The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
仮本部には、重苦しい沈黙が沈殿していた。正義実現委員会でも屈指の腕前を誇るハスミが、まばたき一つの間に倒されたのだ。控えめに見積もっても、尋常ではない。ただ、遠方で断続的に轟く爆発だけが、妙に耳についた。
「……ハスミ先輩が!?」正実モブA
誰かが、かすれ切った声で漏らした。
「嘘、ですよね……?」正実モブB
「あの人が、一撃で……そんな、あり得ない……」風紀委員モブC
だが、返答はなかった。返せる者など、そこにはいない。
「……先生って、本当に、あの人が先生なんでしょうか?」正実モブC
「やめなさい。今はハスミ先輩の容体が先です」風紀委員モブB
そうたしなめる声にも、もはや力は宿っていなかった。
やがて、生徒たちに担がれたハスミが戻ってくる。全身に深い傷を負い、腹には貫通痕まであった。とても油断できる状態ではない。黒い制服は赤黒く染まり、彼女を支える生徒たちの腕にも血がべったりと付着していた。
「担架を!早く!」セリナ
「出血が酷い……意識が戻りません!」救護騎士団モブA
「脈は!?」セリナ
「弱いですが、あります……!ですが、このままでは……!」救護騎士団モブB
「止血帯をもう一本、それと輸血の準備を!急いで!」セリナ
傷を押さえるセリナの指は、みるみるうちに真紅に染まっていく。
「腹部を貫通しています……内臓も、いくつか……」セリナ
「そ、そんな……」救護騎士団モブA
「それでも、助けます。助けてみせます」セリナ
セリナは即座に処置へ取りかかった。ヒナタは唇を噛み締め、ハスミの手を強く握る。
「ハスミさん……お願いです、目を開けて下さい……」ヒナタ
返答はない。ハスミの胸が、かすかに上下しているだけだった。
「大丈夫です、必ず繋ぎ止めます」セリナ
処置の手を止めずに、セリナは短く言う。
「ですからヒナタさん、その手は離さないで下さい」セリナ
「……はい」ヒナタ
ヒナタは、血に染まったハスミの指を両手で包み込んだ。
「先生が、こんな事を望むはずがないのに……」ヒナタ
「……ヒナタさん」セリナ
「大丈夫です、私は……祈る事しか、出来ませんから」ヒナタ
少し離れた場所では、ハスミを運んできた生徒たちが地面に座り込んでいた。
「……
別の生徒が、うつむいたまま言葉を継ぐ。
「私達がハスミ先輩を連れて下がる間も、あれは、ただ見ていただけで……」正実モブE
声は震えていた。その話を聞いた周囲の生徒たちの顔から、血の気が引いていく。
「……見逃された、という事か?」風紀委員モブA
「分かりません、でも、あの目は……」正実モブB
「目?」風紀委員モブ
「真っ赤でした、人の目には、とても……」正実モブB
そこで生徒は言いよどみ、自分の肩を抱いた。
軽い応急処置を終えたヒナが、車両から降りる。腕に巻かれた包帯には、なお血がにじんでいた。
「ヒナ委員長、傷が……」セナ
「私の事はいい、ハスミを頼む」ヒナ
「……分かりました、必ず、助けます」セナ
セナはそれ以上何も言わず、再びハスミへ向き直る。ヒナはその背に小さくうなずき、歩き出そうとした。だが、その瞬間、背後から声が飛ぶ。
「……ヒナさん」ヒナタ
ヒナタは、ハスミの手を握ったまま顔を上げていた。
「……何?」ヒナ
「先生を、お願いします」ヒナタ
一度言葉を切り、ヒナタは唇を震わせる。
「あの人は、きっと今、一番苦しんでいる筈ですから」ヒナタ
「……ええ、必ず」ヒナ
ヒナは、降りてきた車両を一度だけ振り返った。担架の上の隆一は、まだ眠ったままだ。
「……すぐに、戻るから」ヒナ
答えのない寝顔に背を向け、ヒナは前を見据えた。
「……私が行く」ヒナ
「委員長、お待ち下さい!」風紀委員モブ
風紀委員会の生徒が、あわてて前に立ちはだかる。
「委員長は貴重な戦力です、これ以上、消耗する訳には……!」風紀委員モブ
「……」ヒナ
通常であれば、ヒナほどの実力者が制止されることはない。むしろ引く手数多のはずだった。それでも止められるのは、ハスミが
「それに、ハスミさんですら、あの有様なんです!」風紀委員モブ
別の生徒が、うつむいたまま続ける。
「委員長まで倒れてしまったら、私達は、どうすれば……」風紀委員モブ
声は小刻みに震えていた。ヒナは、その生徒を黙って見つめる。
「……あなた達の言いたい事は、分かってる!でも……」ヒナ
握りしめていた拳を、ヒナはゆっくりほどいた。苦虫を噛み潰したような顔をしながら。
「……分かった」ヒナ
銃を握り直し、息を整える。
「正面からは行かない、まず陽動で、相手の動きを探る」ヒナ
「は、はいっ!」風紀委員モブ
「陽動は少人数でいい、深追いはさせないで、危なくなったらすぐに退かせる」ヒナ
「了解しました!すぐに班を編成します!」風紀委員モブ
「それと、正義実現委員会にも連絡を、前に出ないで、後方の守りを固めるように伝えて」ヒナ
「分かりました、直ちに!」風紀委員モブ
「それと、あれの攻撃の届く範囲を、記録して、一発目で何が起きたのか、少しでも手掛かりが欲しい」ヒナ
「はい!観測班を付けます!」風紀委員モブ
