The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「あら、先生、お疲れ様です」ナギサ
テスト終了後の夜、ティーパーティーのテラスにて。隆一は自身にこの依頼をしてきた人物、ナギサの元へ訪れていた。
「急にごめんな、今大丈夫か?」隆一
「大丈夫でなければ通しませんよ、御用向は──補習授業部の事ですね」ナギサ
「ああ、一応報告に」隆一
抱えたファイルをティーテーブルに置く。中身はテストの解答用紙と採点結果だった。
「何はともあれ、一先ずは紅茶を一杯……砂糖は多め、でしたか?」ナギサ
「あぁ、悪いな」隆一
「……実は、既にお話は聞いております、どうやら最初の試験は上手くいかなかったようですね」ナギサ
「俺の力不足かな……悪かったな」隆一
「いえ、試験はまだ二回残っていますから」ナギサ
差し出される紅茶。隆一はその匂いを楽しみながら、そっと口を付ける。ふと、視線がチェス盤に映った。
「……あぁ、これですか?チェスです、趣味でして」ナギサ
「チェスにしては、駒が特殊だな」隆一
「えぇ、黒はキングとクイーン、あとは全てポーンだけ」ナギサ
「これ、一人で?」隆一
「はい、今は私ひとりで、こういう時に五月蠅いミカさんもいらっしゃいませんし……それよりも先に、先生の方から何か言いたげな事があるように見受けられますね」ナギサ
「ああ、少し聞きたい事があってな──補習授業部が三回とも不合格になった場合、その処遇を聞いておきたい」隆一
「………」ナギサ
「……情報の出所は、ヒフミさん、でしょうか」ナギサ
「そうでなくとも、万が一に備えて俺は聞いていたと思うぞ?」隆一
「ふふっ、確かに、先生ならば──そうですね──さて、三度、補習授業部が試験に合格出来なかった場合でしたね」ナギサ
「そうだ」隆一
「簡単なお話です、試験で不合格を繰り返す、落第を逃れられそうにない、助け合う事も出来ない──だとすれば、皆さん一緒に退学して頂くしかありません」ナギサ
「退学……」隆一
「無論、本来は此処、トリニティにも落第、停学、退学などに関する校則が存在します、ですが、まぁ……手続きが長くて面倒でして。ですが今回急造された補習授業部は、このような校則を無視出来るように調整してあります、そもそもの話、補習授業部は──生徒を退学させる為に作ったものですから」ナギサ
「………」隆一
「……あら、思ったよりも驚いていませんね、先生」ナギサ
「まぁ、そうだな」隆一
「まさか、最初から気付いていらしたのですか?」ナギサ
「まさか……俺は純粋に、生徒の力になる為に引き受けたまでだ、だが、生徒を退学にさせる為に引き受けた訳じゃない」隆一
「……えぇ、そうでしょう、先生はそういう方です。率直に申し上げますと補習授業部、あの中に、トリニティの
「
「えぇ、その者の狙いは──エデン条約締結の阻止」ナギサ
彼女が取り出した茶封筒──トップシークレットの資料。中身に目を通す隆一の瞳は、感情の見えぬまま紙面を追っていた。
「エデン条約──これは、簡潔に言いますと、トリニティとゲヘナ間に結ばれる『不可侵条約』です」ナギサ
「中立的な機構か……連邦生徒会に近い組織か」隆一
「えぇ、と言ってもキヴォトス全域を管理する連邦生徒会程の権力や、先生、あなたの属する独立連邦捜査部程の超法権限は持ちません」ナギサ
「先生」
「……トリニティとゲヘナの長きにわたる敵対関係は、お互いの大きな重荷になっています……このエデン条約は連邦生徒会長が提示した解決策でもありました……彼女が行方不明になってしまい、一度は空中分解しかけたものを、私の元でどうにか此処まで立て直したのです」ナギサ
「……成程な」隆一
