The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
必死の行軍を経て、一行はようやく現地へたどり着いた。
奇跡的に雲は晴れ、満月が彼女達をはっきりと照らしている。
だが、そこに残っていたのは不快な臭気だけだった。戦える状態の生徒の姿は、ほとんど確認できない。
焦げた鉄の匂いと、まだ乾ききらない血の匂い。えぐれた地面には巨大な裂け目がいくつも走り、折れた街灯や砕けた石柱が、月光のもとで惨たらしい影を落としていた。
見上げれば、月は雲ひとつない夜空に、異様なほど大きく浮かんでいた。その青白い光が、荒れ果てた大地を冷たく照らしていた。
「こ、これが……三校の生徒が、戦った跡……」風紀委員モブR
「……酷い」コハル
コハルは、思わず口元を押さえた。ヒフミも青ざめた顔で、周囲を見回している。
「コハルちゃん、大丈夫ですか?」ヒフミ
「だ、大丈夫、でも、これが全部、あいつの仕業だなんて……」コハル
「……今は、出来る事を、一つずつやりましょう」ヒフミ
「……うん」コハル
「負傷者の確認を!生存者を探して下さい!」ハナコ
その号令に弾かれるように、生徒達は一斉に散っていった。
「正義実現委員会は東側を、風紀委員会は西側を頼みます!」レイナ
「了解!」正実モブK
「こっちは任せて!」風紀委員モブR
「私は中央を見ます、アズサさんとミカさんは、周囲の警戒をお願いします!」ハナコ
「分かった」アズサ
「うん、任せて☆」ミカ
「私達は、手分けして北側を探します」風紀委員モブR
「了解、こっちは南側を見る」正実モブK
月明かりと懐中電灯を頼りに、生徒達は声を掛け合い、慎重に歩を進めていく。
瓦礫をかき分け、倒れている生徒の脈を取り、声を掛けて回る。ヒフミは震える手で包帯を巻き、コハルは歯を食いしばって動けない生徒を背負い上げた。
ひとまず、全員の生存は確認できた。とはいえ、戦い続けられる状態ではなかった。
「全員、息はあります!でも、これ以上は……」正実モブK
「分かっています、無理に動かさず、安全な所へ運んで下さい」ハナコ
「ゲヘナの子も居るぞ、そっちの担架を貸してくれ!」正実モブK
「はい、今行く!」風紀委員モブR
「傷が深い子は、私が先に見ます!」ヒフミ
所属も学園も関係なかった。倒れた生徒を、皆で支え合いながら後方へ運んでいく。
「……酷い有様だな」隆一
その声は、ハナコの意識へ重く沈み込むように届いた。
「はい、ですが、全員生きています」ハナコ
「あぁ、それだけは、救いだ」隆一
「ヒナ委員長!」イオリ
そのとき、前方の瓦礫の上で見覚えのある小さな影が動いた。イオリが、はじかれたように駆け出す。
「……イオリ」ヒナ
ヒナは、折れた石柱に背を預けて立っていた。何とか立ってはいるものの、足は細かく震えている。
「ヒナ委員長、しっかりして!私、銀鏡イオリ!」イオリ
「分かってる……どうして、此処に?」ヒナ
「避難誘導は済ませた、それで、駆け付けた!」イオリ
「……そう、無茶をするわね」ヒナ
「委員長こそ、そんなボロボロになって……!」イオリ
「これくらい、大した事ないわ、それより、アコは?」ヒナ
「後方で、走り回ってる筈、委員長の事、ずっと心配してたんだから…」イオリ
「……そう、アコらしいわね」ヒナ
ヒナは、ほんの少しだけ口元を和らげた。その顔色は、月明かりの下でもはっきり分かるほど青白い。
ヒナも、マコトも、サオリも見つかった。誰もが、立っているだけで精一杯だった。
「キキッ……遅いではないか、貴様ら……」マコト
マコトは、崩れた瓦礫に腰を下ろし、いつものように口の端を吊り上げていた。額には血が伝っている。
「減らず口を叩く元気は、あるようですね」ハナコ
「当たり前だ、万魔殿の議長が、こんな所で倒れてたまるか」マコト
「その割には、立ち上がれていませんが」ハナコ
「う、うるさい!これは、その、足場が悪いだけだ!」マコト
「それより、聖園ミカ、貴様まで来たのか」マコト
「うん、居ても立っても居られなくてね」ミカ
「キキッ、物好きな奴だ、まぁ、その物好きのお陰で、私は助かったがな」マコト
「ふふ、褒めてくれてるのかな」ミカ
「べ、別に褒めてなどおらん!」マコト
「それより、貴様ら、あの化け物を討つ算段は付いているのだろうな」マコト
「うん、その為に来たんだよ」ミカ
「キキッ、ならば、期待してやろう」マコト
少し離れた場所では、サオリが銃を杖代わりにして壁へ寄りかかっていた。補習授業部の面々の姿を認めると、わずかに目を見開く。
「……お前達か」サオリ
「サオリ……」アズサ
「来たのか、何故、戻ってきた!?」サオリ
「先生を、取り戻しに来た」アズサ
「……あの化け物に、お前の銃が、届くと思うのか!?」サオリ
「
「……そうか」サオリ
「サオリ……」ミカ
「何も言うな、今は、それどころではない」サオリ
その瞬間、ヒナの視線がミカを捉えた。わずかに目を見開き、それから静かに息を吐く。
「……ミカ、あなたまで来たのね」ヒナ
