The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
長くなりますがここからどうぞよろしくお願いします!
楽園の
「──つまるところ、エデン条約というのは『憎み合うのはもうやめよう』という約束だ」???
夜を天蓋としてトリニティ総合学園を一望出来るテラス、ティーパーティーの面々が集うトリニティの秘奥。そこで一人の少女と、一人の男が向かい合って座っていた。長いテーブルの上には紅茶の入ったティーカップが置かれている。
対面に座る少女が、紅茶の香りを楽しみながら口を開く。
「トリニティとゲヘナの間で、長きにわたって存在してきた、確執にも近い敵対関係、そこに終止符を打たんとするもの、互いが互いに信じられないが故に、久遠に集積していくしかなかった憎悪を解消する為、それに代わって新たに信頼を築き始めようとするプロセス」???
「つまりは……ゲヘナとトリニティの平和条約というわけか」隆一
「その通りだ。けれど、連邦生徒会長の失踪をきっかけに、この条約は何の意味も持たなくなってしまった、何せ仲介し、立ち会う張本人が居なくなってしまったのだからね」???
少女がカップに口をつけ、そっとソーサーへ戻す。指を組み、亜麻色の髪を靡かせながら続ける。
「──エデン、それは太古の経典に出て来る楽園の名、そこにどんな意味を込めていたのかは分からないけれど、まぁ連邦生徒会長のいつもの悪趣味だろうね」???
「キヴォトスの七つの古則は御存知かな?その五つ目は、正に楽園に関する質問だった。その質問は」???
「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか──かな?」隆一
彼女は驚いたような顔をする。まるでシラフのように、こちらに平然と干渉してくるのは彼女にとって想定外であった。
「驚いたな。まさかこちら側にこれほどまで干渉出来るとは…さておき、楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか──他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ、ただ、ひとつの解釈としてこれを『楽園の存在証明に対するパラドックス』であると見る事は出来る」???
「もし楽園というものが存在するならば、そこに辿り着いたものは至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外に出る事はない──もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような『本当の楽園』ではなかったという事だ」???
「であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測される事はない、存在を捕捉されうる筈がない──到達した者を観測できたのなら、楽園は存在するが、真の楽園とは言えない事が証明される、しかしそもそも観測すら出来ないのであれば、楽園はあるのかもしれないし、ないのかもしれない……もし、そうだとすれば」???
「──存在しない者の真実を証明する事は出来るのか?」
少女の瞳が隆一を射貫く。真剣で、無垢で、僅かに揶揄う色も混じったそれ。隆一は答えず、沈黙を守る。少女は肩を竦め、続けた。
「……つまるところ、この五つ目の古則は、初めから証明する事ができない事に関する『不可解な問い』なのだよ……しかし、ここで同時に想う事がある、証明できない真実は無価値だろうか?この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたい事があるのではないだろうか?」???
「エデン……経典に出て来る楽園、どこにも存在せず、探す事も能わぬ場所──夢想家たちが描く、甘い甘い
「どうだい?そう聞いて見ると、このエデン条約そのものが、まさしくそんなものの様に思えてこないかい?」???
隆一は動かない。少女はそんな彼に問いかけを重ね、指を組んだまま、穏やかに口を開いた。
「──先生」???
小さな声量だったが、はっきりと隆一の鼓膜を打つ。
「もしかしたらこれから始まる話は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない。不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰める様な──仲間を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑う様な」???
「悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、唯々後味だけが苦い……そんな話だ」???
「だから──どうか背を向けず、目を背けず、最後の『その時』まで、しっかり見ていて欲しい」???
少女が目を伏せ、再び顔を上げる。その表情には、確かな意思が込められていた。
「それが先生……この未来を選んだ、君の
隆一はそっと頷く。それ以外の選択肢はない。ただ痛烈な覚悟のみを秘め、彼は答える。
「構わないさ。もう既に、俺はトリニティと言う名の沼に入っている。君の名前は知らない。ただ、アンタの
「…そうか。君の善性を信じるよ」???
「あぁ、感謝する」隆一
彼はドアを開け、その場を後にした。
補習授業部、教室。
黒板には【補習授業】の文字、左右には生徒の落書きらしき猫とペロロ様。教卓に座る隆一は書類仕事を進めながら、時折生徒達に視線を送っていた。
木製の机が四つ、それぞれにプリントと格闘する生徒が一人ずつ座っている。
静かな時間は、不意に生徒の一人が立ち上がった事で終わりを告げた。
「──もう嫌っ!」???
ピンク色の髪、小柄な体格の少女──
「こんな事やってらんない!わかんない!つまんない!めんどくさいッ!──それもこれも、全部先生のせい!」コハル
「えぇ……俺?」隆一
隆一がタブレットを手放し、怪訝な声を上げる。とぼけ顔の彼に、コハルは猫目を細めて睨む。
その隣の席から、
「もう、コハルちゃん、そんな無茶苦茶な事を言ったら先生が困ってしまうでしょう?」ハナコ
「あくまで先生は私達を助けるためにわざわざ来て下さっているんですし、そもそも勉強が分からないのも試験に落ちたのも、先生ではなくコハルちゃん自身のせいですし──……」ハナコ
「うぅッ……!」コハル
正論に反駁できず、コハルは苦しい言い訳を並べる。
「わ、私は正義実現委員会の一員だから!それで、授業に出られない事が多くてっ……そう、そのせいなの!」コハル
「それは他の正義実現委員会のメンバーも同じだ、でもここにいるのはコハルだけ…つまりはそう言う事」???