「そしてこの念願の条約が締結される直前まで来た、このタイミングで、これを妨害しようとする者達が居ると言う情報を耳にしてしまいました……そこで、次善の策として、その可能性がある容疑者を一ヶ所に集めたのです」ナギサ
「裏切者は確実に補習授業部にいます、ですが、誰かは分からない……であれば、ひとつの箱に纏めてしまいましょう、いざという時──纏めて
「………」隆一
「……もうお判りでしょうが、それが補習授業部の実態です、先生にはその、【箱】の制作にご協力頂きました」ナギサ
「……独立連邦捜査部を組み込むことにより与えられた特例措置、補習授業部は元々俺ありきの部活だった、ということか?」隆一
「えぇ」ナギサ
「……ごめんなさい先生、こんな血生臭い事に巻き込んでしまって、私の事は、罵って頂いても構いません」ナギサ
「俺が、そんな事をする人間に見えるかい?」隆一
「……いえ、失言でしたね」ナギサ
「事情は分かった、理由も理解した──その上で、俺にさせたい事というのは?」隆一
「……補習授業部に居る裏切者を、探して頂けませんか?」ナギサ
「──へぇ」隆一
「先生を、トリニティを欺こうとしている者がいます。平和を破壊しようとするテロリストです。裏切者を探し出す事が、キヴォトスの平和に直結します、無論、この件に関する手助けは惜しみません、先生に、独立連邦捜査部として協力して頂ければ──」ナギサ
「アンタは俺に」隆一
「?どうしました?先生?」ナギサ
「──俺に、生徒を蹴落とせと、そう言っているのか?」隆一
「っ……!」ナギサ
ナギサは慄くしかなかった。普段の柔和で、かつ豪放磊落な面もあれば、どこか賢さが窺える彼の姿はなく、そこには、大人相手にも滅多に見せないような冷徹で、ポーカーフェイスでありながらもどこか殺意や厭悪を感じる顔を向ける彼がいた。
「……すまないが、あんたのやり方には納得出来ない、別のやり方を使うとするよ」隆一
「……そう、ですか、分かりました」ナギサ
「……ですが先生、ゴミを細かく分別して捨てるのが難しい時は、箱ごと捨てると言うのも手段の一つ──そうは思いませんか?『腐ったリンゴ』なんて言葉もありますし。」ナギサ
「それからもう一点、試験については基本的に、私達の掌の上にあります、例えばの話ではありますが──『急に試験の範囲が変わる』ですとか、『試験会場が変わる』ですとか……無論、その様な事が起きない様祈ってはおりますが」ナギサ
「……これからも、引き続き補習授業部を、トリニティをよろしくお願いします、先生」ナギサ
「あぁ、勿論──それじゃあ、失礼させて貰うわ」隆一
「──先生、私達の方から、先生に対して不利益や損害を与える事はありません……と、言いたい所なのですが」ナギサ
「が?」隆一
「場合によっては、お約束する事が出来ません……ですからどうか、この結末が──出来るだけ、苦痛を伴わないものである事を願うばかりです」ナギサ
「──……紅茶、美味かったぞ、ありがとう」隆一
「──先生、最後に一つだけ」ナギサ
「どうした?」隆一
「……
「……ああ、今は信じるとするよ」隆一
「──先生なりのやり方、それがトリニティに利するものである事を願っております」ナギサ
トリニティ、某所──使われていない資材倉庫の裏手。
隆一は光学迷彩を纏った影と向かい合っていた。
「──聞いていたか、卿」隆一
「はい、一言一句、逃さず」"老紳士"
輪郭が揺らぎ、"老紳士"の姿が現れる。仮面越しの声は、どこか愉快そうだった。
「むしろ自ら目的を晒してくれた時点で、私達もかなりやりやすくなった──今回ばかりは生徒会の御二方に感謝するべきかもしれませんね」"老紳士"
「あぁ、全く以て」隆一
隆一は苦笑を浮かべる。ナギサが今しがた語った内情、その全てを──彼は既に知っていた。補習授業部の存在、その裏の狙い、集められた生徒達の疑いの程度。それどころか、トリニティに属する全生徒の成績、名前、所属、学派に至るまで、"老紳士"から渡された資料の中に、既に目を通していたのだ。
