The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
シャーレ執務室、応接ソファ。
「──それで、だ。次の四半期の予算配分なんだが」隆一
「はい、独立連邦捜査部の拡充分については、既に草案を──」"老紳士"
談笑とも呼べる、静かなやり取り。隆一と"老紳士"、二人だけの時間が流れていた。
その、時だった。"老紳士"の懐から、微かな電子音が響く。
「──失礼」"老紳士"
断りを入れ、"老紳士"は端末を取り出した。表示された発信元を一瞥し、彼は僅かに眉を動かす。
「セクターT担当、P-469からです」"老紳士"
「トリニティ?珍しいな」隆一
隆一が興味を示す中、"老紳士"は端末を耳に当てる。
「──私だ、何かあったか?」"老紳士"
「チーフ、緊急のご報告です」P-469
端末越しに響く声、それは若干の緊張を孕んでいた。
「トリニティ内部、水面下での政治的内紛が急速に加速しております」P-469
「内紛?」"老紳士"
「はい、発端は──『
その単語に、隆一の視線が僅かに鋭さを増した。"老紳士"は端末をスピーカーに切り替え、隆一にも聞こえる様にする。
「エデン条約?そちらは一体…」"老紳士"
「トリニティとゲヘナ、両学園間で秘密裏に協議されている条約案です。目的は両学園の長年に渡る対立の和解、そして──『
「機構、ですか……一時の和解に留まらず、半永久的な枠組みまで作ろうとしている、と」"老紳士"
「はい、詳細は未だ不明ですが、賛否双方の穏健派、強硬派が入り乱れ、フィリウス学派を中心とする賛成派と、パテル学派を中心とする反対派で既に水面下の主導権争いが始まっている模様です」P-469
「成程、詳細を纏めて送ってください、引き続き調査をお願いします」"老紳士"
「了解しました」P-469
通話を終え、"老紳士"は端末を懐に仕舞う。
「──面白い」隆一
その声に、隆一は口元を緩めていた。"老紳士"は仮面越しにその表情を見つめ、静かに問う。
「閣下、何か?」"老紳士"
「いや」隆一
隆一はソファに深く身を沈め、指先を組みながら、愉悦を隠しきれない声で呟いた。
「面白い
言葉を紡ぐ隆一の瞳には、普段生徒達に向ける穏やかな光は欠片も見当たらない。そこにあるのは、獲物を前にした獣の様な、酷薄な輝き。
「和解の裏では、パテルもフィリウスも、必死に己の利権を確保しようと動いているだろう。その中でも穏健派は穏便に事を進めたいだろうし、かといって強硬派は面子を潰されたくない。トリニティ、内部でさえ一枚岩ではないだろうね」隆一
「その通りかと」"老紳士"
「──こういう時こそ、腕の見せ所だ」隆一
一般的な生徒、住民にとって、こうしたパワーゲームは醜悪極まりない代物だ。人間の欲望と野望が絡み合い、裏切りと打算が渦巻くその環境は、多くの者が耐えられず目を背ける類のものだろう。
だが──隆一にとっては違う。
「人の欲は、実に良く出来た道具だよ」隆一
彼にとってそれは、この上ない娯楽であった。人間の欲望、野望、それらを利用し、あたかも自らを味方であるかの様に信じ込ませ、都合よく踊らせる。時に裏切り、時に裏工作を仕掛け、破壊工作すら厭わない。盤面を掻き乱し、本来の目的から逸脱させ、当事者達が互いを疑心暗鬼にさせている間に──自らは静かに、盤外から巨利だけを掬い取る。
「
呟く声には、隠しきれない懐かしさが滲んでいた。彼にとって政治とは──。
「ルールがない、ただのチェスボードだ」隆一
裏切りも、裏金も、偽旗作戦も。それらは全て、この盤上で駒を進める為の、ただの『手段』に過ぎない。目的の為ならば、手段を選ぶ道理などない。
「んじゃ、セクターTの連中には引き続き情報収集を続けさせて。あと、トリニティとゲヘナ、双方の穏健派、強硬派、それぞれの人間関係と利害関係──もう少し詳細な相関図が欲しいな」隆一
「畏まりました」"老紳士"
「あぁ、それと」隆一
隆一はグラスに残った液体を一口、口に含みながら続ける。
「機構が本当に樹立されるとして──その初代の長に、誰が座るのが一番、都合が良いだろうね」隆一
その問いかけに、"老紳士"は仮面の奥で笑みを深める。
「──既に、幾つか候補は浮かんでおります」"老紳士"
「ああ、聞かせてくれないか?」隆一
夜のシャーレ執務室、二人の密談は、まだ暫く続きそうであった。
窓の外、トリニティとゲヘナ──遠く離れた学園の夜空には、それぞれ変わらない星が瞬いている。その下で今、静かに、しかし確実に、新たな盤面が組み上がろうとしていた。
誰も知らない所で。