The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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再生

瓦礫に埋もれた場所で、隆一はまぶたを開けた。見える景色の半分は闇に沈んでいる。

 

 

 

「チッ……(やっちまった…)」

 

 

 

左腕は肘より先が吹き飛び、片方の目もステンドグラスの破片で潰れていた。爆風に弾き飛ばされたのだろうか、臨時司令部があった地点からはかなり離れている。

キヴォトスの生徒とは異なり、その身体は普通の人間と変わらない。にもかかわらず、彼はまだ息をしていた。

 

 

 

「(……派手にやってくれたな、誰だか知らんが)」隆一

 

 

「(ハスミもイチカもまだ生きてる、か)」隆一

 

 

 

耳鳴りの奥から、遠くで銃声と悲鳴が重なって響いてくる。

 

血で濡れた右手には、ガラス片が深く食い込んでいた。隆一は顔色ひとつ変えず、懐から合口を抜き出す。と、その時。

 

 

 


 

 

 

「先生ッ!ご無事ですか!」ハスミ

 

 

 

瓦礫の隙間を抜け、ハスミと数名の正義実現委員会の生徒が駆けつけてくる。合流には少し時間がかかった。

 

 

 

「ハスミ、無事だったか」隆一

 

 

「はい、私は何とか……先生、その、お体は……」ハスミ

 

 

「ここに来るまでに、何度も呼びました。返事が無くて、本当に…」ハスミ

 

 

 

言葉はそこで途切れる。左腕は肘から先を失い、片目は潰れ、全身が血に染まっていた。なぜ立てるのか、なぜ生きているのか、誰にも分からない状態だった。

 

 

 

「悪い、心配を掛けたな」隆一

 

 

「せ、先生……」正実モブA

 

 

「え……嘘……」正実モブB

 

 

「そ、そんな怪我で、どうして立っていられるんですか……!」正実モブA

 

 

「担架を!いえ、救護騎士団を呼ばないと……!」正実モブB

 

 

 

無理もない。左腕と右目を失い、ほかにも全身の骨という骨が折れているはずの重傷で、むしろ半ば死んでいるようなものなのに、彼はなぜか平然としていたのだから。彼女らの反応は至極当然である。つまりこいつがおかしいだけ

 

 

 

「落ち着いて下さい、皆さん」ハスミ

 

 

「で、でも副委員長、先生の腕が……!」正実モブA

 

 

「分かっています。分かっていますから、少しだけ、静かに」ハスミ

 

 

「ふ、副委員長は、先生が何をなさるか、ご存じなんですか……?」正実モブB

 

 

「いいえ。ですが、少なくとも会長は無意味な事をなさる方ではない事は、知っています」ハスミ

 

 

「……はい」正実モブA/B

 

 

 

生徒たちが押し黙る中、隆一は右手首に合口を当てた。

 

 

 

「ちょっと待ってろ」隆一

 

 

「先生、何を──」ハスミ

 

 

 

ブシュッ!

 

 

 

何事もないように顔で、彼はガラス片の刺さった右手で、右目を潰していた破片を引き抜き、続けざまにそのまま右手を切り落とした。ガラス片ごと、右の手首から先がぽとりと落ちる。

 

 

「ひっ……!?!?!?」正実モブB

 

 

「先生ッ!?」ハスミ

 

 

「ご、ごめんなさい、私、見ていられなくて……!」正実モブB

 

 

「目を逸らして構わない。見世物じゃないからな」隆一

 

 

 

隆一は表情を崩さず、血を払った合口を鞘へ収める。すると次の瞬間、切断面が脈打った。肉が盛り上がり、骨が伸び、指が次々と形を成していく。左腕も、肘から先がたちまち元通りになった。潰れていた片目では瞼が開き、元の瞳が姿を見せる。

 

 

 

「……よし」隆一

 

 

 

地面に転がった手首を踏みつけると、切り落とされた部分は木炭のように黒ずみ、そのまま一瞬で空気に溶けるように散った。そのあと、隆一は軽く手を握っては開く。

 

 

 

「………」ハスミ

 

 

「な、治った……?」正実モブA

 

 

「うそ、でしょ……」正実モブB

 

 

 

誰一人、声を出せなかった。

 

 

 

「驚かせて悪かった。詳しい話は、また今度な」隆一

 

 

「せ、先生は、その、人間……なんですよね?」正実モブA

 

 

「あぁ。一(・)応(・)、人間だ」隆一

 

 

「一応……」正実モブB

 

 

「こら、余計な詮索は慎みなさい」ハスミ

 

 

「す、すみません!」正実モブA

 

 

「あの、その短刀は……」正実モブB

 

 

「護身用だ。今日は、結果的に役に立った」隆一

 

