The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
エリドゥ某所──高層ビルの屋上。
夕焼けから夜へと変わりゆく空の下、その場所には二つの人影があった。
『難しい話は分かんないよッ!そういうのは良いから、さっさとアリスを返してッ!』
「……相変わらず、威勢の良い生徒達ですね」"老紳士"
「あぁ。モモイってんだ。覚えておいて損はないさ」隆一
傍らに佇む"老紳士"が、仮面越しに愉快気な声を漏らす。画面から声、モモイの叫びを耳にした彼は、暫し感心した様子でそれを聞き入っていた。隣に立つ隆一は、腕を組んだまま静かに口を開く。
「こういう時、ああも真っ直ぐでいられるのは羨ましいとさえ思うよ」隆一
「して……」"老紳士"
"老紳士"の視線が、隣に立つ隆一へと向けられる。仮面の奥、その瞳が何を映しているのかは伺えない。
「
「ああ、俺的にはな」隆一
あっさりと、隆一は答えた。まるで今日の天気でも語るかのような口調。"老紳士"は僅かに首を傾げ、続きを促す。
「──悪役になって貰わないといけないからね、特にリオには」隆一
「……成程」"老紳士"
ゲーム開発部とエンジニア部の一団をオペラグラス越しに一瞥する"老紳士"を尻目に、隆一は淡々と言葉を続ける。
「協力を頼まれた時、断ったのは俺だ。アリスを守る為に、と言えば聞こえは良いが、オブラートに包んでいるだけでやろうとしているのは人殺しに過ぎん──
「──それは?」"老紳士"
「セミナーの中で、リオは最後の
言葉を切り、隆一は仮面の男へと視線を移す。
「生憎独立連邦捜査部には、資金力が足りない。連邦生徒会は俺らの力と名声を、随分と警戒している──名目ばかりの予算削減、あれやこれやと理由を付けて資金を絞られてはね、流石に骨が折れる。それに大切な予算だ。OMNISを生かす上で連邦生徒会からの資金は大切な隠れ蓑*1だし、君の子飼いのM-247ちゃんや、他の構成員達を食わせる金もなくなれば、M-247ちゃんのみならず、君も路頭に迷うかもしれない」隆一
「──……」"老紳士"
暫しの沈黙。"老紳士"は仮面越しに隆一を見つめ、ややあってその口元を緩めた。
「閣下なら、そんな手段を取るだろうと──そう、思っていましたよ」"老紳士"
「んな驚く事でもないだろ?」隆一
「えぇ、勿論。むしろ、意外だったのは貴方が『思っていた通り』であった事、それ自体ですよ」"老紳士"
地上より届く生徒達の声、モモイの叫びが再び二人の耳朶を打つ。隆一はそれを聞きながら、僅かに口の端を歪めた。
「結局どれほど賢人を気取ったところで、本質的には『善』か『悪』でしか物事を考えられないさ、あの子達は」隆一
「……」"老紳士"
「だからこそ、都合が良い。内輪揉めをさせておいて何ぼ、だよ」隆一
嘲る様な色を滲ませて告げられたそれに、"老紳士"は何も答えなかった。ただ静かに、彼の言葉を聞き入っている。
「善悪でしか測れない目には、リオの合理も、僕の思惑も、決して映らない。ただ『悪者』と『被害者』が居るだけの、単純な絵図にしか見えないだろうね」隆一
「──冷徹だ事」"老紳士"
「褒め言葉として受け取っておくよ」隆一
軽く笑い、隆一は視線を再び画面へと戻す。丁度、リオがトロッコ問題を口にする場面であった。それを見届けた隆一は、思わずとでも言わんばかりに息を漏らす。
「……トロッコ問題、か。相変わらず、律儀に二択で悩む子だ」隆一
「貴方なら、どう答えるのですか?」"老紳士"
「そうだね」隆一
問われ、隆一は暫し思案する素振りを見せる。
「複線ドリフトさせて両方轢き潰すか──線路ごとトロッコを破壊してしまえばいい」隆一
「……」"老紳士"
「レバーを引くか、引かないか。そんな二択に縛られる必要は、端からないんだよ」隆一
その答えを聞いた"老紳士"は、仮面越しに微かな笑みを浮かべた。
「与えられた選択肢が気に入らなければ、勝手に作ってしまう──いかにも、貴方らしい答えですね」"老紳士"
「光栄だね、そう云って貰えるのは」隆一
二人の間に、束の間の静寂が下りる。地上ではリオが『アバンギャルド君』を発進させ、生徒達の悲鳴が微かに耳へと届いていた。それを一瞥した"老紳士"は、不意に懐から一枚の書類──否、投影された文書を取り出す。
「……そう云えば、閣下」"老紳士"
「ん?」隆一
「『大天使の息吹き』、その計画の草案が完成致しました」"老紳士"
「──そうか」隆一
告げられた名を耳にした隆一の表情に、僅かな変化が生じる。それが何を意味するのか、この場に居る二人以外に知る者はいない。
「詳細はまた、追ってご報告致します」"老紳士"
「あぁ、頼むよ」隆一
言葉少なに交わされたやり取り。"老紳士"は一礼すると、その輪郭を揺らめかせながら光学迷彩の中へと溶け込んでいく。音もなく消えるその姿を見届け、隆一もまた小さく息を吐き出した。
「──さて、と」隆一
地上に佇む生徒達、そしてリオの姿を最後に一瞥し、隆一もまた光学迷彩を纏う。輪郭がぼやけ、やがて完全に虚空へと溶けていく。屋上には、誰の姿もなくなっていた。