The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「アリウスめ、諸共吹き飛ばしたのか──」マコト
「……マコト先輩、いったい何を?」イロハ
トリニティ中央区の時計塔、その屋上にて。古聖堂一帯を見下ろしながら、マコトは鼻を鳴らした。背後に立つイロハは、いつもより顔をこわばらせている。眼下には、燃え上がる古聖堂と、逃げまどう生徒たちの姿があった。それを目にしてもなお、マコトに動揺の色はない。
「ここまで大仰にやれとは、言った覚えはないのだがな」マコト
「地上は、惨憺たる有様ですね。救護も足りていないようです」イロハ
「ふん、自業自得というやつだ。トリニティの連中が招いた事だろう」マコト
「では、これは先輩の命令ではないのですね」イロハ
「当たり前だ。このマコト様の計画に、あのような火の海は含まれていない」マコト
「……そうですか」イロハ
「結果としては、これで邪魔者はすべて消える。ティーパーティーも、あの目障りなヒナも──だが」マコト
「……ヒナ委員長まで、巻き込まれたのですか」イロハ
「あの爆撃の規模を見ろ。あの位置にいて、無傷で済むはずがない」マコト
「そう、ですか……」イロハ
「何だ、不服か?」マコト
「いいえ、不服というわけではありません」イロハ
縁に足をかけたマコトの顔が、ふいにしかめられる。
「どういう事だ。こんな大規模攻撃をやるとは聞いていない……古聖堂の上部が消し飛んでいるではないか?」マコト
その平坦な独り言で、イロハは事情を悟った。
「──まさか、先輩」イロハ
「キキッ……ああ、そのまさかだよ」マコト
「やはり、そうでしたか」イロハ
「驚かないのだな」マコト
「先輩の考えそうな事ですから、ある程度は予想していました」イロハ
「ほう、それは頼もしい」マコト
マコトは歪んだ笑みを浮かべ、うなずく。
「何を隠そう、このマコト様は、トリニティを恨むアリウスと、ずっと以前から手を組んでいたのさ」マコト
「ずっと以前から、とは、いつ頃からですか」イロハ
「ふん、もう半年ほど前になるか。向こうから接触してきたのだ」マコト
「半年……そんなにも前から」イロハ
彼女は事前にアリウス分校と通じ、今回の調印式襲撃を把握していた。トリニティの騒乱も織り込み済みで、好機だと見ていたのだ。
「ティーパーティーの内紛も、クーデターも、最初から知っていた。すべては今日の計画のためにな」マコト
「内紛まで把握していたのですか。それも、アリウスから?」イロハ
「そうだ。あの連中は、トリニティの内情にやけに詳しくてな」マコト
「……クーデター?」イロハ
「何だ、知らなかったのか」マコト
「初耳です。ティーパーティーの内部で、そんな事が起きていたとは」イロハ
「ああ、ティーパーティーの間抜けがひとり、ホストへ成り上がるために起こしたのさ、キキッ!」マコト
「いつの間にそんな事を──つまり先輩は、最初からエデン条約を結ぶ気が無かったと?」イロハ
「分かり切った事を聞くな、イロハ」マコト
「聞かずにはいられませんよ。私は先輩の補佐ですから」イロハ
「当然だろう、そんなものにはこれっぽっちも興味はない!私の関心はずっと、邪魔者どもを片付ける事だけにあった!」マコト
「では、これまでの交渉は、すべて茶番だったのですか」イロハ
「いつまで経っても姿を現さないティーパーティーを誘き出すために、条約へ同意するふりをしていただけだ」マコト
「そのために、あれほど熱心に準備を進めていたのですか」イロハ
「演技とはいえ、手を抜けば怪しまれるからな。このマコト様は完璧主義なのだ」マコト
「……その熱意を、普段の書類仕事にも向けていただきたいものです」イロハ
「何か言ったか?」マコト
「いえ、何も」イロハ
外に出てこないティーパーティーも、エデン条約という大舞台なら表に出る。そこへ、目障りな風紀委員会、ヒナまで組み込んで、一網打尽にする算段だった。
「これでようやくヒナまで片付いた。これほど幸運な事はない……キキキッ!」マコト
「………」イロハ
「どうしたイロハ、浮かない顔だな」マコト
「元からこういう顔です」イロハ
「ふん、確かにな。だが今日は特にひどいぞ」マコト
「そうでしょうか。自分では、分かりませんが」イロハ
「ふん、まさか、あのヒナに情でも湧いたのか?」マコト
「そういう訳ではありません。ただ、実感が湧かないだけです」イロハ
「そのうち慣れる。気にするな」マコト
「……はい、善処します」イロハ
「うむ、それでこそ、このマコト様の右腕だ」マコト
「恐縮です」イロハ
「そのためにアリウスは多大な支援をしてくれたよ。先ほど乗ってきた飛行船だって、友好の証としての贈り物だそうだ」マコト
「最新鋭の、それも高価な機体だと聞いていましたが」イロハ
「ああ、だから私も素直に喜んで受け取ってやったのだ」マコト
