The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「遅ぇ、遅ぇ、遅ぇ──!」ネル
「っ、く……!」トキ
視界に影がちらついた。変動した街並み、自身が優位になる配置であるその場所で、トキは縦横無尽に駆け巡る人影に翻弄される。視界に表示される予測行動線、その指示に沿って身体を動かしていると言うのに、それでも尚、対応がワンテンポツーテンポと遅れる。
「──遅ぇぞ後輩ッ!?」ネル
「……!?」トキ
駆けながら薙ぎ払う様に放たれた弾丸、暗闇の中でマズルフラッシュが瞬き、小柄なネルの姿が浮かび上がる。飛来する弾丸は暗中で戸惑うトキを正確に捉え、左足に直撃する。
「脚部装甲被撃、損害軽微──戦闘行動に支障なし」"システム"
「………ッ、そこッ!」トキ
トキは愛銃を構え、駆ける影に向かって引き金を絞る。弾丸は視界に表示される予測線に沿う様にして飛来し、影を穿つ──だが、着弾したと思った時、既にその場所にネルは存在しない。
「ははッ、外れだ!どうしたよ、オイ!御自慢の銃口が迷子だぜッ!?どこに銃口を向けたら良いかも分からねぇか!?」ネル
「どうして──予測先を、捉えれきれない……っ!?」トキ
「オラァッ!」ネル
「ッ──!」トキ
間に合わない。反射的に愛銃の
「っ、これ以上の、被弾は……!」トキ
「おいおい、まさか知らなかった訳じゃねぇだろう、後輩?」ネル
「ッ!?」トキ
「
「───」トキ
銃声、視界がマズルフラッシュで覆われる。殆ど反射的な動きだった、顔を逸らし膝を抜き、そのまま崩れ落ちるようにして上体を反らす。ほんの僅かな差で頬を弾丸が掠め、仰け反る様な体勢のまま数発の弾丸が鼻先を通過した。
「ぅ、ぐッ……!?」トキ
「オラァッ!」ネル
「がッ!?」トキ
無造作に放たれた前蹴りを彼女は何の防御も出来ず受けた。顔を顰め、そのまま後方へと吹き飛ばされるトキ、地面を転がり、バウンド、砂埃に塗れながら素早く跳ね起きる。
「まだ、こんなモンじゃねぇぞ」ネル
「っ……!あり得ない……っ!一秒毎に、データが更新されるなんて──」トキ
「てめぇの分際で、あたしの底を知った気になってんじゃねぇッ!」ネル
「くッ!」トキ
突撃の勢いそのままに再度繰り出される回し蹴り、仕方なく腕を畳み、辛うじてアームギアで蹴撃を受ける。同時に耳へと届く──鎖の音。
「───」トキ
まさかと、勘付いた時には遅かった。咄嗟に横合いに視線を飛ばせば、暗闇の中撓る銀色。風切り音と共に視界外から飛来した鎖が、トキの顔面を側面から強かに殴り飛ばした。
「ごふッ!?」トキ
「バイタル変調、頭部に被撃──被弾率増加傾向、回避を推奨」"システム"
「この前は面食らって一本取られちまったが、あたしとこの距離で撃ち合える奴なんざそういねぇ──どんな大層な絡繰りがあるかは知らねぇが、こんなモンかよ?後輩?」ネル
「……いいえ、まだです──私は…まだ」トキ
「──トキ、一度撤退なさい」リオ
「っ、リオ様!?しかし、私はまだ……!」トキ
「貴女を責めている訳ではないわ、先程ヴェリタスの干渉でアバンギャルド君の制御権を引き合う結果になったの、恐らくスペックは十全に発揮出来ず、既に撃破されてしまっている可能性が高い……この状況を放置して戦闘を継続するのは危険よ」リオ
「!」トキ
「それに──どうやら
「直感?それは…」トキ
「どーんッ!」アスナ
「っ!?」トキ
リオの言葉と共に、不意に巻き起こる爆発。同時に飛来する影は炸裂した爆炎を裂き、宙を舞っていた。それを見上げ、トキは目を見開く。
「おっ!やった、部長見つけたよ!」アスナ
「漸く、ですか」アカネ
「っと」カリン
