The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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もう一人の"先生"

緊急車両は、瓦礫の街を抜けて走り続けていた。車内には、サイレンと、セナの手当ての声だけが響く。

 

 

 

「……あれ?」セナ

 

 

 

担架の上の隆一を見て、セナが手を止めた。血を吐き、痙攣していた身体が、いつの間にか静まっている。

 

 

 

「どうしたの、セナ?」ヒナ

 

 

「いえ、その…少し、待って下さい。確認します」セナ

 

 

 

セナは慌てて、計器へ視線を走らせた。

 

 

 

「呼吸、正常です……心拍も……」セナ

 

 

「本当に……?さっきまで、あんなに」ヒナ

 

 

「体温も、平熱まで下がっています。傷口の熱も、もう、ありません」セナ

 

 

「それは、良い兆候と考えて、構わないのでしょうか」ハスミ

 

 

「……通常であれば、そうです。ですが、この急激な変化は、私にも説明が付きません」セナ

 

 

 

黒ずんだ血も、もう吐いていない。穏やかな寝顔は、先程まで藻掻き苦しんでいた彼とは、まるで別人のようだった。

 

 

 

「先生、本当に、落ち着かれたんでしょうか……」ヒナタ

 

 

「分からない。でも、少なくとも、苦しそうな顔は、もうしていない」ヒナ

 

 

「……安定してくれたなら、良いのですが…」ハスミ

 

 

「嫌な予感が、拭えませんね」セナ

 

 

「私もです。ですが、今は、これ以上の事は、出来ません」ハスミ

 

 

「安全地帯まで、あと少しです!このまま、突っ切ります!」救急医学部モブ

 

 

「お願いします。到着したら、全員、警戒を怠らないで下さい」ハスミ

 

 

「はい、先輩」セナ

 

 

 

ヒナは、眠る隆一の顔を、じっと見つめていた。血と煤に汚れた頬には、確かに生気が戻りつつある。それが、却って、不安を煽った。

 

 

 

「……本当に、ただ眠っているだけなら、良いのだけど」ヒナ

 

 

「きっと、そうです。そうであって欲しいです」ヒナタ

 

 

「セナ、念の為、もう一度、脈を測って」ヒナ

 

 

「はい。……やはり、正常です。むしろ、普段よりも、安定しているくらいです」セナ

 

 

「安定している、のに、不安なのね」ヒナ

 

 

「はい。あれだけの状態から、これ程急に落ち着くのは、医学的には、あり得ない事ですので」セナ

 

 

 

誰もが、拭いきれない違和感を抱えたまま、口を噤んだ。それ以降、大きな出来事は何も起こらなかった。車両は、安全地帯へと辿り着く。

 

 

 


 

 

 

車両が停まり、扉が開く。そこは、瓦礫の少ない大通りに設けられた、臨時の救護拠点だった。天幕の下では、負傷者の手当てが慌ただしく続いている。ハスミが降り立つと同時に、数人の生徒が血相を変えて駆け寄ってきた。

 

 

 

「ハ、ハスミ先輩!大変です!」正実モブ

 

 

「どうしました?」ハスミ

 

 

 

息を切らせた生徒達を、ハスミは手で制する。

 

 

 

「落ち着いて、順番に話して下さい。何があったのですか!?」ハスミ

 

 

「せ、先生が……!真っ赤な目をした、バケモノみたいな先生が、アリウスもトリニティもゲヘナも見境なく暴れていて……!」正実モブA

 

 

「古聖堂の南側、広場の辺りです!偵察に出た子達が、次々と……!」正実モブB

 

 

「何人も、重症者が出ています……!」正実モブA

 

 

「救護班も、手が足りなくなって……このままでは、此処も危ないかもしれません……!」正実モブC

 

 

「……何ですって?」ハスミ

 

 

「私も、この目で見ました。先生の姿をした何かが、巨大な鞭みたいな物で、次々と……」正実モブB

 

 

「鞭……ですか?」ハスミ

 

 

「はい、目で追えない速さでした。気付いた時には、皆、血を流して倒れていて……!」正実モブA

 

 

 

ハスミは、車内の担架へ視線を向けた。隆一は、眠ったままそこにいる。

 

 

 

