The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
光の伝わる方角へ、只管に駆け続けた隆一。やがて視界に飛び込んで来たのは、変わり果てた街道の惨状だった。
「──ッ!皆ッ!」隆一
地面に倒れ伏す四つの影、ネル、アスナ、カリン、アカネ。制服は所々裂け、血に塗れている。隆一は駆け寄り、膝を突きながら手早く彼女達の容態を確かめた。
「ネル、聞こえるかい……!?」隆一
「ぐ……せ、んせぇ……?」ネル
微かに反応を返すネル、その脇腹からは止め処なく血が滲んでいる。隆一は迷わず内ポケットから取り出した止血帯を巻き付け、傷口を圧迫した。
「動くな、今治療する」隆一
告げながら、彼は自身の掌をネルの傷口へと翳す。淡い光が指先から溢れ出し、傷口を包み込む。焼け付く様な熱と共に、裂けた皮膚が僅かずつ塞がっていくのが分かった。
「っ、あ、づッ……!」ネル
「痛むだろうけれど、我慢して」隆一
同様の処置をアスナ、カリン、アカネにも施す隆一。完全な治癒には程遠いが、少なくとも命に別状はない程度まで持ち直す事は出来た。勿論魔法だけじゃ足りないので傷口を包帯で縛ると、しばらくすると荒い息を吐きながら、ネルは辛うじて上体を起こす。
「くそ、情けねぇ……」ネル
「一体、何があったんだ」隆一
問いかける隆一に、ネルは血の混じった唾を吐き捨て、忌々しげに口を開いた。
「あの後輩野郎……最後の最後で、変な真似しやがった」ネル
「変な真似?」隆一
「あぁ、氷だ……銃弾でも、爆発物でもねぇ、突然周りの空気ごと凍らせやがった、まるで──魔法みてぇにな」ネル
その言葉に、隆一の瞳が僅かに鋭さを増した。
「魔法……」隆一
「そうだ、あんたが時々片鱗見せるアレだよ、キヴォトスにゃ本来ある筈もねぇ、化け物染みた力……あたしらは、それにやられた」ネル
ネルの声には、悔しさと、そして僅かな戸惑いが滲んでいた。自身が誇る戦闘技術、その全てが通用しなかった相手──トキの正体、その一端をネルは語る。
「……そうか」隆一
隆一は静かに呟き、視線を伏せた。この世界キヴォトスに於いて、その力を扱えるのは自分だけの筈だった。しかし、それが今、目の前で覆されていた。
「先生……」???
その時だった。意識を失っていたアカネが、微かに瞼を開く。
「アカネ、目が覚めたか」隆一
「……ぇ、あの、子とは……」アカネ
朦朧としながらも、アカネは必死に言葉を紡ごうとする。隆一は彼女の口元に耳を近付け、その声を拾った。
「トキとは……戦わないで……ください」アカネ
「アカネ?」隆一
「あの子は、あなたが思っている以上に……危険……お願い、先生……」アカネ
言葉を最後に、アカネは再び意識を手放す。その表情には、恐怖にも似た色が刻まれていた。隆一は暫し彼女を見つめ、それから静かに立ち上がる。
「──ネル、皆をお願い出来るかい、これ以上此処に留まるのは危険だ」隆一
「あぁ、分かった……あんたは、行くのか」ネル
「うん、お前らの看病をしたい気持ちは山々だが、確かめなくちゃいけない事がある」隆一
ネルの問い掛けに頷き、隆一は自身の杖──ラブドスへと視線を落とす。相変わらず淡い赤を灯すそれは、今も尚一つの方角を指し示していた。
夜の街道、ビルの影が長く伸びる一角。
隆一が辿り着いたその場所には、一人の少女が佇んでいた。
「──……」トキ
