The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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幽体離脱

わずかしかいなかった頼みの綱の一角、ツルギが戦闘不能に陥った。"あの"ツルギが、である。その現実を、誰もすぐには呑み込めずにいた。

 

 

 

「……ツルギ!」ヒナ

 

 

 

呼び掛けても、返事は返らない。

光が消えたあと、そこに残っていたのは焦げついた石の床だけだった。残る戦力は、満身創痍のヒナとサオリ、それから所属も武装も負傷の具合もまちまちな寄せ集めだけ。

 

 

 

「ツルギ委員長が……そんな……」正実モブC

 

 

「嘘、でしょう……?あの人が……」風紀委員モブE

 

 

「……泣くのは、後」ヒナ

 

 

 

ヒナの声は、かすれていた。雨が、ヒナの頬を容赦なく打ち続ける。脳裏によみがえるのは、ツルギの言葉──お前だけは、最後まで、立っていろ。あれは、こういう意味だったのか。ヒナは歯を食いしばった。

 

 

 

「委員長、ご指示を!」風紀委員モブG

 

 

「……少し、待って!」ヒナ

 

 

「ミレニアムに、増援を要請しますか?」風紀委員モブF

 

 

「……この悪路を、どう通すつもり!?」ヒナ

 

 

 

散らかる瓦礫、灼熱の炎、そして冷たい雨と泥によって、進路は完全に分断されている。無理に押し切ろうとすれば、等しく撃ち抜かれて終わるだけだ。むしろ"トフー"に、七面鳥撃ちの的を差し出すようなものだった。

 

 

 

「……そ、それなら!ゲヘナ・トリニティ本校の、予備戦力なら……」風紀委員モブH

 

 

「間に合わない、ここに辿り着く前に、全員、あれの餌食になる」サオリ

 

 

 

冷たい雨を浴びながら、サオリは淡々と言い切った。

 

 

 

「……増援は、見込めないな」サオリ

 

 

「……そう」ヒナ

 

 

 

ヒナは一度だけ、空を見上げた。鉛色の雲から、冷たい雨が絶え間なく落ちてくる。

誰も異を唱えなかった。それでも、膝を折る者はいない。

 

 

 

「キキキ……ならば、ここに居る者だけで、やるしかあるまい」マコト

 

 

 

マコトは傷だらけの腕で、銃を握り直した。

 

 

 

「……ええ、そうね」ヒナ

 

 

「ここに居る者だけで、か」サオリ

 

 

「十分よ、……やるしかないなら、やるだけ」ヒナ

 

 

「万魔殿の議長が、ここで折れたとあっては、笑い話にもならんからな」マコト

 

 

「……行くぞ」サオリ

 

 

「えぇ」ヒナ

 

 

「ヒナ、……ツルギの事は」サオリ

 

 

「……今は、考えない、考えたら、立てなくなる」ヒナ

 

 

 

ヒナは前だけを見つめ、静かに言った。

足元に転がっていた誰かの弾倉を、ヒナは拾い上げる。泥まみれのそれは、まだわずかに温もりを残していた。

 

 

 

「サオリ姉さん、私達も、最期までお供します!」アリウスモブT

 

 

「……好きにしろ」サオリ

 

 

 

サオリは振り向きもせず、短く返した。

 

 

 

「はいっ!好きに、させて頂きます!」アリウスモブT

 

 

 

その返事は、傷だらけの顔には不釣り合いなほど、妙に明るかった。

見た目だけなら、まるでゾンビだった。泥に汚れた包帯、裂けた制服。それでも誰一人として列を外れようとはしない。止まれないし、止まらない。弾が尽きれば石を投げ、それでも戦う。それが彼女達の本能だった。

 

 

 

「弾が無くなったら、どうしましょう!」風紀委員モブE

 

 

「……弾が無くても、盾にはなれる!」正実モブB

 

 

「馬鹿!!そんな事、言わないで!」風紀委員モブR

 

 

「拾え、落ちている物は、全部だ」サオリ

 

 

「石でも、瓦礫でも、手に持てるものなら、何でも」ヒナ

 

 

 

ヒナはデストロイヤーの銃身を強く握り締めた。

 

 

 

「各隊、残存戦力を、再編成して、前衛は、私とサオリが務める」ヒナ

 

 

「了解しました!後衛は、私達が引き受けます!」万魔殿モブI

 

 

「……ヒナ委員長、あの、ご無理だけは……」風紀委員モブQ

 

 

「ツルギ委員長の分まで、私達が、戦います!」正実モブY

 

 

 

ヒナは小さくうなずき、かすかな苦笑を漏らした。

 

 

 


 

 

 

そのころ、救護所の天幕の中では。補習授業部とレイナの五人全員が、等しく謎の声を耳にしていた。

 

 

「……ハナコ、ヒフミ、コハル、アズサ、レイナ」???

