The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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勇者(魔王)魔王(勇者)

「──その役目を果たしなさい、ネル」

 

「………」ネル

 

向けられた銃口、対峙するC&Cリーダー、ネル。ゲーム開発部の面々は銃口に身を竦ませながらも、アリスを庇うように立ち塞がっていた。この場に居る誰もが、ネルに勝てない事を理解していた。だと云うのに今は身体的にも精神的にも向こうが優位、誰も助けてはくれない。

 

「──合理的判断、か」ネル

 

 

合理、即ち論理的に正当であり、道理にかなっている事。連れ去られそうになっている仲間を守ろうと立ちはだかる存在に、銃口を向ける事は正しい事か。ネルにとっての合理とは、矜持であり、義理であり、人情である。

 

 

「おい、リオ」ネル

 

「……今度は何かしら、ネ──ッ!?」リオ

 

中々引き金を絞らないネルに不審を抱き始めたリオ。次の瞬間、大きく身を反らし足を振り上げるネルの姿が視界に映る。

 

「──ッ!」リオ

 

咄嗟に展開された電磁防壁がネルの蹴撃を受け止める。凄まじい閃光と衝撃、リオの身体は扉を突き破り廊下へと吹き飛んだ。

 

「……ネル、一応聞いておくわ」リオ

 

「……あぁ」ネル

 

「──一体、何のつもりかしら?」リオ

 

「その優秀な頭を捏ね繰り回して、ちったぁ考えてみたらどうだ──なぁ、リオ?今まで依頼内容を気に入った事なんざそう無かった、どこの武装組織を壊滅させて来いだ、不法占拠した不良共を掃除して来いだ……まぁ、その手のモンだったら、悪態吐きながら片付けてやったよ」ネル

 

 

「えぇ、そうね、任務に臨む態度は兎も角、貴女は常に結果を出していた」リオ

 

「なら、分かるだろう?」ネル

 

「今回の命令は悪趣味で付き合ってられねぇ、それだけの話だ」ネル

 

「けれど必要な事よ」リオ

 

「同じ学園の生徒を、それも何も分かってねぇ奴を誘拐する事が必要ってか?……ざけんな、ンな依頼やってられっか。まず呼び方が違ぇ。チビをモノみてぇに呼ぶな、コイツにはコイツの名前がある、機械でも異物でもねぇ──コイツは、アリスだ」ネル

 

「……貴女も、随分な呼び方をしている様だけれど」リオ

 

「あたしは良いんだよ、少なくともアリスをモノ扱いする気もねぇし、あたしなりにコイツ等を気に入っているんだ」ネル

 

 

戦闘と勝利を好む彼女にとって、ゲーム開発部は新たな趣味の──楽しみの場だった。今この瞬間、ネルにとっての道理とは、その居場所を守る事だった。

 

 

「それにリオ、てめぇの案に絶対賛成しないだろう大人をひとり、あたしは知っている」ネル

 

「もう面倒だし、そうだな……この際ハッキリ云ってやるよ」ネル

 

「──もう、てめぇに付き合う義理はねぇんだよ、リオ」ネル

 

「ネル先輩!」モモイ

 

「し、信じてたよっ! やっぱりネル先輩はネル先輩なんだッ!」ミドリ

 

「……た、助かったぁ」ユズ

 

「そう、この土壇場で裏切るのね……ネル」リオ

 

「裏切りだぁ? はっ!そんな大層なモンじゃねぇ、てめぇのやり方が気に入られねぇだけだ」ネル

 

「……はぁ。ネル、貴女はいつもそう、気分次第で容易く命令違反を犯すその姿、いつ爆発するかも分からない癇癪玉の様な側面が貴女の長所であり──一番厄介な点だった」リオ

 

「……あぁ?」ネル

 

「だから、この状況も全て想定していたわ──C&C全員()()()()、貴女単独を呼び出しておいて正解だった」リオ

 

ぽつりと呟かれたリオの言葉。それを耳にしたネルの表情が大きく歪む。彼女の戦闘に於ける第六感が警鐘を鳴らしていた。

 

「──……てめぇ、リオ」ネル

 

「……万が一のサブプランだったけれど、用意した甲斐はあった様ね」リオ

 

「自身の手札を知らず計画は立てられない、分析と予測は怠っていないわ、それはネル──貴女に対しても」リオ

 

「ホント、そういう所が……嫌な奴だったよ」ネル

 

 

「……そう…トキ、貴女の出番よ

 

 

「──イエス・マム」

 

声は、ネルの背後から聞こえた。

 

「ネル先輩ッ!」モモイ

 

「っ!?」ネル

 

 

辛うじて頭部への一撃を肩で受けたネルは、前方へ転がり距離を取る。膝を突いたまま銃口を向けた先──そこに立っていたのは、静々と一礼するメイド服の人影だった。

 

 

