The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
正義実現委員会の本部を後にした隆一は、トリニティ内部──誰にも知られる事のない隠し部屋へと足を運んだ。既にそこには、二つの影が待っていた。
「お疲れ様です、閣下」"老紳士"
「──ご足労、痛み入ります」???
「あぁ、二人共、待たせたな」隆一
"老紳士"の傍らに立つのは、OMNISの文官、コードネームA-41──榎本ユヅキ。眼鏡の奥、切れ長の瞳が端末の画面を映していた。
「うまくいったか、確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」ユヅキ
ユヅキは端末から一度顔を上げ、隆一の表情を窺う。
「上々だ、疑念の種は蒔けた、後は芽吹くのを待つだけだ」隆一
「四人共、思った以上に食いつきが良かったな」隆一
「それは重畳です」ユヅキ
告げ、隆一は用意された椅子に腰を下ろす。デスクの上には、既に幾つもの文書ファイルが並んでいた。
「では、こちらの準備状況を」ユヅキ
ユヅキが端末を操作し、投影されたリストが虚空に浮かび上がる。
「トリニティ内にばら撒く情報、その一覧です」ユヅキ
項目が、一つ一つ表示されていく。
「──一つ、ナギサは平然と校則を越権し、本来必要な手続きを省略して政務を行っていた」ユヅキ
「二つ、カイザーコーポレーションから莫大な裏金を受け取り、その見返りとして自治区内での活動許可などの便宜を与えていた」ユヅキ
「これは、裏付けとなる送金記録も捏造済みか?」隆一
「はい、監査を潜り抜けられる程度の精度で仕上げております」ユヅキ
「三つ、試験内容を改竄し、特定の生徒を退学に追い込める状況を作った」ユヅキ
「対象は選定済みか」隆一
「はい、補習授業部を被害者として仕立て上げられるよう調整しました」ユヅキ
「四つ、学内の予算を私的流用し、自らの懐に溜め込んでいる」ユヅキ
「五つ、正義実現委員会の一部の部隊を、私兵の様に運用していた」ユヅキ
「これも、動員記録の改竄が必要だな」隆一
「いえ、こちらに関しては事実なので、改竄は必要ありませんし、当該生徒からの言質も取れるでしょう」ユヅキ
「そして──五つ目……いえ、六つ目、独立連邦捜査部の顧問たる先生を監禁し、その権限を私的に利用した」ユヅキ
「他にも、幾つか予備の項目を用意しております」ユヅキ
「予備、か」隆一
「はい、メインのいずれかが不発に終わった場合の備えです、念には念を」ユヅキ
「不発になる様な、隙があるのか」隆一
「万が一の話です、完璧を期しても、想定外は常に起こり得ますので」ユヅキ
「用意周到だな、相変わらず」隆一
「閣下の元で学んだ事です」ユヅキ
リストは更にスクロールし、細かい捏造情報の数々が並んでいく。真実と虚偽、その境界を曖昧に溶かし込んだ、精巧な情報の織物。
「ハーフトゥルース、か」隆一
「純粋な虚偽よりも、遥かに信憑性を持ちますので」ユヅキ
ユヅキは淡々と続ける。
「完全な真実に、僅かな虚偽を混ぜ込む──そうする事で、受け手はどこまでが本当で、どこからが嘘かを判別出来なくなります」ユヅキ
「特に、既に疑念を抱いている相手であれば尚更、都合の良い方向に解釈してくれる」隆一
「人は、自分が信じたい物語を、勝手に補完してしまう生き物ですから」ユヅキ
「その通りです」ユヅキ
「読みが深いな、ユヅキ。発表のタイミングは?」隆一
「タイミングは、成否を分ける最大の要因ですので、慎重に計算しております」ユヅキ
「計算の結果、第三次特別学力試験の予想日──これが最適解です」ユヅキ
「根拠は?」隆一
「第三次学力試験の日程自体を逆算したところ、エデン条約の直前、生徒達の緊張と焦燥が最も高まる時期と算出されました、そこに情報を投下すれば、張り詰めていた生徒達から冷静な判断力を奪えます」ユヅキ
ユヅキは端末を操作し、詳細なタイムラインを表示する。
「学派間の対立が既に修復不可能な域に達しており、正義実現委員会の内部にも疑念の種を蒔き終えている、この状況で情報を『内部告発』の形式で流出させれば──」ユヅキ
「疑念という炎に、決定的な証拠という油を注ぐ、という訳だな」隆一
