The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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終わりは近づく

調印式の時間が迫る中、古聖堂周辺には野次馬も含め、続々と人が増え始めていた。報道関係者のカメラが立ち並び、警備の生徒達がその誘導に追われる。混雑と熱気が入り混じった雰囲気が、会場全体を包んでいた。

そんな中、隆一の懐で端末が振動する。

 

 

 

「ん?」隆一

 

 

「先生、どうかしましたか?」ヒナタ

 

 

「電話みたいだ、ちょっとごめん」隆一

 

 

「お仕事の連絡でしょうか、私は離れていた方が良いですか?」ヒナタ

 

 

「いや、すぐ済むと思うから」隆一

 

 

 

画面に表示された名前を確認し、隆一は通話ボタンを押す。

 

 

 

「もしもし、ハスミ?どうした」隆一

 

 

「先生、すみません、今お手すきでしょうか」ハスミ

 

 

「あぁ、大丈夫だけど……何かあった?」隆一

 

 

「はい、その……あった、と言いますか」ハスミ

 

 

「…?どうした、要件は早めに…」隆一

 

 

「要件は、来て頂いてから直接……すぐに、来て頂けますか」ハスミ

 

 

「…電話じゃ話せない事なのか?」隆一

 

 

「……はい、申し訳ありません、とにかく、お願いします」ハスミ

 

 

 

「……分かった、場所は臨時司令部か?」隆一

 

 

「はい、お待ちしています」ハスミ

 

 

 

その声色に、普段とは違う硬さが滲んでいる事に隆一は気付く。詳細を語らず、ただ「来て欲しい」とだけ繰り返すハスミ。その様子から、何かただならぬ事が起きている可能性を、隆一は即座に察した。

 

 

 

「──分かった、すぐ行く」隆一

 

 

「ありがとうございます、お待ちしています」ハスミ

 

 

 

短く答え、通話を切る。次の瞬間には、隆一は既に駆け出していた。

 

 

 

「っ、先生!?」ヒナタ

 

 

「前言撤回、ハスミに呼ばれた、先に行く!」隆一

 

 

「え、あ、お、お気を付けて!」ヒナタ

 

 

 

隣にいたヒナタが驚きの声を上げるが、それに構う余裕はない。人混みを縫うように、全速力で古聖堂の敷地を駆け抜ける隆一。

 

 

 

「すみません、通ります!」隆一

 

 

「わっ、先生!?」ヴァルキューレモブA

 

 

「ごめん、急ぎなんだ!」隆一

 

 

「お客さん、そっちは立入禁止です!」ヴァルキューレモブB

 

 

「臨時司令部に用がある、ハスミに呼ばれてる!俺はIFIC顧問だ!通してくれ」隆一

 

 

「あ、ハスミさんのですか!?それなら、右手のテントです!」ヴァルキューレモブB

 

 

「ありがとう、助かった!」隆一

 

 

 

野次馬を躱し、警備の間を潜り抜け、彼が向かう先は──正義実現委員会の臨時司令部。

 

 

 


 

 

 

「ハスミッ!」隆一

 

 

「せ、先生……!?もうっ、そんなに急がなくても……!」ハスミ

 

 

 

息を切らしながら飛び込んで来た隆一の姿に、ハスミは目を丸くする。仮設のテントの中、複数のモニタとオペレーター用の端末が立ち並ぶ、簡易ながらも機能的な指揮所。そこで指揮を執っていたハスミは、慌てた様子で隆一を迎えた。

 

 

 

「ハスミ先輩、先生がお見えです!」オペレーターA

 

 

「見れば分かります、少し静かに」ハスミ

 

 

「は、はい、失礼しました!」オペレーターA

 

 

「本当に先生が来た……」オペレーターB

 

 

「こら、私語は慎みなさい」ハスミ

 

 

「す、すみません!」オペレーターB

 

 

「は、はぁ……はぁ……で、何が、あったんだ」隆一

 

 

 

膝に手をつき、息を整えながら隆一は問う。

 

 

 

「あ、えっと……その、不測の事態に備えまして」ハスミ

 

 

「不測の事態?」隆一

 

 

「はい、万が一の緊急時に、先生がすぐに指揮を取れるようにしておきたいな、と……それで、こちらに専用の席をご用意させて頂いたんです」ハスミ

 

