The Hypocrite's Archive   作:Xelphyr

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閑話②
日常


リオが謹慎を発表してから、数日が経過していた。

表向きは静かなミレニアム、しかしその水面下では、目に見えない波紋が静かに広がりつつあった。

 

 

「──ノア、これを」ハレ

 

「はい?一体どうしましたか?ハレさん?」ノア

 

 

ノアの端末に届いた、一枚のレポート。差出人はヴェリタスのハレであった。表示された文面を目にした瞬間、ノアの表情が険しさを帯びる。

 

 

「モモトーク上に、複数の非公開グループを確認。会話ログの一部を解析したら……」ハレ

 

「リオ会長の続投を望む声、ですか」ノア

 

「うん。単なる嘆願とかなら問題ないはずだけど……」ハレ

 

 

文面には不穏な単語が並んでいた。武器の調達、資金源、警備の巡回時間。それらは明確に、一つの方向性を示していた。

 

 

「反乱、というには聞こえが悪いけど……状況としては、それに近いかなって」ハレ

 

「……厄介ですね」ノア

 

 

ノアは顳顬を押さえ、深く息を吐いた。

 

 


 

 

ミレニアム保安部、対策会議室。

 

 

「末端の構成員は幾人か拘束しましたが……」保安部員

 

「上に繋がる糸は掴めましたか?」ノア

 

「──申し訳ありません、特定すら出来ておりません」保安部員

 

 

部屋に響く沈黙。集められた保安部の面々は、揃って苦い顔を隠せずにいた。ブラックマーケットを経由した不明瞭な取引、匿名性の高い通信網、末端の実行犯すらも自身の指揮系統を把握していない徹底ぶり。ミレニアム単独の捜査能力では、その全貌を掴む事すら儘ならなかった。

 

 

「……仕方ないですね」ノア

 

 

ノアはひとり、端末を取り出す。連絡先の一覧、その中から一つの名前を選び出した。

 

 


 

 

シャーレ執務室。

 

 

「──というわけで、力を貸して頂けないでしょうか」ノア

 

 

ノアの言葉に、隆一は暫し腕を組んだまま黙考した。

 

 

「うーん……独立連邦捜査部の仕事とはいえど、流石に他学園の内情に介入するのは、気が引けるな。ただ…」隆一

 

「……そう、ですか」隆一

 

 

断りの言葉に、ノアは肩を落とす。しかし、隆一はそこに一言、付け加えた。

 

 

「──正規の手段を無視して良いのであれば、こちらも協力できる」隆一

 

 

「え……?」ノア

 

 

その言葉の意味を、ノアは正しく理解できないまま頷いた。

 

 

 


 

 

 

その夜。

シャーレの、更にその裏に位置する一室にて。

 

 

「──ÆGIS、起動」M-247

 

 

告げられた言葉と共に、暗室の中で幾つものモニタが立ち上がる。OMNIS所属の対サーバー機関、ÆGIS。その稼働と共に、ミレニアム自治区全域のモモトーク通信網、そしてあらゆる住民の端末を横断する情報網が、静かに、そして徹底的に掌握されていく。

 

 

「──流石だ、対サーバー機関の実力は伊達じゃない」隆一

 

「恐縮です、閣下」M-247

 

 

スクリーンに次々と流れる文字列、それは生徒や住民が呟いた何気ない言葉の羅列。恋愛相談のスレッド、日々の愚痴の掃き溜め、ゲームの攻略記事──その大半は無害な日常だ。だが、その中に紛れる僅かな異物を、AIと人力の両輪が容赦なく拾い上げていく。

 

 

「該当データ、抽出完了しました」R-1616

 

「──要注意人物リスト、通称P.O.I.、完成です!」M-247

 

 

差し出されたリストには、学籍情報、生徒番号、前科の有無まで克明に記された名前が、幾つも並んでいた。

 

 

「………」"老紳士"

 

 

その一覧を眺めた"老紳士"は、仮面の奥で小さく喉を鳴らした。

 

 

