが、可能性は高いかと」ミヅホ
特別棟の外壁に沿って忍び足で進む一同。人気のない裏口、鍵の掛けられていない非常扉。その不用心さすら、今は不穏な予兆に思えてならなかった。アズサが先頭に立ち、静かに扉を押し開ける。
「……誰もいないな」アズサ
「正義実現委員会の警備も、見当たりませんね」ハナコ
「な、何か嫌な予感がするんですけれど……」コハル
薄暗い廊下を進み、階段を上り、行き着いた先──屋根裏部屋への扉。ヒフミがそっとノブに手を掛け、皆を振り返る。
「……行きます」ヒフミ
頷きを受け、扉を押し開けた。
「──……」ヒフミ
中は、静かだった。
簡素なベッド、小さなテーブル、そこに置かれたままの紅茶のカップ。中身は既に冷え切っている。壁に掛けられた時計だけが、規則正しく時を刻み続けていた。しかし──そこに、居るはずのナギサの姿は、何処にもなかった。
「い、いない……?」コハル
「そんな……嘘、ですよね……?」ヒフミ
部屋の隅々まで見渡しても、ナギサの姿はない。人形のように立ち尽くすヒフミとコハル、そしてレイナも、絶句したまま口を閉ざしていた。
「──……先を、越されたのか」アズサ
その呟きが、部屋の空気を更に重くした。
「そんな……もし、もしそうだったら……ナギサ様は──」ヒフミ
「わ、私達……間に合わなかったの……?」コハル
コハルの目に、涙が滲んだ。あれだけの覚悟を決めて、ここまで駆けつけたのに。もし、既にナギサが──そう思うと、足の力が抜けそうになる。
「……」レイナ
レイナもまた、口を噤んだまま俯く。誰も、次の言葉を紡げなかった。
「うぅ……」ヒフミ
「私達が、もっと早く動いていたら……もっと、早く……!」コハル
自身を責め立てるコハルの声が、震えながら廊下に響く。
絶望と自責の念が、部屋の中に静かに満ちていく。誰もが、その最悪の結末を受け入れかけていた。冷え切った紅茶のカップだけが、失われた時間の長さを物語っていた──その刹那。
「──待て」アズサ
彼女は部屋の中を歩き回り、床、壁、家具の一つ一つを注意深く観察していた。
「アズサちゃん……?」ヒフミ
「──おかしい」アズサ
「え……?」ヒフミ
「争った形跡が、ない」アズサ
その一言に、皆の視線がアズサへと集まる。
「良く見てみて欲しい、床には血の一滴すら落ちていない、家具も倒れていない、扉の鍵は破壊されたわけでもなく、内側から普通に開けられた様に見える……もし本当にアリウスが襲撃し、拉致、或いは殺害したのなら──もっと荒れている筈だ」アズサ
「……確かに、そう言われてみると」ミヅホ
ミヅホもまた、部屋を見渡しながら険しい表情で頷く。冷静さを取り戻した目で改めて確認すれば、アズサの指摘は的を射ていた。
「ナギサさんが抵抗した形跡がない、という事は……もしかして──」ハナコ
「──自分の意思で、此処を離れた、可能性がある」アズサ
その言葉に、絶望に沈みかけていたヒフミとコハルの顔が、僅かに──ほんの僅かにだが、光を取り戻した。
「じゃ、じゃあ、ナギサ様は、まだ……!」ヒフミ
「断定は出来ない、けれど──可能性はある」アズサ
アズサは冷静な口調のまま、静かに周囲を見渡す。何かが、この不自然な静けさの裏に隠されている。それが何であるのか、まだ誰にも分からなかった。
「……とにかく、手掛かりを探しましょう、時間はまだ、あるかもしれません」ハナコ
その一言に、皆は改めて気を引き締め、ナギサの捜索を再開するのだった。