The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
エリドゥ攻略作戦から数日後。
ミレニアム中央区画──ミレニアム第一病棟、特別面会室にて。
その広くもなく、狭くもなく、しかし綺麗に清掃された一室にて顔を合わせる影があった。
もう一人はトキ、彼女もまた普段とは異なりメイド服を着用しておらず、患者衣で佇んでいる。
もう一人はリオ、トキと負けず劣らずな塩梅で、痛々しい青痣がそこら中に散見される。
そして最後の一人は──隆一だった。二人の見舞いに来たのだが、絶妙な空気感になってしまい、辺りを沈黙が支配する。
傷に塗れた姿でテーブルを囲う二人と隆一、奇妙な沈黙が部屋の中に落ちる。
「えぇっと……」隆一
口火を切ったのは隆一であった。彼は気まずそうに頬を掻こうとして、包帯に包まれた右手に気付きそっと膝に戻す。
「聞いて良いのか、凄く、その、迷うんだが……良いか?」隆一
「………」トキ
「何かしら、先生」リオ
「リオ、いつ──ボコられた?」隆一
隆一はどこか困ったように、リオへと言葉を投げかけた。それは、隆一からすれば至極真っ当な問いかけである。まるで集団リンチにでもあったかのような痛々しい傷の数々。
「……私が言う事ではないのだけれど、先生の心の方が重傷でしょう」リオ
「はぁ?まあ確かにそうかもしれんが…こんなの気にしなきゃないも同然だ!」隆一
そう言って隆一は車椅子の手摺を軽く叩く。口調は努めて軽く、表情は明るかったが、リオは隆一の言う言葉が半分方便である事を理解していた。
「……エリドゥから退去する際、辛うじて復帰したネルが発端だったわ」リオ
ややあって、リオは当時の事を思い返し、ゆっくりと口を開いた。隆一が意識を失った状態で中央タワーへと帰還し、負傷した生徒達の簡単な手当を済ませていた頃。そこに丁度、意識を取り戻したネルが現れたのである。
起き抜けに放った第一声は、「……チビは、どうなった?」であった。その後事の顛末を聞いたネルは暫し無言を貫き、それから起き上がると負傷した肉体など知らんとばかりに部屋を後にし、格納庫でリオに飛び掛かったのである。
「後はミレニアムに帰還後、C&Cから皆から一発ずつ、当然の行為よ。寧ろこの程度で済んだことに驚きだわ」リオ
「リオ様……」トキ
粛々と告げるリオに対し、トキは心配げな顔を浮かべた。
「本当はこのまま、会長の椅子を空けようと思っていたのだけれど」リオ
リオはそう呟きを漏らし、それから不意にトキの方へと視線を向けた。
「一応の所、セミナーには戻れたんだな?」隆一
「えぇ──代わりにミレニアムの生徒会長としての権限は、かなり制限される事になったわ。でも、これも当然の措置ね」リオ
「そっか……でも良かったよ、リオが残ってくれて」隆一
「はい、私も同意見です」トキ
「………」リオ
「エリドゥについてだけれど、あの都市は一旦閉鎖する事にしたわ、システムを取り戻したとは言え一度乗っ取られた以上どんな状態になっているか詳しく調査しなければならない」リオ
「ああ、断片的ではあるけれど人伝に聞いたよ、その辺は、確かヒマリやヴェリタスも手伝ってくれているんだっけ?」隆一
「えぇ……作業中、隣で常に小言を口にしているけれど」リオ
「トキはC&Cに?」隆一
「はい、幸い快く受け入れて頂けました。ただ……今後は特別な事情や任務が無い限り、先生の指示を優先して動きます」トキ
「?でも、トキはリオ専属の──」隆一
「私専属のエージェントという立場は、既に失われているわ。今のトキの所属はC&C、そして優先護衛目標には先生を」リオ
「……どして?」隆一
「それは──」リオ
「私自身の希望です。強いて言うなれば、贖罪──でしょうか」トキ
「そんな風に思わなくても良い。俺が致命傷負ってたらなったかもだが、生憎?俺の傷は退却の際におもいっきりコケた時の膝の擦り傷だけだ」隆一
