The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
ゲヘナ救急医学部の緊急車両が、瓦礫の街路を駆け抜けていく。
車内には、血の匂いが満ちていた。
「出血、止まりません!再生が……遅い……!」セナ
「止まらないって、どういう事!?さっきまで、傷は塞がり始めていた筈!?」ヒナ
「分かりません。ですが、確かに、これまでの再生とは何かが違います!」セナ
「先生、聞こえますか!先生!」ハスミ
「先生、お気を確かに……!もう少しで、救護所に着きます……!」ヒナタ
「呼び掛け続けて下さい!意識を保たせる事が、今は一番重要です!」ハスミ
「前方、瓦礫です!道が塞がっています!」救急医学部モブ
「迂回できないの!?」ヒナ
「他の道は、火災で通れません!このまま、突っ切るしかありません!」救急医学部モブ
「……分かった。振動は仕方ない。先生の身体を、しっかり支えて!」ヒナ
「はい、任せて下さい!」セナ
車両が、瓦礫を乗り越えて大きく跳ねた。担架の上の隆一の身体が、力無く揺れる。
担架の上で、隆一は薄く目を開けていた。
顔の右半分、左腕、右の太腿。千切れた部位はほとんど形を取り戻している。それなのに、様子がおかしかった。
「脈が、乱れています!血圧も、下がり続けて……!」セナ
セナは、隆一の額に手を当て、息を呑んだ。
「体温も、急激に上昇しています。傷口の周囲が、尋常ではない熱を……!」セナ
「熱……?先生の身体に、何が起きているの!」ヒナ
「分かりません。ただ、このままでは生命が危険だという事だけは確かです!」セナ
「解熱剤は!?」ヒナ
「既に投与しました。ですが、全く効果がありません!」セナ
「……」ヒナ
「救護所に着いたら、すぐに、設備の整った処置室に運びます!それまで、持ち堪えて下さい!」セナ
「輸血は!?」ヒナ
「用意はあります!ですが、これだけの出血量だと、焼け石に水です……!」セナ
「それでも、やるしかない。お願い」ヒナ
「分かっています。委員長、先生の左腕を押さえていて下さい。点滴を刺します」セナ
「……分かった。動かないで、先生」ヒナ
「先生、私達が付いています。ですから、どうか、気を強く持って下さい」ヒナタ
ヒナは、冷たくなりかけた腕を、両手で包み込む。針が刺さる瞬間、隆一の指先が、微かに震えた。
「……分かりました、全力を尽くします」セナ
「風紀委員長、顔色が優れませんが?」ハスミ
「私は平気」ヒナ
「……強がりは、あなたの悪い癖のようですね」ハスミ
「あなたに言われたくない」ヒナ
「……否定は、しません」ハスミ
「……ごほッ……」隆一
咳と共に、黒ずんだ血が溢れる。
傷口の縁が、再生しているのではなく、別の何かに置き換わっていくように脈打っていた。
「何、これ……血の色が、おかしい……」ヒナタ
「見ない方が良いです、ヒナタさん。ですが、目を逸らさないで下さい。先生が、戦っておられるのですから」ハスミ
「……はい」ヒナタ
「……ああ、そうか」隆一
隆一は、天井を見つめたまま呟く。
「先生……?何か、分かったの?」ヒナ
「注入、して/ゲホッ/たのか………アレに」隆一
「注入……?何を、ですか?」セナ
隆一は答えなかった。焦点の合わない瞳が、遠くの何かを睨み据えている。
「弾に、何か仕込まれていたというの?毒の類?」ヒナ
「毒なんて、生易しいもんじゃ……な/ゴホッ/い」隆一
「先生、喋らないで下さい!体力を温存して……!」セナ
「……いいから、聞け。あれは、俺の、中身を……」隆一
「中身、ですか……?」ハスミ
そこまで言って、隆一は激しく咳き込み、言葉を途切れさせた。
「分かった。もう、喋らなくて良い。続きは、後で聞くから!」ヒナ
「先生……お願いです、持ち堪えて下さい……」ヒナタ
「救護所まで、あと三分です!もう少しだけ、耐えて下さい!」救急医学部モブ
「道は、まだ確保できていないの!?」ヒナ
「はい!多少、揺れますが、このまま行けます!」救急医学部モブ
「……聞こえた、先生?もう少し。もう少しだから。聞こえているなら、指を動かして」ヒナ
隆一の指先が、ほんの僅かに、動いた気がした。
「……今、動いた。確かに、動いた」ヒナ
「はい、私にも、見えました……!」ヒナタ
アリウス自治区、バシリカ。
ステンドグラスの下で、ベアトリーチェは扇子を閉じ、目を細めていた。
「ええ、そうです、トフー」ベアトリーチェ
遠く離れた場所の彼に向け、彼女は静かに語りかける。
「ふふっ、やはり、聞こえていましたか。ならば、話が早い」ベアトリーチェ
「ご安心なさい。あなたの苦痛は、私にも、手に取る様に伝わっていますから」ベアトリーチェ
「ヒヨリは、実に良い仕事をしてくれました。あの子は、泣きながら引き金を引いたのでしょうね」ベアトリーチェ
「ですが、その涙もまた、私にとっては、何よりの糧です」ベアトリーチェ
バシリカの天井から、冷たい風が吹き降りてくる。ステンドグラスの色彩が、彼女の影を、長く床に引き伸ばした。
「ええ、そうです、トフー」ベアトリーチェ
遥か遠くの彼へ向けて、彼女は静かに語りかける。
