The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
「そんな魔王は……皆の傍に居ては、いけません」アリス
傍に居たい。隣に居たい。体温が分かる距離に居てほしい。でも、そんな距離まで近寄ってしまったらきっと皆を傷つけてしまう。
大切なものを壊したくないし、傷つけたくもない。だからこそ、優先すべきは自分ではなく、大好きな皆。皆が笑顔でいられるならそれに勝る幸福はない。
「アリスは、キヴォトスが好きです。そしてミレニアムが、皆が大好きです。もし叶うのなら、アリスは皆と一緒にクエストをしたいです。でも……その所為で大切な人達が苦しんで傷つくのなら……いっそ……」アリス
消え入りそうな、震えた声。その音階と共に雫が一粒、大きな瞳から零れ落ちる。
「アリス、はこのまま消えるのが正しいのです」アリス
泣きながら、悲しみながら。恣意的に歪められた現実を見せつけられ、『こうした方が良いから』と思い込み、思い込まされ、最も言いたくない訣別の言葉が口を衝いて出る。
そんなアリスの姿を見て──。
「『テイルズ・サガ・クロニクル2』は……!」モモイ
遂にモモイの堪忍袋の緒が切れた。
「私達が一緒に作ったゲームは!最優秀賞を勝ち獲ったんだよ!」モモイ
アリスの胸倉を掴むような勢いで放たれたのは、アリスの中で最も煌めいていた思い出。
「キヴォトスの終焉?何言ってるの?アリスが居るだけで皆が傷つく?誰がそんなバカな事言ってるの!?」モモイ
俯き、下を向いていたアリス。彼女の肩を両手で優しく、されど強く掴んで無理矢理上体を起こさせ、顔と顔を見合わせる。
「アリスに会って……アリスが居たから……私達はゲームを作れて!ミレニアムプライスで賞を貰って、部活を守る事ができたんだよ!」モモイ
「うん、そうだよ。アリスちゃんが居たから私達は守る事ができた。アリスちゃんが居てくれたから、私達は一緒に居られるんだよ!」ユズ
「モモイ……ユズ……」アリス
「部活を守れたことも……ゲームを作って、一緒に遊んだことも!ただ怖いだけだったネル先輩と一緒にゲームするような仲になれたのも!全部!ぜーんぶ!アリスが居てくれたからだよ!それなのに自分が魔王だとか、そう生まれついたとか……そんなの全ッ然分かんない!絶対納得できない!」モモイ
「……な、なぜ、ですか?皆、どうして……アリスは魔王なのに……アリスの所為で……皆、怪我したのに……なんで……ッ!」アリス
「だって!アリスちゃんは私達の大切な仲間だから……!」ユズ
迷いのない声にアリスの瞳が水面のように揺れる。友達。仲間。今も尚、そう言ってくれるのは嬉しいけれど──いや、だからこそ、離れなければならない。
「この前、アリスちゃんが言ってくれた事があったよね?どんなゲームでも、主人公達は決して仲間を諦めないって」ユズ
「アリスちゃんは私達の居場所を守ってくれたから、今度は私達の番。アリスちゃんの居場所を私達が守るよ」モモイ
「例えアリスが魔王だったとしても、そんなの関係ないよ!自分が誰なのか、それは自分自身で決めるものだよ!アリスは、唯自分がなりたいジョブを選んで転職すればいいんだよ!」モモイ
「戦士、騎士、賢者、魔法使い、僧侶……なんでもいいよ、アリスちゃん」ユズ
「その……勿論、勇者もいるよ」モモイ
そう言って、部室で見た笑顔と何ら変わりない笑顔で手を差し伸べて。思わず手を取りそうになった。ずっと後ろを向いて、泣いていたアリスの心が少しだけ明日の方を向いた。
「アリス、は……」アリス
力なく垂れ下がったアリスの手はモモイの指先に触れようとして──その直前、石化したかのように停止した。掌に残留した血の臭いと肉の感触、命の感覚が強まり、アリスを縛る鎖と化す。
「でも……ッ!」アリス
「もーッ!強情だね、アリス!こうなったら私達も手段を選ばないよ!」モモイ
そして、モモイは今までずっと後ろで事の成り行きを静観していた隆一の手を引いてアリスの前に突き出した。
「ほら、先生!アリスに言わなきゃいけない事あるでしょッ!」モモイ
「──あやっべそうだったわ」隆一
隆一はアリスのすぐ近くまで歩み寄り、片膝を突いて視線を合わせた。
「──久し振りだな、アリス」隆一
「先、生?」アリス
隆一の姿を見たアリスの表情が喜びで染まる。彼女にとっても特別に大切な人で……会いたかった人。でも。
「ごめんなさい……アリスは先生を傷つけてしまいました。だからもう、先生と一緒に居る事は出来ません。きっとアリスはまた、先生の事を傷つけてしまいますから……ッ」アリス
震えて、涙を流して。どう見ても大丈夫じゃないにも関わらず、隆一の為に遠くに行こうとする。
俯いたのも、彼の姿をこれ以上見てしまうと本音が零れてしまうから。彼にはこれ以上、傷ついてほしくない。そう思い、涙と嗚咽で自身の世界を閉ざしたアリスを襲ったのは随分と軽い衝撃。背中に感じる腕の感触、前から伝わる温度。
