The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
エリドゥ内部、中央隔離施設。
その部屋は常に薄暗い光で満たされていた。明るすぎず暗すぎず、四方を隅々まで確認出来る程度の光量は確保しつつ、かと言って明瞭と云うには薄暗い──そんな絶妙な塩梅。
リオに囚われたヒマリへと宛がわれた部屋は、簡易ベッドが一つ置かれただけの真っ白な空間。壁や床、天井の強度だけは計り知れない程に予算が掛けられており、ヒマリが個人で突破できるような代物ではなかった。
「──ヒマリ、食事を持って来たわ」リオ
暫しぼうっと周囲を眺めていたヒマリの耳に、天井のスピーカー越しに声が届く。出入口脇の受け取り口から稼働音が響き、内部から食事が顔を覗かせた。それを見たヒマリは思わずと云った風に顔を顰める。
「……またコレですか、リオ、貴女のセンスにはほとほと呆れ果てますね」ヒマリ
「生命維持、及び活動に必要な栄養素は全て備わっているわ、味も問題なし、五分未満で摂取可能……一体何が不満なのかしら?」リオ
「あぁ、貴女には理解出来ないのも納得です、しかしコレを見て貴女は本当に何とも思わないのですか?」ヒマリ
そう云ってヒマリは車椅子を動かし、受け取り口から食事を取り出す。配膳されたそれを四隅のカメラへと突き出すと、嫌悪感を滲ませた口調のまま告げた。
ヒマリの嫌悪も納得である。そんな配給された『食事』と言う名のものは、ヒマリの知っている『食事』とはかけ離れていたからだ。ヒマリに「配給」として出されたのは、ブロック型に切り整えられたゼリー状の物体、少しどろりとしたペースト状の物体、そして色からして絶対に美味しくないドリンクのつもりだろう液体…これを読んでいる読者に簡潔に言うなれば『ディストピア飯』であった。
「私は外見に関して訊いているのですよ、リオ」ヒマリ
「……食事に見た目は必要なのかしら?」リオ
「……はぁ」ヒマリ
まるで腹に入れば全部一緒…とでも云わんばかりの解答に、ヒマリは溜息を零した。恐らくこの相手に何を話しても単なる時間の無駄なのだろう、そんな気持ちさえ沸々と湧き上がって来る。
「全く、これがミレニアムのビッグシスターなどと、呆れて何も云えませんね」ヒマリ
「……貴女はいつも悪し様に私を罵るわね、陰気だとか汚泥だとか、それでもきちんと食事は摂る、私の提供しているものだと云うのに」リオ
「事実を口にしているに過ぎません、それにリオ、貴女の目的がそもそも私を害する事ならばこんな回りくどい事はしないでしょう?食事に毒を盛るなり、AMASで踏み潰すなり、爆弾を投げ込むなり、或いは部屋を崩して私諸共圧し潰すなりした方が手っ取り早いのですから」ヒマリ
「……はぁ」リオ
恐らく彼女にとっては、それが絶対的な答えなのだろう。カメラの向こう側で額を抑えているであろうリオを幻視しつつ、ヒマリは食事の手を止めながら監視カメラ越しに彼女を睨み付ける。
「リオ、はっきり云って貴女が現在為している事は忌むべき行為です、正直な所──極めて不愉快です」ヒマリ
「……ヒマリ」リオ
「以前より貴女とは馬が合わないと思っておりましたが、今回の一件でその考えはより強固なものとなりました」ヒマリ
「そんな風に私を真正面から非難する事が出来るのは、このミレニアムで……いいえ、このキヴォトスでもヒマリ、貴女くらいなものでしょうね」リオ
仮にも相手はミレニアムトップの存在、そんな自身を相手に真正面から罵詈雑言を浴びせられる存在など、彼女が知る限りヒマリ以外に存在しない。そう、
「……そんな貴女だからこそ、
「──
「……えぇ」リオ
「あり得ませんね」ヒマリ
やや気勢を落として告げられた言葉に、ヒマリはしかしハッキリとした口調で断じた。そこには僅かな揺らぎすら存在しなかった。
「貴女は自身の行いをミレニアム、延いてはキヴォトスを守るためのモノ、そういった類の行為だと信じているのでしょうけれど」ヒマリ
「………」リオ
「結局のところ、
「そうね、その言葉に間違いはない、けれど──」リオ
言葉にすれば余りにも端的で、何の疑いのない外道。しかしそれは、ただ自身の行動、その表面をなぞっただけの言葉に過ぎない。リオは暫しヒマリを見つめ、それからそっと息を吐き出す。
「いえ、そうね、貴女はそう考えているからこそ私の行いを理解出来ず……許容も出来ないのでしょう」リオ
「えぇその通りです、私は貴女の計画、及び行動に決して賛同しません──そしてそれは、シャーレの先生も同様だったのではありませんか?」ヒマリ
