The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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死霊(ミメシス)

「はぁッ、はぁッ……!」ヒナタ

 

 

 

古聖堂を抜けた一行は、広間へと駆け込む。そこは、爆破の痕が残る崩れた地面と、倒壊した建物の残骸で埋め尽くされていた。つい先ほどまで街として形を保っていた景色は、瞬く間に廃墟へ変わっていた。

 

 

 

「ぅ……ごほッ──」ハスミ

 

 

「っ、ハスミさん……!」ヒナタ

 

 

「だ、大丈夫です……少し、煙を吸い込んだだけで……」ハスミ

 

 

「無理はしなくていい。喋らなくていいから、走ることだけ考えろ」隆一

 

 

「……はい」ハスミ

 

 

 

咳き込みながらも、ハスミの足は止まらなかった。そのすぐそばを、弾丸が一発かすめていく。

 

 

 

「ッ、攻撃……!」ハスミ

 

 

 

飛来方向を確かめたハスミは、すぐに隆一の前へ出る。ヒナタも愛銃を抜きながら振り返った。瓦礫の上には、青白い人影が立っている。

 

 

 

「ハスミさん、先生を!私が撃ちます!」ヒナタ

 

 

 

ダブルタップ。放った二発は人影の頭部を捉え、影は後方へ倒れた。だが、その姿は霧のように、跡形もなく消失する。

 

 

 

「っ、消えた──!?」ヒナタ

 

 

 

続けて、別の角度から弾丸が飛び、ヒナタの肩をかすめた。

 

 

 

「また……!」ヒナタ

 

 

 

ヒナタは二人をかばう位置に立ち、弾幕を浴びせる。四発のうち、足、胸、腹に命中した。だが、撃ち抜かれた人影は、やはり霧のように消え去る。

 

 

 

「何なのですか、あれは……!?」ハスミ

 

 

「当たっている筈なのに、まるで手応えがなくて……!」ヒナタ

 

 

「ヒナタ、弾を無駄にするな。同じ撃ち方を続けても、消えるだけだ」隆一

 

 

「は、はい……!ですが、反撃しないと、あっという間に囲まれてしまいます……!」ヒナタ

 

 

「分かってる。だからまず距離を取る。相手の正体を見極めるのは、その後だ」隆一

 

 

 

実体を持たない幻影を撃っているような感触だった。突然現れ、突然消える。まるで影だ。

 

 

 

「そもそも、あれは人なのですか?まるで──」ハスミ

 

 

「……死霊(ゴースト)だ」隆一

 

 

 

瓦礫の上から、三つの人影が三人を見下ろしていた。衣装も銃器も、それぞれ違う。

 

 

 

「死霊(ゴースト)?先生は何かご存知で?」ハスミ

 

 

「すごく簡単に言えば死人の霊だ。まあ便利なモンで俺の世界では召使やいろいろな用途に使われていた。だが、かと言ってキヴォトスにいるかと言えば……」隆一

 

 

 

炎に照らされた姿を見た瞬間、ヒナタが息を呑む。

 

 

 

「ッ……!あの衣装は──」ヒナタ

 

 

「シスターヒナタ?」ハスミ

 

 

「あの装い、本で見た事があります……!」ヒナタ

 

 

「本、ですか?」ハスミ

 

 

「はい、シスターフッドの書庫に古い記録があって……挿絵の姿と、まったく同じなんです」ヒナタ

 

 

 

黒で統一された特別な礼装。裂けたウィンプル、ひび割れて瞬くヘイロー、顔を覆うガスマスク。青白く光る瞳が、ヒナタを射抜いていた。

 

 

 

「……あれは、『聖徒会』の服装です!」ヒナタ

 

 

「聖徒会──まさか、ユスティナ聖徒会の事ですか!?」ハスミ

 

 

「はい……!」ヒナタ

 

 

 

『戒律』を破る者へ罰を下すためだけに結成された、かつてのトリニティの闇。暴力をためらわず、戒律とその保護を絶対視した者達だ。

 

 

 

「数百年前に消えた戒律の守護者……それが、どうして此処に!?」ハスミ

 

