The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
人波を押し分けるように進み続け、補習授業部とレイナたちは、ようやく古聖堂の跡地へ到着した。だが、その先には正義実現委員会の警備が立ちはだかっている。この一帯では避難する生徒の列も完全に途切れ、代わりに、張り詰めた空気だけが漂っていた。
「……あれが、古聖堂の、跡地」ヒフミ
「ひどい状態だ。ここまで荒れ果てているとは」アズサ
「ここまで来て、足止めなんて……!」コハル
「焦る気持ちは、分かります。けれど、ここで揉めても先生には辿り着けません」レイナ
「落ち着いて、コハルちゃん。まずは話を聞いてもらいましょう!」ハナコ
焼け焦げた瓦礫の向こうには、救護所の天幕が点々と並んで見えた。遠方では、途切れ途切れの爆発音が絶えず鳴り響いている。
「止まって下さい!此処から先は立入禁止です!」正実モブY
「お願いします、先生の所へ行きたいんです!」ヒフミ
「そう言われても、許可の無い方は──」正実モブU
「ちょっと待ってよ!私だって、正義実現委員会なのに!」コハル
「ですが、ツルギ委員長の命令です。許可証の無い方は、例外なく通すなと……」正実モブV
「その、委員長は、今どこに?」アズサ
警備の生徒は、一瞬だけ言葉を失った。
「前線で、戦っておられます。風紀委員長や、万魔殿の方々と、共に……」正実モブU
「ツルギ先輩が、前線に……」コハル
「皆さん、どうか、ご無事で……」ヒフミ
ヒフミは胸の前で両手を強く握りしめた。
警備の生徒は、気まずそうに視線を落とした。それでも銃から手を離す様子はない。
「先生に、会わせて頂けないんですか!」ヒフミ
「今は、救護所への出入りも制限されていて……すみません」正実モブF
「……そう、ですか」レイナ
「そんな……!お願いです、少しだけで良いんです!」ヒフミ
「ヒフミ、あの人も命令に従って動いている。あまり責めない方がいい」アズサ
「……はい、すみません」ヒフミ
「これを」ハナコ
ハナコが差し出したのは、一枚の通行証だった。
「先生から預かっていた、『特別通行証』です」ハナコ
警備の生徒は目を見開き、慌てて有効期限を確かめる。その指先はわずかに震えていた。
「……有効、です。失礼しました、お通り下さい!」正実モブL
「ありがとうございます!」ハナコ
ハナコは改めて警備の生徒の方を向く。
「お手数をお掛けしました。あなたも、どうか、ご無事で」ハナコ
「は、はい!皆さんも、お気を付けて!」正実モブU
「先生は、どちらに」ハナコ
「救護所の、一番奥の天幕です。ひときわ大きな天幕ですから、すぐ分かります」正実モブD
ハナコは深く頭を下げた。
ハナコは小さく息を吐いた。期限が切れていなかったのは、幸いだった。
「ハナコちゃん、そんなものを、いつの間に……」ヒフミ
「……先生は、いつも、先を見ている方ですから」レイナ
レイナが小さくつぶやく。
「もしもの時のために、先生が、私達全員分を…」ハナコ
ハナコは通行証を胸元にしまい、静かに微笑んだ。その笑みには、どこか寂しさが滲んでいた。
通行証のおかげで、一行は警備を通過できた。しかしそこで、アズサが足を止める。
「……おかしい」アズサ
「アズサちゃん?」ヒフミ
「人が、少な過ぎる」アズサ
周囲を見回しながら、アズサは眉をひそめた。正義実現委員会を相手にしたことは以前にもある。だが、今回の状況はその比ではない。それ以上に、重傷者が次々と運ばれてきている。
「配置された人数が、明らかに足りてない。それに、皆、傷が深い」アズサ
アズサは、担がれていく生徒の傷口を鋭い目で追っていた。
「あの傷、銃弾じゃない。もっと、切り裂かれたような……」アズサ
「銃弾じゃ、ない……?」ヒフミ
「……ああ、ただの戦闘じゃ、こうはならない」アズサ
「どんな相手だったんでしょう……」ヒフミ
「分からない。でも、少なくとも、普通の敵じゃない」アズサ
「……確かに、ただの小競り合いには見えませんね」レイナ
「担架、通ります!道を空けて!」救護騎士団モブH
「急いで!まだ血が止まってない!」救護騎士団モブO
担架の上では、血に染まった黒い制服が力なく揺れていた。生徒たちのうめき声が、あちこちから途切れ途切れに漏れてくる。
「……っ!」コハル
運ばれてくる人混みの中に、コハルは見知った顔を見つけた。泥と血にまみれていると言えど、親友の顔を見間違えるはずがない。
「う、嘘……サナ!?ねぇ、しっかりして!」コハル
「……コハル、……なの……?」サナ
「そうよ!私よ!しっかりして、目を閉じないで!」コハル
「ごめん……ね、私……守れ、なかった……」サナ
「謝らないで!そんなの、後で、いくらでも聞くから!」コハル
担架は再び動き出し、サナの声は遠ざかっていった。コハルはその場に立ち尽くす。
彼女は友人だった。しかも、友人はサナだけではない。半泣きになったまま、コハルは隣の生徒に問いかけた。
「何があったの!?誰が、こんな……!」コハル
「ば、化け物が出たんです……何千人もいた生徒を、バタバタと倒していって……」正実モブC
生徒は震える声で続けた。
