The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
燃え落ちる飛行船を見据えつつ、サオリは端末へと声を落とした。外郭地区の建設途中の住居ビル。放置されたクレーンの先端に立つ彼女は、白い外套をはためかせながら、空を見上げている。腕章に縫い付けられた
「チームへファイトス、古聖堂下部に到達した、現在カタコンベ、ブロックE-09を侵攻中、そろそろ地上に出て、正義実現委員会と交戦に入ると思う……そっちは?」アリウスモブA
「了解。こちらも、ようやく足場が安定してきた。もう少しで、外が見えるはずだ」アリウスモブA
「飛行船は?」アリウスモブB
「……派手にやったな。下からでも、火柱が見えた」アリウスモブB
「マダム、何かありますか?」アリウスモブC
「そうか。それなら、このまま進めるだけだな」アリウスモブC
「確かに、地下にいる連中も、あの音で気が引き締まったらしい」アリウスモブB
「少しどころじゃない。士気が、上がっている」アリウスモブB
「了解」アリウスモブB
手にしていた爆破装置を、サオリは虚空へ放り捨てた。プラスチックの塊は、はるか下方の炎へと飲み込まれる。少し離れた場所で、また一度爆発が鳴ったが、彼女はそちらを見もしない。続けてクレーンから跳び降り、鉄骨へと着地する。焼きちぎれた飛行船のハンドリングラインが宙を舞い、周囲を照らしていた。空は、曇天に覆われ始めている。
「此方チームヘルメス、外周の見張りに就いています。今のところ、こちらに近付く者はいません」アリウスモブ
「了解」アリウスモブ
「そういえば、空の様子は、どうですか。こちらからは、よく見えなくて」アリウスモブ
「曇ってきた。雨が降るかもしれん」サオリ
「雨、ですか……降ってくれた方が、足音が消えて助かります」アリウスモブ
「その反面、足元は悪くなる。滑らないように気を付けろ」サオリ
「はい、気を付けます」アリウスモブ
「それと、隊長。見張りの交代は、どうしましょう」アリウスモブ
「了解しました」アリウスモブ
「こ、此方チームアテナ、現在ヒナさんと交戦中です!チームハデスは予定通り、地下を侵攻中……!」ヒヨリ
「了解、戦況は?」サオリ
「その前に、一つ報告があります。古聖堂周辺にいた一般の生徒達は、ほぼ全員、向こう側へ避難しています」アリウスモブ
「逃げ遅れは?」サオリ
「確認できる範囲では、いません」アリウスモブ
「了解しました」アリウスモブ
「あの、一つだけ。避難した生徒達の中から、こちらを見ている生徒が数名いました」アリウスモブ
「……はい」アリウスモブ
「えっと……戦況、ですよね。ご、ごめんなさい、私から報告しますね」ヒヨリ
「流石に、キヴォトス最強の一角は伊達じゃないですね……えへへっ、ちょ、ちょっと押され気味です……!分隊が既に幾つか、戦闘不能になりました……!」ヒヨリ
「ぜ、全員、意識はあります!でも、何人か動けない子が……」ヒヨリ
「で、でも、後方に下げたら、前線が薄くなってしまいます……」ヒヨリ
「……
「は、はい……!」ヒヨリ
「はい、古聖堂の瓦礫の上から、動いていません。こちらを睨みつけたまま、じっと……」ヒヨリ
「い、いえ、そんな風には見えなくて……むしろ、いつでも飛びかかってきそうな感じで……」ヒヨリ
「か、かなりボロボロです!でも、全然、止まってくれなくて……」ヒヨリ
「でも、リーダー……もし、私達の力だけでは足りなかったら」ヒヨリ
「……はい」ヒヨリ
「……そう、ですよね。分かってるんですけど、どうしても、手が震えてしまって」ヒヨリ
「りょ、了解です!」ヒヨリ
「あの、リーダー……」ヒヨリ
「もし、私が途中で倒れてしまっても、他の子達は、ちゃんと助けて下さいね」ヒヨリ
「えへへ……お願いします」ヒヨリ
「ひ、ヒナさん、一歩も退いてくれないんです……私、ちょっと、怖くなってきました……」ヒヨリ
「……はい」ヒヨリ
「は、はい!」ヒヨリ
「時間を、稼ぐ……」ヒヨリ
「……分かりました。リーダーが来るまで、持ち堪えてみせます」ヒヨリ
サオリは愛銃の安全装置を弾く。遠くに見える古聖堂。周囲の生徒はすでに反対側へ逃げており、近くのカタコンベ出入口から踏み込めば、五分もかからず到達できる。ゲヘナ最強戦力であるヒナは、孤立し、傷ついている。彼女を叩き潰せば、ゲヘナの戦力は大きく損なわれる。ここを逃せば次はない。だからこそ、この場で必ず仕留める。
「隊長、一つ確認させて下さい」アリウスモブ
「ヒナを仕留めた後は、どう動きますか。そのまま、古聖堂の中へ?」アリウスモブ
「了解。集結地点は、先程の通りで?」アリウスモブ
「隊長、各チームの配置、完了しました」アリウスモブ
「北側の出入口だけ、予備の班を回してあります。万が一、向こうが抜け道を使おうとしても、対処できるかと」アリウスモブ
短くうなずいてから、サオリはさらに問いを重ねた。
「異常なし、周辺の正義実現委員会は掃討完了、チームはカタコンベ内部で待機中」アリウスモブ
「問題ない、弾薬も予備の分まで運び込んである」アリウスモブ
「一人も、ですか。それは、随分と難しい注文ですね」アリウスモブ
「……了解しました」アリウスモブ
「──了解」アリウスモブ
「は、はい!聞こえています!」ヒヨリ
「ご、五分……が、頑張ります!」ヒヨリ
「はいっ!」ヒヨリ
「出撃準備、全員、完了しています」アリウスモブ
「はい!」アリウスモブ
その直後、サオリが手に持つ通信機からは、慌ただしい複数人の声がノイズ混じりに聞こえてきた。
「隊長」アリウスモブ
「本当に、これで終わるんでしょうか。私達の、長い戦いは」アリウスモブ
「もし、終わらなかったら」アリウスモブ
「……隊長らしいですね」アリウスモブ
「それでも、私達は、隊長に付いて行きます」アリウスモブ
「聞こえているか、全チーム」サオリ
「はい」アリウスモブ
「聞こえています」アリウスモブ
「──了解!」アリウスモブ
通信を切って端末を外套へ差し込む。最後に振り返った彼女は、あちこちで立ち上る火の手を眺め、低く呟いた。
アリウスが弾圧され、排斥されてから、すでに300年もの月日が流れている。サオリは愛銃のグリップを強く握りしめた。代々受け継がれてきた先代の呪い。見捨てられ、地下で暮らし続けた日々。夢を抱くことも、幸福を望むことも許されなかった幼少期。無力さの果てに、彼女は自分の手が届く範囲がいかに狭いかを知った。だからせめて、その範囲にいる
月に手が届くほどの大きな夢を見たかったわけではない。望んだのは、誰もが手にできる、ほんのわずかでありふれた幸せだった。それを奪ったのは、はるか昔に祖先を排斥した者たちだ。
飛行船から降り注ぐ火の粉を浴びながら、サオリは笑う。ベアトリーチェによく似た、憎悪と歓喜に染まった笑みだった。
その歪んだ笑みを、マスクの下へ隠しながら。
更新の頻度はどれぐらいにしてほしい?
-
1日〜2日に1本
-
2日〜3日に1本
-
1週間に1本
-
2週間に1本
-
つべこべ言わず毎日書け♡