 

「分かりません……!ですが、この神秘の濃さは、間違いなく本物です……!」ヒナタ

 

 

「本物でも偽物でも、今は、こちらに銃口を向けています」ハスミ

 

 

「あぁ。理由を考えるのは、生き延びてからだ」隆一

 

 

「っ、下がってッ!」ヒナタ

 

 

 

ヒナタはハスミの肩を押し、入れ替わるように前へ出た。次の瞬間、無数の弾丸がヒナタの身体へ撃ち込まれる。

 

 

 

「ぐぅッ……!」ヒナタ

 

 

「シスターヒナタ!」ハスミ

 

 

「大丈夫、ですッ!」ヒナタ

 

 

「ヒナタさん、傷が……!」ハスミ

 

 

「これくらい、まだ平気です。それより、ハスミさんは先生を……!」ヒナタ

 

 

「ヒナタ、無茶はするな。お前が倒れたら意味が無い」隆一

 

 

「……はい、承知しています」ヒナタ

 

 

 

撃ち込まれた箇所から湯気が噴き出していた。凄まじい神秘濃度だ。拳銃を構えたヒナタは、瓦礫の向こうから次々と現れる人影に気づき、息を呑む。

 

 

 

「っ……尋常ではない数……!奥に数十、いえ、数百規模──!?」ヒナタ

 

 

「数百……?」隆一

 

 

「はい……!この数では、正面から戦っても全く勝ち目がありません……!」ヒナタ

 

 

「分かってる。ハスミ、退路は確保できそうか」隆一

 

 

「東側の回廊なら、まだ塞がっていない筈です。ですが、そちらにも影が回り込んでいるかもしれません」ハスミ

 

 

「大博打になるな。ヒナタ、殿を頼めるか?」隆一

 

 

「はい、お任せ下さい……!」ヒナタ

 

 

「ヒナタさん、無理だけはなさらないで下さい。傷が……」ハスミ

 

 

「大丈夫です。私は、シスターフッドの一員ですから。こんな所で倒れる訳にはいきません」ヒナタ

 

 

「……分かりました。では、先生は私が必ず守ります」ハスミ

 

 

「頼もしいな、二人とも。……行くぞ」隆一

 

 

 


 

 

 

古聖堂の地下。大きく開けた空洞の中で、アリウスの生徒とベアトリーチェが立っていた。

 

 

 

「これで、調印は完了しました」ベアトリーチェ

 

 

「ありがとうございます、マダム」アリウスモブA

 

 

「ですが、地上では今も、私達の仲間が戦っています。このまま放っておいて、本当に良いのですか」アリウスモブB

 

 

「問題ありません。彼女達の役目は、すでに果たされています」ベアトリーチェ

 

 

「役目、ですか……」アリウスモブC

 

 

「えぇ。足止めという、立派な役目です。案じる必要はありません」ベアトリーチェ

 

 

「……承知、しました」アリウスモブC

 

 

「それで良いのです。あなた達は、アリウスの未来そのものなのですから」ベアトリーチェ

 

 

「……はい、マダム」アリウスモブB

 

 

「これで、アリウスは未来を掴む事ができるのです」ベアトリーチェ

 

 

「……っ」アリウスモブB

 

 

「どうしました?不満そうですね」ベアトリーチェ

 

 

「い、いえ……不満など、ありません」アリウスモブB

 

 

「それで結構。私の導きに従う限り、あなた達に不幸は訪れません」ベアトリーチェ

 

 

「それで、地上のミメシスは、どれ程の数が……」アリウスモブC

 

 

「数える事すら無粋な程に、とだけ申し上げておきましょう」ベアトリーチェ

 

 

「……そう、ですか」アリウスモブC

 

 

「……はい」アリウスモブB

 

 

「さすがはアリウス、これ程の死霊(ゴースト)が彷徨っているとは上々です。一時は使い物にならない抜け殻ばかりかと心配しましたが、これ程使えるのなら何も言う事はありません」ベアトリーチェ

 

 

 

彼女の目には、アリウスの何もかもが不足して映っていた。しかしそれでも切り捨てはしない。人として守る線も勿論の事、いずれ『来るべき主人』へ譲り渡すためだ。

 

