The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
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ミカが辞意を表明した、その日の夜。
合同生徒会本部、その最奥に位置する一室で、隆一は一人の人物と向かい合っていた。
「──全て、上手くいったようですね」"老紳士"
「あぁ」隆一
窓の外、月明かりに照らされたトリニティの敷地を眺めながら、隆一は静かに頷いた。
「
「閣下は、そう断言するんですね」"老紳士"
「そりゃあ事実だからな。残っているとすれば、それはもう『派閥』と呼べるほどの規模じゃない。ただの
「ナギサ嬢の件も、ミカ嬢の件も──閣下が、その手で仕組んだ事でしょうに」"老紳士"
「仕組んだ、は人聞きが悪いな。俺はただ、皆が自然とそう動くよう、少し背中を押しただけだ」隆一
「その『少し』の積み重ねが、今のこの結果を生んだ訳、ということですね」"老紳士"
「……違いない」隆一
ナギサは、罠に嵌め、既に牢の奥。かつてティーパーティーのホストであった彼女は、今や誰からも顧みられる事のない、地下の暗闇の中に沈んでいる。
ミカは、自らその職を辞した。誰に強要された訳でもない、彼女自身の選択という体裁を保ったまま。
そしてティーパーティーに最後まで残されたのは、未だ蒲柳の質から抜け出せぬ、百合園セイアただ一人。
「ナギサ嬢は、状況を理解しているのでしょうか?自分が、誰の掌の上で踊らされていたのか」"老紳士"
「さぁな。だが、仮に気付いたところで、今更どうにもならんだろう。証拠も、証言も、全部彼女に不利な形で揃ってる」隆一
「ミカ嬢の方は?あの様子では、かなり心を病んでいたようですが」"老紳士"
「あれは、想定より少し早かったな。もう少し粘るかと思ったが、案外脆かった」隆一
「脆かった、ですか。随分と、他人事のように言うのですね」"老紳士"
「事実、他人事だからな。俺が背負うのは、これから先の話だけだ」隆一
「彼女には、いくらか同情もしているがね。何も知らないまま、勝手に自滅していくのは──見ていて、あまり気持ちの良いものじゃない」隆一
「同情、それでいて、手を緩めることもしなかったと」"老紳士"
「同情と実行は、別の話だろう」隆一
「ティーパーティーの百合園セイア、救護騎士団の蒼森ミネ、シスターフッドの歌住サクラコ──この三者による、鼎立の合同生徒会」"老紳士"
「表向きは、ね」隆一
口の端を僅かに歪め、隆一は答えた。
独立連邦捜査部は、あくまで『合同生徒会の諮問機関』として振る舞っている。書類上は、そういう建て付けになっている。けれど実際のところ、その実権を握っているのは──他ならぬ、隆一自身だった。
「セイアは、療養に専念せざるを得ない、蒼森ミネは時折発作を起こす彼女に付きっきりで、政務どころではないだろう」隆一
「サクラコは、シスターフッドの立場上、表立って旗を振れる立場にない」隆一
「──なら、その隙間を埋める役目は、自然と俺に回ってくる、という訳だ」隆一
「隙間、というより……閣下自身が、その隙間を作ったのでは?」"老紳士"
「さぁ、どうだろうな。結果として、そうなった。それだけの話だ」隆一
「サクラコ嬢が、もう少し政治的に動ける立場でしたら、状況は変わっていたかもしれませんね」"老紳士"
「シスターフッドは、元々そういう組織だ。個人の裁量より、組織としての体面を優先する。例えサクラコがどれだけ優秀でも、そこは変えられない」隆一
「よく理解しているようで」"老紳士"
淡々と語る隆一の言葉に、"老紳士"は小さく笑みを浮かべる。
「三者鼎立が慣習となっているこのトリニティで、君が単独の長として君臨する事に、疑問の声はどれほどなものでしょうか?」"老紳士"
「無かった訳じゃないさ」隆一
「けれど、それ以上に……優秀で、有能で、清廉な為政者を求める声の方が、圧倒的に多かった」隆一
「危機の後というのは、そういうものだ。生徒達は、誰か一人でいいから、縋れる相手を欲しがる」隆一
「なるほど。君は、その心理を利用した、という事か」"老紳士"
「利用、というより……応えてやった、と言った方が正確だな。事実ペルツルもそうやってドイツを率いる独裁者になった訳だ」隆一
「閣下らしいですね」"老紳士"
「否定はしないさ」隆一
「その割には、随分と饒舌ですね」"老紳士"
「たまには、こういう夜も悪くないだろう」隆一
そう告げる隆一の表情に、後ろめたさの色は一切なかった。生徒達が彼に向ける信頼、それは決して偽りではない。ただ、その信頼こそが──彼にとって、最も都合の良い道具に他ならなかった。
「アリウスの脅威を退け、ナギサの不正を暴き、混乱の中でトリニティを支え続けた男──それが、今の生徒達が抱く、俺の像だろうね」隆一
「アリウスの件も、今思えば、君にとっては好都合だったのではないでしょうか」"老紳士"
「さぁな。降って湧いた話に、乗っただけだ。もっとも、乗り方次第で、随分と評価は変わるものだよ」隆一
「見事なものです」"老紳士"
「買い被りすぎだ」隆一
「OMNISとしては、この状況について何か思うことは?」隆一
「いえ、上々です。ここまで綺麗に事が運ぶとは、正直、想定を遥かに上回りました」"老紳士"
「そりゃどうも」隆一
「次の段階に移ってもいい、という判断が下ってもおかしくないでしょう」"老紳士"
「次の段階、か」隆一
「具体的には、何を考えている?」隆一
「聞かれているかもしれないので詳しくは話せませんが…ただ──ミネ嬢とサクラコ嬢、その二人を動かす事になるでしょう」"老紳士"
「二人とも、今のところ大人しくしているがな」隆一
「大人しいのと、無害なのは相反します。特にミネ嬢は、仮に何かあれば、真っ先に牙を剥く類の人間です」"老紳士"
「それは、俺も重々承知だ」隆一
「だからこそ、今は下手に刺激せず、様子を見ている段階だ。時期を誤れば、面倒な事になりかねない」隆一
「…随分と、慎重ですね」"老紳士"
「慎重すぎるくらいで、ちょうどいいのさ。ここまで来て、詰めを誤る訳にはいかないだろう」隆一
窓の外に視線を戻し、隆一は薄く笑う。月明かりに照らされたその横顔は、いつも生徒達に向ける柔和な笑みとは、どこか違う色を帯びていた。
「一つ、聞いておきたい事が」"老紳士"
「何だ?」隆一
「閣下は、この状況を──心から、望んでいるのかな。それとも、ただ与えられた役目を、淡々とこなしているだけかな」"老紳士"
隆一は、しばし沈黙した後、静かに口を開いた。
「さぁな。そんな事、俺自身にも、まだよく分からんよ」隆一
「分からない、か。閣下らしくない答えですね」"老紳士"
「そうか?案外、こういうものだと思うがな」隆一
「役目をこなす事と、それを望む事の境目なんて、初めから曖昧なものだ。いちいち区別する意味も、無いだろう」隆一
「なるほど……」"老紳士"
その答えに、"老紳士"は小さく肩を竦めるだけで、それ以上追及しようとはしなかった。こうして彼は、自身を取り巻く状況を巧みに操りながら──トリニティを、その手中に収めていったのだった。