 

 

告げ、ハスミは指揮所の中央、ひときわ目立つ位置に設置された椅子を示す。他の席とは明らかに違う、肘掛け付きの立派な椅子だった。

 

 

 

「……え、そんだけ?」隆一

 

 

「は、はい、それだけです……す、すみません、お忙しいところ」ハスミ

 

 

 

申し訳なさそうに頭を下げるハスミに、隆一は数秒、呆気に取られた様子で固まる。

 

 

 

「……で何か起きたのかと思って、本気で走ってきたんだけど」隆一

 

 

「ご、ごめんなさい、電話の声が硬かったのは、その、緊張していたからで……」ハスミ

 

 

「緊張?椅子の話で?」隆一

 

 

「先生に気に入って頂けるか、不安だったんです」ハスミ

 

 

「椅子の好みで、そこまで悩む事は無いと思うけど」隆一

 

 

「いえ、先生が座られる席ですから、高さも、肘掛けの角度も、念入りに確認しました」ハスミ

 

 

「そこまで調べたのか」隆一

 

 

「はい、昨夜は遅くまで、委員会の皆で試座を繰り返して」ハスミ

 

 

「……それは、まあ、お疲れ様」隆一

 

 

「いえ、先生の為ですから、苦ではありません」ハスミ

 

 

「でも、ちゃんと寝てるのか?ハスミも今日は朝から詰めてるんだろ」隆一

 

 

「仮眠は取りました、ご心配なく」ハスミ

 

 

「本当に?」隆一

 

 

「……三十分ほどですが」ハスミ

 

 

「それは仮眠とは言わないよ、式が終わったら、少し休んでくれ」隆一

 

 

「はい、お言葉に甘えます」ハスミ

 

 

「……いや、別にそれくらいなら、全速力で来るほどの事でもなかったな」隆一

 

 

「そ、そうですよね……本当にすみません、念の為にと思いまして」ハスミ

 

 

苦笑しながら、隆一は乱れた息を整える。確かに、緊急時に備えての布陣という事であれば、理解出来ない話ではない。けれど、それにしたって、わざわざあれ程慌てて駆け付ける必要はなかったと、彼は小さく肩を竦めた。

 

 

「でも、そう言う備えをしてくれているのは助かるよ、ありがとう」隆一

 

 

「い、いえ、先生にそう言って頂けるだけで、報われます」ハスミ

 

 

「他の皆にも、後で礼を言わせてくれ」隆一

 

 

「そ、そんな、先生がわざわざ言わなくても……」ハスミ

 

 

「頑張ってくれた人には、きちんと伝えたいんだ」隆一

 

 

「……皆、きっと喜びます」ハスミ

 

 

「警備の配置は、全部ハスミが組んだのかい?」隆一

 

 

「はい、正義実現委員会で、各所の人員を割り振りました、式場の周辺は特に厚めにしています」ハスミ

 

 

「流石だね、人の動きもよく見えてるみたいだ」隆一

 

 

「モニタの映像は、各所の巡回班から随時送られて来ます、何か異変があれば、すぐにこちらへ」ハスミ

 

 

「なるほど、だから司令部って訳か」隆一

 

 

「先生の席からも、全ての映像が見渡せるようにしてあります」ハスミ

 

 

「至れり尽くせりだな、ちなみにツルギは?」隆一

 

 

「ツルギは式場の外周を見回っています、本人は『何か起きろ』と言わんばかりの顔ですが……」ハスミ

 

 

「相変わらずだね、頼もしいけど、ほどほどにって伝えておいてくれ」隆一

 

 

「はい、必ず伝えます、聞き入れるかは別ですが」ハスミ

 

 

「それが一番心配なんだよ」隆一

 

 

「ふふ、私が責任を持って見張っておきます」ハスミ

 

 

「頼んだよ、ハスミが見ていてくれるなら安心だ」隆一

 

 

「そ、そう言って頂けるのは光栄ですが、あまり持ち上げないで下さい」ハスミ

 

 

「本心だよ」隆一

 

 

「……ありがとうございます」ハスミ

 

 

「報道陣の誘導は、どうなってる?」隆一

 

 

「撮影エリアを区切って、規制線の内側へ誘導しています、押し合いになる所は、風紀委員会の方にも協力して頂いて」ハスミ

 