「………」リオ
ヒマリが先生に関して言及した途端、リオはその口を閉じた。図星だ、リオは昔から、自身の感情を態度に出しやすい。ただその方法が他者と比較し露骨な沈黙、気配の変化、言動の揺らぎなどからしか察する事が出来ないだけで。
「どのような言葉を交わしたのかは分かりませんが、貴女がアリスを誘拐した以上、あの人なら必ずあの子を──自身の
「……そうね、先生がアリスを回収しに来る確率は、100%と云って良い」リオ
本来であれば自身の指揮下にあったC&C、
「──全く、誰ひとり私の事を理解してはくれないのね、ただの一人でさえも」リオ
ぽつりと零れた言葉、それは
「リオ……あなたはそれを理解しているというのに、何故この様な」ヒマリ
「それでも、構わないとやり遂げなければと思ったからよ」リオ
たとえ誰にも理解されなくとも。たとえ多くの生徒に非難されようとも。そんな想像を噛み殺したリオは自身の額を指先で何度か叩き、湧き上がる色に蓋をする。
「ヒマリ、貴女はこの前言っていたわね、私がセーフハウスを作っているんじゃないかって……より正鵠を射るのであれば、このエリドゥは
「……リオ」ヒマリ
「理解されなくとも良い、この世が私を悪と規定しても構わない、例え貴女に汚泥と罵られようと、幾人に憎悪を向けられようとも──私は、私が正しいと信じた道を進むだけ……だから、それまでどうか、そこで大人しくしていて、ヒマリ」リオ
リオは決して歩みを止めない。最後に告げられた言葉、それと同時にスピーカーからプツン、と途絶音が響き、静寂が再び部屋を覆った。ヒマリは背凭れに身を預けながら、草臥れた様に天井を仰ぐ。
「──その正しさは己と他者を傷付けるだけだと、貴女はそう知っているというのに」ヒマリ
「……起こりうる全ての変数を考慮し、計算した上で──この段階まで事を進めた私が目標を達成する確率は99%以上、備えは万全、あとは実行するだけで良い」リオ
エリドゥ内部、中央タワー管制室。
要塞都市全ての制御を一手に担うその場所で、彼女はひとり一面に広がるモニタの光を浴びながら、呟きを漏らす。既にアリスは奪取済み、
「……実行、するだけで良い」リオ
だが、それでもリオの指先がコンソールに触れる事はなかった。彼女の行動を縛る、阻止する最後の障害。それこそが感情、内に秘めた心、覚悟の揺らぎ。
「………」リオ
「リオ様」トキ
「……トキ、何か問題でも?」リオ
「エリドゥの監視システムよりアラート、都市内部にて識別コードの確認出来ない反応が検出されました」
「──そう」リオ
リオは応え、ゆっくりと背筋を正す。素知らぬ顔でコンソールを叩き複数のモニタを切り替えれば、映し出される生徒、その姿。リオはその影を見つめながら、思わず吐息を零す。
「……結局、データが示した通りになるのね」リオ
「ご指示を」トキ
「…えぇ、これより迎撃プラン『INANNA』を開始するわ、準備は?」リオ
「既に」トキ
「流石ね──なら手筈通りに、よろしく頼むわ、トキ」リオ
「イエス、マム」トキ
力強く答え、トキは通信を終了する。要塞都市エリドゥの名は伊達ではなく、其処に自身の切り札であるトキが加わればまず負けはないだろう。
途切れ、再び一人きりになったリオは呟く。
「全てが終わったらヒマリ、貴女も──」リオ
モニタに表示される少女、ヒマリを一瞥しリオはタブレットを握り締めた。
「そして、シャーレの先生だって、きっと……」リオ
脳裏を過るのは自身の計画を唾棄し、拳銃を自身に突きつけてまでアリスを連れて行かせはしないと抗った先生。もしこの計画が遂行され、ミレニアムが、キヴォトスが
「きっと──」
「アリスはいつか、立派な勇者に──!」
「ぅッ──……!?」リオ
刹那脳裏に過った映像、声、それに胃の中身が込み上げてきたような感覚を味わう。咄嗟に口元を抑え、その場に膝を突くリオ。コンソールデスクに縋る様にして崩れ落ちた彼女は、荒い息を繰り返しながら冷汗を額に滲ませる。
「っ、は──……ッ!」リオ
デスクに顔を埋めたまま、リオは絞り出すように叫び、口元を拭った。両手を握り締め、自身の額を何度も叩く。
やがてコンソールデスクに手を掛け、覚束ない足取りで立ち上がったリオは挑む様にモニタを凝視し、告げる。
「──誰かが、やらなくちゃいけない事よ」リオ
目尻から零れる色、それを拭い、リオは唇を噛み締める。涙は零さない、否──零してはならない。
「──これが、最も合理的な判断なのだから」リオ
もし