The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
あの日から、暫くの時間が過ぎた。
トリニティ暫定合同生徒会──隆一をその棟梁に据え、急遽発足したその組織は、今もなお混乱の後始末に追われている。パテルとフィリウス、その他の分派間の綱引き、シスターフッドと救護騎士団の発言力の増大、そして未だ収まりきらない爆破テロ未遂の余波。積み上げるべき課題は、幾重にも重なっていた。
その一方で、ミカの様子には、少しずつ変化が現れていた。
当初、彼女はティーパーティーのホストを一時的に隆一へ託し、時期を見て自身が復帰するつもりでいた。けれど、日が経つにつれ、その決意は少しずつ揺らいでいく。
助かったとはいえ、セイアを生死の境へと追いやってしまった事実。そして、自身の描いた作戦が裏目に出た結果、身内であった筈のナギサが、地下牢獄に収監されてしまった事実。
その二つの重みが、ミカの精神を、静かに、しかし確実に蝕んでいった。
「……ミカ様、今日もあまり、お食事を──」ティーパーティーモブ
「あぁ、うん、大丈夫、ちょっと食欲が無くって」ミカ
「もう三日目ですよ?流石に最低限は摂らないと…」ティーパーティーモブ
「そんなに経ってたっけ……あはは、時間って早いね」ミカ
「笑い事じゃないですよ、本当に心配してるんですから」ティーパーティーモブ
「えへ…大丈夫だって。こう見えて私、頑丈なんだから…」ミカ
「でも……顔色だって、ずっと優れないままじゃないですか」ティーパーティーモブ
「そう、かな?自分じゃ、あんまり分からないんだよねぇ」ミカ
「ミカ様……せめて、少しだけでも」ティーパーティーモブ
「大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れが溜まってるだけだから、心配しないで」ミカ
「無理な笑顔は、見ていれば分かりますよ」ティーパーティーモブ
「……ばれてるなら、しょうがないなぁ」ミカ
「でも…」ティーパーティーモブ
弱々しく笑い、フォークを置くミカ。政務からは解放されていた筈だったが、睡眠も、食事も、満足に摂れない日々が続いていた。特に、親友とも言える存在だったナギサを失った影響は大きく、かといって力尽くで救い出そうとすれば、それはナギサが辿った轍を、自らもう一度踏む事に他ならない。
自分ではどうする事も出来ない。その無力感だけが、ミカの中に積み重なっていった。
合同生徒会本部。ミカがその扉を叩いたのは、そんな日々が続いたある日の事だった。
「……ミカ?」隆一
執務室に姿を見せたミカを見て、隆一は思わず息を呑む。以前、髪をばっさりと切ったショートヘアは、今は手入れもままならない様子で乱れており、その顔には、隠しようのない疲労の色が滲んでいた。
「先生、ちょっと、お話しよっ?」ミカ
「あぁ、勿論──大丈夫か、随分と、顔色が悪いぞ?」隆一
「……うん、まぁ、そうだよね」ミカ
「まぁじゃなくて鏡見ろ?目の下がクマだらけだし顔真っ青だぞ?よくミネに見つからずにここ来れたな」隆一
「多分もう…バレてるけどね、へへっ」ミカ
「笑い事じゃないぞ、ちゃんと眠れてるのか?」隆一
「うーん、どうだろ……気付いたら朝、って感じかなぁ」ミカ
「それ、眠れてるとは言わないだろ」隆一
「あはは、バレたか」ミカ
「ちゃんと横になって寝てるならまだしも、それも怪しいもんだな」隆一
「うっ……鋭いね、先生」ミカ
力なく笑い、ミカはソファに腰を下ろす。しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「先生、私……政務から、身を退くよ」ミカ
「……そうか」隆一
「これじゃあ、お願いじゃなくて──直訴、かな」ミカ
真っ直ぐに、隆一を見つめるミカ。その瞳には、これ以上ないほどの切実さが滲んでいた。
「私、多分もう限界なんだと思う、ナギちゃんの事も、セイアちゃんの事も……考えれば考える程、駄目になっちゃって」ミカ