「先生は、ここに居ます!」ハスミ

 

 

「で、でも、確かに先生の姿で……!」正実モブC

 

 

「見間違い、という事は?」ハスミ

 

 

「ありません!あの顔は、確かに、先生でした……!でも、目も血のように赤くて、あと服も真っ黒で……」正実モブC

 

 

「声を掛けても、何も、答えてくれないんです!表情も…全く変わらなくて」正実モブB

 

 

「何も……?」ハスミ

 

 

「はい。いつもあんな笑顔なのに……だから、余計に、怖くて……」正実モブB

 

 

「……分かりました。報告、ありがとうございます」ハスミ

 

 

「あの、ハスミ先輩……もし、本当に先生が、敵になってしまったら……」正実モブA

 

 

「先生は、私達の先生です。それは、何があっても、変わりません」ハスミ

 

 

「ハスミ先輩……」正実モブA

 

 

「ですから、まずは、自分の目で見る事が先です。話は、それからです」ハスミ

 

 

 

替え玉の可能性が頭を過る。だが、あの場に居た先生は、確かに本物だった。腕が千切れ、再生する様まで、この目で見ている。

 

 

 

「ハスミ、どうするの?」ヒナ

 

 

「……確かめます」ハスミ

 

 

 

ハスミは車内を振り返り、ヒナとヒナタを見た。

 

 

 

「風紀委員長、シスターヒナタ、あなた達は手当てを、セナさん、お願いします」ハスミ

 

 

「ハスミ……」ヒナ

 

 

「私が見て来ます!」ハスミ

 

 

「待って。私も…」ヒナ

 

 

「いいえ。風紀委員長は、先生の傍に残って下さい。何かあった時、先生を守れるのは、あなたです」ハスミ

 

 

「……でも」ヒナ

 

 

「それに、あなたの傷も、決して浅くはない筈です。今は、休んで下さい」ハスミ

 

 

「……分かった。でも、無茶は、しないで」ヒナ

 

 

「善処します」ハスミ

 

 

「ハスミさん、どうか、お気を付けて……」ヒナタ

 

 

「ありがとうございます、ヒナタさん。先生を、お願いします」ハスミ

 

 

 

愛銃を担ぎ、ハスミは数名の生徒を伴って、来た道を戻り始めた。

 

 

 

「ハスミ先輩、私達も、お供します!」正実モブB

 

 

「ありがとうございます。ですが、決して、私の前には出ないように」ハスミ

 

 

「は、はいっ!」正実モブB

 

 

 

ハスミ達の背中が、黒煙の向こうへ消えていく。ヒナは、その姿が見えなくなるまで、じっと見送っていた。

 

 

「先生を、あの天幕の中に運びます。私達も、手伝って下さい」セナ

 

 

「はい!」救急医学部モブ

 

 

「……分かった」ヒナ

 

 

「ヒナ委員長、そちらの端を持って頂けますか。ゆっくり、揺らさないように」セナ

 

 

「えぇ。……軽いのね、意外と」ヒナ

 

 

「先生も、普通の人間ですから。……少なくとも、見た目は」セナ

 

 

「……そうね」ヒナ

 

 

天幕の中の簡易ベッドに、隆一は静かに横たえられた。モニターの電子音だけが、規則正しく響いている。

 

 

「ヒナ委員長、あなたも、座って下さい。腕の傷を診ます」セナ

 

 

「私は、後で良い」ヒナ

 

 

「駄目です。先生を守る為にも、あなたが倒れる訳にはいきません」セナ

 

 

「……分かった。お願い」ヒナ

 

 

「私は、他の負傷者の方々を診て参ります。何かあれば、すぐにお呼び下さい」ヒナタ

 

 

「えぇ。……ありがとう、ヒナタ」ヒナ

 

 

天幕の外では、慌ただしい足音と、負傷者を励ます声が、絶え間なく続いている。ヒナは、包帯を巻かれながら、ぼんやりと、眠る隆一の横顔を見つめていた。

 

 

「……ハスミ、大丈夫かしら」ヒナ

 

 

「正義実現委員会の副委員長ですから、そう簡単には、やられないと思います」セナ

 

 

「……そう、よね。……先生、お願い。目を覚まして」ヒナ

 

 