「は、はぁ……」正実モブA

 

 

「……今度、ですか」ハスミ

 

 

「あぁ。今は、それどころじゃないだろう」隆一

 

 

 

隆一は小さく息を吐き、話を切り替えた。

 

 

 

「で、被害状況は?」隆一

 

 

 

まるで何事もなかったかのように投げられた問いに、ハスミは一拍遅れて我に返る。

 

 

 

「……っ、はい、報告します」ハスミ

 

 

 

言いたいことは山ほどあった。それでも彼女は、自分の責務を優先する。

 

 

 

「臨時司令部は半壊、通信設備も大半が使用不能です、周辺の部隊に多数の負傷者が出ています」ハスミ

 

 

「負傷者の容態は?」隆一

 

 

「重傷者は、現時点で把握できているだけで二十名以上。救護騎士団も展開していますが、肝心の医療スタッフも負傷している都合上人手が足りていません」ハスミ

 

 

「分かった。引き続き、収容を急がせてくれ」隆一

 

 

「古聖堂の西側および中央部は全壊、風紀委員会も壊滅的な被害を受けた模様です。ヒナ委員長の安否は不明です」ハスミ

 

 

「ヒナ、か……」隆一

 

 

「連絡手段が途絶えていて、情報が入って来ないんです。ただ、少なくともゲヘナで風紀委員長として務める気骨はあるのですから、簡単に倒れているとは思えません」ハスミ

 

 

「同感だ。きっと、どこかで戦っているだろう」隆一

 

 

「ええ、私もそう信じています」ハスミ

 

 

「ゲヘナの生徒達の救助にも、人を回してくれ。所属は関係無い」隆一

 

 

「ですが、トリニティの負傷者だけでも手一杯で……」ハスミ

 

 

「それでも、だ。目の前で倒れている生徒を、見捨てる理由にはならない」隆一

 

 

「……はい。仰る通りです」ハスミ

 

 

「シスターフッドのサクラコさんの所在も、現時点では確認できていません」ハスミ

 

 

「サクラコもか。ヒナタは?」隆一

 

 

「シスターヒナタとも、まだ連絡が付いていません。シスターフッドの皆さんも、混乱の中ではぐれてしまったようで」ハスミ

 

 

「ツルギはどうしてる?連絡はついたか?」隆一

 

 

「いえ、ツルギ委員長とも、連絡が途絶えています。ただ、あの方ですから、どこかの前線で暴れていらっしゃるかと」ハスミ

 

 

「ははっ、違いないな。そうであってくれると、頼もしい」隆一

 

 

「ええ、本当に」ハスミ

 

 

「現在、市民及び生徒の避難は、7割ほど完了しています、ですが爆発の混乱で、誘導が追い付いていません」ハスミ

 

 

「残るは3割か。まだ、先は長いな」隆一

 

 

「はい。残りの方々も、瓦礫や火災で足止めされている上、負傷者も多いようで」ハスミ

 

 

「それと、古聖堂の東の回廊で、火災が広がり始めています」ハスミ

 

 

「消火は?」隆一

 

 

「風紀委員の消火班が動いていた筈ですが、連絡が取れず、状況が分かりません」ハスミ

 

 

「分かった。なら、手の空いた者を、そちらにも回してくれ。人が足りない分は、俺が埋める」隆一

 

 

「先生が、ですか」ハスミ

 

 

「あぁ。動ける人間は、使えるだけ使え」隆一

 

 

「……了解しました」ハスミ

 

 

「出口の確保が先決だな。瓦礫の撤去に、人を回せるか」隆一

 

 

「手の空いている者に、すぐ当たらせます」ハスミ

 

 

「それと、先生。差し出がましいようですが、一度、休まれた方が良いのではないでしょうか?」ハスミ

 

 

「休んでいる暇は無いさ」隆一

 

 

「ですが、あれだけの爆発に巻き込まれて……」ハスミ

 

 

「見ての通り、もう平気だ。心配感謝する。今回に関して言えば、休むのは全部終わってからだ」隆一

 

 

「……分かりました。ですが、無理だけはなさらないで下さい」ハスミ

 

 

「そうか」隆一

 

 

 

隆一は短くうなずき、古聖堂の方向へ目を向けた。

 

 

 

「他に、気になる点は?」隆一

 

 

「……先程、周辺の見張りから報告がありました、見慣れない装備の部隊が、複数確認されているそうです」ハスミ

 

 

「複数?」隆一

 

 

「正確な数は不明です。ただ、少なくとも十や二十では済まない、と」ハスミ

 

 

「所属は?」隆一

 

 

「不明です、ただ、部隊長クラスと思われる生徒を除くほぼ全員がガスマスクを着用していると」ハスミ

 

 