 

 

「本来であれば、この様な事に手を貸すのは不本意ですが、魔力を自身の力として扱える者が『トフー』以外に居なかった、故に」ベアトリーチェ

 

 

「戒律を守護せし者の血統、そのロイヤルブラッドの『戒命』が動作する様を見届けられたのは、不幸中の幸い、とでも言えるでしょう」ベアトリーチェ

 

 

「条約という形式も、実に都合が良い。古い契りほど、強固な力を宿すものです」ベアトリーチェ

 

 

「………」アリウスモブA

 

 

「………」アツコ

 

 

「おかげ様で、これほどまでに扱いやすい『マルチバース』を、これなら喜んでフェノメノンの皆様に報告できます」ベアトリーチェ

 

 

アツコは静かに頷く。スクワッドである彼女の役目は、ロイヤルブラッドの名の下に条約へ調印し、戒命を動作させることだった。守護者の威厳を複製する工程はベアトリーチェにしかできない。だからこそマダムは、多少の対価を払ってでもそれを成し遂げた。

 

 

「ですが、これ以上の説明は不要でしょう。あなた達は、ただ結果だけを見ていれば良いのです」ベアトリーチェ

 

 

「………」アリウスモブB

 

 

「……ふむ、説明は退屈にして由無し事でしょうか」ベアトリーチェ

 

 

「………」アツコ

 

 

両腕を広げ、仰々しく語るベアトリーチェを前に、アツコは静かに踵を返した。

 

 

 


 

 

 

「死ねェエエッ!」ツルギ

 

 

 

ツルギの拳が顔面に叩き込まれ、アリウスの生徒は地面を何度も跳ねてから瓦礫へ激突する。その最後を見届け、サオリは小さく息を吐いた。肩に担いだセイントプレデターへ、横目を向ける。

 

 

 

「……このままだと、全滅だな」サオリ

 

 

「隊長、此方、第二分隊。もう、立っているのは私一人です……!」通信

 

 

「無事か」サオリ

 

 

「な、なんとか……でも、あの委員長が、全然、止まってくれなくて……!」通信

 

 

「分かった。後は私が引き受ける。お前は後ろへ下がれ」サオリ

 

 

「了解……すみません、隊長……」通信

 

 

「残っている者は、負傷者を担いで退け。ここは、私が持たせる」サオリ

 

 

「ですが、隊長一人では……!」アリウスモブX

 

 

「命令だ。生き延びる事も、任務の内だと言った筈だ」サオリ

 

 

「……了解、しました」アリウスモブX

 

 

「どこだッ!まだ、まだ足りないッ!もっと寄越せェッ!」ツルギ

 

 

「……狂犬めが。だが、その勢いも、ここまでだ」サオリ

 

 

「ここまで、だと……?私が、私が決める事だッ!」ツルギ

 

 

「……減らず口を。だが、その気迫だけは認めてやる」サオリ

 

 

 

周囲に残るチームは、十人ほどしかいない。あれだけいた仲間も、あちこちで失神している。甘く見ていたわけではないが、容易に片づく相手ではなかった。あの爆発を受けてもなお、ツルギは大した損傷を見せていない。何十発もの弾丸を浴びてもひるまない頑丈さと、純粋な怒りが、彼女を突き動かしていた。

 

 

最悪、例の『光線砲』を撃ち込んでもらい、自身もろとも生き埋めになるか。そう考えていたサオリの耳に、かすかな風の音が届く。

 

 

 

「……!」サオリ

 

 

 

サオリの背後に人影が現れた。地面から生え出るように、ゆっくりと姿を見せる。黒いウィンプル、ひび割れたヘイロー、ガスマスク。それを認めたサオリは頷いた。

 

 

 

「あぁ──間に合ったか」サオリ

 

 

「………」???

 

 

 

何も答えず、ミメシスはツルギへ銃口を向ける。サオリは燃え盛る古聖堂と、火の粉に照らされた曇天を見上げて呟いた。

 

 

 

「──条約に調印出来たか、姫」サオリ

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