The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「これが今取れる最善の、最も合理的な犠牲の少ない選択よ──!」リオ
リオの声が管制室の中に響く。鳴り止まない警告音、その中でも彼女の声は確かに耳に届いた。佇む隆一とリオの視線が交わる、焦燥と悲痛な覚悟、赤の瞳がじっと自身を捉え続ける。
「いいや…まだだよ、リオ」隆一
「先生……!?」リオ
「まだ、やれる事は残っている」隆一
「リソース確保──六十八パーセント」【Key】
「俺は……俺らは皆、一人で此処に立っている訳じゃない」隆一
「……?」リオ
「ヒマリ」隆一
「──えぇ、全く以てその通りです」ヒマリ
声は、暗がりの中から聞こえた。背後から聞こえる微かな駆動音、それと共に現れるのは車椅子に身を預けた白の少女。
「ヒマリ……!?」リオ
「ヒマリ先輩!?な、何でこんな所に!?」モモイ
「ふふっ、それは超天才清楚系美少女のなせる業、とでも云っておきましょうか」ヒマリ
彼女はコンソールを手元に投影させると、複数のウィンドウを操作した。
「システムは既に掌握済みです、パスはそちらに──チーちゃん」ヒマリ
「了解、確認したわッ!全部落としてッ!」チヒロ
車椅子に搭載されたスピーカーより響く音声、同時に鳴り響いていたアラートが停止し、紫がかっていたモニタが一斉に青へと切り替わる。
「ッ、これ、は──?」【Key】
「あっ、アリス……!?」モモイ
「お姉ちゃん、危ないよっ!」ミドリ
同時に身を起こしていたアリス──【Key】の身体に幾つかの変化が訪れた。びくりと跳ねた身体は瞳にノイズを走らせ、ケーブルに繋がれたまま寝台へと逆戻りする。
「エリドゥのシステム全体が……!」リオ
「これで時間稼ぎは出来るでしょう、少なくともプロトコルを実行するには再度権限を奪取し、システムを立ち上げる必要があります」ヒマリ
「先生、御無事ですか?」ノア
「何とかな……──一応善処はした」隆一
「……はぁ」ノア
モニタの向こう側から、ノアの重々しい溜息が聞こえた。横合いのウィンドウでチヒロが苦笑を零す。
「ごめん先生、途中で通信が出来なくなって、復旧自体は何とか出来たのだけれど──部長ヒマリの方から緊急の連絡が届いてね、今はヴェリタスとセミナー、全員が協力して事に当たっているよ」チヒロ
「…チヒロ…」隆一
「さて──時間稼ぎを行うのは結構ですが、中央タワー此処を占領されてしまえば意味がありません、暫く此処を防衛する必要があるでしょう」ヒマリ
「アスナ、カリン」隆一
「っ!」アスナ
「しゃーないが、二人はネルの元に行け、守護者が現れた以上ネルだろうと危険だ──此処は俺らで何とかする!」隆一
「っ、分かった……!」カリン
「ご主人様──」アスナ
「アスナ、皆を守ってあげて」隆一
二人は頷き、暗闇の中へと駆け出していく。それを見送ったヒマリは、改めてリオに視線を向けた。
「──リオ様」トキ
「っ、トキ!?」リオ
「無事なのね、トキ!?」リオ
「はい、リオ様──報告が遅れて申し訳ありません、これよりエンジニア部、及びアカネ先輩と協力し、アビ・エシュフを用いて敵勢力と交戦を開始します」トキ
「リオ、理解していると思いますが──既に守護者は総力を出し始めています」ヒマリ
「……!」リオ
「【Key】のリソース確保が終わる前に、この状況を打破しなければなりません」ヒマリ
「うわっ、なにこれ!?」モモイ
