The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
準備は慌ただしく進行していた。弾を確かめる金属音と、手短なやり取りが、安全圏のあちこちで響いている。
「作戦の内容は、頭に入っているな?」ツルギ
「は、はいっ!大丈夫です!」正実モブA
「声が揺れているぞ」ツルギ
「す、すみません……!でも、ハスミ先輩の分まで、頑張ります!」正実モブA
「……ああ、それでいい」ツルギ
ふと、ツルギはヒナに目を向けた。
「ハスミの容体は?」ツルギ
「セナとセリナが付いてる、まだ、持ち堪えてるわ」ヒナ
「……そうか。なら、戻って来る場所を守るだけだ」ツルギ
「ええ、そのためにここまで来たのだから」ヒナ
「……アリウスは、いつでも動ける」サオリ
「サオリ、あなたの部隊に無理はさせないで」ヒナ
「あいつらは私が選んだ者達だ。簡単には死なない」サオリ
掠れた声で、サオリは淡々と答えた。
「救急キットを、アリウスの生徒にも回して」ヒナ
「えっ、ですが……」風紀委員A
「今は、敵も味方も無い、早く」ヒナ
「は、はいっ!」風紀委員B
「キキキ!万魔殿の力、特等席で見せてやろうではないか!」マコト
「……マコトは、頼むから前に出過ぎないで」ヒナ
「何を言う、この私が最前線で指揮を執らずにどうする!」マコト
「指揮は後方からでもできる」ヒナ
「議長、本当に、私達も前線なんですか……」万魔殿モブ1
「当然だ!万魔殿の名が泣くぞ!」マコト
青ざめたまま、万魔殿の生徒はそっと視線を逸らした。
「……ヒナ委員長、本当に勝てるのでしょうか?」風紀委員モブA
「勝てるかどうかじゃない、勝たないといけないの」ヒナ
「そ、そうですよね……!」風紀委員モブB
ヒナは、その生徒の肩にそっと手を添えた。
それから、ヒナは小さく息をついた。直後、慌ただしい足音が駆け込んでくる。
「前線より報告!攻撃が止んでいます!」風紀委員モブA
「止んでいる……?罠、という事は」正実モブC
「……ほんの一瞬だろうけど、好機ね」ヒナ
短く目を閉じたヒナは、すぐにそれを開いた。
「罠でも、待っているだけでは被害が広がるだけ。……動くなら、今」ヒナ
「三方向から包囲する、位置に着け!」サオリ
「了解した!」ツルギ
第一部隊は、ヒナが率いる風紀委員会と、マコト率いる万魔殿のゲヘナ。第二部隊は、ツルギ率いる正義実現委員会と、合同生徒会のトリニティ。第三部隊は、サオリ率いるアリウスの精鋭。それぞれが、瓦礫と炎の中を音を殺して進んでいく。
「観測班より各部隊へ、敵影は広場中央から動いていません」風紀委員モブA
「周囲に他の敵は?」ヒナ
「確認できません、あれ一体だけです」風紀委員モブB
「……一体で、これだけの被害を出したのね」ヒナ
その声は低く沈んでいた。
「ヒナ、一つ聞いていいか?」ツルギ
無線越しに、ツルギの低い声が届く。
「……何?」ヒナ
「あれが本当に先生の身体なら、お前は撃てるのか?」ツルギ
しばらく、ヒナは黙った。熱風が頬を撫でていく。
「……撃てる」ヒナ
前を見据えたまま、ヒナは続けた。
「先生なら、きっとそうして欲しいと言うから」ヒナ
「……そうか」ツルギ
短く息を吐いてから、ツルギは言う。
「……死ぬなよ」ツルギ
「あなたこそ」ヒナ
それは短く、不器用な、しかし着実な約束だった。
「周囲を回っている赤い点、数は推定50前後、動きは規則的です」風紀委員モブB
「近付かないで、距離を保って」ヒナ
「こちら第三部隊、右手の瓦礫の陰に負傷者の痕跡、血がまだ新しい」サオリ
「……ハスミ達の居た場所ね」ヒナ
「ああ、間違い無いだろう」サオリ
「サオリ、その脇腹でよく動くな」ツルギ
「動かなければ、死ぬだけだ」サオリ
「……違いない」ツルギ
瓦礫の陰には、折れた銃と血の跡が点々と残っていた。それを見た生徒達の足取りは、わずかに重くなる。
「第二部隊、配置に着いた」ツルギ
「こちら第三部隊、配置完了、いつでも行ける」サオリ
「……了解、私が合図するまで誰も撃たないで」ヒナ
「第一、第二、第三部隊、全員位置に着きました」風紀委員モブB
「ありがとう、……ここからは足音にも気を付けて」ヒナ
やがて、ヒナの視界が開けた。崩壊した広場の中心に、人影が立っている。焦げた匂いが鼻を突き、足元では砕けた窓ガラスが小さく鳴った。
「……何でしょう、空気が重いです」風紀委員モブA
「あれの影響かもしれない、気を抜かないで」ヒナ
「は、はい……!」風紀委員モブB
「……先生」ヒナ
ヒナは、はっきり視認できる距離まで近づいていた。そして、彼の変わり果てた姿を目にする。傷口を覆う花模様の多眼。空を覆い尽くすように広げられた、熾天使のような三対の黒い翼。周囲を巡る赤い小さな点。白い外套とは対照的な、黒を基調とした衣装。そして、いつもの感情豊かな眼差しとはまるで違う、冷え切った目。夜遅くまで書類仕事に付き合ってくれた先生の笑顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
「……こちら第一部隊、対象を視認」ヒナ
