The Hypocrite's Archive 作:Xelphyr
誤字脱字報告も同じく励みになります
「補習授業部の裏切者、その正体は──」ミカ
──白洲アズサ。
放課後の中庭、人影は疎らだった。橙色に染まった空の下、ミカは先程の言葉の続きを噛み締める様に、隆一の反応を窺っていた。
「………」隆一
「その顔──やっぱり知っていたんだね」ミカ
白洲アズサ──隆一がその名前を聞いた時、彼の表情は微動だにしなかった。
ミカは静かに語り始めた。アズサは、トリニティにも珍しい転校生であり、その出身校は随分前にトリニティから追放された分派──『アリウス分校』だという。
「あ、でもそう考えると、生徒って呼んで良いのか分からないかな?だって、『何かを学ぶ』という事が無い生徒の事を、生徒って呼べるのかなって」ミカ
「──それは俺が決める事じゃない」隆一
隆一は静かに、しかしはっきりと告げた。
「学ぶ意思さえがあれば、機会に恵まれずとも俺にとっては生徒だ、その意思がなくとも、学びが必要になれば俺は躊躇わず手を伸ばす、俺にとって、トリニティは勿論、ゲヘナやミレニアム、アビドス、山海経、オデュッセイア…他の学園のみんなは俺にとっちゃ同じ『生徒』だ」隆一
その言葉に、ミカは目を細めた。
「……ふふっ、先生って、何て言うか……心の底から、『先生』って感じだよね、凄く良い眼をしているよ、本当に──期待しちゃうな」ミカ
「期待……?俺に…?」隆一
「うん、そう、期待──私は、先生に期待しているんだよ」ミカ
ミカは一度言葉を切り、それから居住まいを正す様に姿勢を整えた。
「あれこれ誤魔化しても仕方なさそうだし……端的に言おっか。えっとね、白洲アズサ──あの子を先生に、守って欲しいの」ミカ
「守るとは、また物騒だね」隆一
ミカは苦笑いを浮かべ、少し話が逸れた事を詫びる様に肩を竦めた。それから改めて、事情を語り始める。
「まず、このトリニティについて、先生はどんな認識を持ってる?」ミカ
「……複数の分派が集まって出来た、キヴォトスでも最大規模の学園って所」隆一
「うん、大体そんな感じ」ミカ
実際には、パテル、フィリウス、サンクトゥスの三派に留まらず、マルキオン、モンタノス、サベリウス、アルビジョワなど大小様々な派閥が学内には存在していた、とミカは続ける。かつてのトリニティは、ゲヘナとの対立にも似た抗争を、内部の分派同士で繰り返していたのだという。
「けれど、いつまでもそんな事続けられる筈もない……いい加減争いはやめようって協定が結ばれる事になったの──戦いを止め、一つの学園になる、そんな話をしたのが所謂『第一回公会議』」ミカ
「この今のトリニティが生まれる切っ掛けとなった、始まりの会議か」隆一
「そう」ミカ
だが、その統合を最後まで拒み続けた学園があった──アリウス学園、後のアリウス分校。
「アリウスだってさ、元々は私達と変わらない一つの分派だったんだよ?経典の解釈に少し違いがあった位で、見た目も殆ど一緒……それでいて、ゲヘナの事を心底嫌っていた」ミカ
猛烈な反対の末、最終的にはトリニティとの戦争に至ったのだと、ミカは淡々と語った。統合により強大な力を得たトリニティは、アリウスを徹底的に弾圧した。共通の敵として、また力を試す相手として、都合の良い存在だったのかもしれない──そうミカは呟いた。
「それで、結局アリウスは潰された──徹底的に」ミカ
「……今は、何処に?」隆一
「分からない、トリニティ自治区から追放されたって話は確かだけど……ティーパーティーも掴んでいない、キヴォトスのどこかに潜伏しているんだと思う。連邦生徒会ですら、アリウス自治区の在処を知らないんじゃないかな」ミカ
今在学している大半の生徒にとっては、そんな争いがあった事すら知らない、遠い昔話に過ぎない。影すら残さず、皆に忘れられた存在──それがアリウス分校だった。
「ね、そんな学校出身の生徒が、白洲アズサなんだよ」ミカ