ナギサとミカを交えた最初の茶会、あの席に着く前から──全て。
「一つの学園を背負う立場にありながら、ナギサ嬢はこれほどの手段に手を出すとは……些か、勇み足だったのでは」"老紳士"
「──人に穢れ仕事を丸投げにしておいて、何がトリニティのためだ。本心も丸出しにしておきながら」隆一
隆一は静かに、しかし冷ややかに呟いた。
「不都合さえあれば、きっと──否、確実に、俺を捕まえるなり殺すなりして独立連邦捜査部を傀儡にする、そういう腹積もりだろうよ」隆一
「……閣下は、ナギサ嬢の思惑を最初から見抜いておられた、と」"老紳士"
「見抜くも何も、あんな手垢のついたやり口、誰でも分かる。それにこれから起こる出来事を、まさか自分から仄めかしてくれたんだ。これほどの千載一遇はない」隆一
だが──ナギサは、間違っていた。
補習授業部を押し付けた事で不興を買い、独立連邦捜査部に喧嘩を売る形になった事に、彼女は気付いていない。
独立連邦捜査部に喧嘩を売るという事は──その背後にいる巨大な
「──さて、卿」隆一
「ええ」"老紳士"
隆一は、静かに"老紳士"を呼ぶ。声色が、僅かに変わった。
「
「畏まりました、閣下」"老紳士"
パンドラの箱──世界に厄災と絶望を齎した存在。厄災と絶望を齎す存在。ナギサ、そしてトリニティのユダ──両方だ。
「復讐というほど大層なものでもないけどな、卿の言う通り、彼女は勝手に自分達で首を絞めてくれた、あとはそれを、少し手伝ってやるだけの話だ」隆一
「合理的ですね、実に閣下らしい」"老紳士"
「……それと、一つ頼みたい事がある」隆一
"老紳士"が、仮面越しに耳を傾ける。
「合宿だ、
「──それでしたら、J-21が丁度良いかと」"老紳士"
「J-21?」隆一
「GLADIUS子飼いの一人です、熱心な方ですが……その、熱心すぎて、時折熱暴走しがちなところがありまして」"老紳士"
「熱暴走、ね」隆一
隆一は思わず口元を緩めた。
「一度こうと定めたら、どこまでも真っ直ぐ突撃していく──良くも悪くも、そういう気質の子です」"老紳士"
「面白そうじゃないか、会わせてくれ」隆一
「では、こちらへ」"老紳士"
"老紳士"が手を掲げると、傍の暗がりから一つの人影が姿を現した。姿勢正しく、隙のない立ち姿。しかし、その瞳にはどこか落ち着かない、抑えきれない熱の様なものが見て取れた。
「──J-21、只今参りました」J-21
「よろしくな」隆一
「はっ!」J-21
直立不動のまま返事をする彼女に、隆一は暫し思案する様に顎に手を当てた。
「そういや、こいつはトリニティに内偵として潜り込む予定なんだよな?」隆一
「その通りです」"老紳士"
「なら、名前がいるな……そうだな」隆一
隆一は少し考え、それから口を開いた。
「──長浜レイナ、でどうだ」隆一
「長浜、レイナ……」J-21→レイナ
「俺のゴミみたいなセンスだが、どうだ?」隆一
「──光栄です!その名、必ず、閣下に恥じぬ働きで以て証明してみせます!!」レイナ
彼女の瞳に灯る熱意に、隆一は苦笑を浮かべる。
「……程々にな、あんまり熱くなり過ぎると、卿が言うように暴走するらしいから」隆一
「わかりまし…あっ──以後、気を付けます」レイナ
「まあ、勿論合宿も鬱蒼とするのは嫌だし、雰囲気づくりのためにも、補習授業部の面々と色々興じて損はないがな。ただ…勿論のことだが、今回の任務はか〜な〜り危険だ。何せ相手はトリニティの生徒会。一挙手一投足が文字通り命取りになる。下手な真似をするのはやめてくれよ?」隆一
「はい!」レイナ
夜のトリニティ、その片隅で。誰にも知られる事なく、新たな厄災が、静かに近づくのだった。