The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
分館の一室。静けさを取り戻した空間で、隆一とミカは二人、向かい合っていた。窓の外では、後始末に追われる生徒達の声が、遠くかすかに聞こえていた。乾いた朝の空気が、部屋の中にまで薄く漂っている。
「……で、話って何?先生」ミカ
「わざわざ二人きりで、って事は、それなりの話なんでしょ?」ミカ
「察しが良いな」隆一
「これでも、ホストだからね」ミカ
「ナギサの事だ」隆一
その名を聞き、ミカの表情が僅かに曇る。硝煙の残り香が、まだ僅かに漂っていた。
「あいつは、散々な事をしでかした」隆一
「補習授業部を利用して、アズサを裏切り者に仕立て上げて、正義実現委員会にも疑念の種を蒔いて……お前の事も、都合良く操っていた」隆一
「一つ一つは些細な仕掛けでも、積み重なれば、あいつの狙い通りに事は進んでいった」隆一
「──全部、あいつの掌の上だった、お前だけじゃない、俺も含めてな」隆一
「うん……知ってる、今は幽閉されてるんだよね」ミカ
「一体どんな顔で、今頃反省してるんだろうね」ミカ
「あぁ。セイアも、何とか一命は取り留めたが……依然として、容態は予断を許さない」隆一
「今は、その回復を待つしかない、それが今のティーパーティーの現実だ」隆一
「悔しいけど、他にどうしようもないんだよね……」ミカ
「意識も、まだ戻っていないんだよね……」ミカ
「あぁ、そうだ」隆一
「……そっか」ミカ
俯くミカを見つめ、隆一は静かに切り出した。
「ミカ、今しばらく、ティーパーティーのホストとして、トリニティを束ねて欲しい」隆一
「──え?」ミカ
「聞き間違いかな、今」ミカ
「もう一度言うぞ?聞き間違いじゃない」隆一
驚いたように顔を上げるミカ。しかしその表情は、直ぐに苦い笑みへと変わった。
「先生、何言ってるの……私、何をしたか分かってる?」ミカ
「私が誰を、何人巻き込んだと思ってるの?」ミカ
「一人でも、多過ぎるとでも言うつもりか?」隆一
「数の問題じゃない」隆一
「セイア襲撃の首謀者は、私だよ?アリウスを唆して、皆を巻き込んで……こんな私が、ホストなんて──」ミカ
「今更、綺麗な役なんて演じられないよ」ミカ
「先生だって、被害者の一人でしょ?なのに、私を選ぶなんて、どうかしてるよ」ミカ
「みんなを危険な目に遭わせて……その上、私がのうのうとホストの椅子に座るなんて、都合が良すぎるでしょ」ミカ
「そんな綺麗事、被害者本人が一番よく分かってる筈だ」ミカ
「都合の良し悪しで決める話じゃない、必要かどうかで決める話だ」隆一
「必要な人間は、必要な場所に立つ、それだけの事だ」隆一
「今の騒動が片付いたら、私はティーパーティーから身を引く」ミカ
きっぱりと、そう告げるミカ。その根底には、自身の行いへの深い後悔があった。特に、心の何処かに本心があったとはいえ、結局ナギサに良いように利用され、踊らされていた事実──それが、彼女の心を何よりも重く苛んでいた。自分の意思で選んだと思っていた道すら、他人の掌の上だったのだと知った今、彼女は他人は愚か、自分自身でさえもどこまで信じていいのか分からなくなっていた。何を信じて、何を疑えば良いのか、その境界すら曖昧になっていた。
「……それは、断固として容認できない」隆一
「な、何で……」ミカ
「私よりも、もっと相応しい人が沢山いるでしょ」ミカ
「パテルもそうだけど、サンクトゥスやフィリウスにだって、優秀な生徒は他にもいる筈だよ」ミカ
「名前を並べても意味は無い、今、この場にいるのはお前だけだ」隆一
「俺はシャーレの顧問だ、けれどトリニティの内情に関しては、お前に軍配が上がる」隆一
淡々と、しかし確かな熱を持って、隆一は言葉を続ける。それは説得というより、確信を持って現実を突きつける様な口調だった。
「仮に今、ミカが退けば──ティーパーティーに残るのは、未だ容態が安定しないセイアだけになる」隆一
