The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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積もる歴史

古聖堂の回廊。昔からそこにある建物には、やはり他にはない空気がある。何気ない拍子に目に入る剥げた塗り、回廊の隅でひっそり繁る苔や小さな草──そういうものが似合う場所だった。中庭を取り巻く廊下を進みつつ、隆一はひとりごちる。

 

 

 

「相も変わらず凄い所だなやっぱ」隆一

 

 

「はい、この通功の古聖堂は長い間、廃墟として放置されていましたが、今回ここで調印式を締結する事が決定し、大々的な修理が行われたそうです、その決定につきましてはトリニティのナギサさんと、ゲヘナのマコトさんとが合意したものと聞きましたが……」ヒナタ

 

 

「よっくもまあ、あの二人が噛み合ったな?」隆一

 

 

「そう聞いてはいます、少し意外ですよね」ヒナタ

 

 

「何れにせよナギサはスキャンダルで失脚して、今は俺にホストの座が渡っている。コネと利権に塗れていたトリニティ上層部から腐敗を一掃した…だなんて内外でチヤホヤされている以上、ナギサ陣営の残党や、或いはゲヘナ側の思惑もあるんだろうな」隆一

 

 

「思惑、ですか……そうだとしても、平和に繋がるなら私は嬉しいです」ヒナタ

 

 

「少なくとも、それは同感だ」隆一

 

 

「ただ、ヒナさんもマコトさんも、どちらも一筋縄ではいかない方々ですから、当日も何事もなく進むと良いのですが……」ヒナタ

 

 

「モーマンタイ、何の為にわざわざ、こちらがトリニティの可能な限りの兵力を動員してまでこちらに来たってんだ?」隆一

 

 

「はい……私も、先生のお力になれるよう頑張ります」ヒナタ

 

 

「頼りにしてんぞ?ヒナタ」隆一

 

 

「は、はい!お任せ下さい」ヒナタ

 

 

「ところで、サクラコとミカの顔合わせは、久しぶりなのかな」隆一

 

 

「合同生徒会の会合以来かと思います、ミカさんはあのあと心身を壊してしまいましたが…きっとお二人とも、気を張っておられますよ」ヒナタ

 

 

「なら、せめて迎える俺達くらいは、肩の力を抜いておこうか」隆一

 

 

「ふふ、そうですね」ヒナタ

 

 

そう言いながら、ヒナタは横手の地下通路へと目をやった。崩れかけた石段はあちこち欠損しており、苔がびっしりと付いている。

 

 

「それでも全体が修理された訳ではなく、調印が行われる場所だけのようですね、下の方はまだ廃墟の状態でして」ヒナタ

 

 

「……結構深そうだな、迷ったら一巻の終わりだ」隆一

 

 

「足元も悪そうですし、近寄らない方が良さそうです」ヒナタ

 

 

「転んだら洒落にならならん」隆一

 

 

「それに、この雰囲気ですから、夜に一人で来たら怖くて動けなくなりそうです」ヒナタ

 

 

「ヒナタでも怖いと思うんだ」隆一

 

 

「も、もちろんです、幽霊の類は、その、少し苦手でして……」ヒナタ

 

 

「幽霊の類…ね、まあ、どうにかなるか」隆一

 

 

「……ふふ、頼りにしています、先生」ヒナタ

 

 

「せめて盾にはなるからな」隆一

 

 

「あくまで噂ですが、この古聖堂の地下には大規模なカタコンベ──地下墓所が存在するそうです」ヒナタ

 

 

「カタコンベ、ねぇ」隆一

 

 

「はい、数十キロにも及ぶ地下墓地、第一回公会議の記述でも、終わりが見えない程だったと言われていまして──あ、此方の通路は封鎖されていますね、まだ修理中なのでしょうか?」ヒナタ

 

 

 

回廊をさらに奥へ進むと、地下へ降りる通路が現れた。そこから先はテープで封じられ、表面には通行禁止の表示が出ている。ヒナタに促されるまま別の道へ回り、古聖堂の内部をなおも見ていく。玄関部、二階楽廊、身廊と側廊の会堂、内陣については既に目にしていたので迂回し、普段は目にする事の出来ない香部屋などもちらりと見せて貰った。どれもこれも隆一にとっては新鮮で、余り触れる機会のないものばかり。その厳粛な空気に背筋を正しながら、隆一は感嘆の息を吐く。