 

 

「せ、先生!?どこから……!」ヒフミ

 

 

「ここだ、ここ、寝てる方の俺は喋れない」???

 

 

「先生の…声が、頭の中から、聞こえます……」レイナ

 

 

「私も、です、……不思議な感じです」ヒフミ

 

 

「どこって、先生は、そこで眠ってて……」コハル

 

 

「だ〜か〜ら〜!睡眠キメてるは身体の方だ、意識の方は、今、お前達の頭の中に繋げている」隆一

 

 

「先生、今、どこにいるんだ?」アズサ

 

 

「厳密に言えば別次元だ。お前らの脳に『回路』直接ブッ刺さなければ話せないだけだ。……まあ、殻なら天井辺りを彷徨ってるさ」隆一

 

 

「ひぃっ!上、見ちゃ駄目、見ちゃ駄目……!」コハル

 

 

「先生、身体の方は、大丈夫なんですか!?」ヒフミ

 

 

「ああ、眠っているだけだ、心拍も呼吸も、安定している。」隆一

 

 

「それでも、早く、目を覚まして頂かないと!」レイナ

 

 

「それは後だ、今は、情報が先だ」隆一

 

 

 

天幕内の空気が、すっと重くなった。

 

 

 

「今、俺がやってるのはある種の幽体離脱でな、今、脳内に直接、情報を挿げ込んでいる」隆一

 

 

「ゆ、幽体離脱……?」コハル

 

 

「幽体離脱、ですか……」ヒフミ

 

 

 

コハルは顔を真っ青にして、ヒフミの背中へ隠れた。

 

 

 

「お、お化けみたいなものじゃない!」コハル

 

 

「似たようなものだが、死霊(ゴースト)共と違って害は無い、安心しろ」隆一

 

 

「……先生は、今、動けないのですか?」レイナ

 

 

「奇跡的に生きているとは言え、意識は幽体だからな、かといって肉体もそこそこダメージ負っているから迂闊には動けない」隆一

 

 

 

ハナコは静かに息を吐いた。握り続けている隆一の手は、まだ冷たいままだ。

ヒフミの目からは、大粒の涙がぽろぽろと落ちた。

 

 

 

「……先生が、ご無事で、本当に良かったです」ヒフミ

 

 

「心配を掛けたな、すまない」隆一

 

 

「触れられなくても、声が聞こえるだけで、十分です」ハナコ

 

 

「……はい、私も、そう思います」レイナ

 

 

 

ハナコの声音は穏やかだったが、わずかに震えていた。

 

 

 

「先生ご自身は、何があったのか、覚えていますか?」ハナコ

 

 

「断片的だ、身体を上書きされるような感覚は覚えている」隆一

 

 

「上書き……」アズサ

 

 

「詳しくは後で話す。今は、前に進む事が先だ」隆一

 

 

「では、私達が手足になります、何をすれば良いですか?」ハナコ

 

 

「助かる、例の化け物と交戦した生徒達から、情報を集めてくれ、出来るだけ細かく」隆一

 

 

「分かった!」アズサ

 

 

「はい、必ず!」レイナ

 

 

「では、手分けして、聞いて回りましょう!」ハナコ

 

 

「うん、……正実の人達を、回ってくる!」コハル

 

 

「それなら、私は、風紀委員会の皆さんに!」ヒフミ

 

 

 

五人は天幕を出た。最後にハナコは、眠る隆一へ一度だけ視線を戻す。降りしきる雨の下、救護所は呻き声と慌ただしい足音で満ちていた。

 

 

 


 

 

 

運び込まれた負傷者を、一人ずつ訪ねていく。

 

 

 

 

「爆発と、氷と、光の線……魔法みたいなのを、無言で、次々と……」正実モブV

 

 

「その攻撃は、どの方角から襲いかかった?」アズサ

 

 

「全部です、全方向から、同時に……逃げ場が、無くて……」正実モブX

 

 

 

アズサは手帳へ素早く書きつける。

 