「そうか……無理を、させてたんだな」隆一
「ううん、先生のせいじゃないよ。全部、私が勝手に背負い込んでただけだから」ミカ
「セイアちゃんの容態、聞く度に安心はするんだけど……その分、ナギちゃんの事を思い出しちゃって。あの子を、あんな場所に閉じ込めたままなのは、私なんだって」ミカ
「お前が、望んでそうした訳じゃないだろう」隆一
「分かってる、分かってるんだけど……結果として、そうなっちゃったのは事実だから」ミカ
「もし、あの時私が別の選択をしてたら……セイアちゃんも、ナギちゃんも、こんな目に遭わずに済んだんじゃないかって、そればっかり考えちゃうんだ」ミカ
「……」隆一
「頭では、分かってるんだよ?私だけの責任じゃないって。でも、心が追いついてくれないの」ミカ
「夜、眠ろうとしても、その事ばっかり浮かんできて……気付いたら、朝になってる。その繰り返し」ミカ
「だから、お願い、少しずつだけど、快方に向かってるセイアちゃんの事……先生に、任せたい」ミカ
その言葉には、政務を放り出す罪悪感と、それでも縋らずにはいられない切実さが、同時に滲んでいた。隆一は、しばし、彼女を見つめる。
目の前のミカは、嘗てティーパーティーとして相対した時の、或いは、あの日ティーパーティーの客人として、そして分館で敵同士として向き合った時の強がりに満ちた姿とは違う。ただ、心身共に疲弊し切った、一人の
「……分かった」隆一
「えっ……」ミカ
「セイアの事は、俺が引き受ける、お前は、ゆっくり休め」隆一
あっさりと告げられた言葉に、ミカは一瞬、呆気に取られたように目を見開く。
「……良い、の?そんな簡単に決めちゃって」ミカ
「あぁ」隆一
「今のお前に必要なのは、政務でも責任でもない、休息だ」隆一
「それに、お前が潰れちまったら、元も子もないだろ」隆一
「で、でも……先生だって、今ただでさえ忙しいのに、その上セイアちゃんの事まで背負わせちゃって、大丈夫なの……?」ミカ
「心配するな、こっちもワンオペじゃない。ミネや他の連中にも、ちゃんと相談する」隆一
「それに、セイアの容態は、日に日に落ち着いてきてる。お前が思ってるほど、大変な話じゃないさ」隆一
「そう、なんだ……なら、少し安心かな」ミカ
「あぁ。だから、お前は余計な心配せずに、自分の事だけ考えてろ」隆一
「……先生も、案外優しいんだね」ミカ
「…少なくとも『案外』は余計だ」隆一
「あはは、ごめんごめん」ミカ
その言葉に、張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。
「……ありがとう、先生」ミカ
「礼を言うのは、こっちの方だ。今まで、一人で抱え込ませて悪かったな」隆一
「そんな事……」ミカ
「いいから、今日はもう帰って、ゆっくり寝ろ」隆一
「うん……うん、そうする」ミカ
「あと、ちゃんと食べろよ。ミネにも、そう言っとくから」隆一
「わ、それは勘弁してほしいかも……絶対うるさく言われるやつだ」ミカ
「自業自得だ、諦めろ」隆一
「うぅ……分かったよ。ちゃんと食べるし、ちゃんと寝る。それで、いい?」ミカ
「あぁ、それでいい」隆一
「それと──何かあったら、遠慮なく言えよ。一人で抱え込むのは、もう終わりにしろ」隆一
その一言に、ミカは目を丸くした後、ふわりと表情を緩めた。
「……うん、覚えとく」ミカ
小さく、けれど確かにそう告げたミカの表情には、久方ぶりに、安堵の色が浮かんでいた。
合同生徒会本部を後にするミカの足取りは、来た時とは違い、どこか軽やかだった。廊下の窓から差し込む陽光を浴びながら、彼女は小さく息を吐く。
「……ふふっ」ミカ
零れた笑みは、久しぶりに、心からのものだった。
尤も、全てが解決した訳ではない。ナギサやセイアの事も、トリニティの混乱も、まだ何一つ終わってはいない。けれど、少なくとも今は──その重荷を少しだけ、下ろす事が出来た。その事実だけで、ミカの心は、確かに軽くなっていた。