 

 

 

「何だか、彼方此方に歴史を感じるな」隆一

 

 

「えぇ、何せ第一回公会議の開かれた場所ですから……公会議に於いて締結される戒律は神聖なものです、その神聖さと言いますか、戒律の守護者たちの名残の様な何かが、まだ此処に残っているのかもしれません」ヒナタ

 

 

 

ヒナタはどこか嬉しそうに、そんな事を口にする。

 

 

 

「ヒナタは、本当にこういう場所が好きなんだな」隆一

 

 

「あ、はい……お恥ずかしながら、歴史の話になると、つい」ヒナタ

 

 

「いいや、聞いていて楽しいから大丈夫だ」隆一

 

 

「そう言って頂けると、救われます」ヒナタ

 

 

「そう言や、この修理は誰が手掛けたんだい?」隆一

 

 

「ここの修理にも、シスターフッドの皆さんが協力したそうなんです、かつての仲間たちの家だからと」ヒナタ

 

 

「サクラコも、この日をずっと楽しみにしていたんだろうなきっと」隆一

 

 

「はい、朝からそわそわしておられました、……あ、これは内緒でお願いします」ヒナタ

 

 

「分かった、二人だけの秘密だ」隆一

 

 

「ありがとうございます、先生」ヒナタ

 

 

「どういたしまして」隆一

 

 

「内陣のステンドグラスも、近くで見ると本当に綺麗でしたね」ヒナタ

 

 

「しっかりと光の入り方まで計算されているみたいだ」隆一

 

 

「修理をした方々も、その美しさを損なわないよう、随分気を遣われたそうです」ヒナタ

 

 

「そうか……有り難い話だな」隆一

 

 

「はい、本当に」ヒナタ

 

 

「そう言えば、その守護者というのは……」隆一

 

 

「あ、えっと、何と言えば良いのでしょう──規則だとか、ルールというのは、罰則があって初めて機能しますよね?そうでなければ、誰もルールを守らなくなってしまいますし」ヒナタ

 

 

「そうだな……そういう側面は確かにある」隆一

 

 

「はい、なのでそのルール、制約の役割を持つ人々の事を、戒律の守護者と呼んでいたのです、約束やルール、戒律を破る者達に対処するトリニティの武力集団──それが、『ユスティナ聖徒会』です」ヒナタ

 

 

「ユスティナ聖徒会と言うと、シスターフッドの前身か」隆一

 

 

「えぇ、歴史的にはそうなります──っと」ヒナタ

 

 

 

この古聖堂は、そのユスティナ聖徒会が使っていた建物だった。つまり現シスターフッドの前身である彼女たちの拠点である。そんなことを考えていると、ヒナタの懐に入れていた端末が震え、着信を知らせた。彼女は端末を手に取り、慎重に画面へ触れる。まるで赤子の頬を突くようなそっとした指先で操作したヒナタは、内容を確かめると微笑んだ。

 

 

 

「どうやらサクラコ様が到着された様です、マコトさんの到着もそろそろだとか」ヒナタ

 

 

「分かった、それじゃあ一度戻ろう、二人を出迎えないと」隆一

 

 

「はい、そうですね」ヒナタ

 

 

 

隆一の言葉にうなずくと、ヒナタは来た道を引き返すために向きを変えた。隆一もその背を追って歩き出すが、途中でふと立ち止まり、振り返る。視線の先にあるのは、カタコンベへ繋がるという地下通路だった。その闇をじっと見据える隆一の顔は、硬い。

 

 

 

「……?先生、どうかしましたか」ヒナタ

 

 

「──いや、何でもないよ」隆一

 

 

 

隆一が足を止めたのに気づき、ヒナタは振り向いて尋ねた。隆一は軽く首を振り、いつものへらりとした笑みを浮かべると、ヒナタの方へ駆け寄った。

 

 

 

「行こう、皆が待ってっからな」隆一

 

 

 


 

 

 

ゲヘナ自治区──風紀委員会、執務室。

 

 

 

「──準備は出来た?」ヒナ

 

 

「……はい、大丈夫です、あぁ、そう言えば万魔殿から古聖堂まで行く為の車両を貸し出して貰いました」アコ

 

 

「車?どうして──」ヒナ

 

 