「ッ!?C&C……何故、この場所に!?」トキ
「あははっ!迷子になっちゃったかなぁ~って思っていたけれど、そんな事なかったね!何となく進んで来たら部長と合流出来ちゃった!」アスナ
「ふぅ、道中それなりにドローンと出くわしましたが、辿り着けたのなら正解だったという訳ですね」アカネ
「……先輩の幸運に感謝しないとな」カリン
「要塞都市の迷路区画を、こうも容易く……一体どんな確率で──」トキ
「こんな事は口にしたくないけれど、彼女の直感もまたネルに迫る変数、場合によっては計画を大きく崩しかねない生徒のひとりよ」リオ
「ん~?」アスナ
この時、アスナは直感的にトキ、そしてバックのリオが何かを仕掛けている事には気づいていたが、それが"何か"までは判断する事が出来なかった
「私の予測が足りなかった、一度再計算を行うわ。計算が終わるまでの間に──例のあの武器、使いなさい」リオ
「……イエス・マム。速やかに撤退行動に移ります」トキ
「あぁッ!?ンだとコラ!」ネル
しかし、それは全て、彼女らを嵌めるブラフだった。
彼女らが自身の追尾に移り、一瞬、ほんの一瞬、武器を持つ手が緩んだ隙を、彼女は正確無比に突いた。トキは背に隠していた一本の杖を引き抜く。青みがかった芯、その先端に嵌め込まれたラブラドライトが、街灯の光を吸い込み仄かに輝いた。
「──起動」トキ
呟きと同時、彼女の周囲に舞う青白色の小さな稲妻。ネル達がその異様な気配に気付いた時には、既に遅い。
「───」トキ
振り抜かれた杖の先端から、空気そのものが凍りつく様な冷気が奔る。轟音すらなかった。音より速く走る氷の刃、無数に生まれたそれらが瞬く間に四方へと拡散し、C&Cの四人を襲う。
「…んだぁいきな…」ネル
言葉を最後まで紡ぐ事すら許されなかった。氷の刃はネルの肩口から脇腹にかけて深々と斬り裂き、鮮血が飛び散る。アスナ、カリン、アカネもまた咄嗟に防御を試みるが、細かく砕けた氷の欠片が呼気と共に肺へと入り込み、彼女達の喉奥を切り裂いた。
「ゴハッ…」ネル
「ウッ…」アスナ
「…痛…」カリン
「おいゴラテメェ…ゲホッ」ネル
膝から崩れ落ちるネル、その傷口から止め処なく流れ出る鮮血。地面に片膝を突いたアスナ、カリンは口元を押さえ、指の隙間から零れる鮮血に目を見開いた。アカネもまた激しく咳き込み、喉を裂かれた様な痛みに顔を歪める。細かな氷片が気道の粘膜を切り裂き、内側から血を滲ませていた。
立っていられたのはトキ一人だけであった。
「
感情の色を一切滲ませない声が、静まり返った戦場に響く。地に伏したネルは辛うじて顔を上げ、血の混じった唾を吐き捨てながらトキを睨み付けたが──その視界は既に、朦朧としていた。
「く、そ……何だ、よ、今のは……」ネル
「あの威力、只の攻撃ではありません……氷、いえ、この寒気は──」アカネ
言葉を紡ごうとしたアカネの声は、途中で液体の混ざったような音の激しい咳と共に途切れる。喉から漏れる音は、もはや戦意を保てる状態ではない事を物語っていた。カリンは狙撃銃を杖代わりに何とか立ち上がろうとするが、脚に力が入らず、再び地に膝を突く。
「くそ……こんな所、で……」カリン
勝敗は、既に決していた。トキは倒れ伏す先輩達を一瞥する事もなく、静かに杖を下ろす。ラブラドライトの輝きが徐々に収まり、周囲を包んでいた冷気もまた霧散していく。
「……リオ様、C&Cの無力化を確認しました」トキ
「──御苦労様、トキ」リオ
インカム越しに届くリオの声は、いつも通り淡々としていた。しかしその奥に、僅かな安堵の色が滲んでいた事に、トキ自身は気付かない。
夜のエリドゥに、四人分の荒い呼吸と、微かな血の匂いだけが残された。