The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
古聖堂から距離を置いた、崩れかけの建物の屋上。ヒヨリは伏せたままの姿勢で、
「あ、当たっちゃいました……えへへ……」ヒヨリ
浮かべた笑みは、いつも通りの陰気な薄笑いのままだった。けれど、指先は小刻みに震えている。
その銃はベアトリーチェの手で改造されたものだった。マダムが自分の世界から持ち込んだ『光線砲』である。引き金を一度引くだけで、三発の光条が空へ閃く仕組みだった。火力も連射性能も桁外れだ。少なくとも、人に向けるような代物ではなかった。
「え、えっと……確かに、狙い通りに、当たりました……ちゃんと、命中、しましたよね……?」ヒヨリ
「(ヒヨリ)」ベアトリーチェ
思考へ、直接声が差し込まれる。テレパシーだった。
「(『細胞』の注入に協力してくださり、感謝します)」ベアトリーチェ
「は、はい、マダム……お役に立てて、うれしい、です……」ヒヨリ
声は上ずっていた。彼女はスコープ越しに、着弾の瞬間を見てしまっていたのだ。キヴォトスの生徒なら、せいぜい吹き飛ぶ程度で済む威力だった。だが、キヴォトス人ではない人間に命中すれば、ああなる。
「(何を震えているのです?あなたは、与えられた役目を果たしただけでしょう?)」ベアトリーチェ
「は、はい……わ、分かっています、分かっているんですけど……」ヒヨリ
「(ならば、胸を張りなさい。あなたの働きは、アリウスの未来に繋がるのですから)」ベアトリーチェ
「……はい、マダム」ヒヨリ
反抗する余地など、彼女には最初から無かった。命じられれば、引き金を引く。それだけが、アリウスで生き延びる唯一の道だった。
「う……っ/ゲポッ」ヒヨリ
喉の奥から、酸味のあるものが込み上げる。ヒヨリは口元を押さえて耐えようとしたが、結局こらえ切れず、少しだけ吐いてしまった。
「うぅ……痛いですよね……苦しいですよね……」ヒヨリ
その言葉が誰に向けられたものなのか、応える者は、誰ひとりいなかった。
「(ヒヨリ)」ベアトリーチェ
「は、はいっ……!」ヒヨリ
「(感傷に浸る暇はありません。次の指示を待ちなさい)」ベアトリーチェ
「……了解、しました」ヒヨリ
通信は切れた。屋上に残ったのは、遠くで燃え続ける炎の音と、風のうなりだけだった。
「うわぁぁぁん……」ヒヨリ
狙撃銃を抱えたまま、彼女は小さく泣き声を漏らした。
その頃、古聖堂の瓦礫だらけの通りでは。
「先生ッ、先生ッ!」ヒナ
倒れた隆一のそばで、ヒナが叫んでいた。顔の右半分、左腕、右の太腿。普通の人間なら、キヴォトス人であっても、手足を吹き飛ばされた時点で助からない。それでも隆一は、まだ息をしていた。
「先生、お願い、目を閉じないで……!」ヒナ
ヒナの腕の中で、隆一の体温が少しずつ下がっていくのが分かった。
「/ゴホッ!/……ぐ……」隆一
血を吐きながらも、千切れた手足と服の端は、じわじわと再生を始めている。ただし、その速度は遅かった。さすがの彼でも、かなり危うい状況だった。
「しゃべらないで……!」ヒナ
「先生、先生っ……!」ヒナタ
「ヒナタさん、触れてはいけません!今は、動かさないで!」ハスミ
「でも、血が……こんなに……!」ヒナタ
瓦礫の向こう側で、ミメシスの影が再び蠢き始めていた。残された時間は多くない。
「いや、聞いて/ゲホッ!/くれ」隆一
潰れていない左目で、隆一はヒナを見た。
「……傷なんて/ゲホッ!/その/ゴホッ!/内塞がる。だが、今は/ゴハッ!/、時間が/ガハッ!/足りな/ゲホッ!/い」隆一
「そんな事、どうでも良い!今は、先生の命が先!」ヒナ
「俺を抱え/ゲボッ!/て、なるべく遠くま/ガハッ!/」隆一
「……でも」ハスミ
一瞬だけ、静けさが落ちた。最初に動いたのはヒナだった。血まみれの隆一を担ぎ上げる。
「ハスミ、道を!」ヒナ
「……はいッ!皆さん、最後の突破です!」ハスミ
「風紀委員長、先生をお願いします!」ヒナタ
「任せて。……絶対に、落とさない!」ヒナ
「風紀委員長、先生の事、頼みます!」ハスミ
「えぇ。あなた達こそ、絶対に生きて!」ヒナ
「……善処します!」ハスミ
正義実現委員会とシスターフッドの生徒達が、動かなくなりかけた足を叩いて立ち上がった。残り少ない弾薬、拾い集めた瓦礫、素手。すべてをつぎ込み、ミメシスの包囲へ最後の突撃を仕掛ける。
「皆さん、立てますか!」ハスミ
「は、はい……まだ、いけます……!」正実モブ
「足が、重い……でも、止まりません……!」シスターフッドモブI
「行けぇッ!」正実モブA
「先生を、お願いしますッ!」シスターフッドモブI
「先生の為なら、私、最後まで走れます……!」シスターフッドモブII
「皆、此処が正念場です!先生を、無事にお送りしましょう!」ヒナタ
「はいっ!」正実モブB
デストロイヤーが前方を切り払う。続いて、ハスミの狙撃が突破口を広げた。血と煤にまみれた生徒達が、身体ごと壁へぶつかるように押し広げる。包囲網は、ついに裂けた。
「抜けた……!」ヒナタ
「出口です!走って下さい!」ハスミ