「それだけで、この先どうなるか、想像出来るだろう」隆一
「一人だけで、あの膨大な業務を、しかも病み上がりの状態で回せる訳がない。むしろ、
「パテルとフィリウス、ホストの座を巡って大規模な争いが起きるのは目に見えている、その上、今回の一件で救護騎士団、シスターフッド、トリニティ自警団の発言力も、良くも悪くも高まった」隆一
「でも、みんながいろんな意見を出せるようになったのはいい事なんじゃないかな?」ミカ
「確かに、様々な意見が出るのは寡頭制であれ民主制であれ独裁よりは優れた点だが、その『様々な意見』は毒にだって薬にだってなる。そして各勢力の思惑が絡み合った今の状況で、纏め役が不在になれば、間違いなく空中分解する」隆一
「そしてその暁に…その混乱の責任は、誰が取る?」隆一
「こないだの爆弾テロの燻りだって、未だ収まっちゃいない、そんな状況で、お前まで引退したら──ようやく収まりかけた混乱に、もう一度火を点ける事になる」隆一
「そうなれば、犠牲になるのは、また関係のない生徒達だ」隆一
「それに、お前が身を引いた所で、ティーパーティーが重ね続けた罪が消える訳じゃない。」隆一
「けじめは、責任を放り出す事じゃない、その職務を全うした上で、初めて意味を持つものだ」隆一
「逃げるのは簡単だ、けれど、それでは何も償えない」隆一
「お前が今すべき事は、退く事じゃなく、残された混乱を収める事だ」隆一
「……」ミカ
隆一の言葉に、ミカは押し黙る。反論の余地がない事は、彼女自身が一番良く分かっていた。トリニティの現状、その脆さ、今この均衡がどれほど危ういものかも。誰よりも間近で、その全てを見てきたのは、他ならぬミカ自身だった。感情では受け入れ難くとも、理屈では、嫌でも隆一の言う事が正しいと分かってしまう。悔しさと諦めが、綯交ぜになった様な感覚だった。 沈黙の後、ミカはふっと、力の抜けた笑みを零した。
「……じゃあ、セイアちゃんの代わりに、ティーパーティーを頼むね」ミカ
「セイアちゃんが目を覚ましたら、ちゃんと私が、代わってあげるから」ミカ
「あぁ、その時まで、分かった」隆一
その一言──ティーパーティーに最後まで残ったホストから直々に告げられた、独立連邦捜査部への全権委任。それは、正式にこの一件の後始末を隆一達に託す、確かな宣言だった。
「あぁ、任せてくれ」隆一
「必ず、ちゃんと落とし前をつける、お前が安心して戻れる場所を守る」隆一
「それが、俺の役目だ」隆一
「その為にも、今しばらく、力を貸してくれ」隆一
「分かった、私に出来る事なら」ミカ
「……うん、頼りにしてるよ、先生」ミカ
頷く隆一を見て、ミカは立ち上がる。窓から差し込む朝日に、焼け焦げた髪先が薄く照らされていた。
「そういえば、その髪……」隆一
「気になる?」ミカ
「少しな」隆一
「あぁ、これ?」ミカ
「派手にやられちゃったよね、この髪」ミカ
「あの時の、先生の一発……結構本気だったんじゃない?」ミカ
「反省してる?」ミカ
「……特に髪の毛焦がしたのはな。もうちょい横ずらしとくべきだったな」隆一
ミカは焼け焦げた毛先を指先で摘み、くるりと弄ぶ。
「焼け焦げた部分もバッサリ切っちゃって、一層の事ショートヘアにでもしちゃおっかな?☆」ミカ
「短くなったら、それはそれで似合うんじゃないか?」隆一
「そう?なら、そうするかな」ミカ
「その方が、『過去との訣別』とか『禊』的なメッセージも込められて清々しいだろ?」隆一
「──ふふ、そういう慰め、要らないんだけどな」ミカ
「……ありがとうね、先生☆」ミカ
「ああ、こちらこそだ」隆一
どこか吹っ切れた様な、けれど確かに寂しさの滲む笑みを浮かべ、彼女はそう告げる。そのまま踵を返し、朝日の差し込む廊下へと、ミカは静かに歩き出した。その背中は、まだ僅かに危うさを残しながらも、確かに前を向いていた。窓越しに差し込む光が、彼女の足取りをゆっくりと照らしていく。廊下の先には、まだ見ぬ日々が続いていた。