ミカは続けて、ナギサの推進するエデン条約について語り始めた。それは、かつての第一回公会議の再現、言うなれば「第二回公会議」とも言える動きであり──同時に、ゲヘナとトリニティの武力を統合した新たな武力集団である『エデン条約機構』を生み出す事にも直結していた。
「ねぇ先生、これってさ……さっきのお話と似ていない?キヴォトスの中に、圧倒的な力を持つ集団が存在するんだよ、連邦生徒会長が行方不明っていう、こんな混迷の時期に」ミカ
もしナギサがその力を私利私欲の為に──あるいは恐怖心や猜疑心の末に振るう様な事があれば、と、ミカは声を落とす。
「常に他者を疑う人がそんな大きな力を手に入れてしまったら、きっと、自分の恐怖心や猜疑心に負けて──必ず武力で排除するようになる」ミカ
「………」隆一
「或いは、そうなる前に、ナギちゃんもセイアちゃんみたいに──」ミカ
言いかけて、ミカは慌てた様に口を噤んだ。
「……ううん、ごめん、今のは失言だったかな」ミカ
「……何か、良くない事でも?」隆一
「あはは、えっと……前に話した通りだよ、セイアちゃんは今、入院中なの」ミカ
「………」隆一
「あー……そうだよね、先生は勘が良いから、分かっちゃうかぁ」ミカ
ミカは一拍置いて、声のトーンを落とした。
「先生はさ……真実を知りたいって、思う?」ミカ
「……あぁ」隆一
「──本当に?この話をしたら、私はもう戻れなくなる」ミカ
「戻れなく……?」隆一
「うん、もしこの先の真実を知った先生が、私の事を裏切ったら……私はきっと、もう終わり──ティーパーティーからは除籍になるだろうし、トリニティも追い出されちゃう、今まで積み重ねてきたことも、何もかも、全部水の泡、もう何処にも居場所なんてなくなって、どこかで野垂れ死ぬしかない」ミカ
それでも、とミカは続ける。
「私は、先生と会ってまだ間もないけれど、先生が善人だって言う事くらいは分かるよ、多分良い人、私が見て来た誰よりも、優しくて、献身的で、聖人みたいな人──」ミカ
「………」隆一
「でも私は、まだ心の底から先生を信じられていない……私の秘密を知るって、そういう事なの。先生は、私の全部を受け入れる覚悟が本当にある?」ミカ
「………」隆一
ミカは暫し隆一を見つめ、それからふっと表情を緩めた。
「──……なーんてね!ごめん先生!今のはナギちゃんの真似だよ、誰も心の中なんて分からないから、誰もかれも疑っちゃう、私の幼馴染の真似を……」ミカ
「──分かった」隆一
「だから、守って欲しい、それは今、先生にしか出来ない事だから──これが今の状況、ちょっと長かったけれど、今私が……話せる事の全部だよ」ミカ
「いくらなんでも退学はやりすぎなんじゃねぇの?」隆一
隆一の呟きに、ミカは苦笑した。
「私もそう思うんだけどね〜……それと私は、こうも思うの、本当の意味でトリニティの裏切者を考えるのであれば──それは、ナギちゃんだって言う事も出来るって」ミカ
「疑っている人が一番怪しい、って事か……とりま、わかったことがいくつかある」隆一
「わかったこと?」ミカ
「一つ目に、ミカが良い奴だってこと」隆一
「………優しい……?わ、私が?」ミカ
突然の言葉に、ミカは戸惑いを隠せない様子だった。
「ミカはアリウスの子達を助けようとして反対するんだろ?組織を売ってもなお、守るべき仲間を守ろうとする、その問題が解決した暁には、ミカはきっと正義のヒーローだとか英雄だとか言われると思うぞ?」隆一
「……………………正義」ミカ
ミカはその一言を、噛み締める様に呟いた。
「二つ目は……俺がすべきこと、裏切り者がいないって証明すること──アズサが裏切り者なんて事はないし、ナギサだってそうだ、なんて思うだろ?あ、もちろんミカもだぞ?」隆一
「……先生……ってさ、まるで聖人みたいだね……えへへ」ミカ
「ただのお人好しってやつだ。それに…俺は『聖人』とは最も遠い存在だがな」隆一