「す、凄い数……」ミドリ
モニタに映し出された上空映像、それは地表を埋め尽くさんと迫り来る守護者の大群であった。
「ヒマリ、本隊の詳細位置は?」隆一
「既にエリドゥ近郊まで迫っています……ゲート接敵までおよそ十五分という所でしょうか」ヒマリ
「──一つだけ、策があります」ヒマリ
「策?」リオ
「えぇ──彼女【Key】の起動によってデータベース深部に隔離されてしまった『アリス』、彼女の人格をダイブを用いて起こすのです、そうすれば【Key】が実行中のプロトコルは中断され、襲来中の追跡者は沈黙するでしょう」ヒマリ
「なッ……!?ヒマリ、それは余りに危険すぎる賭けよ!」リオ
「だとしても、やるッ!」モモイ
「……うんッ!」ミドリ
「──わ、私も!」ユズ
モモイの声を皮切りに、ミドリとユズもまた勢い良く手を挙げる。ヒマリは薄らとした笑みを浮かべ頷いた。
「なら、決まりですね、それでは、私は今からアリスの精神を分析し侵入する隙間を作ります」ヒマリ
そう云ってヒマリが機器へ接続を始めようとした──その時だった。
「──待て、ヒマリ」隆一
「先生?」ヒマリ
「俺も、そのダイブに加わる」隆一
「……ッ!?」リオ
その言葉に、全員の視線が隆一へと集まる。ヒマリの指先が、ホログラムモニタの上で止まった。
「せ、先生、それって……」ユズ
「ああ、お前らと一緒に、アリスの元へ赴く」隆一
「けれど先生、外の守護者は……!」リオ
問い掛けるリオに、隆一は静かに首を振る。
「外の事は、お前らの事を信じる。それに…」隆一
「それに?」
「トキも、アスナやカリンも、エンジニア部も──皆、誰も諦めていない。じゃあ俺は?そうだ、アリスの元に行くべきだ」隆一
告げる隆一の瞳には、迷いがなかった。モモイとユズは互いに顔を見合わせ、それから力強く頷く。
「せ、先生も一緒なら……!」ユズ
「うん、絶対アリスを連れ戻せるよ!」モモイ
「……お姉ちゃん、ユズちゃん、先生……」ミドリ
三人の顔を見つめ、ミドリは一瞬言葉を詰まらせる。しかし彼女は小さく息を吸い込み、覚悟を決めた様に顔を上げた。
「わ、私は……此処に残るよ」ミドリ
「ミドリ?」隆一
「誰かが皆の身体を、守らなくちゃいけないから……ヒマリ先輩と一緒に、ここでお姉ちゃん達を待ってる」ミドリ
その言葉に、ヒマリは静かに頷く。
「良い判断です、ダイブ中の肉体は無防備そのもの、傍で見守る者は必要ですから」ヒマリ
「リオ」隆一
「……先生?」リオ
「俺らがアリスの中に居る間、此処を頼めるかい」隆一
問い掛けに、リオは暫し沈黙した。それから、迷いを振り切る様に頷く。
「──えぇ、任せて頂戴、私の責任で、必ず此処を守り抜くわ」リオ
「ありがとう」隆一
告げ、隆一はモモイ、ユズと共に寝台の傍へと歩み寄る。ヒマリは手元のコンソールを操作しながら、静かに口を開いた。
「準備を始めます……調整に、十分」ヒマリ
「時間との勝負、だね」隆一
「えぇ、けれど──今度は、一人ではありません」ヒマリ
ヒマリの言葉に、隆一は小さく笑みを浮かべる。モモイとユズがそれぞれ寝台の脇に備え付けられた簡易ダイブ用の座席に腰を下ろし、隆一もまたその隣に身を沈めた。
「モモイ、ユズ、行くぞ?」隆一
「うん……!」モモイ
「は、はい……!」ユズ
ヒマリの指先がコンソールを走り、幾つものウィンドウが目まぐるしく切り替わる。眩い光が三人を包み込み始めた。
「──接続、開始します」ヒマリ
声が、意識の遠のく彼方で響いた。