「──はじめまして先輩、C&C所属、コールサイン『04』、御挨拶申し上げます」トキ

 

「ゼロフォー……?コールサインゼロフォーか……可笑しな話だ、あたしの知らねぇ番号じゃねぇか」ネル

 

「C&Cは本来秘匿され、秘密裏に運用される組織、少々その名声は高まり過ぎましたが、私は『本来の用途』で運用されておりますので」トキ

 

仔細は問わない。ネルは警戒を解かずに立ち上がった。

 

「どうあれ先輩を背後から奇襲するなんざ、舐めた真似してくれるじゃねぇか、後輩?」ネル

 

「申し訳ありません、これも任務ですので」トキ

 

「手ぇ出すなッ!こいつが誰だか知らねぇが、その辺の連中にあたしを止められるワケねぇだろう? てめぇらはそこでチビを守っとけッ!」ネル

 

「わ、分かりました……!」ミドリ

 

リオはトキの背後へと後退し、静かに呟いた。

 

「貴女の力を使う事は避けたかった、けれどこうなった以上避けては通れない……準備は?」リオ

 

「──いつでも」トキ

 

トキがそう答えた瞬間、彼女の手に何かが顕現する。ゲーム開発部が目にしたのは、青みがかった芯に淡く光る石が嵌め込まれた、一本の杖だった。何処から取り出したのか、その出所すら定かではない。ただそれは確かに、彼女の手の中にあった。

 

 

 

「……何だ、そりゃ」ネル

 

「な、なにあの杖……!」モモイ

 

「魔法の杖、みたいな……」ミドリ

 

 

トキは杖を軽く一振りする。刹那、空気が変質した。周囲の温度が急激に下がり、廊下の壁に薄く霜が這う。

 

Geist der Disziplin」トキ

 

静かに紡がれた言葉と共に、トキの周囲に淡い光が纏わりつく。何が起きたのか、ネルにも、ゲーム開発部にも分からない。ただ、次の瞬間──トキの姿が消えた。

 

「ッ──!?」ネル

 

目にも留まらぬ速度。先程までの人間離れした動きとはまるで質が異なる、それはもう物理法則を無視した現象だった。ネルは反射的に鎖を振るい、迫る気配へと防御を試みる。

 

「コイツ──ッ!?」ネル

 

「その速度では、届きません」トキ

 

鎖が空を切る。ネルの目の前、トキの杖の先端が煌めき、氷の粒子が舞う。

 

Eisesklinge」トキ

 

呟きと共に、氷の刃が直線状に走った。防御を試みたネルの腕を掠め、皮膚が裂ける。焼けるような冷たさが傷口を襲った。

 

「ぐぅッ……!? な、なんだこの傷、凍って──……!?」ネル

 

「ネル先輩ッ!」モモイ

 

「な、なに、今の……魔法……?」ミドリ

 

一同が息を呑む。銃器でも、格闘術でもない、理解の及ばない現象。ユズだけが青ざめた表情のまま、トキの手にした杖を凝視していた。

 

「あんな、力……見た事、ない……」ユズ

 

ネルは怯まず銃を構え、絞り出すように問う。

 

「テメェ、一体何モンだ……その杖、その力は──……」ネル

 

「それを知る必要は、ありません」トキ

 

淡々と答えたトキが再び杖を掲げる。

 

Bannkreis der Ordnung」トキ

 

展開される透明な結界。ネルが放った銃弾はその表面で弾かれ、力なく地に落ちた。

 

「弾が──効かねぇ……!?」ネル

 

「この結界の内側には、如何なる攻撃も干渉出来ません」トキ

 

「クソがッ──ッ!」ネル

 

苛立ちと共に肉薄を試みるネルだったが、結界の表面に触れた瞬間、凄まじい反発力に弾き飛ばされる。壁に叩きつけられ、鈍い音と共に膝を突いた。

 

「がッ……!」ネル

 

「ネル先輩ッ!」モモイ

 

「まだ、終わりません」トキ

 

トキが杖を天へと掲げる。

 

Lichtgericht」トキ

 

 

天井を突き破るようにして降り注ぐ光の槍──幻視かと思う程の眩さが室内を満たし、ネルの間近に着弾する。轟音と共に床が抉れ、爆風がゲーム開発部の面々をも押し倒した。

 

 

「きゃあッ……!」ミドリ

 

「ぐ、あ……ッ」ネル

 

もうもうと立ち込める煙、その中でネルは膝をつき、辛うじて上体を起こす事しか出来なかった。武器を握る手が震え、額から血が伝う。

 

「まだ、やる、気か……ッ」ネル

 

「もう十分でしょう。貴女は、力を出し尽くしました」トキ

 

「くそ、が……ッ」ネル

 

 

崩れ落ちるネル。ゲーム開発部は言葉を失い、ただその光景を見つめる事しか出来なかった。杖を下ろしたトキは、何事もなかったかのように静かにリオへと向き直る。

 

