The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
深夜、正義実現委員会の巡回中。
トリニティ本校舎、その裏手の資材置き場。巡回任務に就いていた一年生の生徒が、ふと足を止めた。
「……ん?」正実モブA
隣を歩いていた同僚の巡回員が、怪訝そうに振り返る。
「どうした、また野良猫か何かか?」正実モブB
「いや……そういうんじゃなくて」正実モブA
資材の陰、そこに不自然な小包が転がっている。周囲の景観に馴染まない、明らかに人為的に置かれたモノ。巡回員はしゃがみ込み、恐る恐るその表面を確認した。
「な、何これ……忘れ物、にしては……」正実モブA
隣で覗き込んだもう一人の正実の生徒も、途端に表情を強張らせた。
「……おい、待て、触るな」正実モブB
「え?」正実モブA
「その形……普通の荷物じゃない」正実モブB
配線の様なものが、包みの隙間から覗いている。巡回員の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「ッ──上に報告を!これ、爆弾……!」正実モブA
「本部!本部聞こえますか!?資材置き場で不審物発見、至急応援を──!」正実モブB
震える手で無線機を握りしめる二人の声は、静まり返った深夜の校舎に、やけに大きく響いた。
その一報は瞬く間にトリニティ全域を駆け巡った。
資材置き場に仕掛けられていたのは、精巧に作られた爆発物。信管、配線、時限装置──誰もが一目見て「本物」と判断するに足る作り込み。実際にはDOLUSが用意した偽物、爆発する事のないハリボテであったが、その完成度は本物と見紛う程であった。正義実現委員会とティーパーティーは即座に厳戒態勢を敷き、爆発物処理班を招集。他の場所にも同様の仕掛けがないか、深夜にも関わらず総出で校内を捜索する事態となった。
「ど、どうしてこんな……!」マシロ
「落ち着きなさい、まずは他の設置箇所の有無を確認するのが先決です」ハスミ
「で、でも、もし本当に爆発したら……生徒達が……!」マシロ
「だからこそ、冷静に動く必要があるのです。パニックは、状況を悪化させるだけです」ハスミ
ハスミの声は普段と変わらぬ落ち着きを保っていたが、その手元の端末を操作する指先は、僅かに震えていた。
本部は混乱の極みにあった。エデン条約の締結を目前に控えるこの時期、爆弾テロという事象は──たとえ未遂であれ──爆発の威力以上の意味を持つ。トリニティの治安が脅かされているという事実そのものが、条約への機運に暗い影を落とすのだ。
「これは……単なる愉快犯とは思えません」ハスミ
「ええ、私も同感です。愉快犯にしては、あまりにも作りが本格的すぎる」マシロ
「間違いなくイタズラの類ではありません。あまりにも手が込みすぎている。ここまでくると、爆発しなかった事が奇跡としか…」ハスミ
誰もが、そう直感していた。そしてその混乱に追い打ちをかける様に、深夜のうちにトリニティ全土の通信網へ、一つの音声が流された。
「──我らは、トリニティ友愛連合」???
突如として鳴り響いた放送に、校内は水を打ったように静まり返った。
加工された声、性別も年齢も判別不能な、機械的な響き。校内放送のシステムに侵入し、強制的に流されたそのメッセージは、瞬く間に生徒達の間に恐怖と混乱を広げていく。
「角の生えた悪魔には、死以外の道はなし」???
「我らはこれより先も、
次は──ハリボテでは、済まさぬ」???