薄闇の中、月光を反射する外骨格──アビ・エシュフを纏った彼女。しかしそれは隆一が"老紳士"伝手に知るものより幾分か軽量化、簡素化された造りをしている。手足の可動域を優先した機構、それは魔法を扱う為に特化された仕様なのだろう。
「──初めまして、かな」隆一
告げる隆一の声に、トキはゆっくりと振り返る。表情は変わらない、しかし瞳の奥に確かな警戒心が滲んでいた。
「シャーレの先生……」トキ
「うん、そうだよ」隆一
「──排除対象」トキ
言葉と共に、彼女は迷わず杖を振り抜いた。青白い冷気が奔り、無数の氷刃が隆一目掛けて飛来する。
「ッ!」隆一
しかし隆一はその場から動かなかった。掌を軽く前に翳すのみ、それだけで飛来した氷刃は目に見えない壁に阻まれる様に霧散し、粉々に砕け散った。
「──」トキ
その光景に、トキの表情が僅かに強張る。
「あぁ、成程──」隆一
崩れ落ちた氷の欠片を手のひらで溶かし、隆一は静かに口を開いた。
「百戦錬磨のC&Cがくたばったって聞いたから、相当な手練れだと思っていたけれど──」隆一
その視線が、真っ直ぐトキを捉える。
「まさかまさか、たかが四級程度だったとはね」隆一
「──四級?」トキ
初めて聞く言葉に、トキの声に僅かな動揺が滲んだ。隆一はそれを見逃さず、口元に薄い笑みを浮かべる。
「知らないみたいだね、まぁ、それも当然か」隆一
「……何を、言っているのですか」トキ
「──さて、どこから話そうかな」隆一
夜のエリドゥ、二つの影が対峙する。その静寂を破る様に、隆一は杖を握り締め、一歩──足を踏み出した。そしてお互い杖を突き出そうとした、その時だった。
「──待って、下さい」
「ん?」隆一
トキは動揺を取り繕えないまま隆一を見据える。演算機能が悲鳴を上げている、それでも尋ねずにはいられなかった。
「先程、貴方は──『四級』と、口にしましたね」トキ
「あぁ、言ったね」隆一
「その言葉の意味を、教えて頂けますか?」トキ
問い掛けに、隆一は僅かに目を細めた。戦闘中の質問、それは彼女らしくない行動だった。しかし、その瞳に宿る色は──強い、切実な色だった。
「気になるかい?」隆一
「……はい」トキ
「ああ、そうかいそうかい……教えてやるよ」隆一
隆一は拳を軽く握り直しながら、静かに口を開いた。
「俺の居た世界では、魔術師には五段階の格付けがある。一級が最上位、五級が最下位──そういう区分だ」隆一
「五段階……」トキ
「君の『四級』っていうのは、下から二番目の階級だよ。とは言えど、格付け上、下位に見えるだけ。言ってしまえば──探せば十人に四、五人はいる、そういうレベルの話だ」隆一
「───」トキ
その言葉に、トキの表情が凍りついた。
演算するまでもなかった。理解した瞬間、彼女の中で何かが軋む音がした。
「十人に、四、五人……?」トキ
「ああ」隆一
「それが──貴方が、この私に告げた評価、だと?」トキ
「そうだ。まず念じてから攻撃までの時間が長すぎる。あれじゃあ両手をポッケに突っ込んでても軽く避けられるレベルだ」隆一
告げられたそれを、トキは何度も反芻する。奇襲とは言え、C&Cを圧倒した自身の力。ネル、アスナ、カリン、アカネ──ミレニアム最強と称されるC&Cを叩き伏せた、この力。それが──彼の元居た世界では、ありふれた、その辺に転がっている程度の代物だと言う。
「……ッ」トキ
寒気がした。氷を操る自分自身が、内側から凍える様な感覚。
「そんな、馬鹿な……」トキ
「出鱈目じゃない、単なる事実だ」隆一
淡々と告げる隆一の声、そこに嘘や誇張の色は無い。だからこそ恐ろしかった。