返事は無い。ただ、規則正しい寝息と、モニターの電子音だけが、天幕の中に静かに響いていた。

 

 

 


 

 

 

瓦礫の街路を、警戒態勢で進む。黒煙が空を覆い、遠くで小さな爆発音が響いていた。

 

 

「……先輩、本当に、いるのでしょうか…?」正実モブD

 

 

「居るなら、確認するだけです」ハスミ

 

 

「ですが、もし、話が通じなかったら……」正実モブE

 

 

「その時は、私が止めます。あなた達は、決して、前に出ないで下さい」ハスミ

 

 

「……はい」正実モブD

 

 

「もし、本当に、先生だったら……私達、どうすれば……」正実モブE

 

 

「その時は、その時です。まずは、事実を知る事が先決です」ハスミ

 

 

「……はい」正実モブE

 

 

「先生が、本当に、私達に銃を向けるなんて、あり得ません。きっと、何かの間違いです」正実モブD

 

 

「ええ。私も、そう信じたいです」ハスミ

 

 

 

ハスミは、自分の言葉に言い聞かせるように、愛銃を握り直した。

 

 

 

「全員、周囲の警戒を怠らないで。些細な物音でも、報告を」ハスミ

 

 

「了解です!」正実モブE

 

 

「《font:670》──こちら第四小隊!古聖堂南側にて、正体不明の相手と交戦中!至急、応え」通信

 

 

「第四小隊、状況を報告して下さい!第四小隊!」ハスミ

 

 

「《font:670》……ザザッ……」通信

 

 

「……通信が、途絶えました…」正実モブD

 

 

「全員、気を引き締めて下さい。相手は、既に、すぐ近くまで来ている筈です」ハスミ

 

 

 

足元の瓦礫が、時折、乾いた音を立てて崩れる。誰もが息を殺し、慎重に歩を進めていた。

 

 

 

「先輩、あそこに、血の跡が……」正実モブE

 

 

「ここまで、引き摺られてきたようですね」ハスミ

 

 

「点々と、向こうの路地まで続いています……」正実モブD

 

 

「全員、止まって。ここからは、私が先頭を行きます」ハスミ

 

 

「で、ですが、先輩を危険に晒す訳には……!」正実モブE

 

 

「これが、私の役目です。後ろから、援護をお願いします」ハスミ

 

 

「……了解です」正実モブD

 

 

 

張り詰めた静寂の中、焦げた匂いと、微かな鉄の匂いが、風に混じって流れてきた。

 

 

 

「……静か、過ぎませんか?」正実モブD

 

 

「先程まで、遠くで銃声が聞こえていたのに……音が、ぴたりと止んでいます」正実モブE

 

 

「ええ。……嫌な静けさです。全員、いつでも撃てるように構えて下さい」ハスミ

 

 

「は、はいっ……!」正実モブD

 

 

 

誰かの喉が、ごくりと鳴る。

 

 

 

その時、隣を歩いていた生徒が、小さく息を詰めた。

 

 

「……え?」正実モブD

 

 

 

生徒の腕に、頬に、脚に、幾つもの切り傷が走った。血が噴き出し、彼女は膝から崩れ落ちる。

 

 

 

「ッ……!?」ハスミ

 

 

「い、痛い……!何、これ……!」正実モブD

 

 

「大丈夫ですか!しっかりして下さい!」正実モブE

 

 

「しゃ、喋らないで!今、止血しますから……!」正実モブE

 

 

「先輩!敵は、どこに……!?」正実モブD

 

 

「見えません……ですが、確かに、近くに居ます!全員、散開して、遮蔽物に隠れなさい!」ハスミ

 

 

 

一瞬だけ、細長いものが空気を裂くのが見えた。鞭のようなもの。

 

これが、『もう一人の先生』の攻撃。そう直感した、その瞬間だった。

 

 

──パァンッ!

 

 

 

音を置き去りにした何かが、ハスミを襲った。音速を超える『ナニカ』。回避する間もなく、ハスミの身体を、抉るような衝撃が貫く。

 

 

 

「あ……ッ」ハスミ

 

 

身体中が裂け、血が溢れた。ハスミの膝が折れ、愛銃が手から滑り落ちる。

 

 

 

 

 

致命傷だった。

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