「直接会うのは初めまして、かな?ヒナちゃん」ミカ
「その髪、切ったのね」ヒナ
「うん、ちょっと、気分転換にね」ミカ
「……似合ってる」ヒナ
「えっ、あ、ありがとう」ミカ
思いがけない言葉に、ミカは少しだけ目を丸くした。
サオリはそれ以上、何も言わなかった。ミカと視線が交わり、一瞬だけ気まずい沈黙が落ちる。やがてサオリは、ふいと顔を背けた。
ツルギに至っては傷だらけで、意識も途切れ途切れだった。
「ツルギさん!ツルギさん、聞こえますか!」ヒフミ
「……先生……は……」ツルギ
「先生は、無事です、今は、安全な所に居ます」ヒフミ
ツルギの手は、何かを掴もうとするように空をさまよっていた。ヒフミは、その手をそっと握りしめる。
それが嘘ではないことを、ヒフミは祈るように伝えた。ツルギはかすかにうなずき、再び意識を手放した。
ヒナ、ツルギ、サオリ。三校の最大戦力をもってしても、"トフー"に傷を付けることすらできなかったという。
それ以前に、"トフー"の気配そのものが、まったく見つからなかった。
「……私達が追い詰める前に、突然、消えたの」ヒナ
「消えた?」ハナコ
「えぇ、鞭を振るっていたかと思えば、次の瞬間には、跡形もなく」ヒナ
「私達が追い詰めても、傷一つ付けられなかった、気付いたら、居なくなっていたの」ヒナ
「ふん、逃げ足の速い奴だ」マコト
「マコト、あなたは少し黙っていなさい」ヒナ
「な、何だと!」マコト
「逃げたのではなく、何かを待っているのかもしれませんね」ハナコ
「……何を?」ヒナ
「それは、まだ分かりません」ハナコ
「そんな……」コハル
「……先生の、気配が、無い」ミカ
ミカは、不安そうに周囲を見回した。胸の奥で、何かが静かにざわついている。
「ミカさん、大丈夫ですか?」ハナコ
「うん、ちょっと、嫌な感じがしただけ」ミカ
「……私もです」ハナコ
「先生が居ないだけで、こんなに心細いなんてね」ミカ
「えぇ、本当に」ハナコ
代わりに、大量の木人形があたりをうろついていた。おそらく、"トフー"が生み出したものだ。
「木人形……?」ヒフミ
「恐らく、"トフー"が、自分の代わりに時間を稼ぐ為に、生み出したのでしょう」レイナ
「時間を稼ぐ、って、何の為に…」コハル
「それは、これから分かるかもしれません」ハナコ
「撃て!」イオリ
銃弾を浴びた木人形は崩れ落ちた。生徒一人分より、わずかに強い程度にすぎない。銃器があれば十分に対処でき、余計な消耗も強いられなかった。
「こいつら、大した事ないぞ!」風紀委員モブK
「一体ずつ確実に仕留めろ、弾は温存しろよ!」風紀委員モブK
「コハルちゃん、右から!」ヒフミ
「分かってる!このっ!」コハル
コハルが撃った弾丸は、木人形の胴を貫いた。続けざまに崩れた残骸が、地面へ乾いた音を立てて転がる。
「でも、数が多い、油断しないで!」風紀委員モブR
生徒達は互いに声を掛けながら、手際よく木人形を片付けていく。ヒナはその様子を見て、小さく息を吐いた。
「あの子達が、無事で良かった」ヒナ
「委員長、あまり無理はしないで」イオリ
「分かってる、イオリも、気を付けて」ヒナ
「……はい」イオリ
イオリは少しだけ頬をゆるめ、銃を構え直した。
「……おかしい」アズサ
「アズサちゃん?」ヒフミ
アズサは、あたりを見回しながら眉を寄せていた。
その目は、瓦礫の陰や崩れた建物の隙間を、一つずつ丁寧に追っている。
「ヒナ、マコト、ハスミ。主要な人員を容赦なく襲っていた"トフー"が、今は、姿を見せない」アズサ
「先生は言っていた、『吸血鬼は、ほとんどが夜行性だ』と」アズサ
「夜は、むしろ奴の時間の筈だ。おまけに今夜は、満月だ」アズサ
「満月が、どうかしたんですか?」ヒフミ
「分からない、でも、嫌な予感がする」アズサ
「アズサちゃんの勘は、妙に当たりますからね…」ハナコ
「外れてくれた方が、有り難いけど」アズサ
アズサは愛銃を握り直した。懐の銀の弾丸が、ずしりと重く感じられる。
「確かに……でも、あれだけ暴れていたのに、姿を隠す理由が分かりません」ヒフミ
「罠、かもしれませんね」レイナ
「だとすれば、何処かで私達を、見ている筈です」ハナコ
「どうして、今になって……」コハル
誰もが胸の奥に冷たいものを覚え始めていた。
その時だった。
──キィィィィィィンッ!!
あたり一面に、悲鳴のような甲高い音が響き渡った。
耳の奥を直接引っかかれるような音だった。生徒達が次々に耳を塞ぎ、中には膝をつく者もいる。
「み、耳が……!」風紀委員モブR
「頭が割れそう……!」正実モブK
「て、敵の攻撃!?」風紀委員モブR
「何の音だ!?」正実モブD
周囲の生徒達が、一斉にざわめき始める。
「全員、周囲を警戒!円陣を組んで!」レイナ
「ヒナ委員長、下がって下さい!」イオリ
「……いえ、大丈夫、ただ、あの音は……」ヒナ
ヒナは眉を寄せ、夜空を見上げた。
アズサも空を見上げた。
満月が、ひときわ明るく輝いたように見えた。
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