「──問題ねぇよ」隆一
「せん、せい……?」アリス
抱き締められた、とアリスは何処か他人事のように感じた。前から彼女の体をすっぽりと覆うように、腕の中から決して逃がさないと言うような抱擁は彼女の冷え切った温度に確かに熱を灯す。
アリスは所在なく垂れ下がった腕を彼の背中に回そうとするが、まるで硝子細工に触れるかのように手は震えてしまって。それを背中越しに感じた彼は一層優しく微笑む。それに促されたアリスはおっかなびっくりと彼の背中に触れて……掌から伝わる温度に涙した。
「私は許すよ。他の誰もが糾弾しても、私だけはアリスを許し続ける。だから、私の傍でもう一度あの笑顔を見せてほしい。君の笑った顔が見たいんだ」隆一
「でも、アリスは魔王で……皆を、先生を……ッ!」アリス
「俺が大切なのはアリスだ。そいつぁ魔王でも勇者でも、何でもいい。アンタがなりたい自分を選べばいいから、さ」隆一
否応なくそう思ってしまうほど、彼の言葉は重かった。虚飾も嘘も存在しない、彼の言葉は紛れもなく真実。
「どうか忘れないでほしい。アリスは皆に愛されている。アリスの命はずっと、大切にされている。だから、帰るぞ?皆と一緒に……
彼は抱擁を解いて、まるで姫に手を伸ばすかのように掌を空に向け差し出す。
「先生は……」アリス
「──うん」隆一
「アリスの事、憎んでいないのですか?」アリス
「勿論だ」隆一
「アリスの事、怖くないのですか?」アリス
「全くもって」隆一
「で、では……
アリスの事……嫌いじゃ……ない、ですか?」
「どんな事があっても、俺はアリスの事を嫌ったりしない」隆一
駄目押しと言わんばかりに放たれたその言葉はアリスの内側の闇を薙ぎ払うのに充分すぎる願いが籠っていた。
「だからこそ、アリスはどうしたい?」隆一
「アリスは……魔王なのに……世界を滅ぼしてしまう……のに……なのに……」アリス
モモイを傷つけたのはアリスだ。彼を傷つけたのもアリス。どう考えても許される所業ではなく、謝って済む問題でもない。
でも。そんな、自分だったとしても。
「それでも、アリスは……それでも、いいんですか?冒険を、皆と一緒に……クエストを続けて生きても、いいんですか?」アリス
「ああ、勿論」隆一
「それなら……アリスも!勇者になって……!皆と……モモイ、ユズ、先生と……冒険を続けたいです……!魔王であるアリスが、そうしても許されるなら……!」アリス
その言葉と共にアリスは自分の意志で顔を上げた。
「うん!アリスがしたいならそれで充分!」モモイ
「魔王だって勇者になれるよ」ユズ
「言えたじゃねぇかアリス!」隆一
「もしそういうブームがなかったとしても……私達が次回作として作ればいい……」ユズ
「だって、私達は色々な想像を形にする事ができる……」モモイ
「何でも作る事ができる……!」ユズ
「では……アリスは、勇者になりたいです」アリス
「ああ、構わん!」隆一
「アリスは……アリスになりたいです……!」アリス
星が落ちるような笑みと共に差し伸べられた彼の手。それをやっと、アリスは握る事ができた。
「本当に、こんな事が可能なんて……」リオ
リオは驚きを含ませた声音でそう呟く。この結末に至る可能性はごく僅か。何もかもが想定通りに上手く運ぶという前提の上で、更にそこから先に分の悪い賭けが関門として多く立ち並び、それを全て乗り越えた先にしか光はなかった。
「結局のところ、
ダイブ装置と繋がっていたケーブルを取り外しながら、先生は喜色を覗かせた表情でそう答えた。
「難しく考える必要は無い。この世界は意外と単純だ」隆一
「……その単調さが、私には分からなかったのね」リオ
「今なら分かるだろ?」隆一
「……えぇ、少しだけ」リオ
「そっか、なら良かった」隆一
「……本当に、完敗よ」リオ
流れる大粒の涙は悲しみではなく再会の喜び。「ただいま」と「おかえり」を言い合い、もう離さないと言わんばかりに互いを固く抱きしめ合っている少女達が、この結実の全てだった。
「何処に行くのかしら、先生」リオ
「俺にはまだ1つ、やるべき事が残っているからね。それを片付けに行くよ」隆一
「……私も同行──」リオ
「必要ないさ。皆にこんな事をやらせるわけにはいかない」隆一
取り付く島もない言葉にリオはそれ以上声を発することなく口を噤む。彼のスタンスからして、これはきっと譲れない一線なのだろう。今なら分かる、彼が一瞬だけ浮べていた表情はあの時のリオと同じもの──人殺しの眼だった。
だが、それは一瞬で鳴りを潜め、直ぐにいつも通りの彼らしい表情に戻り、優しい声で「アリス」と呼んで。
「おかえり」隆一
これにてパヴァーヌ二章、基「偽りの■者篇」、完結です!みなさんありがとうございました!
次はエデンか…エデンか……