「何でも今回、最新の飛行船を購入した様でして、『空を飛ぶ私達と綺麗に比較できるように、貴様らは地べたを這って来い』、とマコトさんが」アコ

 

 

「……またそういう所に予算を」ヒナ

 

 

 

きちんとした装いに身を包み、いつもより少しだけ堅い空気をまとったヒナは、アコからの報告にため息をついた。

 

 

 

「それで、飛行船の費用はどこから出たの」ヒナ

 

 

「詳細は開示されていません、万魔殿の予算としか」アコ

 

 

「どうせまた、私達の予算からパクったのでしょう」ヒナ

 

 

「その時は、私が対処します」アコ

 

 

「頼もしいけれど、無理はしないで」ヒナ

 

 

「ありがとうございます、委員長」アコ

 

 

「ちゃんと走る車なんでしょうね?」ヒナ

 

 

「点検記録は確認しました、今回ばかりは、妙な仕掛けもなさそうです」アコ

 

 

「なら良い、乗り心地までは期待しないけれど」ヒナ

 

 

「イオリは車と聞いて嫌な予感がしたようで、先に外で念入りに確認していました」アコ

 

 

「あの子らしいわね、チナツは?」ヒナ

 

 

「救護用の道具を一式、積み込んでいます、何かあってはいけないからと」アコ

 

 

「心配性ね、でも助かる」ヒナ

 

 

「それと、式典用の資料も、全て揃えて後部座席に置いてあります」アコ

 

 

「流石ね、アコがいてくれて良かった」ヒナ

 

 

「……い、いえ、当然の事をしたまでです」アコ

 

 

「顔が赤いけれど、暑い?」ヒナ

 

 

「い、いえ!大丈夫です、問題ありません!」アコ

 

 

「そう、なら良いけれど」ヒナ

 

 

「で、では、出発の準備を急ぎましょう」アコ

 

 

「まぁ、今更か、これまでずっと調印式への出席をさせまいと邪魔しておいて、最後はこうして用意っていうのも変な話だけれど──兎に角、イオリとチナツも待機している、急ごう」ヒナ

 

 

「………」アコ

 

 

 

考えても仕方がない。足を貸してくれるというなら、それで十分だ。すでにイオリとチナツは玄関で待っているはずで、待たせるのも悪いとヒナは扉へ向かう。そんな彼女の後ろで、アコは黙ったまま立ち尽くしていた。足が動いていないことに気づいたヒナは、こぼれるように息を吐く。

 

 

 

「はぁ、気に入らないのは分かるけれど……言ったでしょう、アコ」ヒナ

 

 

 

そう言って、振り返る。うつむき、重い空気をまとった彼女を前に、ヒナは落ち着いた声で続けた。

 

 

 

「別に風紀委員会が解散する訳じゃない、これはただエデン条約機構という足枷を万魔殿に嵌める為のもの、二度と逢えなくなる訳じゃないし、何かが大きく変化する訳でもない」ヒナ

 

 

「はい、分かってはいるんです、風紀委員会は殆ど変わらないでしょう、そしてマコトには制約が付く、ですが、その時委員長は──」アコ

 

 

「……とりあえず、今は式に向かうのが先」ヒナ

 

 

 

アコが案じているのは、風紀委員会の形そのものではなく、その先だ。より正確に言えば、委員長という席にヒナがいない未来である。聡い彼女だからこそ、これまでヒナが重ねてきた交渉や外交がどんな結末へ向かうのかを察してしまう。その胸の内を理解していたから、ヒナはそれ以上言葉を重ねなかった。

 

 

 

「あなたがそこまで気にしてくれるのは、有り難いと思ってる」ヒナ

 

 

「……委員長」アコ

 

 

「でも、私は大丈夫、だから、そんな顔をしないで」ヒナ

 

 

「……善処します」アコ

 

 

「それと、イオリが待ちくたびれて、また文句を言い始める頃合いだと思う」ヒナ

 

 

「確かに、チナツさんが宥めていても限界がありますね」アコ

 

 

「宥めている間に、車を壊されでもしたら目も当てられない、だから、行こう」ヒナ

 

 

「……委員長が行くのなら、私はどこまでもお供します」アコ

 

 

「その話は、調印式が終わった後に、ゆっくりとね」ヒナ

 

 

「……はい」アコ

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