そのとき、瓦礫の向こうから足音が響いた。
「誰か来ます!」風紀委員モブ
一斉に銃が構えられる。張り詰めた空気のなか、足音は少しずつ近づいてきた。
…現れたのはツルギだった。だが彼女は、傷だらけの誰かの肩を支えている。ツルギの制服もまた、あちこち裂けていた。
「ツルギ……!それに」ヒナ
肩を借りていたのはサオリだった。
「アリウスの……!?」風紀委員モブ
数人が、一斉にサオリへ銃口を向ける。
「委員長、下がって下さい!こいつは、さっきまで私達を撃っていた……!」風紀委員モブ
「撃つな」ツルギ
低い声で、ツルギは言い切る。
「こいつは、敵じゃない」ツルギ
「……どういうつもりよ!」ヒナ
「話は、本人から聞け」ツルギ
「ツルギ、あなた、どこで彼女を?」ヒナ
「瓦礫の通りだ、戦っていたら、急にこいつらの動きが止まった」ツルギ
「止まった?」ヒナ
「糸が切れた人形みたいにな、そのまま、こいつだけが動けなくなっていた」ツルギ
「……私は、人形だった、という事だ」サオリ
サオリは自嘲めいた声で呟く。
「だが、人形にも、最後に選べる事くらいはある」サオリ
「ツルギ先輩、まさか、丸め込まれたんじゃ……」正実モブ
「黙れ」ツルギ
短く切り捨てる声に、生徒は口をつぐんだ。ツルギの目には、いつもの荒々しさはない。そこにあるのは、静かな確信だけだった。
サオリはツルギの肩から身を起こす。そは外れ、その目の色は赤ではなく、青みの強い色へ変わっていた。
「……もう、命令は来ない」サオリ
静かな声だった。
「『マダム』は、私達を切り捨てた、代わりに、あの男を使っている」サオリ
「……マダム?あの男?」ヒナ
「お前達が先生と呼んでいる男だ、だが今のあれは、
一同は、サオリの変化を訝しんだ。だが、考えれば筋は通る。『もう一人の先生』が何者かに操られているのなら。アリウスを切り捨て、その代わりに駒として使っていても不思議ではない。
「……信じろ、という事?」ヒナ
「信じなくていい」サオリ
ヒナから目を逸らさず、サオリは続ける。
「……あの先生は、私達の敵で
「……共闘は、"利害の一致"、という事ね」ヒナ
「そうだ、話が早くて感謝する」サオリ
サオリはわずかに目を伏せた。
「……今の私達に、差し出せるものは、それしか無い」サオリ
「委員長、本当に信用して良いのですか!?」風紀委員モブ
「信用されなくて構わない」サオリ
淡々と、サオリは言う。
「疑うなら、背中から撃てば良い、その代わり、あれを止めてからだ」サオリ
その言葉に、風紀委員の生徒は何も返せなかった。ヒナはツルギと視線を交わす。ツルギは小さくうなずく。
「ここで揉めている暇は無い、ヒナ」ツルギ
「……分かってる」ヒナ
「なら、私は文句を言わない、お前が決めろ」ツルギ
「ええ、任せて!」ヒナ
ヒナはサオリへ向き直った。
「一つだけ教えて、あれの攻撃を、あなたは見た?」ヒナ
「ああ、一度だけな」サオリ
血のにじむ脇腹を押さえながら、サオリは答える。
「何かが、音より先に来る、見えた時には、もう終わっている」サオリ
「……ハスミも、それにやられた」ヒナ
「避けようとするな、避けられる速さじゃない」サオリ
「……なら、撃たせない事を考えるしかないわね」ヒナ
周囲に目を走らせ、ヒナはさらに問いを重ねた。
「他のアリウスの生徒達は?」ヒナ
「……散り散りだ、動ける者は、もう私の指示では動かない」サオリ
サオリはひびの入った自分の銃を、強く握り込む。
「それで良い、これ以上、誰も使い捨てにはさせない」サオリ
「それと、もう一つ」ヒナ
ヒナの声が、少し低くなる。
「あれは、先生を元に戻せるものなの?」ヒナ
「……分からない」サオリ
目を伏せたまま、サオリは言った。
「私に分かるのは、あの男が、
「……そう」ヒナ
それは、希望と呼ぶにはあまりにも細い糸だった。それでもヒナは、小さくうなずく。
ヒナは短く息を吐き、再び頷いた。
「分かった、今は、あれを止める事が先決」ヒナ
背後に控える風紀委員たちへ、ヒナは振り返る。
「聞いた通り、彼女の言葉に嘘が無いか、私達の目で見極める、そのつもりで動いて」ヒナ
「……りょ、了解です」風紀委員モブ
不承不承ではあったが、生徒たちは銃口を下ろした。
「サオリ、あなたが知っている事は、全部話して」ヒナ
「……ああ、知っている限りは、話す」サオリ
サオリは少しだけ言葉を詰まらせる。
「ただし、私が知っているのは、マダムが私達に許した範囲までだ」サオリ
「それで十分よ、手掛かりが一つでもあれば、動き方が変わる」ヒナ
「こちらも、あれの動きは見ている、纏めて共有する」ツルギ
「助かる、ツルギ、後で正実の生徒にも伝えて」ヒナ
「ああ」ツルギ
「なら、天幕で話しましょう、ツルギ、彼女を」ヒナ
「分かっている」ツルギ
ヒナは、遠くに立ちのぼる黒煙を見据えた。
「……先生」ヒナ
その小さな呟きは誰にも届かず、風の中へ溶けて消えた。
こうして、あくまで一時的ではあるものの、トリニティ、ゲヘナ、アリウスによる三校共同戦線が立ち上がった。
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