 

 

 

「サナ、何か、気付いた事は?」コハル

 

 

「……翼から、光の玉みたいなものが、散ってた、……綺麗、だったのに、怖くて……」サナ

 

 

「分かった、ありがとう、……ゆっくり、休んで」コハル

 

 

コハルはサナの手を、そっと握った。

 

 

 

 

「先生の姿をした、別のナニカが居ました」風紀委員モブR

 

 

「別の、ですか?」ヒフミ

 

 

「はい、……先生と、同じ顔なのに、全然、違う何かでした」風紀委員モブD

 

 

「それは、本物の先生と、見間違える程でしたか?」ハナコ

 

 

「本当にそっくり、でも…殆どが、全然違いました……」風紀委員モブG

 

 

「翼があって、小さな赤い点が、周りを回っていて……」アリウスモブO

 

 

「その、赤い点は、攻撃にも、使われていましたか?」レイナ

 

 

「はい、一斉に散って、光の雨みたいに、降って来ました……」アリウスモブZ

 

 

「他に、気付いた事は、ありませんか?」ヒフミ

 

 

「……戦っている間、アレは、一度も笑わなかった、怒りもしなかった、ただ、作業みたいに……」救護騎士団モブG

 

 

「作業、ですか…」ヒフミ

 

 

「はい、私達を、片付けるだけの、作業みたいに……」救護騎士団モブL

 

 

 

ヒフミは唇を噛み、聞いた内容を手帳へ書き留めた。

 

 

 

「感情が無い、か、……」隆一

 

 

「……先生、操り人形、という事でしょうか」レイナ

 

 

 

集めた証言を、五人は天幕の隅で隆一へ伝えていく。

 

 

 

「ここまでの話を、整理しますね」ハナコ

 

 

「お願いします、ハナコちゃん」ヒフミ

 

 

 

ハナコはアズサの手帳をのぞき込み、要点を一つずつ口にした。雨粒が、天幕の布を規則正しく叩いている。

 

 

 

「無言の連続攻撃、全方向同時、赤い点、そして、先生と同じ顔の、別のもの」ハナコ

 

 

「俺の肉体を複製した"存在"と、例の化け物」隆一

 

 

「……誰か複製した?何の為に、誰の意図で?」隆一

 

 

 

隆一は思考を巡らせているらしかった。五人は息を潜め、その沈黙を見守る。

 

 

 

「皆さん、とても、怖い思いをされたのに、話して下さって……」ヒフミ

 

 

「ああ、感謝している、……後で、俺からも、礼を言う」隆一

 

 

「先生、この情報で、足りますか?」ヒフミ

 

 

「一応な。ただ、まだ何かが引っ掛かる、決定的な何かが、足りない」隆一

 

 

 

そして隆一は、さらに問いを重ねる。

 

 

 

「赤い点は、何個くらいあった?」隆一

 

 

「……数えられないほどたくさん、とのことだ」アズサ

 

 

「そうか、……それも、何かの手掛かりになるかもしれない」隆一

 

 

 

思案するように、隆一の声はゆっくり続いた。

 

 

 

「爆発に、氷に、光線か、……なるほどな」隆一

 

 

「先生?何か、お分かりなんですか?」レイナ

 

 

「……いや、今は、まだ言えない、確証が無いからな」隆一

 

 

 

そこで隆一は言葉を切る。

 

 

 

「確証、ですか……」アズサ

 

 

《blur:2》「ああ、だから、もう少しだけ、手掛かりが欲しい」隆一

 

 

 

そのとき、近くの病室にいた正義実現委員会の患者の一人が、か細い声を漏らした。

 

 

 

「……目が」正実モブU

 

 

「目?」アズサ

 

 

「赤かったんです、真っ赤な目で、私達を、見下ろしてた……」正実モブQ

 

 

 

その瞬間、隆一の声が途切れた。

 

 

 

「……赤」隆一

 

 

「先生?」ヒフミ

 

 

「そうか、分かった」隆一

 

 

「先生?」ハナコ

 

 

「奴と、黒幕の正体だ」隆一

 

 

 

隆一は低く言い放った。その声には、いつもの軽さがかけらもない。

 

 

 

「あいつは、吸血族(ヴァンパイア)共の傀儡だ」




頭が矜羯羅がってる人もいるかもしれませんが、取り敢えず『先生はそう言う世界出身の人』とだけ覚えておいてください

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