「では──貴方は」トキ
「うん?」隆一
「私が四級であるならば、貴方は──二級か一級、という事になりますね」トキ
「さぁ、どうだろうね?」隆一
曖昧に返す隆一に対し、トキの脳裏には拭えない確信があった。自身の氷刃を、彼は掌一つで消し飛ばした。あの一瞬の攻防だけで、両者の間にある絶望的な隔たりを、彼女の演算は既に弾き出していた。
──魔術師としての、本能。
それが、警鐘を鳴らしていた。戦うな、抗うな、逃げろと。培って来た戦闘データも、演算結果も、その全てが警告を発している。目の前に立つ存在は、自身が対峙して良い相手ではないと。
「……」トキ
構えた両手が、僅かに震える。それは負傷でも、疲労でもない──恐怖だった。
「──トキ、応答なさい」リオ
インカムから響く、リオの声。その一言が、震える彼女の意識を現実へと引き戻した。
「……リオ、様」トキ
「戦況が芳しくないのは分かっているわ、けれど彼を止められるのは、貴女しかいない」リオ
「───」トキ
主の声、その命令。逆らうという選択肢は、初めから彼女の中に存在しない。
「……仕方、ありません」トキ
呟き、トキは大きく息を吸い込んだ。恐怖を押し殺し、震える指先で杖を構え直す。
「行きます──氷結、極光」トキ
告げると同時、彼女の周囲に無数の氷の結晶が舞い始めた。冷気が空間を支配し、周辺の空気そのものが白く凍りつく。放たれる幾条もの氷刃、それは先程までとは比較にならない密度と速度を伴い、隆一目掛けて殺到した。
「──」隆一
しかし隆一は、動じない。静かに右手を掲げると、指先で虚空に何かを描く様な仕草をする。
「ディメンズ──ディレート」隆一
その言葉と共に、隆一の周囲、円形に切り取られた様な空間の『奥行き』が、忽然と消え去った。
「な──ッ!?」トキ
殺到した氷刃は、まるで平面に貼り付けられた絵の様に、壁にぺたりと張り付き──そのまま止まった。三次元の運動が二次元へと圧縮され、氷刃はもはや前へ進む事すら出来ない。
「これは……!?」トキ
「あぁ、丁度良い説明の機会だ」隆一
平然と告げる隆一、彼の周りには、まるで壁に張り付いたアートの様に静止した氷の破片が浮いていた。
「世界を作る要素、
「一つを、取り除く……?」トキ
「ああ、二つ以上取り除くと……存在そのものが消えかねない。だから、一つが限界」隆一
告げながら、隆一は今度は足元へと視線を落とす。
「今のは『奥行き』を消した、ディレート。相手を、壁に張り付くアートみたいにする技だ」隆一
「──ッ、ならば!」トキ
動揺を振り払う様に、トキは地を蹴り接近を試みる。しかし彼女の脳裏に過るのは、先程感じた恐怖──その全てを押し殺し、彼女は再び杖を構えた。
「トール」隆一
呟く隆一、瞬間トキの足元から『高さ』が消失する。踏み込んだ地面がまるで紙の様に薄く平たくなり、彼女の身体が急激にバランスを崩した。
「くッ……!?」トキ
「相手の攻撃を、足で踏み潰せる紙みたいにする──そういう技だよ」隆一
崩れた体勢のまま、それでもトキは何とか体勢を立て直す。防戦一方、その事実に苛立ちすら覚える暇もない。彼女は演算を加速させ、次の一手を模索する。
(──しかし)
トキは内心で、静かに思う。
まだ、全てを晒してはいない。恐怖に呑まれかけながらも、彼女の中にはまだ、切り札が残っていた。
「……先生」トキ
「うん?」隆一
「まだ──終わりでは、ありませんよ」トキ
そう告げるトキの瞳、その奥には、消え切らない闘志の色が僅かに残っていた。