「飛行船──」イロハ
「何だ、気づいたのか」マコト
「あの飛行船は、アリウスの意向で特別に手配されたものでしたよね」イロハ
「そうだ。乗り心地は悪くなかったがな」マコト
「……贈り物にしては、ずいぶん気前がいいと思っていたんです」イロハ
「ははは、お前は疑り深いな。だが、それがお前の長所だ」マコト
イロハの視線が空へ向かう。そこには、ゲヘナ自治区へ戻る飛行船の姿があった。燃え盛る地上とは対照的に、優雅に空を渡っている。
「もっとも──すぐに塵屑になるだろうがな」マコト
「……え?」イロハ
その瞬間、爆発が起きた。
地上ではなく、空から。飛行船のエンジンとプロペラが吹き飛び、ゴンドラは一瞬で炎に包まれる。火はガス袋へ燃え移り、トリニティ郊外へ墜ちていく。火の粉をまき散らしながら落下していく光景を見て、マコトはくぐもった笑いを漏らす。
「これは回収が必要だな。死にはしないだろうが、念のため救急医学部を呼んでおいてやるか」マコト
「ずいぶん、お優しいのですね」イロハ
「貴重な駒を、無駄に失うわけにはいかんからな」マコト
「そうですか。それなら、早めに連絡しておきます」イロハ
「頼んだぞ」マコト
「……こうなると知っていたのですか?」イロハ
「何度も言わせるな。あれは私が仕組んだ事ではない」マコト
「失礼しました。念のためにお聞きしただけです」イロハ
「キキキッ、いや、気づいたのは今だ。念のためというやつだよ。だが、予想は当たったようだなぁ」マコト
「……相変わらず、勘だけはいいんですね」イロハ
「勘ではない。このマコト様の洞察力だ!」マコト
「はいはい、そういう事にしておきます」イロハ
自らが乗る飛行船を爆破されてもなお、マコトは機嫌よく肩を震わせている。にじみ出ているのは、自分の予想が的中した喜びと、揺るぎない自尊心だった。
「しかし、先生への直接攻撃は禁止だと伝えたはずだが──まさか、それすら反故にされるとは」マコト
「先生を確保して、どうするつもりだったのですか」イロハ
「決まっている。あの男を押さえておけば、トリニティもゲヘナも、思うままに動かせる」マコト
「……なるほど、人質、という事ですか」イロハ
「人聞きの悪い事を言うな。賓客として丁重にもてなすつもりだったのだ」マコト
「同じ事です」イロハ
取り決めでは、マコトが来る前にアリウスが電撃戦を仕掛け、トリニティ首脳部、正義実現委員会、風紀委員会を無力化して先生を確保するはずだった。ところが実際には、極超音速ミサイルで攻撃し、あたり一面を火の海にしていた。
「キキッ、このマコト様を嵌めるとは──やってくれる、アリウス」マコト
「怒っているのですか」イロハ
「怒る?ちがうな、これは愉悦だ」マコト
「愉悦、ですか」イロハ
「裏切られたのなら、遠慮なく叩き潰せる。これ以上の口実があるか?」マコト
「……悪い顔をしていますよ、先輩」イロハ
踵を床に打ちつける。飛行船も本来なら、クロノスに顔を見せたあと、ゲヘナへとんぼ返りする予定だった。案外、勘というのも侮れない。
「──イロハ、情報部を招集しろ」マコト
「……どうするつもりですか?」イロハ
「決まっているだろう」マコト
「まさか、アリウスと戦争でもするつもりですか」イロハ
「戦争だと?そんな大げさな話ではない。少しばかりの仕置きだ」マコト
「仕置き、ですか……」イロハ
「そうだ。我らに牙を剥いた者がどうなるか、教えてやるだけの話だ」マコト
マコトは肩をすくめ、言い放つ。
「裏切りには罰を──連中には、このマコト様の完璧な計画を潰した責任を取ってもらわなければな……キキッ!」マコト
「完璧、ですか。穴だらけだったように思いますが」イロハ
「穴ではない、予備の余白と呼べ!」マコト
「……なるほど、そういう事にしておきます」イロハ
「物分かりがいいな、褒めてやろう」マコト
「結構です」イロハ
眼下では、アリウス部隊が戦闘を始めていた。マコトは外套を揺らし、踵を返す。水面下の同盟は、すでに破棄された。ならば、敵がトリニティからアリウスへ移っただけの事だ。この同盟を知る者は、ごく少数。アリウスの上層部ごと掃討してしまえば、謀が白日の下にさらされる事はない。ゲヘナは、被害者として堂々と振る舞えばいい。
「ほら、何をしているイロハ、さっさと動け!」マコト
「……はぁ、分かりましたよ」イロハ
「そうだ。最初からそう言えばいいのだ」マコト
「親衛隊の皆さんには、どう伝えましょうか」イロハ
「簡単な事だ。アリウスの連中を、一人残らず叩き潰せ、とな」マコト
「……了解しました。そのまま伝えます」イロハ
イロハは渋々端末で連絡を入れる。それを見届けてから、マコトはひとり、地上へ降りる階段に足をかけた。
「もう──どうなっても知らんぞ、アリウス」マコト
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