放送は、ものの数十秒で唐突に途切れた。
後には、静寂と、拭い難い恐怖だけが残された。
ティーパーティー、緊急対策室。
ナギサは端末に流れる録音データを繰り返し再生させながら、険しい表情でそれを聞き続けていた。
「角の生えた悪魔には、死以外の道は…」録音音声
「……角の生えた悪魔、ですか」ナギサ
「ゲヘナの生徒の事、ですよね……悪魔の角って」マシロ
「えぇ、間違いありません、これは──反エデン条約を掲げる過激派の犯行声明です」ナギサ
「でも……こんな、いきなり……一体何がしたいんでしょうか」ハスミ
「目的は明確です。エデン条約の締結を妨害する事、そしてトリニティ内に不安と分断の種を蒔く事──そのどちらもが、この声明の狙いでしょう」ナギサ
思想は、あまりにも明確だった。しかし、それ以外の情報が──何一つとして掴めない。
「発信源の特定は?」ナギサ
「そ、それが……複数のVPNを経由しており、辿ろうとする度に経路が変わって……」情報班
「まるでこちらの追跡を予測しているかのように、要所要所でジャミングと思しき電波干渉も確認されています」情報班
「……こちらの手の内を、読まれているという事ですか」ナギサ
「はい……申し訳ありません、現状ではこれ以上の追跡は困難かと」情報班
ナギサは奥歯を噛み締めた。
トリニティの情報局が総力を挙げても、尚この程度か。
「(──これは、単独犯の仕業ではない)」ナギサ
ナギサの脳裏に浮かぶのは、疑念という名の確信。
「(トリニティの裏切者は、あの補習授業部の中に、確実にいる……でも、こんな技術力……)」ナギサ
この声明の加工技術、通信経路の隠蔽、ジャミング──これらは、トリニティ内部だけで完結出来る代物ではない。生徒個人の悪意やイタズラだけでは、到底届かない領域の技術力だ。
「(外部との繋がりが、ある……?)」
その考えに至った瞬間、ナギサの脳裏を過る一つの人物。
「(──まさか、先生!?)」
いや、そんな筈がない。彼は今、あの部活の顧問として、生徒達の為に奔走している。あの先生が、こんな凶行に手を貸す道理がない。
だが──同時に、拭えない疑念もあった。
「(けれど、独立連邦捜査部という組織の裏には、一体どれだけの力が眠っているのか、私は本当に理解しているのでしょうか……)」ナギサ
ナギサは端末を手に取った。今すぐにでも、先生に相談すべきだ。この事態を、彼にも共有し、指示を仰ぐべきだと。
しかし──指を止める。
「(……いえ、無理でしょうね)」ナギサ
先生は今、補習授業部の合宿準備で手一杯の筈だ。恐らく今頃連絡どころではないだろう。事実、送ったメッセージへの返信は、既に数時間途絶えたままだった。
「(連絡が取れない、という事は……つまり、先生が今回の件に直接関与していないという証左にも、逆に、都合が良過ぎる不在にも見える)」ナギサ
ナギサは静かに端末を伏せ、腕を組んだ。
「(──補習授業部の中の誰か、あるいはそれ以外に潜む裏切者、その人物と……外部の勢力が結託している)」ナギサ
トリニティ内部だけでは説明のつかない技術力。それを可能にする外の存在。
「(先生、あるいは彼が所属する独立連邦捜査部──もしそこに、何らかの繋がりがあるとしたら)」ナギサ
ナギサは、そこまで考えて──静かに首を振った。
「(いえ、飛躍しすぎです、まずは事実の積み重ねから……)」ナギサ
それでも、拭い切れない違和感が、彼女の胸の奥に小さな棘として突き刺さっていた。
「──ハスミさん、マシロさん」ナギサ
「はい」ハスミ
「引き続き、爆発物の残留物の解析と、声明音声の技術的な分析を急いで下さい……それと」ナギサ
「それと?」マシロ
ナギサは、暗い窓の外──トリニティの夜景に視線を向けた。
「──補習授業部に関する、追加の監視体制を整えます」ナギサ
「……補習授業部、ですか」ハスミ
ハスミが、僅かに驚いた様子で聞き返す。
「はい、あくまで念の為です。誤解しないで下さい、疑っている訳ではありません」ナギサ
その言葉とは裏腹に、ナギサの声には、確かな緊張と、拭い去れない疑念が滲んでいた。
夜は、まだ長い。