The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
日常
リオが謹慎を発表してから、数日が経過していた。
表向きは静かなミレニアム、しかしその水面下では、目に見えない波紋が静かに広がりつつあった。
「──ノア、これを」ハレ
「はい?一体どうしましたか?ハレさん?」ノア
ノアの端末に届いた、一枚のレポート。差出人はヴェリタスのハレであった。表示された文面を目にした瞬間、ノアの表情が険しさを帯びる。
「モモトーク上に、複数の非公開グループを確認。会話ログの一部を解析したら……」ハレ
「リオ会長の続投を望む声、ですか」ノア
「うん。単なる嘆願とかなら問題ないはずだけど……」ハレ
文面には不穏な単語が並んでいた。武器の調達、資金源、警備の巡回時間。それらは明確に、一つの方向性を示していた。
「反乱、というには聞こえが悪いけど……状況としては、それに近いかなって」ハレ
「……厄介ですね」ノア
ノアは顳顬を押さえ、深く息を吐いた。
ミレニアム保安部、対策会議室。
「末端の構成員は幾人か拘束しましたが……」保安部員
「上に繋がる糸は掴めましたか?」ノア
「──申し訳ありません、特定すら出来ておりません」保安部員
部屋に響く沈黙。集められた保安部の面々は、揃って苦い顔を隠せずにいた。ブラックマーケットを経由した不明瞭な取引、匿名性の高い通信網、末端の実行犯すらも自身の指揮系統を把握していない徹底ぶり。ミレニアム単独の捜査能力では、その全貌を掴む事すら儘ならなかった。
「……仕方ないですね」ノア
ノアはひとり、端末を取り出す。連絡先の一覧、その中から一つの名前を選び出した。
シャーレ執務室。
「──というわけで、力を貸して頂けないでしょうか」ノア
ノアの言葉に、隆一は暫し腕を組んだまま黙考した。
「うーん……独立連邦捜査部の仕事とはいえど、流石に他学園の内情に介入するのは、気が引けるな。ただ…」隆一
「……そう、ですか」隆一
断りの言葉に、ノアは肩を落とす。しかし、隆一はそこに一言、付け加えた。
「──正規の手段を無視して良いのであれば、こちらも協力できる」隆一
「え……?」ノア
その言葉の意味を、ノアは正しく理解できないまま頷いた。
その夜。
シャーレの、更にその裏に位置する一室にて。
「──ÆGIS、起動」M-247
告げられた言葉と共に、暗室の中で幾つものモニタが立ち上がる。OMNIS所属の対サーバー機関、ÆGIS。その稼働と共に、ミレニアム自治区全域のモモトーク通信網、そしてあらゆる住民の端末を横断する情報網が、静かに、そして徹底的に掌握されていく。
「──流石だ、対サーバー機関の実力は伊達じゃない」隆一
「恐縮です、閣下」M-247
スクリーンに次々と流れる文字列、それは生徒や住民が呟いた何気ない言葉の羅列。恋愛相談のスレッド、日々の愚痴の掃き溜め、ゲームの攻略記事──その大半は無害な日常だ。だが、その中に紛れる僅かな異物を、AIと人力の両輪が容赦なく拾い上げていく。
「該当データ、抽出完了しました」R-1616
「──要注意人物リスト、通称P.O.I.、完成です!」M-247
差し出されたリストには、学籍情報、生徒番号、前科の有無まで克明に記された名前が、幾つも並んでいた。
「………」"老紳士"
その一覧を眺めた"老紳士"は、仮面の奥で小さく喉を鳴らした。
「やはり閣下は──真に勝利するに相応しい、御方だ」"老紳士"
その呟きに、隆一は何も答えなかった。ただ静かに、リストへと視線を落とすのみ。
「では──始めようか」隆一
その一言が、静かな粛清の号令となった。
一晩の内に、幾つもの出来事がミレニアム各地で起きた。
催涙ガスが充満する物置、突如踏み込んで来た保安部員に取り押さえられる生徒。
路地裏で背後から放たれる非致死性の銃弾、意識を失い転がる住民。
連行された地下室にて、抵抗も虚しく薬剤を投与される協力者。
だが、それらの光景を目撃する者はいなかった。全て、闇に紛れて、あるいは公にならない形で処理されていく。
抜け殻の様に生気を失う者。
「
あるいは全く別の、都合の良い罪状に塗り替えられ、記録そのものが書き換えられる者。
朝が来る頃には、ミレニアムを揺るがしかけた反乱の芽は、まるで元から何も無かったかのように刈り取られていた。
この一連の出来事──粛清の全貌を知る者は、ミレニアムには一人もいない。
独立連邦捜査部シャーレに携わる者の、そのまた一握り。M-247、R-1616、そしてOMNISに連なる僅かな者達のみが、それを実行の記憶として持つ。
だが、その全貌を「理解」している者は、たった二人しかいなかった。
隆一と、"老紳士"。
仮にこの二人が死ねば、この事件は初めから存在しなかった事になる。
「──お疲れ様です、閣下」"老紳士"
粛清が粗方終わった夜、二人はシャーレの執務室で向かい合っていた。テーブルの上には、開栓されたシャンパンボトルが一本。グラスに注がれた琥珀色の液体が、静かに揺れる。
「お疲れ様だな」隆一
グラスを軽く合わせる音、乾いたそれが室内に響く。
「──どんな乱世、或いは天下泰平の世界であれ、最後に得をするのは」隆一
隆一は一口、酒を含みながら静かに口を開いた。
「
「人に尽くし続ける善人でもなく」隆一
その口元に、いつもの柔和な笑みとは異なる、酷薄な色が滲む。
「己が利益の為に戦う──コグノセンティだけだよ」隆一
「コグノセンティ、ですか」"老紳士"
「君ほどの博識なら知ってるだろうが…
"老紳士"は仮面の奥で目を細め、深く頷いた。
「実に、閣下らしい御言葉です」"老紳士"
その豪語は、決して油断でも慢心でもなかった。事実、この一件は誰の目にも触れる事なく処理された。無辜の生徒や住民の目に映るのはただ一つ──巨大な陰謀めいた反乱の芽を、まるで英雄の様に静かに摘み取ってみせた、独立連邦捜査部の活躍。
批判の声すら、まともに生まれる余地はない。生まれたとしても、それは稚拙な誹謗中傷、あるいは根拠なき陰謀論として、いとも容易く処理されてしまうだろう。
彼の支配するキヴォトスでは、それが当たり前の帰結であった。
尤も──。
キヴォトスの生徒達は、そんな事情を知る由もない。
自分達が慕う先生が、キヴォトスという世界の裏側で、既に一つの版図の長として君臨している事実を。
生徒達は今日も、
その静けさこそが、最も雄弁な証明であった。