「やはり閣下は──真に勝利するに相応しい、御方だ」"老紳士"

 

 

その呟きに、隆一は何も答えなかった。ただ静かに、リストへと視線を落とすのみ。

 

 

「では──始めようか」隆一

 

 

その一言が、静かな粛清の号令となった。

 

 

 

一晩の内に、幾つもの出来事がミレニアム各地で起きた。

 

 

催涙ガスが充満する物置、突如踏み込んで来た保安部員に取り押さえられる生徒。

路地裏で背後から放たれる非致死性の銃弾、意識を失い転がる住民。

連行された地下室にて、抵抗も虚しく薬剤を投与される協力者。

 

 

だが、それらの光景を目撃する者はいなかった。全て、闇に紛れて、あるいは公にならない形で処理されていく。

 

 

抜け殻の様に生気を失う者。

 

ミレニアムを潰そうとした敵(パブリックエネミー)」として、突如として糾弾の的(スケープゴート)にされる者。

 

あるいは全く別の、都合の良い罪状に塗り替えられ、記録そのものが書き換えられる者。

 

 

朝が来る頃には、ミレニアムを揺るがしかけた反乱の芽は、まるで元から何も無かったかのように刈り取られていた。

 

 


 

 

この一連の出来事──粛清の全貌を知る者は、ミレニアムには一人もいない。

独立連邦捜査部シャーレに携わる者の、そのまた一握り。M-247、R-1616、そしてOMNISに連なる僅かな者達のみが、それを実行の記憶として持つ。

だが、その全貌を「理解」している者は、たった二人しかいなかった。

 

 

隆一と、"老紳士"。

 

 

仮にこの二人が死ねば、この事件は初めから存在しなかった事になる。

 

 


 

 

「──お疲れ様です、閣下」"老紳士"

 

 

粛清が粗方終わった夜、二人はシャーレの執務室で向かい合っていた。テーブルの上には、開栓されたシャンパンボトルが一本。グラスに注がれた琥珀色の液体が、静かに揺れる。

 

 

「お疲れ様だな」隆一

 

 

グラスを軽く合わせる音、乾いたそれが室内に響く。

 

 

「──どんな乱世、或いは天下泰平の世界であれ、最後に得をするのは」隆一

 

 

隆一は一口、酒を含みながら静かに口を開いた。

 

 

森羅万象を知り尽くした(ヒマリのような)全知でもなく、」隆一

 

「人に尽くし続ける善人でもなく」隆一

 

 

その口元に、いつもの柔和な笑みとは異なる、酷薄な色が滲む。

 

 

己が利益の為に戦う──コグノセンティだけだよ」隆一

 

「コグノセンティ、ですか」"老紳士"

 

「君ほどの博識なら知ってるだろうが…専門家達(Cognoscenti)──精通した者(真のエリート達)、という意味さ。必ずしも全知である必要はない、必要な一点だけを、誰よりも深く知っていれば良い」隆一

 

 

"老紳士"は仮面の奥で目を細め、深く頷いた。

 

 

「実に、閣下らしい御言葉です」"老紳士"

 

 

その豪語は、決して油断でも慢心でもなかった。事実、この一件は誰の目にも触れる事なく処理された。無辜の生徒や住民の目に映るのはただ一つ──巨大な陰謀めいた反乱の芽を、まるで英雄の様に静かに摘み取ってみせた、独立連邦捜査部の活躍。

批判の声すら、まともに生まれる余地はない。生まれたとしても、それは稚拙な誹謗中傷、あるいは根拠なき陰謀論として、いとも容易く処理されてしまうだろう。

彼の支配するキヴォトスでは、それが当たり前の帰結であった。

 

 

尤も──。

 

 

キヴォトスの生徒達は、そんな事情を知る由もない。

自分達が慕う先生が、キヴォトスという世界の裏側で、既に一つの版図の長として君臨している事実を。

 

 

生徒達は今日も、()()()()()()()()を送っている。

その静けさこそが、最も雄弁な証明であった。

 

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