「……あれが」正実モブA
「顔だけは先生のままか」ツルギ
「キキ、確かに、顔立ちはあの男そのものだな」マコト
「しっ、静かに、気付かれます」正実モブB
ヒナはそれには応えず、ゆっくりと一歩前へ出た。
「先生、私よ、ヒナ」ヒナ
返事はない。ただ、周囲を回る赤い点だけが、かすかな駆動音を立てていた。彼の目はヒナを見ていない。見ているのは、ヒナという一人の生徒ではなく、そこにある『何か』を測る無機質な光だった。
「……違う」ヒナ
そこで初めて、ヒナは理解した。あれは先生ではない。『もう一人の先生』は
「……ヒナ、見えたか」サオリ
無線から押し殺した声が届く。
「ええ。あれは、先生じゃない」ヒナ
「……分かるのか?」ツルギ
「分かる、先生なら、あんな目で誰かを見たりしない」ヒナ
短く呼吸を整え、ヒナは背後へ向き直った。
「全員、構え」ヒナ
風紀委員達が一斉に銃を構える音が、静寂の中で重なって響いた。ヒナがデストロイヤーを構え、攻撃を始めようとした、その刹那。"トフー"の口が動いた。
脅威識別開始
感情のない、機械的な声だった。その瞬間、何かがヒナの全身の神経をなぞるような感覚が走った。
「ッ……!?」ヒナ
「……来るぞ、散開の準備を」サオリ
「待って、まだ、撃ってこない」ヒナ
「な、何ですか、今の……!」風紀委員モブA
「ヒナ!動けるか!」ツルギ
「……大丈夫、まだ動ける」ヒナ
無線越しの声に、ヒナはかろうじてそう返した。冷たい汗が背中を伝っていく。
「……無理はするな、お前に倒れられては困る」サオリ
「……あなたに言われたくない」ヒナ
軽口と呼ぶには足りないその言葉が、強張った肩の力をわずかに解いた。
しばらくして、"トフー"の口からさらに言葉が漏れる。
執行対象知的生命体:7264
内最優先執行対象:6
ヘカテー・アーティファクト:ヒット
「執行対象……って」風紀委員モブE
「7264…」正実モブ
「『ヘカテー』、何だ、それは?」ツルギ
「……分からない、でも、良い意味では無さそうね」ヒナ
「執行」の二文字。その意味を、ヒナは嫌というほど理解していた。もし負ければ、自分は最愛の先生を奪った者に『殺される』。
「……ふざけた事を」ツルギ
「……あれは、私達を人間として見ていない」サオリ
「数字で数えているだけ、ね」ヒナ
「……ああ、まるで処理すべき項目のようだ」サオリ
「ええ。だから、私達も手加減はしない」ヒナ
「内最優先、6……」風紀委員モブB
「私達の中にも、その数に入っている者が居るかもしれない」サオリ
「……それでも、やる事は変わらない」ヒナ
「ヒナ、一つだけ言っておく」サオリ
「何?」ヒナ
「あれに見られていると感じたら、すぐに動け、足を止めれば狙われる」サオリ
「……覚えておく」ヒナ
「それと、撃つ時は必ず遮蔽を一つ残して」サオリ
「アリウスの教えかしら?」ヒナ
「いや、……今日、身をもって学んだ事だ」サオリ
熱で歪んだ空気の向こうで、赤い点はゆっくりと周回を続けている。
「……来る!」ヒナ
背後を振り返らず、ヒナは静かに告げた。
「全員、深呼吸して。手が震えるなら、一度握り直して」ヒナ
引き金に掛けた指へ、ヒナは静かに力を込める。
死という概念が希薄なキヴォトスの人間であっても、ハスミのあの惨状を見れば、間違えれば『死ぬ』ことは誰もが理解していた。
「い、委員長……」風紀委員モブC
風紀委員の生徒の銃口が、小さく震えている。
「あんなのと、本当に戦えるんですか……」風紀委員モブB
「怖いなら下がっていい。……でも、背中は預ける」ヒナ
「……!はい、逃げません!」風紀委員モブB
「その意気よ。正面は私が受ける、あなた達は左右から」ヒナ
「了解です!」風紀委員モブC
「こちら第二部隊、左翼、準備完了です!」正実モブ
「声を落とせ、気付かれる!」ツルギ
「す、すみません……!」正実モブ
「生きるか死ぬかなんて、今は関係ない」ヒナ
愛銃の
「あの異形を倒す」ヒナ
仲間達を見渡しながら、ヒナは短く指示を重ねる。
「第一部隊は正面で引き付ける。第二、第三は、私の合図で左右から」ヒナ
「了解、タイミングはそちらに合わせる」ツルギ
「……合図を聞き逃すな」サオリ
「キキキ……武者震いというやつだ、気にするな」マコト
「……そう」ヒナ
「ちなみに、私の分の弾薬は誰が持つのだ?」マコト
「自分で持って」ヒナ
「ああ、望むところだ」ツルギ
ツルギは、血の滲む拳を強く握り込む。
「ハスミの借りも、返さないとな」ツルギ
「……借りはここで返してもらう」サオリ
「はいっ!」風紀委員モブC
誰一人として退こうとはしなかった。引き金に掛かった指が、かすかに軋む音を立てる。張り詰めた空気の中、風だけが静かに吹き抜けていく。
「……先生、少しだけ我慢して」ヒナ
その呟きは、ヒナ自身にしか届かなかった。ヒナの背後では、無数の銃が静かに構え直される。
「……行きましょう、委員長」風紀委員モブC
「ええ」ヒナ
彼女らは、それぞれの武器を強く握り締めた。
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