 

「ゲヘナと協力してるのか、前なら考えられなかったね」隆一

 

 

「はい、少しずつですが、変わって来ているのだと思います」ハスミ

 

 

「先輩、北門付近の混雑が酷いです、増員をお願いします!」オペレーター

 

 

「分かりました、予備の班を二つ回して下さい、焦らず、列を乱さないように」ハスミ

 

 

「了解しました!」オペレーター

 

 

「指揮もすっかり板についてるな」隆一

 

 

「い、いえ、先生に見られていると思うと、少し緊張してしまいます」ハスミ

 

 

「いつも通りで良いよ、俺は椅子に座ってるだけだから」隆一

 

 

「それでは困ります、先生には、有事の際の最終判断をお願いしたいので」ハスミ

 

 

「責任重大だな……分かった、その時は任せてくれ」隆一

 

 

「はい、頼りにしています」ハスミ

 

 

「ちなみに、緊急時っていうのは、具体的にどんな想定をしてるんだ?」隆一

 

 

「式場への乱入、報道陣の暴走、あとは、その、ゲヘナ側との小競り合いなどです」ハスミ

 

 

「どれも、ありそうなのが怖いな」隆一

 

 

「はい、特にゲヘナの方々は、何をなさるか分からない所がありますから」ハスミ

 

 

「マコトの事かい?」隆一

 

 

「……否定は、しません」ハスミ

 

 

「ははっ、正直だね」隆一

 

 

「ですが、今日はヒナ委員長も来られると聞いています、きっと大丈夫かと」ハスミ

 

 

「そうだね、ヒナがいるなら、心配は要らないか」隆一

 

 

「万魔殿の動きも、巡回班に逐一報告させています、何かあれば、すぐに」ハスミ

 

 

「頼もしいな、俺の出番がなければ、それが一番だけど」隆一

 

 

「同感です、本来は何も起きないのが、一番ですから」ハスミ

 

 

「そうだね、平和な一日になってくれれば良い」隆一

 

 

「調印式が無事に終われば、皆さんの努力も報われます」ハスミ

 

 

「あぁ、その為にも、しっかり見届けないとな」隆一

 

 

「はい、微力ながら、私達もお手伝いします」ハスミ

 

 

「心強いよ、ありがとう」隆一

 

 

「では、立ち話もなんですから、そろそろお席へどうぞ」ハスミ

 

 

「まぁ、用意してくれたなら、座らせて貰おうかな」隆一

 

 

「は、はい、どうぞ、あ、先生、お飲み物は如何ですか、冷たいものも用意してあります」ハスミ

 

 

「それは、後で頂くよ、まず座らせてくれ、走って足が重いんだ」隆一

 

 

「ふふ、そうですよね、失礼しました」ハスミ

 

 

「座ったら、モニタの操作方法も教えてくれるかな」隆一

 

 

「はい、基本は手元のパネルで切り替えられます、各班の映像は番号で呼び出せます」ハスミ

 

 

「分かりやすくて助かるよ」隆一

 

 

「先生なら、すぐに慣れて頂けると思います」ハスミ

 

 

「そうだと良いけど、操作を間違えて全部消したらごめん」隆一

 

 

「それは困りますが……その時は、私が直しますので」ハスミ

 

 

「頼もしい、じゃあ遠慮なく触らせて貰うよ」隆一

 

 

「ふふ、どうぞ」ハスミ

 

 

「あ、でも先に、座ってから触る事にしようか」隆一

 

 

促され、隆一は用意された椅子へと歩み寄る。モニタに映し出される古聖堂周辺の映像、その周囲に展開する警備体制を一瞥しながら、彼はゆっくりと腰を下ろそうとした。

 

 

「大きな椅子だね、座り心地も良さそうだ」隆一

 

 

「はい、倉庫で一番立派なものを、選びました」ハスミ

 

 

「倉庫から運んで来たのか、重かっただろう」隆一

 

 

「ツルギが一人で担いで来ました、『先生の席だ、丁重に運べ』と」ハスミ

 

 

「それは後でお礼を言わないとな」隆一

 

 

「喜ぶと思います、顔には出しませんが」ハスミ

 

 

「分かった、ありがたく使わせて貰うよ」隆一

 

 

──その、瞬間だった。

 

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