「黒い、大きな翼が、見えました、……それと、赤い光が、雨みたいに降って……」正実モブR
言葉の途中で、生徒は堪えきれずに嗚咽を漏らした。ハナコはその話にわずかに眉を動かしたが、何も言わなかった。
「化け物……?」ヒフミ
「……化け物は、今は後です!」ハナコ
ハナコが静かに言う。その口調はいつも通り穏やかだったが、どこか張りつめていた。
「先生が、どうなっているか。それが最優先です!」ハナコ
「……うん」アズサ
「はい」レイナ
一行はうなずき合い、担架と負傷者のあいだを縫うように歩みを速めた。泥に濡れた地面が、靴底に重くまとわりつく。
「すみません、通ります!」ヒフミ
「足元に、気を付けて」アズサ
道端には、包帯を巻かれた生徒たちが虚ろな目で空を見上げていた。誰もが、何かを必死に堪えているようだった。
「コハルちゃん、行きましょう。サナさんは、きっと、助かりますから」ヒフミ
「……うん、……うん」コハル
ハナコが、そっとコハルの背中に手を添える。
「コハルちゃん、泣くのは後にしましょう。今は、先生の所へ」ハナコ
「な、泣いてないわよ!……ちょっと、目に、ゴミが入っただけ!」コハル
「はい、そうですね」ハナコ
ハナコは優しくうなずいた。
「皆さんの手当ては、後で、私にも手伝わせて下さい!まずは、先生を!」レイナ
コハルは涙を乱暴に拭い、唇をきつく結んだ。
救護所の奥。天幕で仕切られただけの簡素な病室。その片隅に、隆一は横たわっていた。天幕の外からは、慌ただしい足音と救護生徒たちの指示が絶えず漏れ聞こえてくる。いつの間にか冷たい雨が、天幕の布を静かに打っていた。
「……先生!」ヒフミ
隆一は目を閉じたままだった。心拍も呼吸も安定している。けれど、どちらも弱々しい。枕元の機器が、規則正しい電子音を淡々と刻んでいる。その音だけが、先生がまだ生きていることをかろうじて示していた。
「先生、聞こえますか!」コハル
「先生、私だ、起きて……!」アズサ
「先生……お願いです、目を開けて下さい……!」レイナ
必死の呼びかけにも、返事はなかった。ハナコは唇を噛み、隆一の手を握る。その指先は、まるで命の温度を探すようにかすかに震えていた。
「……先生」ハナコ
ささやくような声は、天幕を打つ雨音にかき消されそうだった。
「先生、……約束、しましたよね、必ず、皆で、また、あの教室に戻ると」ハナコ
返答は無い。それでも、ハナコは握った手を離さなかった。
その手は、いつもより冷たかった。かつて何度も、自分たちを引き上げてくれた手だった。ハナコの脳裏に、先生と過ごした日々が浮かんでは消えていく。
「先生の付き添いの方、ですか?」救護騎士団モブZ
天幕の隅から、疲れ切った顔の救護生徒が静かに歩み寄って来る。
「はい、……先生の容態は、どうなんですか」ヒフミ
「ずっと、眠ったままです。身体に異常は見当たらないのですが、意識だけが戻らなくて……」救護騎士団モブT
救護生徒は疲労の色濃い表情で首を横に振った。
「何度も、容態を確認したのですが、呼び掛けにも反応が無くて……」救護騎士団モブP
「そう、ですか……」ヒフミ
救護生徒は深く頭を下げ、別の患者のもとへ足早に去って行った。
「もし、このまま、先生が、目を覚まさなかったら……」アズサ
「縁起でも無い事、言わないで!」コハル
「……すまない」アズサ
「先生、起きてよ、馬鹿……!皆、待ってるんだから……!」コハル
コハルはこらえきれず、隆一の袖をきゅっとつかんだ。アズサは、その手を両手で包み込む。
「先生、……私は、ここに居る」アズサ
アズサは手首の脈を確かめるように、そっと指を添えた。
「脈も、呼吸も、安定してる、だから、きっと、まだ」アズサ
「そうよ、先生は、強いんだから、こんなので、終わるわけ、ないじゃない」コハル
「……はい、そうですよね、信じましょう」ヒフミ
ヒフミは涙をぬぐい、無理やり笑顔を作ってみせた。
「先生は、いつも、私達のために、無茶ばかりして」ヒフミ
ヒフミの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「だから、今度は、私達が、先生を」ヒフミ
言葉はそこで途切れた。
「……私が、もっと早く、先生のお側に居られたら」レイナ
「レイナさん、それは、違います」ハナコ
「……はい、そんなの分かってます、それでも、思ってしまうんです」レイナ
レイナは小さくうなずき、そっとヒフミの肩に手を置いた。
その時だった。
「……みんな」???
五人の耳に、同時に声が届いた。それは鼓膜を震わせたというより、頭の奥を直接触れられたような感覚だった。
「……え?」ヒフミ
ヒフミは周囲を見回す。だが、天幕の中にいるのは自分たち五人と、目を覚まさない隆一だけだ。
「い、今の声、誰!?」コハル
「ほ、本当に聞こえましたよね、私だけじゃ、ないですよね……?」ヒフミ
「はい、確かに、全員に」レイナ
「……敵じゃない、気配は、無い」アズサ
「……今、私達の、事を?」ハナコ
ハナコは握りしめた手を見つめた。雨音だけが、天幕の中に静かに満ちていく。
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