The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「ん?あっ、ナギちゃん」ミカ
「……お久しぶりですね、ミカさん」ナギサ
トリニティ自治区、隔離塔地下──普段滅多に人が立ち入らない場所に、ナギサの幼馴染、ミカは顔を出していた。引き上げられた重厚な鉄柵を潜り、ナギサの前へと立った彼女は、いつも通りの飄々とした空気を纏っている。ナギサは用意されていた古臭いソファから上体を起こし、硬い表情のまま姿勢を正した。
「もう会えないんじゃないかなって、そう思っていました」ナギサ
「まさか、ナギちゃんと私の仲じゃんね」ミカ
「……それもそう、ですね」ナギサ
「そんな不安そうな顔しないでよ、私がナギちゃんを見捨てる訳ないじゃん」ミカ
「……ありがとう、ございます」ナギサ
久々の軽口、けれどどこか痛々しさの滲むそのやり取りに、ナギサは僅かに口元を緩めた。 彼女の様子は逐一報告を受けていた。拘束されているとは言え、彼女もまた元ティーパーティーの一員である事は変わりない。しかし、それでもある程度の警戒を持たれるのは当然の事で。 久方振りに目にした幼馴染の顔は、何処か張り詰めた様に硬く、乾いている様に見えた。報告では大人しく過ごしているとの事だが、その目元には薄らと隈が見え、凛とした佇まいに反して生気を感じられない。 ミカは初めて見る幼馴染の姿に、手前で組んだ掌をそっと握り締めた。
「差し入れ、ありがとうございます、こんな所ですから、他に楽しみもありませんし……毎日、少しずつ頂いています」ナギサ
「そう?それなら良かった」ミカ
「ええ、味気ないですけどね」ナギサ
「贅沢言うようになったじゃん」ミカ
「ですが……何故、パンばかりなのでしょうか」ナギサ
「え、だってナギちゃん、甘いのそんな得意じゃないでしょ?」ミカ
「それはそうですが……たまには、違うものも食べたいなと」ナギサ
「あはは、贅沢言っちゃって。今度は違うの持ってくるから、我慢しててよ」ミカ
「……楽しみに、しておきます」ナギサ
ナギサの言葉に、ミカはくすりと笑みを零す。
「それで、今日はどうしたの?尋問ならもう散々されたでしょ?私を直接呼んだって事は、それ以外に何か用事があるって感じかな」ミカ
「……相変わらず、勘が良いんですね」ナギサ
「まぁ、幼馴染歴、伊達じゃないからね」ミカ
「………」ナギサ
ミカの言葉に、ナギサは一瞬の沈黙を守る。 此処で、ただ顔を見に来たと口にする事が出来ればどれ程良かった事か。けれど、私情だけで会いに来たと言い切る事は、ナギサには出来なかった。暫くの間視線を伏せた彼女は、徐に口を開く。
「アリウスについて、改めて確認させて?」ミカ
「……それについては、もう何度も言いました。私は何も知りません、アリウスの計画にも、部隊編成にも、関わった覚えなんて一切ありません」ナギサ
「…」ミカ
そう頷けば、ナギサは苦い表情を浮かべたまま吐き捨てた。
「じゃあ、まだ何か隠し事をしていると疑っているのでしょうか?なら好きにすれば良いでしょう、シスターフッドだって何だって呼んで」ナギサ
「……そんな事、するつもりはないよ」ミカ
「じゃあ、何をしに来たんですか。慰めに来た訳でもなさそうですし」ナギサ
「両方だよ。ナギちゃんの様子も気になったし、話も聞きたかった、それだけ」ミカ
「……随分と、都合の良い言い分ですね」ナギサ
「まぁ、そう言わないでよ」ミカ
「……分かっています、ミカさんが、そんな事をする人ではない事くらい」ナギサ
力なく笑ったナギサは、どこか昏く淀んだ瞳でミカを見る。