「……分かった」隆一

 

 

「副委員長!周辺の見張りから、追加の報告が入りました!」正実モブC

 

 

「聞きましょう」ハスミ

 

 

「例のガスマスクの部隊は、古聖堂の北側から、こちらへ向かって移動しているようです!」正実モブC

 

 

「移動速度は?」隆一

 

 

「そ、それは、まだ……ただ、隊列は乱れておらず、かなり統率が取れている様子です!」正実モブC

 

 

「分かった。見張りには、距離を保ったまま、観察を続けさせろ」隆一

 

 

「了解です!」正実モブC

 

 

「ハスミ、まさかその部隊の進路の先は…」隆一

 

 

「北側の回廊を抜けると、中央広場です。その先は、避難経路と衝突します」ハスミ

 

 

「……まずいぞこりゃ。避難している生徒達と、鉢合わせる可能性がある。例のガスマスクの意図が不明な以上、最悪避難民が攻撃に曝される可能性がある」隆一

 

 

「はい。誘導の経路を、至急変更させます」ハスミ

 

 

「頼む。広場方面には、誰も近付けるな」隆一

 

 

「避難路は、西側の通用門に切り替えます。誘導役の生徒には、私から伝えます」ハスミ

 

 

「通用門の周辺は、安全か」隆一

 

 

「先程の爆発の影響は小さい、と報告を受けています。念の為、見張りも付けます」ハスミ

 

 

「分かった。頼りにしている」隆一

 

 

「先生、心当たりがおありなんですか」ハスミ

 

 

「いや、確証は無い。だが、そう簡単な相手ではなさそうだな」隆一

 

 

 

隆一は外套の埃を払い、自分の手首を足元から靴先で瓦礫の影へ押しやる。

 

 

 

「全部隊に、負傷者の収容と市民の避難を継続させろ、動ける者は俺の指揮下に入れ」隆一

 

 

「了解しました」ハスミ

 

 

「正義実現委員会の戦力は、今どれくらい動ける」隆一

 

 

「負傷者を除けば、およそ半数、といった所です。装備も、かなり消耗しています」ハスミ

 

 

「半数か……無理はさせられないな」隆一

 

 

「はい。ですが、先生のご指示とあらば、全員が動きます」ハスミ

 

 

「ただし、正体不明の部隊と、単独で交戦するな。接触したら、まず俺に報告しろ」隆一

 

 

「はい。全員に、徹底させます」ハスミ

 

 

「臨時司令部の代わりになる場所は、確保できそうか」隆一

 

 

「聖堂の東側に、比較的被害の少ない建物があります。そちらを、仮の拠点にしてはいかがでしょう」ハスミ

 

 

「良いな。そこを使おう。使える通信機材は、全部集めてくれ」隆一

 

 

「はい、すぐに手配します。ただ、ゲヘナ側とは、まだ連絡が取れていません」ハスミ

 

 

「そっちも、ダメ元で呼び掛け続けてくれ。少しでも、情報が欲しい」隆一

 

 

「承知しました」ハスミ

 

 

 

通信機を手にしたハスミの横顔を見ながら、隆一は静かに息を吐いた。

 

 

 

「それと、ハスミ」隆一

 

 

「はい?」ハスミ

 

 

「さっきのは、気にするな」隆一

 

 

「……気にするなと言われましても」ハスミ

 

 

「まぁ、そうだよな」隆一

 

 

「ですが、先生がそう仰るのなら、今は、これ以上お聞きしません」ハスミ

 

 

「助かる」隆一

 

 

 

困ったように眉を寄せたハスミだったが、それでも通信機を握り直し、指示を出し始める。

 

 

 

「正義実現委員会、全隊に通達します。これより、委員会の全部隊は合同生徒会及びトリニティ総合学園会長天音隆一の指揮下に入ります」ハスミ

 

 

「負傷者の収容を優先、市民の避難誘導を継続、例の部隊を発見した場合は、交戦せず原則として報告のこと。尚、万が一例の部隊が攻撃してきた場合はこの限りではありません!」ハスミ

 

 

「り、了解です!」正実モブA

 

 

「あの、先生は、どうされるんですか。お一人で動かれるのは、危険です」正実モブB

 

 

「ありがたいが、あんたらは救助に専念してくれ。俺の事は、気にしなくていい」隆一

 

 

「ですが……」正実モブC

 

 

「大丈夫だ。それに、護衛が必要なら、ハスミが居る」隆一

 

 

「えぇ、先生には、私が付いて行きます。皆さんは、各自の持ち場を」ハスミ

 

 

「は、はいっ!」正実モブA

 

 

 

気付けば、頭上には曇天が広がり始めていた。

 

まるで、これからの出来事を告げるかのように。

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