「いえ、だとしても……です。私は、先輩方や先生と、後ろめたい感情を抱いたまま過ごしたくはありません」トキ
膝の上で拳を握り締めるトキは、擦り切れた唇をまごつかせながら、けれどはっきりとした声色で言い放った。隆一は暫し沈黙を守り、それからゆっくりと頷きを返す。
「──そっか、分かった」隆一
やがて面会時間の終了を告げる声が響き、二人はそれぞれの病室へ、隆一はシャーレの執務室と戻っていく。廊下の向こうから、C&Cの賑やかな声が聞こえて来た。
さらに数日後
一足先に退院し、セミナーへと復帰したリオは、ミレニアムタワー上層の執務室でひとり静かに佇んでいた。
「──あらあら、どれ程厚顔無恥であれば、再びその椅子に座ろう等と考えつくのでしょうね?」ヒマリ
「……ヒマリ」リオ
振り返ればいつの間にか、部屋の扉を開け無遠慮に此方を覗き込む影が一つ。
「必要があれば、他の生徒に直ぐにでも席を譲るつもりよ、その為の準備は既に終えているもの」リオ
「……はぁ」ヒマリ
「全く、何故貴女がまだ此処に立っていられるのか、それも理解出来ませんか」ヒマリ
「──それは、どういう意味かしら?」リオ
「言葉通りの意味ですよ、貴女は優秀ですが、こういう時の機微には疎い所があります」ヒマリ
「………」リオ
「私の予想だと、てっきり姿を晦ますものだとばかり」ヒマリ
「……そうね。ネルに殴り飛ばされなければ、そうなっていたかもしれないわ」リオ
「なら、心変わりがあったと?」ヒマリ
「……えぇ。他人の孤独や、罪悪感──それを良く、理解したわ」リオ
ネルに殴り飛ばされ、圧し掛かられた際に放たれた言葉。それを思い返し、リオは静かに目を伏せた。
「だから、私は逃げてはいけないと……向き合わないといけないと、あの時、そう思ったの。許された、何て私からは、決して口には出せないけれど──もしそう思って、私が此処に立つ事を彼女達に望まれたのなら、
──私はもう二度と、間違えないわ」リオ
「……そうですか」ヒマリ
「──私は貴女を許しませんよ、リオ。ゲーム開発部の子達も、セミナーも、ヴェリタスも、エンジニア部も、C&Cでさえ、貴女を許すでしょう、勿論先生も……皆優しい方ばかりですから」ヒマリ
「けれど、全員がそう在ってしまっては、貴女を許してしまえば、犯した罪は
「ヒマリ、それは──」リオ
「これは同情ではありませんよ、リオ。貴女がトキを置いて消えたのならば、もう少し違う道を選択したかもしれません、けれど貴女は踏みとどまった、だからこそ、」ヒマリ
「暫くの間は、私も、貴女も
「──!」リオ
「ありがとう……いえ、ごめんなさい、ヒマリ」リオ
「……あらあら、そんな素直な言葉を口にするなんて、貴女らしくないですね、リオ。ですが、私よりも先にそう口にするべき相手が居るのではありませんか?」ヒマリ
「……そうね、その通りよ──明日にも、
「賢明な判断ですね…──あぁ、そうです。まさか手ぶらで向かう筈もないでしょうし、一つだけアドバイスを」ヒマリ
「アドバイス?」リオ
「──何でもあの子達が好きそうなもの、今日発売の新作ゲームがあるそうですよ?」ヒマリ
さらに翌日、ゲーム開発部の部室。
ボロボロの部室に響くノックの音、扉を開けたユズは、そこに立つ人物を見て息を呑んだ。
「リ、リオ会長……?」ユズ
「お邪魔するわ」リオ
突然の来訪者に、モモイもミドリも咄嗟に身構える。しかしリオはその両手に、明らかに謝罪の色を滲ませた紙袋を提げていた。
「──先に、言わせて頂戴」リオ
リオは深く、深く頭を下げる。彼女らしからぬ、その姿勢に部室の空気が凍りついた。
「本当に、ごめんなさい。アリスを傷付け、貴女達を巻き込み、キヴォトス全体を危険に晒した。どんな言葉を並べても、償いきれる事ではないと理解しているわ」リオ
「………」モモイ
沈黙が部室を支配する。モモイは唇を噛み、それからゆっくりと口を開いた。