「あなたなら、いずれ気付くと思っていました。その聡明さは、嫌いではありませんよ」ベアトリーチェ
「少々、手遅れではありますが」ベアトリーチェ
「悔しいですか?それとも、恐ろしいですか?」ベアトリーチェ
「どちらでも構いません。私は、あなたの絶望を特等席で眺めさせて頂きましょう」ベアトリーチェ
「ヒヨリの弾頭に仕込んだ『細胞』は、指定した対象の情報を複製するものです。言うなれば、『自分で動かせるクローン』を作るための手段の一つ、ということですよ」ベアトリーチェ
「あなたの肉体を、そっくり写し取るために」ベアトリーチェ
喉の奥で、くつくつと笑う。その声が響くたび、ステンドグラスの色彩が不気味に揺らめいた。
「あの狙撃は、あなたの身体を傷付けるためのものではありません。『細胞』を、あなたの内へ送り込むための手段に過ぎないのです」ベアトリーチェ
「傷口という入口さえ作れれば、あとは勝手に広がっていきます」ベアトリーチェ
「あなたの再生能力すら、その材料となるのです。皮肉なものではありませんか?」ベアトリーチェ
「そもそも、あなたを『トフー』と呼ぶのは、あなたが元々、戦闘用に作られたクローンノイドだったからでしょう?」ベアトリーチェ
「『執行官第0番トフー』。それが、あなたの本来の名前です」ベアトリーチェ
「どれほど別の名で身を飾ろうとも、その本質は変わりません。あなたは、作られた道具なのですよ」ベアトリーチェ
彼の肉体を複製し、自らの目的のための傀儡にする。そのためにベアトリーチェは、アリウスを利用したのだった。
「マダム……よろしいのですか?あの方に、そこまで話してしまわれて」アリウスモブ
「構いません。どうせ、あの男にはもう何も出来ないのですから」ベアトリーチェ
「……承知しました。……マダム、一つだけご報告が。ヒヨリの様子が芳しくありません。ずっと泣いているようで」アリウスモブ
「構いません。引き金を引ける限り、彼女は役目を果たせます」ベアトリーチェ
「……そう、ですか」アリウスモブ
「余計な心配は不要です。あなたは、自分の持ち場を守りなさい」ベアトリーチェ
「……はい、マダム」アリウスモブ
「フェノメノンの皆様も、きっとお喜びになるでしょう。これ以上ない立派な成果ですから」ベアトリーチェ
「……その名で、呼ぶな……」隆一
隆一は、歯を食い縛って呻いた。頭の奥に、不快な声が絡み付いて離れない。
「先生?誰と、話しているの……?」ヒナ
「……っ、ぐ……」隆一
車内で、隆一の身体が痙攣した。
自分の肉体が、何かに蝕まれている。内側から、塗り替えられていく感覚があった。
隆一は血を吐きながら、傍らの生徒達を見た。
「全員……逃げろ……!」隆一
「先生!?何を──」ヒナ
「いいから、今すぐ、車から離れろッ!」隆一
血反吐を吐きながら叫び、彼は目を閉じる。
意識が、肉体から剥がれていく。
隆一の身体は、そこにあるのに、もう彼ではなくなりかけていた。
「意識レベル、急速に低下しています!呼び掛けに、反応がありません!」セナ
「脈は!?」ハスミ
「まだ、あります。ですが、非常に不安定です……!」セナ
「先生ッ!先生、目を開けて!……お願い、行かないで、約束、したでしょう……!」ヒナ
「逃げろ、と……仰いましたか、今」ハスミ
「冗談じゃありません!先生を置いて、逃げられる訳がありません!」ヒナタ
「車を止めて下さい!状況が、普通ではありません!」セナ
「止められる訳ないでしょう、追っ手が来ているかもしれないのに!」ハスミ
「では、このまま先生の側に居続けろと、仰るのですか!」セナ
「……分かりません。ですが、今は、それしか出来ないのです」ハスミ
「ですが、先生の様子が……!」セナ
「……分かってる。でも、離れるのは、絶対に嫌」ヒナ
「私も、離れません。先生を、一人にはさせません」ヒナタ
「……同じです。置いて行くなど、私には出来ません」ハスミ
「……皆さん」セナ
「先生の為に、少しだけ、祈らせて下さい」ヒナタ
「ええ、お願いします。私も、心の中で、祈ります」ハスミ
ヒナタは両手を組み、小さな声で
「……綺麗な歌ね」ヒナ
「シスターフッドに伝わる、傷付いた方の為の、祈りの歌です」ヒナタ
「……先生に、届くと良いけど」ヒナ
「届きます。きっと」ヒナタ
「後方に、追っ手の影は見えません!今の所は、ですが……!」正実モブ
「引き続き、警戒を。何かあれば、すぐに知らせて下さい」ハスミ
「は、はいっ!」正実モブ
ヒナは、動かなくなりかけた隆一の手を、強く握り締めた。
サイレンの音だけが、虚しく車内に響いていた。
バシリカ。
ベアトリーチェは扇子を開き、口元を隠した。幾多の瞳が、闇の中で妖しく光る。
「あぁ、始まりましたね。細胞が、完全に馴染んだ事でしょう」ベアトリーチェ
「お休みなさい、『
「さあ、始めましょう」ベアトリーチェ
「私の、新しい『同志』の、お目覚めです」ベアトリーチェ
その黒い思惑は、静かに、蠢き始めていた。
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