The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
二日後
「──アリス?」モモイ
「……」アリス
「アリス、入るよ」モモイ
返事はない。分かっていた事だった。だからこそモモイは一言告げ、ゆっくりとドアノブを捻る。軋んだ音を立てて開く扉、カーテンの閉め切られた薄暗い室内。あの日のまま床に転がったゲーム機とコントローラー、開発途中の企画書──それらを跨ぎ足を進めれば、部屋の隅で膝を抱えるアリスの姿があった。
「──ねぇ、アリス」モモイ
「っ……」アリス
「……も、モモイ」アリス
顔を伏せたアリスの表情は分からない。けれど声を掛けた途端、その肩が分かりやすく跳ねた。モモイは彼女の傍に屈み込み、努めて優しい声色で語りかける。
「アリス、ご飯ずっと食べてないんでしょ? そんなんじゃ体調悪くしちゃうよ……ね、一緒に学食行こう? それが嫌なら、購買で何か買って来るから」モモイ
「……」アリス
「……アリス」モモイ
「ご、ごめんなさい、モモイ」アリス
絞り出したアリスの声は、酷く掠れていた。震える唇で、彼女は俯いたまま言葉を紡ぐ。
「アリスのせいで、先生が酷い怪我をしました」アリス
「モモイも、一杯傷付きました……ユズも、ミドリも、他の皆だって、一杯、一杯傷付きました、
──全部、アリスがやった事です。
呟き、アリスは再び膝に顔を埋める。モモイは何も言わず、静かに隣に腰掛けた。廊下の明かりが一瞬遮られ、ユズとミドリが静かに部室へ踏み込み、アリスの傍へと近づいてくる。
「何で、あんな事になってしまったのか、アリスにも分かりません……まるでアリスの知らない何かが、アリスの中にあるような感覚で……気付いた時にはもう、全てが終わっていて……もう、自分自身を信じる事が、出来ません。また、同じ事をしてしまうのではないかって……アリスは、怖いんです……ッ!」アリス
「アリス……」モモイ
「アリスちゃん……」ミドリ
「……アリス、ちゃん」ユズ
握り締められた両手が、衣服越しに皮膚に爪を立てる。誰とも接触せず一人閉じ籠っていた理由──それは、恐ろしかったからだ。またいつ、自分が気付かぬ内に誰かを傷つけてしまうのではないか。
「だから、だからっ、アリスは──ッ!」アリス
「そう、貴女が為してしまった事──それは覆す事の出来ない事実」???
懺悔するように声を荒げたアリスの前に、影が伸びた。ゲーム開発部の背後から投げかけられた言葉に、四人が弾かれたように振り返る。
「ッ……!?」モモイ
「だ、誰──っ!?」ミドリ
廊下から差し込む光を背に、タブレットを片手にした人物が佇んでいた。モモイはユズとミドリ、アリスを庇うように前へ駆け出す。
「此処はゲーム開発部の部室だよっ!? 関係者以外立ち入り──」モモイ
「基本原則として、セミナー役員は事前告知なしでの各部活動立ち入りが許されているわ、勧告を行うのならば……尚更ね」???
