The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
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護送車の狭い座席に、ナギサは俯いたまま座っていた。手首には拘束具、両脇を固めるのは、かつてのティーパーティーの生徒達。窓の外を流れる景色を眺める余裕すら、今の彼女には残されていなかった。冷たい金属の感触が、手首に食い込む度、現実を突きつけられる様だった。数日前まで見慣れていた筈の廊下や校舎の景色が、今はどこか他人事の様に、窓の外を流れていく。
「──売女が」護送生徒A
「本当に、見苦しいったらないわね」護送生徒B
「まさか銭ゲバの分際で、ティーパーティーのホストを気取ってたなんてね」護送生徒A
「本当、身の程知らずってやつ」護送生徒B
「あんな女に、まんまと騙されてたなんて、反吐が出る」護送生徒C
「元から、なんか裏がある感じはしてたんだけどね」護送生徒A
唾を吐き捨てるような声が、車内に響く。ナギサは何も答えず、ただ唇を噛み締めた。
「……何とか言いなさいよ」護送生徒A
「何、その顔……開き直ってるつもり?」護送生徒B
「っ……違います、私は──」ナギサ
「私は、そんな事──」ナギサ
「何?まだ言い訳するつもり?」護送生徒A
「黙って」運転役
言葉を遮る様に、運転席の生徒が舌打ちを鳴らす。バックミラー越しに、彼女の視線がナギサを射抜いた。その視線には、憎悪にも似た、剥き出しの感情が滲んでいた。これ以上何を言っても、無意味だと悟り、ナギサは口を噤む。
「これ以上減らず口叩くなら、容赦しないわ」運転役
「そこまでにしときな、まだ弾劾裁判も残ってんだからさ」護送生徒B
「分かってるわそんなもの」運転役
告げると同時に、腰に下げた拳銃の銃口が、ちらりとナギサへ向けられる。それだけで、車内の空気が凍り付いた。ナギサは俯いたまま、それ以上何も言えなかった。
「まさかカイザーの連中から金もらってたなんてね」護送生徒A
「随分とやってくれたわね。トリニティの名前に泥塗りたくって、自分は金を得たからそれでヨシと」護送生徒C
「それでも飽き足らず、正義実現委員会の人事にテコ入れして私兵化してただなんて」護送生徒B
「しかも聞いた?先生の事捕まえて暴力振るわせたみたいよ?」護送生徒A
「よくもまあ、フィリウスの生徒達に泥塗ってくれたわね」護送生徒A
「……何で」ナギサ
「また嘘だと言う気か?お前はホラ吹きだけは上手いんだな」護送生徒B
「本当にね」護送生徒C
数日前まで、確かに自分の手の中にあった筈の日常。それが今、指の隙間から零れ落ちる様に、跡形もなく崩れ去っていく。自分が積み上げてきたと信じていたものが、たった数日で瓦解していく様を、ナギサはただ黙って見つめるしかなかった。
トリニティ地下牢獄。冷たい石壁に囲まれたその一室に、ナギサは投獄された。狭い格子窓から差し込む僅かな光だけが、部屋の中を照らしている。昨日までホストとして過ごしていた自分が、今はこんな場所にいるという事実が、まだ上手く飲み込めずにいた。石壁を伝う僅かな水滴の音だけが、時折、静寂を破っていた。
「……あんな女がホストだったなんて、信じられない」生徒1
「あの余裕そうな顔、今はどんな気分なんだろうね」生徒2
「見に行ってみる?きっと惨めな顔してるよ」生徒4
「みんな、あの銭ゲバに騙されてたんだね」生徒3
「あの女なんかよりもこないだ来たシャーレの先生?だっけ?の方がトリニティのトップに相応しいと思うわ」生徒2
「私、前から何か胡散臭いなって思ってたんだよね。鼻につく喋り方してたし」生徒3
「私も、何となく分かる気がする」生徒4
「ああいう良い人そうな人ほど、裏があるものだよね」生徒2
牢の外を通る生徒達の声が、嫌でも耳に届く。誰も彼もが、当然の様にナギサを罵り、蔑む。その声の一つ一つが、鋭い刃の様に彼女の心を抉っていった。
「……違う」ナギサ
膝を抱え、壁に背を預けたまま、ナギサは小さく呟く。牢の壁は冷たく、その冷たさだけが、今の彼女にとって唯一の確かな感覚だった。
「私は、何も……」ナギサ
「本当に、何も、していないのに……」ナギサ
「なのに、誰も、信じてくれない」ナギサ
「誰も、私の話を、聞こうともしない」ナギサ
けれど、その声もまた、誰にも届かない。
ふと、脳裏を過るのは、以前どこかで聞いた噂だった。真偽の定かではない、けれど、どこか薄気味悪さを孕んだ、そんな類の話。当時は聞き流していたその噂が、今になって重く、そして生々しい実感を伴って蘇ってくる。あの時笑って聞き流した自分を、今は心の底から責めたかった。
──独立連邦捜査部の顧問に牙を剥いた人間には、その後、必ず不幸が舞い降りる。
思い返せば、情報局筋から聞いた話の中に、覚えのある名があった。ミレニアムサイエンス・スクールのセミナー幹部が、突如として失脚したという一件。当時は特に気にも留めなかった、ただの噂話。他にも似た様な話が、幾つか脳裏を過ぎる。いずれも、彼に楯突いた
「……先生」ナギサ
いつも生徒達に、あの柔らかな笑顔を振りまいていた、隆一。その裏に隠された、底知れぬ何か。ナギサは今更ながら、その正体の一端に触れた気がした。思えば、彼が常に一歩引いた立場を保ちながらも、いつの間にか状況の中心にいた事など、幾つも思い当たる節があった。生徒達の信頼を一身に集めながら、その実、誰よりも冷徹に盤面を見据えていた男。 膝を抱える手に、力が籠る。
「私は……先生に、歯向かってしまったんだ」ナギサ
「あの時、疑うべきだったのは、先生の方じゃなかった」ナギサ
「もっと、慎重に動くべきだった……」ナギサ
「けれど、今更、何をどう悔いても、もう遅い」ナギサ
「全部、私が招いた結果なんだ……」ナギサ
込み上げるのは、後悔だった。抗いようのない、深い後悔。
冷たい牢獄の中、ナギサはただ一人、その事実と向き合い続けるしかなかった。誰も助けには来ない。声を上げても、届く場所はもう何処にも無い。ただ、時間だけが、容赦なく過ぎていく。かつて自分が守ろうとしていたものは、皮肉にも、その全てが今、自分自身を追い詰める刃と化していた。