「………」コハル
白い小さな翼、透き通る白髪の少女──
「なるほど、つまりアズサちゃんが言おうとしているのは、唯々コハルちゃんがおバカさんですよ、という事で合っていますか?」ハナコ
「まぁ、それも強ち間違ってはいない、仕方ないものは仕方ない、人生は往々にして虚しいものだ」アズサ
「確かに人生は苦痛の連続ですからね……そういう事もあります」ハナコ
「っ、あぁもう、うるさいわねぇっ!?そんな事言ったらあんた達も皆一緒じゃん!?私が馬鹿なら此処に居る全員バカでしょバーカッ!」コハル
「あ、あはは……えっと、それはその……」ヒフミ
黙々と勉学に勤しんでいた自称平凡な生徒──
「な、何も間違ってないでしょ!?馬鹿だから此処に居るんでしょ!?あんたも、あんたもっ、あんたもッ!」コハル
順に指差し、最後に隆一へ突きつける。
「──あんたもッ!」コハル
「えっと、俺一応、先生なんだけれど……?」隆一
「こ、コハルちゃん、ちょっと落ち着いて……」ヒフミ
隆一が頬を掻き、ヒフミが宥めようとするが、コハルの感情は収まらない。半ば涙目で訴える。
「落ち着いてなんていられないわよ!皆仲良く退学になりそうな、こんな状況で……ッ!もし退学になったら、せ、正義実現委員会のメンバーじゃなくなっちゃう……うぅ!」コハル
「ふむ、私も退学になるつもりは毛頭ない、何をしてでも、例え惨めな想いをしてでも、乗り越えて見せる」アズサ
「まぁまぁ、退学になったからといって何もかもが終わりと言う訳ではありませんから、気楽にいきましょう、寧ろ……──」ハナコ
「あ、あの……ッ!」ヒフミ
収拾がつかなくなりかけた所で、ヒフミが声を上げる。注目に慣れず一瞬たじろぐも、言葉を絞り出した。
「えっと、その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにする為ですし、取り敢えず、今は皆で知恵を寄せ合って、何か良い方法を探しましょうよ……!でないと、一週間後には本当に仲良く全員退学──なんて事にもなりかねませんし……!」ヒフミ
「ふむ、知恵を寄せ合う……成程、悪くないですが、あまりぐっと来る感じではありませんね、もう少しこう、何か──」ハナコ
ハナコが思案顔で唸り、良い笑顔で顔を上げた。
「ここは例えば、そうですね、弱くて敏感な部分を寄せ合う、という形で如何でしょう?」ハナコ
「……?」アズサ
意味を理解できないアズサが首を傾げる一方、含むところを察したコハルは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「い、いきなり何言ってんの!?下ネタは駄目!禁止!死刑!び、敏感な部分って、何をどう寄せ合おうっていう訳!?」コハル
「あぁ、ちょっと分かり辛かったですか?では、実際にやってみましょうか、もう少しこう、足を開いて頂いて……」ハナコ
「え、えっ……や、やめて!近付かないで!知りたくないし分かりたくもないしまだ早いからっ!?」コハル
「えい♡」ハナコ
逃げ惑うコハルを、ハナコが素早く捕獲する。両腕でコハルの両足を押し広げ──抵抗するコハルは首を振りながら、唯一の男性・大人である隆一に助けを求めた。
「や、やめっ……やめてぇっ!たっ、助けて先生ッ……!」コハル
「──あーもうやってらんねー」隆一
「ちょッ!?」コハル
隆一は呆れたような笑みを浮かべ、缶コーヒーに手を伸ばす。
助け舟が動かないと悟ったコハルは、ハナコの怪力に抗いながら弁明を試みる。
「わ、私が悪かったです先輩相手にタメ口ですみませんでした!もう許してやめてっ、それはまだ嫌ぁ~ッ!」コハル
その様子を眺めながら、アズサが真剣な表情で呟いた。
「ふむ……成程、こういう制圧術もあるのか、白兵戦で使えそうだ……勉強になった──ただ、無駄な動作が多い気がする、私ならあとツーテンポ前の段階で関節を極めている」アズサ
補習授業部の醜態を眺め、ヒフミは深い溜息を吐いた。前途は多難、寧ろそうでない部分の方が見えなかった。
「このままだと、本当に……私達はみんな、退学に……」ヒフミ
「…コーヒーオーダーしても良い?このままじゃ胃も頭もエクスプロージョンしそうだ」隆一
エデン条約編、ストーリー自体も重いので今回は少しギャグも入れようかなと思います