「ッ!?リオ、会長…?」モモイ
セミナー──その言葉に全員の身体が硬直する。黒の制服、胸元のプレート、記された校章。
「あ、あなたは……」ミドリ
「セミナーの……?」ユズ
「ええ、やはり──危惧していた通りになってしまったようね」リオ
ミレニアムサイエンススクールの頂点に立つセミナーの長、調月リオ。赤い瞳がゲーム開発部の面々を静かに見渡す。
「せ、生徒会長が、どど、どうして、こんな所に……」ユズ
「──今日は、貴女達に」リオ
「そう、貴女達に真実を教えに来たのよ」リオ
「し、真実……?」ユズ
「今まで友人だと思っていたものは、私達とは異なる存在かもしれない──と、そう思った筈でしょう」リオ
「な、何それ……ッ!」モモイ
「アリスが、私達と違う存在だとでも云いたいの!?」モモイ
「分かったわ……単刀直入に云えば──貴女達の後ろにいる生徒、少女の外見を備えたソレは、普通の生徒ではない」リオ
淡々と、無機質に告げられる言葉。
「貴女達がアリスと名付けたソレは、未知から侵略する『不可解な軍隊』、即ち『Divi:sion』の指揮官であり、古の民が残した遺産、そして
──名もなき神々の王女、AL-1S
、それが彼女の正体よ」
「お、おう、じょ……?」ユズ
「あ、アリスには……理解、出来ません……!」アリス
「王女だか遺産だか知らないけれどっ! そんな話をされたって、訳が分からないよッ!」モモイ
モモイがアリスの手を握り締め、全力で叫ぶ。リオは暫し言葉を止め、静かに謝罪を口にした。
「ごめんなさい、私の配慮が足りなかったわね」リオ
「そうね、もっと分かり易く──貴女達の好きなゲームに例えましょう」リオ
「て、テイルズ・サガ・クロニクル2の事……?」ユズ
「そうね、短く簡潔に纏めましょう。つまりアリス、RPGに於いて貴女は──この世界を滅ぼす為に生まれた【魔王】なのよ」リオ
「なッ……!?」モモイ
「アリスが、魔王……?」ミドリ
愕然と固まるゲーム開発部。ひやりと、何か嫌な予感が背筋を撫でる。
「ま、魔王って……!? そんな訳ないじゃんッ!」モモイ
「そう、あくまで否定を口にするのね──では聞きたいのだけれど、貴女達は直接見たのではなくて?
「けれど?」モモイ
この一件によって私の仮説は証明されたわ。
赤い瞳が、真っ直ぐアリスを捉える。
「貴女達が接触し、連れ帰った
「そ、それって、一体、どういう……?」ミドリ
「アレは尖兵に過ぎないわ。王女を守り敵対者を排除する矛であり盾。彼らの真髄が現れ、王女が玉座に収まった時──キヴォトス全土に、本格的な破滅が訪れる」リオ
「そうなれば次は誰かが死ぬかもしれない──アリス、貴女の傍に居る誰か、或いは全く関係のない第三者が」リオ
「ッ……!」アリス
「それは、貴女が一番良く理解しているでしょう?」リオ
「──……」アリス
問いかけられたアリスの脳裏に、目覚めた時の光景が過る。涙ぐんだ顔で必死に名前を叫んでいたミドリにモモイ、心配そうな顔で見つめていたヴェリタスの皆、遠巻きになりながらも心配しているのはわかった先生…そうだ、自分はもう──あんな悲劇を、二度と起こしたくない。
「これを解決する方法は、たった一つ」リオ
「……解決する、方法」アリス
「ええ」リオ
「そう──アリス、貴女が消えれば良い」リオ
「なッ……!?」モモイ
全員が絶句する。リオの瞳に、僅かな揺らぎもない。
「アリス、貴女はこの世界に存在してはいけない存在なのよ」リオ
「存在、しては……いけない?」アリス
「ええ、貴女が存在するだけで周囲は不幸になり、傷付いてしまう──そんなものは早急に排除するべきでしょう? 貴女が消えれば全ては解決する」リオ
「そ、んな──……」アリス
アリスの両目から涙が零れ落ちる。自分が消えれば、誰も傷付かずに済む。それは、素晴らしい事だ。アリス自身が望んでいた事だ。けれど──。
「あ、アリスは、ただ……勇者、に……皆と一緒に、ゲームを……クエストを、したくて──……いっ、一緒に……遊び、たくて──ッ!」アリス
「──いいえ、それは叶わないわ」リオ
しゃくり上げ、大粒の涙を零しながら叫ばれる、淡く消え入りそうな願い。リオは、彼女の語る未来を静かに切り捨てた。
──天童アリスは排斥されなければならない。
ミレニアムの為に。否──キヴォトス全土に生きる生徒の為に。