「……許すとか、許さないとか、簡単には言えないよ」モモイ
「えぇ、当然だと思うわ」リオ
「でも」モモイ
モモイはリオの提げる紙袋に目を留め、それから小さく笑みを浮かべる。
「アリスも、私達も、もう前を向いて歩きたいって思っているから──一緒にご飯とか、そういうのなら」モモイ
「アリス、リオ会長と一緒にゲームするの、大丈夫ですか……?」ユズ
「はい!アリスは、もう大丈夫です!」アリス
アリスの明るい声に、リオは思わず目を細める。紙袋の中身──今日発売されたばかりの新作ゲームを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。
「これ、皆で遊んで欲しくて」リオ
「うわぁ、これ発売日に手に入れるの大変だったんじゃ……!」ミドリ
「わ、私も交ぜて頂けるのなら、嬉しいわ」リオ
「うん!じゃあ皆で早速──」モモイ
パッケージを開封し、コントローラーを配る手が次々と伸びる。皆が輪になって座り、テレビ画面にはタイトルロゴが映し出された。モモイが立ち上がり、コントローラーを高々と掲げる。
「──始めるよ!」モモイ
夕暮れ時、ミレニアムを後にした隆一は、独立連邦捜査部シャーレの執務室へと帰還した──そこには見慣れた光景とは、やや違う光景があった。
「──閣下、お帰りなさいませ」M-247
執務机の傍に立ち、深々と一礼するM-247。その傍らのソファでは、見覚えのない少女が一人、行儀悪く寝転がり爆睡していた。
「……あぁ、留守番、ありがとう…って誰だ?そこのソファで爆睡かましてるのは?」隆一
「はっ、チーフより仰せつかり、独立連邦捜査部のボランティアという体で此処を守っておりました」M-247
M-247の視線が、眠り込む少女へと向く。
「そちらは、新入りの──R-1616です」M-247
「んー……あ、閣下?おかえりなさい~」R-1616
寝惚けた声を上げ、緩慢な動作で身を起こしたR-1616は、あくびを噛み殺しながら片手を上げた。全く緊張感の無い態度に、隆一は思わず苦笑を零す。
「随分とリラックスしてんなオイ」隆一
「だって、誰も来ないんですもん、暇で暇で……あ、後でお菓子継ぎ足しといてくださいね?」R-1616
「お前まさかあの茶菓子全部食ったのか?」隆一
「申し訳ございません。私の指導が行き届かず…」M-247
「良いんだ良いんだ。エム*1もそう、いつまでもそう頑なんなって」隆一
「良いのでしょうか…──閣下、そんな事より」M-247
M-247の声色が、僅かに変化した。
彼女は懐から一枚の端末を取り出すと、隆一へと差し出す。表示されたのは、幾つもの図表とグラフ、そして一つの文字列。
「チーフより、報告がございます。
──バベル計画、完成致しました」M-247
告げられたその言葉に、隆一の表情から一切の温度が消えた。
先程まで湛えていた優しい光は、まるで幻だったかのように、瞳の奥に沈んでいく。
「……そう」隆一
短く応え、隆一は端末に表示された文字列を静かに眺める。それは──ミレニアムの資金力を独立連邦捜査部の管理下へと組み込む為の、最終計画。リオを、セミナーを、内側から無力化する為の仕上げ。
「予定通り、進めていいのですね」M-247
「うん」隆一
その返答に、一切の躊躇いはなかった。病室で見せた少し気弱げな表情も、リオに向けた優しい言葉も、ゲーム開発部と交わした約束も──その全てが、今この瞬間、彼の内側で切り離される。
「準備を」隆一
「はっ」M-247
「あ、私も行きます?」R-1616
「ああ、二人とも来て」隆一
先生はシッテムの箱へと手を伸ばす。
「──最後の片付けだ」隆一
窓の外、夕陽が沈み切り、ミレニアムの街並みに明かりが灯り始めていた。
その光景を一瞥する事もなく、隆一は静かに執務室を後にする。
まだ、物語は終わっていない。