「けれど、私が何も知らないと言った所で──誰も、信じてはくれない」ナギサ
「……」ミカ
「証拠が、証言が、全部揃った状態で持ち出されるんです。反論の余地なんて、最初から用意されていない」ナギサ
「そんな……」ミカ
「カイザーコーポレーションからの収賄、公私混同の人事、あの男の監禁……身に覚えのない罪状が、まるで最初から事実であったかのように、次々と積み上げられていく」ナギサ
その声には、隠しようのない疲弊と苛立ちが滲んでいた。
「──全部、あの男の仕業です」ナギサ
「……ナギちゃん?」ミカ
「先生……いいえ、
断言するナギサの瞳には、確信めいた光が宿っていた。それは疑いようのない、彼女なりの真実だった。 しかし、その言葉に──ミカは静かに、けれど確かに首を横に振る。
「……それは、違うと思うよ」ミカ
「っ……ミカさんまで、そんな……!」ナギサ
「だって、少なくとも先生はそんな事をする悪い大人じゃないもん」ミカ
「根拠は……?根拠は、あるんですか、ミカさんには」ナギサ
迷いなく告げるミカの声に、ナギサは信じられないと言った様子で目を見開いた。
「先生の何を知っていると言うんですか、ミカさんは……!あの人がどれだけの権力を握っているか、独立連邦捜査部が、トリニティの中でどれだけの発言力を持っているか──!」ナギサ
「権力があるからって、悪い事をするとは限らないでしょ」ミカ
「理想論ですね、そんなの」ナギサ
「うん、知ってるよ、その上で言ってる」ミカ
「知っていて、それでも庇うんですか……!」ナギサ
「庇ってる訳じゃないよ、ただ、信じてるだけ」ミカ
「信じてる、それだけで……こんな理不尽が、許されるとでも?」ナギサ
「……ッ」ナギサ
「先生は、そんな事をしてまで得をする様な人じゃない、少なくとも──みんな、そう、信じてる」ミカ
真っ直ぐに、揺るぎない声でそう告げるミカ。その言葉に、ナギサは唇を噛み締め、拳を強く握った。
「信じられません……信じられる訳、ないじゃないですか」ナギサ
「私は、何もしていない……なのに、こんな所に閉じ込められて、皆から裏切り者だと後ろ指を差されて……全部、全部あの男のせいで──」ナギサ
「ナギちゃん、落ち着いて」ミカ
「落ち着いてなんて……ミカさんに、私の気持ちが分かりますか……!」ナギサ
込み上げる感情のままに、ナギサの声は次第に震えていく。ミカはそんな彼女を、悲しげな瞳で見つめていた。
「ナギちゃん」ミカ
「私が、噓を吐いているとでも言うんですか……!」ナギサ
「そんな事は言ってない、ただ……」ミカ
「じゃあ、何だって言うんですか……!」ナギサ
ミカは一度言葉を切り、静かに息を吐いた。
「先生を疑う理由が、私には見えないだけ」ミカ
その一言に、ナギサの表情が凍り付く。 幼馴染であるミカにさえ、この真実は届かない。それが何よりも、ナギサを深く絶望させた。
「……ミカさんも、あの男に──」ナギサ
言いかけて、ナギサは口を噤む。それ以上の言葉は、この状況を悪化させるだけだと理解していたから。 沈黙が、二人の間に落ちる。 鉄格子越しに向かい合う幼馴染同士。かつては同じティーテーブルを囲んでいた二人の間には、今、埋める事の出来ない溝が横たわっていた。
「……本当に、ナギちゃんは何も知らないの?」ミカ
沈黙を破り、ミカは静かに問い掛ける。その声には、僅かな縋る様な響きが滲んでいた。
「何度も、何度も同じ事を聞くんですね」ナギサ
「ごめん、でも……確かめておきたかったの」ミカ
「知りません、私は本当に──何一つ、知らないんです」ナギサ
絞り出す様に、ナギサは答えた。その言葉が真実か否か、判断する術は──少なくとも今のミカには、無かった。