 

「──終わりました」トキ

 

「……ご苦労様、トキ」リオ

 

リオは倒れたネルを一瞥する事もなく、ゲーム開発部へと視線を戻した。

 

「さぁ、これで遮るものはいなくなった、AMAS──アリスを回収しなさい」リオ

 

殺到する戦闘用ドローン群。もはや助けは何処にもない。

 

「ま、待って……!」ユズ

 

「下手に動かない方が良いわ、貴女達の戦力で包囲網を突破出来ない事は既に証明されている、無関係な子を傷付けたくはないの」リオ

 

「アリスは私達の友達で、ゲーム開発部の大切な仲間で──ッ!」モモイ

 

「──いつまでそんな寝言を吐き続けるつもり!?『ソレ(AL-1S)』はこの世界を終焉へと至らせる恐るべき兵器なのよ!」リオ

 

「兵器、兵器って……! アリスは、そんな存在じゃない……!」モモイ

 

「なら貴女は『ソレ』と、キヴォトス全ての生徒を天秤に掛けろと問われた時、どう答えるつもりなの?」リオ

 

「だってアリスちゃんは、光の剣を──勇者の証であるスーパーノヴァを持っているもん!」ミドリ

 

 

「──えぇ、エンジニア部が作った、あの玩具(スーパーノヴァ)…そう、貴女達がそう云うのであれば、それが心の拠り所であるのなら……良いわ」リオ

 

リオがタブレットを操作すると、アリスの背負うスーパーノヴァが唸り、やがて機能が停止する。

 

「ぇ、ぁ……」アリス

 

「これで満足かしら? それなら、これで証明は終わりよ」リオ

 

「アリス、貴女は勇者などではない」リオ

 

 

愕然とするモモイ、ミドリ、ユズを押し退け、リオはアリスの前へと立つ。

 

 

「──貴女は存在するだけで災厄を振り撒くこの世界から消えるべき、魔王なのよ」リオ

 

 


 

 

「アリスは──……アリスは、全てを理解しました」アリス

 

「あ、アリス?」モモイ

 

 

声は震えていたが、その奥に込められた感情は揺るぎなかった。

 

 

「こうやって、皆が争って、傷付いて、それを見ている事しか出来なくて……そんな状態で、アリスだけ逃げるなんて出来ません」アリス

 

「だからアリスが──アリスが、ゲーム開発部から消えます」アリス

 

「なっ、チビ……ッ! テメェッ!」ネル

 

「だ、駄目だよアリスちゃんッ!」ミドリ

 

「アリスッ!」ユズ

 

「いいえ──ッ!これで良いんです、アリスは……アリスはもう、みんなに怪我をさせたくありません!ネル先輩だけではありません、ミドリも、ユズも、モモイも、他の皆も……怪我、させたくないんです。…皆に怪我をさせたって、目が覚めて直ぐに聞いた時、アリス、胸がとっても痛かったんです。もし、アリスがこのまま、この場所に居たら──きっといつか、皆を傷付けてしまう」アリス

 

「だ、大丈夫です、アリスは平気です、だって──アリスは、ミレニアムの生徒ではないから、いなくなっても、大丈夫です!」アリス

 

「アリス……!」ミドリ

 

「アリスちゃん……ッ!」ユズ

 

だ、駄目だよアリス……! だ、だって……っ!」モモイ

 

「モモイ、今まで──ありがとうございました。ユズ、ミドリ、アリスと一緒に冒険してくれて、嬉しかったです」アリス

 

あ、アリスちゃ……」ミドリ

 

「ネル先輩も、C&Cの皆に、ありがとうって伝えて下さい」アリス

 

「チビ……ッ、テメェ……!」ネル

 

「あ、アリスは、アリスは、今まで……本当に、幸せでした!」アリス

 

「……行きましょう、リオ会長」トキ

 

「──……ええ」リオ

 

リオはただ静かに頷いた。その表情は暗がりに隠れ、よく見えなかった。赤い眼光がゲーム開発部を一瞥し──その奥底に複雑な色を宿す。それを押し込め、リオはタブレットを操作した。押し留められていたAMASが駆動音を鳴らし、モモイを、ミドリを、ユズを押し退けながらリオの背後へと続く。アリスを囲うように動き出すAMAS、彼女達の影が廊下の暗がりへと消えていく。

 

だ、駄目だよ、アリス!」モモイ

 

アリスちゃん、考え直して……」ミドリ

 

あ、アリス、ちゃ──……」ユズ

 

全員がアリスの名を呼ぶ。呆然と、その背中を凝視する。暗闇が彼女達を覆っていく、その姿が見えなくなっていく。

 

 

 

 

 

「アリス──ッ!」

 

 

 

 

──モモイの悲痛な叫びが、アリスを包む暗闇の中に響き渡った。

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