「言い得て妙です」ユヅキ
「一気に燃え上がる、という訳か」隆一
「はい、消し止める術は、もう残っていないでしょう」ユヅキ
「はい、周囲が疑心暗鬼に陥っている状況ほど、着火は容易いものです」ユヅキ
「疑いという感情は、一度火が付けば、自然と燃え広がっていきますから」ユヅキ
「消火する暇も与えない、という事だな」隆一
「その通りです」ユヅキ
「情報源は、既存の告発アカウントを再利用します、これまでの信頼度を維持したまま、より決定的な情報を流す事で、拡散力を最大化させます」ユヅキ
「信頼度の維持、その点は抜かりないな」隆一
「拡散経路は?」隆一
「正義実現委員会、風紀委員会、そして一般生徒──三方向から同時多発的に流出させます」ユヅキ
「三方向同時、という事は、対応する側も後手に回らざるを得ないな」隆一
「一つの経路が塞がれても、他の経路で拡散が続く、という寸法か」隆一
「仰る通りです」ユヅキ
隆一は満足気に頷きながら、リストを再度眺める。
「──良く出来ている、流石だな、ユヅキ」隆一
「勿体無きお言葉です」ユヅキ
「これだけの物を、この短期間で仕上げるとは、な」隆一
「閣下からのご下命でしたので」ユヅキ
「他に、報告しておくべき事は?」隆一
「一点、GLADIUS内部の動きですが……一部、不審な照会が入っております」ユヅキ
「詳しく」隆一
「先程の爆破の件で、正義実現委員会の一部指揮官が、独自に調査を始めた様です」ユヅキ
「動きが早いな」隆一
「はい、この分だと、そう遠くないうちに、何らかの接触を試みてくるかもしれません」ユヅキ
「監視は継続しておりますが、念の為、報告まで」ユヅキ
「良い、引き続き注視してくれ」隆一
「もし接触してきたら、どう対応すれば」ユヅキ
「まずはニューライザーを飲ませろ。それでも尚叛逆の意思あり、と看做された暁には…」隆一
「暁には?」ユヅキ
「
「承知致しました」ユヅキ
「ジェン、GLADIUSとDOLUS、両方に通達を」隆一
「畏まりました」"老紳士"
「内容は、いつも通りで宜しいでしょうか?」"老紳士"
「あぁ、予定通りに進めてくれ」隆一
「承知致しました」"老紳士"
「ユヅキ、告発アカウントの最終調整、頼む」隆一
「既に着手しております、閣下」ユヅキ
「発表時刻に合わせて、最終テストも済ませておきます」ユヅキ
「頼んだよ」隆一
三者の作業は、静かに、しかし着実に進んでいった。文書、証拠画像、音声データ──全てが緻密に組み上げられ、然るべきタイミングでトリニティ中に放たれる準備が整っていく。
「──さて」隆一
一通りの確認を終え、隆一は椅子から立ち上がった。
「俺は、そろそろ合宿場に戻る」隆一
「補習授業部の顧問としての役割も、抜かりなく」"老紳士"
「あぁ、それも大事な仕事だからな」隆一
「補習授業部の面々は、良い生徒達だ、あの子達の頑張りを、無駄にしたくはない」隆一
「あちらの生徒達は、まだ何も知らない、それでいい」隆一
「試験の日までは、良き先生であり続ける、それも計画の内という事だ」隆一
「かしこまりました、道中お気をつけて」"老紳士"
「あぁ、後は任せた」隆一
隆一は外套を羽織り直し、隠し部屋を後にする。振り返る事なく、彼は静かに扉を閉めた。
残された"老紳士"とユヅキは、暫くの間、無言のまま作業を続けていた。
「……閣下は」ユヅキ
ふと、ユヅキが呟く。
「補習授業部の生徒達に対しては、本当に、真摯に向き合われているのですね」ユヅキ
「えぇ、それも事実です」"老紳士"
「彼を、長く見てきましたが……あの二面性だけは、未だに底が見えません」ユヅキ
「──彼が語る理想も、優しさも、生徒への献身も、全て本物ですので」"老紳士"
「なればこそ、恐ろしいのです」ユヅキ
「本物の献身と、本物の非情が、同じ人間の中に、矛盾なく同居している……それが、閣下という御方なのでしょう」ユヅキ
「けれど、それとこれとは、また別の話。」"老紳士"
「彼にとっては、恐らく、その両方が同じ一つの目的の為の手段に過ぎないのでしょう。あの時もそうでしたから」"老紳士"
「…やはりあの方は、そう言う人なのですね。」ユヅキ
そう言い残し、ユヅキは端末の画面へと視線を戻した。