The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
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シャーレ執務室──最下層
記録にも名簿にも残らない空間。薄暗い石造りの壁、最低限の照明。そして壁面を覆うように据えつけられた大型のテレスクリーンには──たった今まで交わされていた、リオとヒマリの密会の一部始終が、余すところなく映し出されていた。
「……以上が、事の全てです」???
「『外部に知られる訳にはいかない』……ね」隆一
「ご覧の通り、そうも上手くはいかなかったようで」???
「相変わらず、よくやるよ。
「賢い子です。故に──」???
「メンドクサイ、ってことだろ」隆一
「……まあ、そういうことです」???
老紳士は静かに笑った。揶揄でも嘲笑でもない。旧い馴染みに向けるような、どこか懐かしむ気配の笑いだった。先生はその笑いに特段反応することなく、もう一度だけスクリーンを一瞥する。
テレスクリーンの前。隆一の隣に立つのは──奇妙な男だった。二十世紀前半を思わせる英国紳士風の装い、手には仕込み銃、そして素顔を覆う白い仮面。声音は穏やかで、物腰は柔らかい。しかしその正体は、濃い霧の向こうに沈んだまま──それが"
エリドゥ──リオがその名を口にしなくとも、先生はとうに察していた。膨大な資金、秘匿された要塞都市、セミナーという組織の持つ底なしの財力。それを束ねる最後の
「……存外、都合のいい流れになってきたな」隆一
「ええ」"老紳士"
"老紳士"は何も言わなかった。言う必要がないからだ。
隆一は欠伸を一つ噛み殺し、組んでいた足を解いた。
「──ところで、紹介しましょう」"老紳士"
彼は振り返り、少し離れた場所に控えていた人影へ視線を向けた。
「私の部下です、先生。ご挨拶を」"老紳士"
促されて、人影は一歩前へ出た。
「…初めまして」???
「初めまして、だな。名前は?」隆一
「……M-247。都合上、実名はお伝えできません。」M-247
「……M-247か。まあ、よろしく」隆一
「……はい」M-247
「終わったら動く。──準備はいいか」隆一
「御意に」"老紳士"
彼はもう一度だけ、暗くなったスクリーンを見た。リオは確かに優秀な子だ、と思う。だからこそ──使える。
テレスクリーンが完全に落ちた後、室内には静寂だけが残った。先生は背もたれに体を預けたまま、天井を仰いでいた。"老紳士"は傍らに立ち、仮面の下で何を考えているのか、相変わらず読めない。
「……なあ」隆一
「はい」"老紳士"
「俺のやり方、どう思う」隆一
"老紳士"はすぐには答えなかった。少しの間を置いてから、穏やかな声で言葉を選んだ。
「それは──生徒に対してですか。…それとも、全般的な話としてですか?」"老紳士"
「…両方かな?」隆一
「……率直に申し上げてよろしいですか?」"老紳士"
「構わないよ」隆一
「先生のやり方は、古代ローマ人のそれと非常によく似ている──そう思っています」老紳士
先生は天井から視線を下ろし、"老紳士"を見つめる。その眼差しは鋭く、そして問い掛けるような雰囲気を醸す。
「
「その通りです。
「……俺をローマ皇帝に例えるのか、お前は」隆一
「そんな大仰なものでは、ありません」"老紳士"
彼は少し笑った。否定しなかった。
「
「えぇ、存じております」"老紳士"
「でも実際のところ──賢い子にはお前の持ってる"
「……冷たい言葉ですね」"老紳士"
「事実だろ」先生
先生はそう言って、嘲るように笑った。今度は"老紳士"も、静かに笑った。
「否定はしません。」"老紳士"
M-247が端末を操作し、テレスクリーンに新たな映像を映し出した。今度は密会の映像ではない──各学園から収集した、大量の諜報データだ。
「──ご報告します」M-247
「続けて」"老紳士"
M-247は淡々と、感情を排した声で話し始めた。
「まずトリニティ総合学園について。内部では現在、エデン条約を巡る派閥間の摩擦が続いています。フィリウス学派主体の締結強硬派は条約の早期締結を求め、サンクトゥス学派主体の中立派幹部がそれを後援し、一方のパテル学派主体の反対派が両者を切り崩すべく牽制している状態です。現時点では拮抗しており、いずれの勢力が優勢になるかは流動的です」M-247
「トリニティ内部の対立は、以前から把握していました。現状変わらず、ですね」"老紳士"
「はい。ただし──一点、新たな動きがあります」M-247
「何でしょう?」"老紳士"
「パテル学派主体の反対派の中に、外部との接触を図っている形跡が確認されました。接触先の特定には至っていませんが、不自然な資金移動の痕跡が残っています」M-247
老紳士は静かに眉を上げる。仮面の下でも、その動作は読み取れた。
「……興味深い。継続して監視を」"老紳士"
「了解です。続いてゲヘナ学園について」M-247
スクリーンの映像が切り替わる。ノイズが走り、続いてゲヘナ学園の様々な生徒の名簿が画面上に表示される。
「風紀委員会の動向ですが──ヒナ委員長を中心とした体制は依然安定しています。エデン条約に対する姿勢は表向き中立ですが、幹部を除いた内部では慎重論が根強い状況です。現時点ではゲヘナ側から能動的に動く理由は薄いでしょう」M-247
「ゲヘナが動くとすれば、トリニティの内部対立が表面化した後になるでしょうか」"老紳士"
「恐らくは。ただし、補足が一点あります」M-247
「聞きましょう」"老紳士"
「ヒナ委員長の公務外での単独行動が、近頃増加傾向にあります。現在その目的を追っていますが、詳細はまだ不明です」M-247
「……ヒナさんが。それは確かに気になりますね」"老紳士"
老紳士は顎に手をやり、少し考え込んだ。隆一はぼんやりと話を聞いたまま、視線だけを向けた。
「エデン条約……ね…」隆一
「何か?」"老紳士"
「いや──俺が絡むとしたら、まだ先の話だろ。今はミレニアムを片付ける方が先だ」隆一
「然りです。ただ──情報は、持っておいて損はない」"老紳士"
「そうだな」隆一
M-247はデータを閉じ、一歩引いた。
「以上が現時点での主要な諜報データです。随時更新します」M-247
「…ご苦労様です」"老紳士"
先生は再び欠伸を噛み殺し、椅子の上で緩く伸びをした。
「……それで、次に動くのはいつだ?」隆一
「リオが次の手を打つタイミングを見計らいながら──恐らく、それほど待たずとも機は来るでしょう」老紳士
「だな」先生
薄暗い部屋の中で、先生は目を細めた。焦る必要はない。既にノアもコユキも手中。後はリオが──あの賢すぎる少女が、自ら頃合いのいい隙を作ってくれるのを待つだけだ。
それだけで、ミレニアムは静かに落ちる。
「……気長に行くか」隆一
「ええ」"老紳士"
不気味なほど薄暗い室内に、二人の間だけに通じる静かな笑みが落ちた。