「ハスミ先輩、後ろから、ミメシスが追ってきます!」正実モブB
「構わず走って!止まったら、全員がやられます!」ハスミ
「は、はいっ!」正実モブC
背後では、古聖堂の鐘が歪んだ音を響かせていた。誰も振り返らず、ただ前だけを見て、足を動かし続ける。
「あと少し……あと少しだけ、持ち堪えて下さい、先生……!」ヒナタ
「先生……もう少しの辛抱だから……」ヒナ
瓦礫の切れ間の向こう、通りの先に、エンジンを唸らす車両が見えた。ゲヘナの救急医学部の緊急車両だった。
「あれは……ゲヘナの、救急医学部……?」ハスミ
「助かった……!」ヒナタ
「先生!先生をこちらへ!」セナ
「セナ……!」ヒナ
セナが車両から飛び降り、ヒナの腕から隆一を受け取る。担架に乗せられた隆一は、かすかに目を開けた。
「……よかった…みん………事…」隆一
「喋らないで下さい!すぐ出します!」セナ
セナは担架の脇に膝をつき、ヒナへ目を向ける。
「委員長、容態は……!」セナ
「見ての通り。傷は深いけど、まだ意識はある」ヒナ
「分かりました。応急処置を始めます。皆さんも、負傷者は全員、乗って下さい!」セナ
「ですが、私達は、ゲヘナの車両になど……」正実モブA
「所属は関係ありません!命が最優先です、早く!」セナ
「……ですが」正実モブA
「あなたの怪我も、決して軽くありません。意地を張っている暇は、無い筈です」セナ
「……はい。申し訳ありません」正実モブA
ヒナ、ハスミ、ヒナタ、そして負傷した生徒達が車両へ乗り込む。
「……分かりました。ご厚意に、感謝します」ハスミ
「礼は後で結構です。今は、一人でも多く助ける事が先ですから」セナ
「ハスミ先輩、乗り込みました!全員、揃っています!」正実モブB
「ありがとうございます。では、お願いします」ハスミ
「承知しました。出発します!」セナ
扉が閉まり、エンジンの音は遠ざかっていく。炎と瓦礫の向こうで、古聖堂は小さくなっていった。
車内は、消毒液と血の匂いで満ちていた。担架の上の隆一に、救急医学部の生徒達が手早く処置を施していく。
「止血を急いで。呼吸の確認を」セナ
「はい、先輩!」救急医学部モブA
「傷口が、塞がっていきます……それも、異様な速さで。千切れた手足まで、繋がろうとしているなんて……こんな症例、見た事が……」救急医学部モブB
「詮索は後です。まずは、命を繋ぐ事だけを考えてください」セナ
「……先生」ヒナ
ヒナは、血に濡れた隆一の手を、そっと握った。
「……ヒナ…悪い」隆一
「何が」ヒナ
「さっきの、約束……守れそうに、ないかも、しれない」隆一
「馬鹿な事を言わないで。守って。絶対に」ヒナ
「……ははっ、厳しいな……」隆一
「当たり前。先生が相手だから」ヒナ
車両が大きく揺れた。誰も口を開かず、狭い車内にはエンジンの音だけが響いている。
「……あの、ハスミ先輩」正実モブB
「どうしました」ハスミ
「先生は、本当に、助かるのでしょうか……」正実モブB
「……助かります。いえ、助けるのです。私達が、その為に動いたのですから」ハスミ
「……はい」正実モブ
ハスミは唇を固く結んだまま、担架の上の隆一を見つめた。ゲヘナの車両に命を預ける屈辱など、今は少しも感じていなかった。
「セナさん、お願いがあります」ハスミ
「何でしょう」セナ
「古聖堂には、まだ私達の仲間が残っています。ツルギ委員長も、アリウスと交戦中の筈です」ハスミ
「状況は把握しました。別班の車両を、すぐに向かわせます」セナ
「……ありがとうございます」ハスミ
「感謝は不要です。私達は、救急医学部ですから」セナ
セナの視線が、ふとヒナの腕に留まる。
「委員長、あなたの腕も、血が出ています」セナ
「私の傷は、大した事ない」ヒナ
「大した事あります。後で必ず診ますから、勝手に動かないで下さいね」セナ
「……分かった」ヒナ
「ヒナ委員長が素直に……」救急医学部モブA
「何か言った?」ヒナ
「い、いえ、何でもありません!」救急医学部モブB
「シスターヒナタも、どうか手当てを。頬に、傷が」セナ
「わ、私は後で大丈夫です。先生の方を、先に……」ヒナタ
「先生は、私達が全力で診ています。あなたは、自分の身体を大切になさって下さい」セナ
「……はい、ありがとうございます」ヒナタ
「……揺れてる、な」隆一
「車の中。もう、大丈夫」ヒナ
「そうか……ヒナ、手、ずっと握っててくれたのか」隆一
「……離したら、先生が、何処かへ行ってしまいそうだったから」ヒナ
「そんな、柄じゃないんだけどな」隆一
「柄かどうかじゃない。いいから、黙って、寝てて」ヒナ
「……はいはい」隆一
少し離れた席で、ヒナタは両手を組み、小さく祈りの言葉を口にしていた。
「どうか、どうか、先生を、お守り下さい……」ヒナタ
「大丈夫です、ヒナタさん。先生は、必ず、持ち堪えてくれます」ハスミ
「……はい。信じます」ヒナタ
窓の外では、炎の赤が、音もなく流れていく。誰もが、その光景を黙って見つめていた。
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